68話 False@召集される者
--------できれば、もし出来たら---------
イギリス、首都から離れた村。
ヒッソリと静かな深夜、家畜も農夫も寝ており誰もいないはずの草原で二つの人影が対峙した。
真っ暗闇の中雲で隠れていた月が現れ、二つの黒い影を照らし出した。
ひとつは初老の紳士。
鞄とシルクハット、白髪に混じって跳ねた髭が印象的な、イギリス馴染みの紳士の格好をしている。
もうひとつはフードを目深に被っており、体格も初老の紳士とは違って小柄の少年だった。
「クフフ、ここに呼び出して勝負を挑むとは。どうやらあなたも『界外術師』なのでしょう」
流暢なイギリス訛りの英語を話す初老の男に対してフードの少年はただ黙り続けている。
「一体何人目でしょうかねぇ、ワタシの界外した神が危険と判断して襲撃して死んだ界外術師は。30人はいましたでしょう。国内はおろか国外からも来た時はワタシの神が最強だとようやく気づきましたがネェ」
ニヤニヤと優位に立った風な口調で目に前に立つ少年に語りかける初老の紳士。
名前はアルガンス。
新興宗教『光射す世界』の教祖をしており、彼はイギリス中に数千人もの信者を有している。彼らが信奉するのは『他の教団が信奉しない者』であり、自由な思想の考えと他宗教への排他的な考えを併せ持つ。いわゆるカルト教団だ。
「見たところ貴方はまだ子供のようですが悲しいことです。ワタシと敵対した者は必ず消えなければならないのですから………」
そう言ってアルガンスは持っていた鞄から一冊の本をゆったりとした動作で取り出す。
「クフフフ……さぁ、ワタシの神を見せてあげましょう。もっとも」
突然、アルガンスの手に持つ本から黒い煙がバッと辺りに広がったかと思うと、フードの少年の頭部がバッサリと斬られ草原に落ちた。
「……ワタシの神の姿を確認出来るかですがネェ。どうでしたか死んでみて?これがワタシ、いや我が教団の神の実力ですよ」
そう言いながらアルガンスは静かに前のめりに倒れた首のない死体に向かいながら歩き出す。それと同時に1人楽しそうに語り出す。
「あぁ……これで記録をまた更新です。我が教団がどんどんデカくなればなるほど『自由』という思想の思いは強くなり、姿もない妄想のような絵空事だけの神を本物の主神にするワタシの計画も躍進するものです」
そう言いつづけながらアルガンスは目の前で首の断面から血を大量に流す肉塊にたどり着くと、さも当然のように死体の服を漁ろうとした。
まるでお宝を目にした泥棒のように恍惚な表情を浮かばせながら。
だが伸ばした腕を、首がない死体の手が握り掴まれるまではの話だった。
「なッッッ!!?」
アルガンスは咄嗟に腕を引っ込めようとしたが、自らの腕を掴む手がまるで万力のように力強くアルガンスを放さない。
怖さと理解しがたい現象に、止むを得ずアルガンスは界外した『他の教団が信奉しない神』を使い腕を切り刻もうとした。
「我が神よ! この異端の者の手を切り刻め!」
アルガンスがそう命じると辺りを漂っていた黒い煙が、夜の暗闇の中より一層黒く変色し、刃物状の形に変化する。
刃物状に変化した神は、アルガンスを掴んでいた手を彼本人を傷付けずに切り刻んだ。
手が切り刻まれた瞬間、アルガンスは必死に解こうとした反動で草原の中に尻餅をついてしまった。
他の目があるわけではないが、このような醜態を晒してしまったことにアルガンスは目の前の何かに嫌悪感を抱く。
「……どうやら、今までの界外術師とは別格………いや、界外術師ですら怪しいですね」
アルガンスの警戒を気にした様子もなく、さっきまでバラバラだった腕がくっつき始める。
それと同時に斬り落とした首も、元の場所に戻っていた。
肉体の再生。
アルガンスは初めてその場面を見て驚愕するのと同時に、目の前で平然と立ち上がる少年の顔を見てゾッとする。
知っていた。
見覚えがあった。
「……貴方はまさか…………」
その言葉が終わらないうちに、アルガンスが界外した神の体、黒い煙が真っ二つに裂けた。
煙が裂けたところで効果がないように見えるが、それは再生すらしなかった。
「そんなはずは、ワタシの神は姿も形もない。実体もなければ他の神の影響すら受け付けない。そう、『自由』の思想で作られた神なのに…………」
「そうだよな、そりゃ邪神ってのは姿形が自由に決められる神だもんな。俺の神が強い、俺の神は最強だ。そんな思いが集まれば、今までの定義も形も歪められる。色々と手間が掛かる主神級よりも手っとり早く界外できる例外で最強の神だ」
今まで草原で喋っていたアルガンスとは別に、新たな声が少年の口から出てくる。
それは初老のアルガンスよりも優雅に、のんびりとした口調で話し出す。
「しかし、それじゃ最強の定義すら危ぶまれる。神という定義が狂う。だが安心、そこは品質の問題だな。安心と信頼を持つ神は強く、逆に支持されずに独り善がりで作った神は弱い。その点で邪神は弱くなる。もっとも、クトゥルフ神話のように信奉者が多勢いる邪神は強いがな」
斬られた際に被っていたフードは千切れており、少年の顔を月明かりが照らし出していた。
長めの髪に癖っ毛が混じっており、顔半分が髪で隠れている。そして片方だけ見える目は赤い色をしており、顔の色はやや白く不気味な印象だ。しかし、顔立ちは整っており、独特の雰囲気を持っていた。
「邪神は信仰心とそれに対する感情。歪んだ思いってのが集まれば集まるほど完璧になる。けど、それじゃ術者本人も感情を抽出させられる周りの人間も耐えられない。負の感情が殺戮を呼び起こして自滅させてしまう。つまり、あんたの神は生温いんだってことさ」
少年はアルガンスに近づきだす。
アルガンスは少年の正体を知った上で動揺を隠せず、焦りながら口早く自身の神に命令を下す。
「我が神よ! ワタシが記した我が教団の教えと戒律が書かれたこの聖書の力を持っっってあの化け物を浄化させよ!!」
『他の教団が信奉しない神(邪神)』は、アルガンスの命令にようやく動き出し。自身の体を大きく変化させていく。
「ここはイギリスだ!貴方があの教団の人間であってしてもこの国独自の偶像というものが存在するのを知らないだろう!!人々の信じる心と我が教団の信仰心を合わせる術を私は持っているのだよ!!!」
アルガンスは大きく張り裂けそうな声でそう叫ぶと、神は大きな影から形を形成していく。
黒い影に丸い光る眼のようなモノが二つ出来たと思ったら、今度はその周辺が丸くグンと長く伸び、下は大きな丸っこい体となっていく。
まるで首長竜の様な姿になった。
「…………カルト教団とオカルトらしい発想だ。まさか『ネス湖』のネッシーの信仰心を偶像に捉えて邪神に姿を与えるのと同時に、新たな感情の力を注いで強化させるとは。やはり実力は本物か」
少年がアルガンスを評価している間に黒い影の神は大きな鋭い歯を形成し、大きな口で少年の頭から先を噛み砕こうと襲いかかる。
しかし、邪神が少年を噛み砕くことはなかった。
その前にアルガンスの右腕と右足がゴッソリと斬り消されたのだから。
「………………え?」
「けど、やっぱり邪神は弱い。何故なら俺の神が強いから」
腕と足を同時に失ったアルガンスは、さっきまでの余裕な初老の紳士から一転。激しい苦痛と深まる疑問、さらに大粒の涙を流しそうになった。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーー………………ッ!!!!!!」
しかし、涙が頬を流れる前にアルガンスの頭は丸ごとなくなった。
草原に響いていた絶叫が途絶え、静寂の中左腕と足を残した首なし遺体は、ドサリと音を立てて草の中に沈む。
残された邪神は声のない絶叫を挙げたと思うと闇夜に消える様にスーッと消えていく。
界外術師がいなくなった神はこの世界から消える。さらに言えば、アルガンスの教団が作り上げた邪神はアルガンスがいなければ永遠に界外されることもない。永久に消えることを意味していた。
「…………骨がないね、まぁとりあえずは任務達成かな」
少年はさっきまでの自分と同じ状態になった死体に近づくと、冷めた瞳で一言。
「喰え」
一仕事を終え、深夜の誰も通らない道を歩きながら少年はスマホを耳に当てながら、日本語で通話していた。
「イギリスで邪神を出しただけのアルガンスってのは弱かった。どうやら才能の低い界外術師だけを殺していただけだったよ。まぁ、喰ったから少しは感謝しているかな? 」
気軽に会話する少年は空を仰ぎながら相手の小言を聞き、それを少し楽しそうな顔で応答すると要件を切り出す。
「で、こんな依頼をして俺に連絡をとるってことは日本でなんかするの? ニア様が敗れたって話も聞いてるし、そっち系の召集なのか」
少年は立ち止まって相手の話をしばらく聞くと自ら通話を切る。
自分の頭上で輝く月を見ながら一人呟く。
「…………へぇ、ヨグ=ソトースかぁ……。それに、『天才界外術師』ときたか……、俺や『邪神チーム』がわざわざ日本に集められるわけだ……」
イギリスの夜。
少年は呟きながら夜の道を歩いていく。




