79話 My life didn’t please me, so I created my life@譲れないもの
それは20分前のことだった。
邪神に監視させられての鬼ごっこということを神宮寺とアリアがみんなに説明した時だった。
「天海ってのがわけわかんねぇ神をインターネットに入れて俺たちを監視している。俺たちが例の女に近づこうとすればその神を通じて位置を探って女に伝えるってことだ。こんなんじゃいくら探しても捕まえられっこない…どうすれば良いんだ…」
悩む神宮寺。そんな彼を見て他のメンバーもどうしようかと考えていた時だった。
東條絵里のマネージャーであり保護者で神でもあるへべがこう言いだした。
「だったら私の力でなんとかなりませんか?私の若さの力で注目を集めれば少しは撹乱できると思いますけど」
その提案に賭けてみるという事でアリアが賛成した。
作戦はこうだ。
東條絵里とへべが力を使って注目を集める。
ゲリラライブ、イベントをやる。
東條絵里は人気のアイドル。
少しでも騒げば拡散されるはずだ。
その一時的な時間の間に他のメンバーで女を探すというものだ。
簡単な風に思えるが、へべが力を使うのであまり時間は持たないだろう。
その間に神宮寺達がどこまで行動に出れるかが重要だった。
別行動で敵を探す。
その点で霧島とヨグ=ソトースが最適であった。
空間を割って移動する術を持っているヨグがいれば女を見つけることができるからだ。
そして今、こうして朱雀のまえに彼らがいた。
「…んで、私らがいるわけだけど、理解できた俗物?」
新宿駅東南口前。
大勢の人に見られながら淡々と朱雀に説明した朱雀。
聞いている間に朱雀は朱雀で天海に木刀の力で連絡をとる。
(ねぇ、今の話ってマジってわけ?)
(……ッチ!あぁ、そいつの言ってる通り見事に撒かれてた。まさか出力が全開の邪神様をこうも出し抜くとは、少し馬鹿にしすぎてたわ)
(だったらこっから先は)
(持久戦だ、あいつが準備終えるまで踏ん張って…)
天界の声が途絶えるように通信が切れた。
向こうも何かしら起きていることがわかった。
どうやら、ここで1人で頑張らなくてはいけないようだ。
木刀を軽々と構える。
その時にちょうどヨグがブカブカの裾を朱雀に向けて一言。
「たしか人間がする鬼ごっこのルールってタッチしなきゃいけないよね?」
それを理解する前に朱雀は横に跳ねて群衆に紛れ込む
同時にさっきまでいた場所の地面が破壊音と共に破壊されていた。
ヨグが操る触手。
朱雀はそれを見て舌打ちすると木刀を闇雲に振るった。
それは群衆にも当たらずに虚空を切るだけだ。
「どうしたの?まさかヤケクソになったの。さすが人間、こんなつまんないことしてる人間のクズなだけはあるじゃん」
「ねーねー神様ー!あの世って凄いと思わない?」
澄まし顔で木刀をピタリと止める朱雀は、木刀を改めてヨグに向けた。
朱雀が木刀の動きを止めたのと同時に野次馬が全員同じように甲高い悲鳴をあげて逃げ出す。
逃げなかったのは界外術師である霧島と当事者達だけだ。
「あの世? 死者がウジャウジャいる所のどこがいいのよ」
「いやさ、いろんな人間が死んで行くのがそこじゃん。それってすっごい広い所だし、もしかしたら綺麗かもしれないし」
「…魂しかない世界は虚無しかないわよ。あれはオリみたいな場所だし面白くもないわよ」
「へーそうなんだ。どうでもいいし」
朱雀はそう言って会話を止めると次は木刀を上から降ろすように切るモーションをする。
それが不可解だったヨグは、さっさと終わらせようと触手をぶつけようとした。
「そーそー、豆知識で言っておくけどこの木刀って『リンフォン』って言うの。すっごい業物っぽいでしょ? 」
「だからなんだよクタバレ」
ブォン!
触手を伸ばして鞭のように上と横の二方向から振るうヨグだったが、その前に変化があった。
空間が割れた。
それを見ていた霧島はまるでヨグが空間を切り裂くのと同じようなものに見えた。
逃げる気か、と思った。
だが違う、そこから出てきたのは全身が黒い人間だ。
肌がではない、まるで何かに焼かれたように焦げて爛れている状態の人間だ。
触手の軌道上で現れたそれが触手に当たる。
いや、がっしりと掴んだ。
「はぁ!?」
驚いてたのはヨグも同じだった。
まさか自分の触手を掴んでくるとは思っていなかったからだ。
だがそれは横薙ぎに使おうとした触手の方だったので上からの触手は迷いなく朱雀の頭上から落ちる。
しかし、朱雀の頭上の空間も同じような切れ込みができたと思ったらそこから同じような黒い人間が出てくる。
それも切れ込みから上半身を出すような形で触手を掴んだまま微動だに動こうとはしない。
「ッチ!」
こうなってしまってはラチがあかないと思うとヨグは触手を一旦引っ込めようとするが、触手はヨグのところに戻ってはこない。
黒い人の形をしたものに掴まれたままビクともしなかったからだ。
「ックソ!まさかこれって神…!」
「いいえ違いまーす!これは神ではないでーす!!」
そう言ってる朱雀の周りでは同じような切れ込みが無数に生じており、そこから同じような黒い人型が呻き声を上げながら這い出してくる。
数は20。
ペタリ、と裸足の足を地面に着ける音が続けて聞こえ、それらは全てヨグと霧島の元にのそり、のそりと近づいてくる。
「これらは全て……あー説明すんのめんどいからご想像にお任せしますしー」
「いやしろよ!」
朱雀がめんどくさがって話すのをやめたのに対してツッコミを入れた霧島であったが、状況は最悪だ。
笑顔でこちらを見る朱雀に、ようやく異常性を感じた霧島。
特に、あのヨグが身動き出来ずにもがいているのが最もまずい。
霧島は急いでヨグに命令を出す。
「おいヨグ! 触手を切り離すことはできないのか!」
「そうしたいんだけど……出来ない! あの黒いの、強いだけじゃなくてこの私の力まで封じてるんだよ!!」
「アーッハッハッハー!!そりゃそうだし!このリンフォンの力はそれなんだし、いくら主神級と恐れられてるあんたでも、神すら倒した事のある世界の英霊相手に何も出来ないし!」
そう言って木刀を肩に乗せながら悠々と黒い人型の間を歩きつながら近づき始める朱雀。
ヨグは睨みながら問いかける。
「……リンフォンって聞いたこともないわね。何なのかしらそれ」
「いや知らなくて普通だし、だってこれ創作話から生まれた『都市伝説』だし」
朱雀はヨグの元まで来ると面と向かい合ってその続きを言う。
「リンフォンってのは………」
言いかけて、しまったと一瞬だけ慌てる朱雀。
それをヨグが不思議に思ったが次の瞬間にはさっきまでと同じ不敵な笑みを浮かべていた。
そして言い直すようにもう一度語る。
「……リンフォンってのはこの木刀の事で、ローマ字にしてアナグラム化すると『inferno』…つまり地獄って意味になるし。この木刀は『地獄と現世を繋ぐ道を作る神』って扱いで界外させた邪神を木刀の中に封じ込めてるってだけで別に都市伝説そのものじゃない。でもこの木刀、界外とは違う降霊術ができるお得な物だし」
「…はぁ、要はその模型が神ってことでいいのかしら」
「そうだけど」
何かと思ってみると、ヨグはうすら笑みを浮かべて朱雀を馬鹿にした表情をしていた。
さっきまで焦っていたのが嘘のように、全て演出とでも言いたげな嫌な笑みを。
「なーにがおかしいのか…」
朱雀は余裕をかます主神がハッタリを掛けてるのだと思っていた。
だが違う。
見ると、いつの間にかヨグの背後にいたはずの霧島がいなくなっており、居たはずの場所の足元の空間が割れていた。
そして近すぎて気づけなかったが、ヨグの右足が触手に変わっておりその末端部分が空間を破っていたのが分かった。
「力を封じた…っつても、それは単にこの両腕と上半身の自由を封じただけでしょ?焦ってた分私も両足の力があるのに気づくのが遅れたけど……これでおしまいなのは誰かしら?」
「クソ!」
初めて悔しそうに顔を歪ませて背後を振り返る朱雀だったが、その顔には既に拳が近づいていた。
背後に回り込んで走りこんできた霧島の拳は見事に朱雀の鼻っ柱をグシャリと潰す。
その際にグキリと鼻の骨が折れた音がしたが、それも気にせずに霧島はそのまま拳を突き通す。
仰け反って飛ばされる朱雀。
彼女は衝撃のあまり大切な木刀を手放してしまった。
地面に倒れるまでに、朱雀の持っていた木刀『リンフォン』は、足の自由がきくヨグによって中ほどからボキリと踏み潰された。
黒い英霊というものも『リンフォン』が破壊されたことによって空気に解けるように消えていく。
触手を掴んでいたモノがいなくなったおかげでヨグも自由になり両腕を元の場所に戻した。
それを確認して霧島は、鼻血を出して路上に倒れた朱雀を見下ろしながら一言。
今まで迷惑をかけた敵に対して侮蔑を込めた、彼の本音。
「子供使って負けるとか…ダっせぇなお前」
「おい大丈夫かヨグ? どっか不調とかねーよな?」
「あんたのそーいうところウザったい、私は神だっての忘れてないの?」
「いや、お前が結構やばそうだったからさ…」
「……フン、ありがとう」
先ほどまで力を封じられていたヨグの身体を心配する霧島だったが、仮にも神話の中でも強大な主神級であるヨグにとってはありがた迷惑だ。
だが本当に気にかけてくれる霧島のそういった一面が気に入っていた。
神様の評価基準としては高得点だ。
「それよりも早く女を縛って何考えてるか喋らせないと」
「それもそうだな。さてそれじゃ、この女を縛って…」
ヨグと霧島は倒れている女の方を見るが、血痕と二つに折れた木刀の刀身部分だけがあるだけで当の朱雀はいなかった。
しまった、逃げたとそう思って探すとすぐにヨロヨロと走りながらどこかへ逃げている朱雀の後ろ姿が見えた。
「逃がすかよ!ヨグ頼む!」
「…いや、待って」
「なんだよ早くあの女を追いかけねーと!」
「まだ分かってないの? あいつが斬った空間が閉じてないのに」
ヨグがそう言って辺りを指差す。
さっき朱雀が闇雲に木刀を降るって切り広げた破れた空間が閉じていなかった。
切れ口はそのままだ。
それが意味することは、ただ一つ。
「あいつの神はまだいるってのかよ! 木刀折ったのにそりゃねーだろ!」
「木刀を折った……のにね」
路上に転がる木刀の刀身部分を見て、ヨグが一つ奇妙なことに気づいた。
「木刀の柄の部分がない」
「それがどうしたってんだ! さっさと…」
言いかけた途端ゾッとする気配を感じた霧島は振り返って朱雀が逃げていく、その後の街路に無数に切り開かれた異空間に続く切り口から這い出てくる黒い亡者のようなものたちを見据えた。
「……追いかけるのはこれ片付けてからってか、本当にクソッタレだなあの女」
「他の人間の迷惑だろうし、さっき掴まれていた借りもあるからねぇ…」
黒い人のようなモノは総じて霧島とヨグに向かって歩いてくる。
単体で主神級の力を封じてきた英霊とやらが。
ヨグはいつも通り構え、霧島は拳を作って同時に黒いのに向かいぶつかる。
南條朱雀は予想以上にダメージを負った顔面を押さえながら逃げ続ける。
逃げた先にいる道行く通行人の殆どは事情が分からなくて困惑しているが、それはすぐに悲鳴に変わる。
朱雀は逃げながらも持っていた木刀の柄の部分を空に振るって空間を切り、地獄へと繋がる道を作り出していくからだ。
だが、はるか後方では彼女が使役する『彷徨える英傑の魂』達が一挙に消されていくのが見える。
その光景に舌打ちし、彼女は長い髪を振りながら急いで距離と時間を稼ごうとする。
鼻から血を流したのは初めてだった。
朱雀はここまでした彼らに、復讐するために、ゆっくりと時間を稼ぐ。
そう考えていたが、朱雀は背後から聞こえていたはずの配下が飛ばされる音が止んだのに気付く。
「ッチ!ヨグの空間移動かし!」
走りつつ前のめりに倒れ、さっきまで自分が立っていた場所に1分ほど前に見ていたヨグの触手が、何もない場所から一本筋で伸びていた。
空間を破るように触手が出てきた空の周りには亀裂が走り、そこから見覚えのある服の袖口が露出したのを両の目でしっかりと見てから朱雀は急いで立ち上がって再び逃げようとする。
だが、今度は1m先の空間が破れて同じ触手が朱雀の顔に一直線で伸びる。
朱雀はそれに対し、持っていた柄の部分を振るって目の前の空間に切り込んで空間を破り、そこから『英傑の魂』である亡者の腕を出して触手の直撃を阻止。
ついでに闇雲に空間を切り込んでいき、『リンフォン』を使って取り出した亡者を地獄から大量に放出する。
「あーー、ったく全部潰してやったってのにまだ出てくるってわけ? その『リンフォン』ってのは都市伝説の神話でも本物のように信じられてるわけでもないのに…ていうか、それ知ってる奴ってこの東京中でもコックリさんよりも知名度低いよね」
最初に触手が出てきた空間からひょこりと顔を出すのはクトゥルフ神話のヨグ=ソトースだ。
少女の外見でも両手が触手の彼女は半身を空間の外に出しながら朱雀に語りかける。
朱雀はいち早くこの化け物から逃げて時間稼ぎをしなくてはならない。
そう思いながらも、ふとあることを思いつく。
朱雀は自身が思いついたある賭けに内心不安ながらも、一か八かと思い話に付き合うことにした。
一部の亡者の動きを一旦止め、彼女は鼻血まみれの顔でヨグと対話する。
「……なーんか、その言い方だと全てを知っていますって言い草だね。まるで…『リンフォンが神様でもなく地獄じゃなくて別に場所に直結している』って感じだね」
「まぁね、あんたさっき降霊術って言ったじゃん? あれが私引っかかってさぁ…」
ヨグは自分の触手を朱雀に突きつけたまま余裕の表情を浮かべて語る。
「界外は『周りの人間の感情が同一なのと生贄によって召喚される』ってのが条件でしょ?神にもよるけど、あんたの神がその木刀にいるんだったら、壊れたソレにまだ効力があることがおかしい。まるで、『リンフォン』って都市伝説の神は本体すらない。私はそう感じたってわけ」
「……で? 今起きてるこの現象にはついての説明はなんだし。まさか、ただの人間が降霊術で実体のある地獄の亡者を出せる……と、神様がそんなこと言うのかし?」
「小さな地獄」
「……ッ!!」
挑発的に語りかけて朱雀は薄ら笑いを浮かべていたが、ヨグが語るそれで少しだけ動揺してしまった。
ヨグはその一瞬の間を見逃さずに畳み掛ける。
「…その木刀に付いてる根付、ずいぶん大事そうに扱ってるじゃない。それがこの現象のカラクリの正体、『リンフォン』の本体ってわけ?」
ヨグが指摘した木刀の柄の部分にぶら下がった木製の小さな模型のような細工の根付。
朱雀はそれに気が付かれてしまった事に焦りを感じた。
「降霊術…ってよりはあんたが常日頃から飼い慣らしてる霊でしょコレって。んでどうやったのか知らないけど、これらの霊体をその根付の中に封じ込めて、木刀を振るうとその根付の中にある世界から亡者が出てくる。……矮小な人間のことだからどうやったのかどうでも良いけど、この手法は普通の人間だったら無理よね」
半分以上を答えられ、流石にもう誤魔化しが効かない。
木刀に付いていた根付『リンフォン』。
朱雀は余裕な顔のヨグに
「…私は、神聖を持って生まれた巫女だった。そんなのは造作もない事だったし。『リンフォン』って都市伝説の名前をつけた後にあの中で亡者同士を殺し合わせてた。その中で生じた亡者達の『怨み』の感情をトリガーにあの中で小さな神聖を作って実体化させた。知れて満足かし」
「あんたは、神宮寺のような『神格者』と同じ素質を持っていたと」
「フン…そもそも世間に出た事なかったからそんなのも最近知ったし」
悟った朱雀は、半ば諦めたような表情を浮かべヨグに自らの身の上話を語り出す。
「私は、霊山のイタコで…そこで神聖を持って生まれた。私はずっと神殿で暮らす毎日だったし。私を2年前にニア様が連れ出してくれる前はずっと彷徨える魂をあの世に送る仕事ばかりだった」
ヨグは精悍な目でしっかりと朱雀の顔を見ていた。朱雀が浮かべる表情にはさっきまでなかった何かがあったからだ。
「…うんざりだった、ずっと一人だった、身内以外の誰にも知られずに死ぬんだと思ってた。神のあんたにはこんな気持ち分からないだろうし、誰にも分かってもらわなくて良い」
木刀を再度強く握りしめ、腕をを上げて柄をヨグに向ける。
「でも、ニア様が私を救ってくれたのは事実だし、あの人の恩義に応える為にニア様を傷つけたあなた達をぶっ潰すし!」
さっきまで諦めた表情だった朱雀は急変し、怒りに満ちた表情になる。
ヨグはその顔を見て少し笑う。
「ようやくそれらしい顔になったじゃん。良いね人間、あんたがこのヨグ=ソトースにどれほど牙を立てれるか試してあげる」
「バーカ、どうせ私の周りの空間のどっかからあんたの契約者が出てくるんでしょ。そんな手には引っかかるわけないし!」
言いつつ、朱雀の持っている柄の切断面が黒く濁り出していく。
ヨグはやはりと思い、すぐさま横に移動する。
直後、ヨグがいた場所に柄から飛び出した黒い線が射線上に伸びていく。
ヒュウと口笛を吹きつつ、今度はヨグが触手を朱雀に伸ばし攻める。
だがそれは朱雀の出していた亡者が朱雀の目の前に飛び出しがっしりと掴んで止め、微動だに動かなくなる。
「さっきまでのは時間稼ぎ、その中でまた殺し合いを行わせて感情を膨らませて最初の亡者と同じパワーを引き出したってわけか」
「良い判断だし、ここで待機させてる人間の契約者出してたら首の骨グチャグチャになって死んでたかもね」
「…はぁ」
「もうここまでだし、仮にさっきのような奇襲を行なってもマジになった私に通用するわけないし、私がこうなったらあんたでも…」
朱雀は柄を向けて触手を止められ、『リンフォン』の効力で力を得た亡者によって押さえられて動けずにいるヨグに近づく。
だがヨグは…。
「いやさ、なんて言うか…そんな単純な手に引っかかる私とでも思ってるのあんた?」
「はぁ? 何を…」
「いやいや、これでもわかるけど『時間を掛けて力を溜めて強化させる』のは、さっきまでウチの界外術師と一緒に弱体化した亡者共を蹴散らしてる時点で分かってるっての」
そこまで聞いて、朱雀の右側にある建物と建物の間の路地裏へと続く小道から走ってくる足音が聞こえた。
まさか、そう思いながら朱雀は腕を交差させて自分の右を向くと、そこから走りこんできた霧島が、朱雀の右側の切り込みから湧いていた他の亡者を2体をすぐに蹴散らし、先ほどと同じように勢いをつけたパンチを見舞おうとしていた。
朱雀は霧島の単身の攻撃は、ヨグを使って最初にやったのと同じような空間を移動させて攻撃するものだとばかり思っていた。
朱雀は彼らの攻撃を予想し、自らの周囲の空間をあらかじめ斬っておき、周りの空間が開く範囲を狭めていたつもりであった。
頭上と下。
これだけ狭めておけばどんな攻撃だろうと対処でき、なおかつ隙を見せればただの人間。
朱雀でも余裕に殺せると考えていた。
だが結果は違った。
霧島は徒歩で移動していたのだ。
ヨグの力で空間内で待機していたのだとタカをくくっていた朱雀は、最も単純な事を見逃していた。
彼らはあらかじめ逃げる先の地図を数秒で確認した。
ヨグの力で空間で場所を把握し、ヨグが誘導を、霧島は違う道から通り抜けて攻撃を行う。
界外術師が神を使わずに自らの足を使って襲う。
《約束された盤上》、幾人もの敵対する組織の界外術師を相手にし、それらを殺してきた『邪神チーム』のメンバーである朱雀にとってはあまりにも予想外なものだ。
迂闊であったと思索する朱雀であったが、飛んでくるパンチに考えを捨てた。
交差させた腕でそのパンチを受け止める朱雀だったが、鼻血を出して負傷していた彼女にとってそのパンチは重く、衝撃に耐えきれずによろけ、後方へと飛んでしまう。
先程とは違い、すぐに態勢を立て直すと今度はヨグではなく、虚をついて襲ってきた霧島と対峙する。
霧島は朱雀の警戒する姿勢を無視し、今も触手を止められて身動きが取れないヨグに一言だけ言っておく。
「この勝負、俺が幕を閉じてもいいよな」
「好きにすれば良い、こっちはあんたが神の加護もなくそいつを倒すことに心踊らせながら待ってるからさ」
ヨグはどこ吹く風で答えながらも霧島に少しばかりの笑みを送った。
いつも通りで、どことなく暖かみのある笑み。
霧島はそれを受け、朱雀の方を向いた。
「…お前の過去はさっきヨグから受けた交信で聞いた」
「だからなんだっていうんだし…」
「お前も、ずっと一人だったんだな」
霧島はそう言って朱雀の過去と今までの自分を重ねていた。
似ていたのは1人のところだけ。
霧島は自ら1人になり。
朱雀は強制的に1人にされた。
だが彼女を変えたのは外の世界に出したニアであり、その恩義に報いるとも語った。
それを否定する気もなく、だからといって肯定することもしない。
「ニアの奴が恩人には変わりねぇだろうし、俺たちに復讐するのも正しい。けど…」
両の拳を握り、構える霧島。
「それがどうあれ、子供を巻き込む口実にはならねぇよ」
対して朱雀は、木刀の柄を両の手でしっかりと握り、足もさっきまでのとは違い交差し霧島に向かって構える。
「あの時抵抗せずにニア様にその身を捧げていれば世界が『名前のない神』によって生まれ変わり、争いもなくなって誰も傷つかない世界になってたはずだし……そうさせたのはお前だ」
それに霧島は「ッハ!」と鼻で笑う。
「妄言は夢で言えや」
「地獄に堕ちろ」
お互いに罵りながら間合いを狭める。
方はただの高校三年生の元不良。
方は『邪神チーム』の戦闘員。
2人がぶつかり、決着がつくのは恐ろしくも短かった。




