76話 Sacrifice@天海の邪神
どうも瀬木御 ゆうやです。
今回は敵さんのお話になってます。
次の話は元に戻って神宮寺達主人公のお話にしたいと思います
廃病院というものをご存知だろうか。
棄てられた病院、経営がうまくいかずに人が離れていった大きな建造物だ。
所によっては、すぐに解体されたりするものだが、大きい病院などはそう簡単にいくものではなく。
解体するだけでも費用が掛かったりと、コストの方が大きすぎる。
散らばるカルテ、放置された車椅子、棄てられたぬいぐるみ、変な虫。
朽ちていった院内は、病院特有の白と電気もつかない黒のコントラストが相まって不気味となっている。
一般人にとっては、お化けが住み着いていると思って恐がるものだが、ある一部の者たちにとっては、とても利用価値のある場所でもあった。
ある日の夕方17時半ごろの事だった。
ある廃病院の前に一台の黒いバンが止まった。
バンから出てきたのは、全員顔も髪も分からない程の武装をした黒ずくめで、肩から掛けていたのはアサルトライフル。
人数は8名ほどで、動きからして何かしらの訓練を受けてきた者達だった。
武装した男女とも分からぬ者たちが、一斉に病院の入り口から中になだれ込む。
あたりに銃口を向け、敵対する者ががいないか確認しつつ、少しずつ前進する。
やがて戦闘を仕切っていた1人が受付口に辿り着くと、そこで背後のメンバーにジェスチャーを送る。
(異常、アリ)
そこで背後のメンバーの歩みが止まり受付口の横、暗い廊下側に注視する。
そこには……人ならざるものが立っていた。
【-ァァァァァァァァ、アァァァァ。……:】
髪を床まで垂らし、白いドレスのようなものを着た、顔にぽっかりと穴が空いた、異常な者に。
やがてその化け物は、奇声をあげつつゆったりとした挙動で黒ずくめ達に近づいていく。
本来、普通だったら逃げるべきだろうが、黒ずくめ達はそのような判断をしなかった。
先頭の黒ずくめが、化け物の真上に向かって1発、ライフルを撃ったのだ。
元々、この廃病院の老朽化がひどかったのだろうか、天井はその1発で崩れ落ち、化け物はその下敷きになるはずだった。
だが、化け物はそれを意にも解せずに、すり抜けたのだ。
(物理、不可能)
手早くジェスチャーを送る先頭の黒ずくめの様子を察し、最後尾にいた黒ずくめが外に向かって言った。
「私たちの専門外なのでお願いします」
その声の先、いつの間にか来ていた2台目のバンから、2名ほどの人物が降りてきていた。
1人は、無精髭がボサボサと伸び、目つきが悪く、首からはドクロや不気味なモノをかたどったネックレスを下げ、半袖短パンといったとても奇妙な男。
もう1人は、絹のように細く白く、その体に合うように白いワンピースが映える、姿形も綺麗と言ってしまうほどの少女。
黒ずくめ、化け物、男と少女。明らかにどこぞの映画に出てきそうなもの達ばかりだが、もちろん映画の撮影などではない。
男と少女は最後尾にいた黒ずくめを通り過ぎ、病院内の化け物を見据えた。
それだけのはず。
それだけで、先頭の黒ずくめに両手を伸ばして襲いかかろうとしていた化け物は、前へ進ませていた歩みを止めて、後ろへ退がる後退に変えた。
まるで、化け物が恐れる存在が現れたかのように。
「あー、ンダよこいつ。他の界外術師が出した神じゃなくて悪霊か? 先に下っ端が来て目につく霊は祓ったんじゃねーのかよ」
「……」
男がさもめんどくさそうに、ボサボサと髭をこすりながらそう言うと、横にいた少女はコクリと、ただ頷くだけだ。
化け物がどんどん廊下の奥に下がろうとするが。
「天海さん、このような化け物はこちらの管轄外ですので、今のうちに対処しといて下さい」
「ッチ、傭兵ってのは生者相手だったら何でもできるくせに、こーいう時には役立たねぇな……」
先頭の黒ずくめの太い声に、天海と呼ばれた男は深いため息をつきつつ、ズボンのポケットから何かを取り出す。
木箱。
それが出てきた瞬間、化け物の様子が一変した。
お化け屋敷で急に驚かされて腰を抜かす。そう考えていただければ分かるだろう。
化け物は、地べたにへたり込んでいた。まるでその木箱の存在に恐怖し、驚いているかのように。
ガクガクと震える化け物に、あまり乗り気ではない天海だったが。
「何でこいつがいるのかは分からねーが……消しとくか」
その一言で化け物の運命は決まった。
暗い廃病院の廊下にいた化け物が消え、他の不安因子である黒ずくめと天海達以外の人間がいないことを確認すると、ロビーの長椅子やらを端にどかし、そこにバンに入れて持ってきたであろう簡易机と電子機器を置き始める。
「ッカー!なんつうか今回の計画はいろいろ予算オーバーしてんじゃねえか? ニア様もこんだけの資金と構成員があるんだから、いっその事革命でもすりゃイイのによ」
「……」
天海が黙々と作業をする黒ずくめ達と横にいた少女に対して言ったのだが、誰一人として返すものはいなかった。
それがつまらないのか、天海は持ってきたパイプ椅子を広げ、ドスンと腕を組みながら座った。
それから数分後、黒ずくめ達は全員銃を肩に掛けて天海の前に整列した。
「準備が整いました。それぞれこちらが持ってきた機材などの説明もあるのですが…」
「あぁ……いや結構、とりあえずはご苦労様、そんじゃここからは約束された盤上の領分なんで、あんたらは帰っていいぞ」
「しかし、私たちのCEOからは計画遂行の随伴を頼まれてまして…」
早々に作業を終えた黒ずくめ達を帰そうとした天海だったが、そう律儀に返す男にまためんどくさげに頭をかいて言う。
「ここからはこちらの領分だって言ったろうが、今からここら辺で界外させるモンの為にもテメーらは邪魔だって言ってんだよ。苦しんで死にたくなきゃ帰れ」
「りょ、了解しました。ではCEOにはそう伝えておきます」
天海はシッシッ、と手を払って彼らに帰るように促す。
さすがに界外術などが分からないであろう武装した彼らも、そこまで言われ帰ることにする。
黒いバン2台が廃病院から去って、建物の中には2人だけとなった。
「さてと、朱雀もあいつも都心で頑張ってるし、俺もがんばんねーとな」
そう言って天海は黒ずくめ達が設置していった音響機材、電波受信機材、発電機といった様々な軍事物にペタペタと何かを張っていく。
それは、人の形に切った紙人形だった。
それもベタベタと、いくつも張っていく。
鼻歌交じりにおっさんが紙人形を貼る図はなんとも笑えるが、ここに唯一の同伴者である少女はただその姿を見ても何も思わないような表情を浮かべていた。
数十分で全ての機材の特有の黒い外装を白一色に変え、その姿に天海が満足気に首を振る。
「うんうん、やっぱこーいうのは芸術の域だな!邪神様もこれで満足してくださるだろう」
そう言って今度は、黒ずくめ達が置いていった荷物を漁り出す。
特に、黒いとても大きなバックの方に天海は手を伸ばした。
ジッパーを開けて中身を確認する。発電機と照明器具があるものの廃病院の中なので暗くよく見えないが、中に入っているものを知っているからこそ天海は笑う。
「……あの傭兵ども、一体どこからこーいう人間を持ってくんだかなぁ……ってウチも同じ事言えねぇか」
バックの中身に入っていたのは人間。
男の目は見開き、猿ぐつわもされているがちゃんと息もしており生きている。
しかし、そのサイズがおかしい。
いくら縛ったとしても、折り曲げてこのバックに人一人を詰め込むのは難しいだろう。
疑問に思った天海はジッパーを全開にし、中身を確認する。
「おいおい、あいつら言葉使いは丁寧なくせに狂ってんだな。まさか手と足を切り落として運んでるなんてよぉ」
バックに入っていた男に腕と足はなかった。
四肢を切られており、包帯が巻かれているだけだった。
それを天海が口に出したからだろう、男は、その年に似合わない涙を流して泣き始めた。
だが天海は無情にも男の顔を覗き込んで言った。
「悪いけど、お前は死ぬから。助けねーからそこんとこよろしくな」
そう言って絶望に染まる男の顔に対して笑う天海。すぐにジッパーを閉め、暴れながらも運んで機材の近くに置く。その瞬間、辺りに貼ってあった紙人形が光り出し、病院内を白く染めていく。
天海はさっき投げたバックのところに指を指して、呪詛を唱える。
「神よ、神よ、邪神様よ、日頃のお礼にこの供物を喰らいなさって、んで、俺ら愚かな人間が入れない場所に入って全てを等しく支配してくだせぇ」
唱え終わると、光が禍々しく変わりっていき、さっきまで白かった紙が黒く変色していく。
それを見て次に天海はポケットに入れておいた木箱を取り出し、生贄として出した見ず知らずの男が入ったバックに向かって一投する。
すると、木箱はバッグに届く前に開き、そこから禍々しい腕が飛び出た。その腕には刃こぼれした刃物のように粗悪な爪と恐怖が張り付いたような人の顔が幾つも付いていた。
それはバッグを掴むとすぐに木箱に戻り、小さい木箱に大きなバッグがあっという間に入ってしまった。
ガリ、グシャ、ギュリ、ゴリュ。
何かを噛み砕いたかのような音と一緒に、木箱の隙間から少量の血が滴る。
それを子供のように無邪気に見る天海だったが、ハッと我を戻し続きを言う。
「お楽しみただけましたかね、そんじゃ、お願いしまっせ
、指示などは恐れながらこの信徒である俺が出しますので、その通りにやって下さい」
木箱の中にいる何かは、天海のその頼みを聞き届けたかのように、木箱ごと何処かに消えていった。
それを見届けた天海は急いで機材の一つ、通信機の前に座りインカムとマイクの電源をつける。機材の調整を行い、ダイヤルを回したりしながら天海は叫ぶ。
「ニア様の計画を潰した『天才界外術師』と『神格者』、俺たちはニア様の懐である『邪神チーム』だ。ニア様の復讐とついでの命令通り、テメェらの心をへし折って殺してやる」
「お、ようやくやったし、遅いし」
ポニーテールの南條朱雀は、遠くで界外術を使って同級生を苦しめていた少年を眺めながら
、木刀を肩で叩きながら空を仰ぐ。
「……」
パーカーを着た紙を前に少し垂らした少年は、どこかのバーでコーラを飲む手を止めて、静かに上を見上げる。
「まぁ、時期早々かと思うけど……良いんじゃないかな?」
始まる。
たった一晩で、何百人も傷つき、絶望する物語が、その火蓋が切って落とされる。




