61話 決意
『ねぇデルモンドさん。どうしてあたしの身体は動かないの?』
瓦礫から半身を出し、焦点の合わない瞳をボクに向ける少女。
イイジャリィ。
昨日、ボクの魔法に対して感謝し、心の渇きを癒してくれた少女。
彼女は必死に手を伸ばそうとするが、その力は弱々しく、すぐに崩れ落ちてしまう。
辺りを見渡すと他の子供も倒れていた。
けれど、全員が息をせず。何人かは体の部位がなくなっていた。
大人も同じく、ここ近辺のゲリラの兵士達は全員死んでしまったようで、遠くから銃撃音が響くのみだった。
『………………』
分かっていたことだ。
この世界が不条理なのは。
たとえ1人の有能が頑張ろうとしても、その他大勢が邪魔をして潰してしまう。逆にその他大勢の中から才能も見所もない者が、世界を動かす者になってしまう。
でも、ボクの魔法ならその考えや固定概念を壊し、みんなが笑える新たな道を世界に示せると思っていた。
現実はこれだ。
ボクは弱々しく、瓦礫に挟まれたイイジャリィの元に歩く。
イイジャリィの瓦礫からたくさんの血が流れだしていた。
これはイイジャリィのモノだろう。
そう思うだけでも、ボクは心臓が痛くてたまらない。
過去に何度も親類の葬儀に参加したことがあるが、これほどまでの哀しみや痛みを味わったことがない。
昨日会ったばかりの子供に、ここまでの感情を持つなんて…………。
そう思っている最中にも、どんどんイイジャリィが焦燥していき。死は近づいていく。
『おい!貴様は何をしている!?』
後ろから声を掛けられ、振り向くとその先には。
政府軍の軍服を着た兵士数名が、瓦礫だらけの路上に転がっていたまだ息がある子供達を、撃ち殺しながらこちらに近づいてきた。
『なんだか変んなやつだな……』
『ゲリラの雇った傭兵か?』
『とりあえず足だけ撃っとくか?』
『面倒くさいし殺しちゃうか?』
現地の言葉でそう会話していると1人がボクの足に向けて銃口を構える。
丁度良かったので、ぶつけようのないこの怒りを、ボクは彼らに向けていた。
僕はこの時の事を覚えていないほどに必死だった。
どんな魔法を使ったのか忘れたし、政府軍の兵士と遭遇したりもしたようだ。
気付いたら、イイジャリィの挟まった瓦礫の山を中止に血の海が広がり、少女はすでに息絶えていた。
コト切れ、死んでしまったイイジャリィ。
その亡骸を、涙と鼻水でクシャクシャになった顔でしばらくの間見つめ。
僕はようやく決意する。
『…………魔法じゃ世界は救われない。やるにはもっと強力な意志がなければできないんだ。世の権力者というスポットライトも、浴びない者たちのためにも1からリセットしなければならない…………』
ボクは『計画』を思いつく。
僕の意志とその道に進むための明確な言い訳と共に。
『世の注目される人物を舞台から引き摺り下ろし、世界に見せつける。世を正すにはこの考えこそが相応しい』
決して復讐ではない。
世界に対して『個人の私怨』という範疇に入らない。
『さぁ、ボクが示さなくてはいけない。世界の反対側以上の絶望を、表舞台で輝くあの豚どもに』
明確な意志。
ボクは無理やり頭の中でそう言い続ける。
黒いモヤモヤとしたこの計画は、イイジャリィのような人をこれ以上増やしたくないと本来の目的を捨てて。
世界に対する殺意ばかりを募らせた。
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ティアレがこの映像を見ていた時間は現実ではほんの1秒程度だったが、それ以上に長く、深い意味を持った時間であった。
「……師匠がこの出来事を体験して、計画を今日実行した…………」
そう考え、ティアレは彼がターゲットにしていた東條絵里に不可解な行動をしていたのを思い出した。
確か数日前に、彼女宛に脅迫文とともにメロンとスイカを配送した。
何故そのようなことをしたのか聞いても『冥土の土産』と返すばかりで答えてはくれなかったが、今ならそれが分かる。
本心では殺したくは無かった。
もしかしたら、おとなしく表舞台から引退して欲しかった。
しかし、東條絵里はそれとは逆に界外術師を護衛に就かせ、わざわざ会場に出向いた。
彼女の強さが、彼の中のその部分を刺激したとしたら。
そんな彼の優しさや配慮が狂い、今の状況だとすれば……。
「師匠が……報われない……」
一人で世界を変えようとする『魔法師』のデルモンド。
元々優しい彼が、注目されない者達のために世界中で注目を浴びる人物を殺そうとする。
けれど、全員殺した後はどうする?
要人殺害の恨みを世界中から向けられ、守ろうとした人達からも逃亡する生活になるかもしれない。
彼は誰にでも勝てるが、そんな彼を救う者はいない。
大衆に嫌われて最低の生活をするかもしれない。
それも理解した上で彼は動いている。
だからこそ、ティアレは思う。
そんな一人で先に行ってしまいそうな命の恩人を、寸前で止めたいと。
「ねぇ、神格者のあんた」
「孝作でいい」
意識を元に戻した神宮寺は、怪人アンサーがティアレに見せた『理由』を共に見ていた。
だからこそ共感ができた。
目の前の少女が慕う男を助けたい……と。
「なら孝作さん、私は敵でありながらですけどこの事態を止めたいと思いまして。どうでしょか、一つお力添いをお願いしてもよろしいかしら?」
敵であるティアレにそう言われて『神格者』という体質を持ちながらも嫌う男は、またその力を使って誰かを救うことを決める。
「任せろ、お前の師匠ってヤツの五里霧中な考えなんざ、俺の神頼みで正してやるよ」
そう言いながら神宮寺はティアレに手を差し出して握手を求めた。
ティアレは最初訝しげだったが、それもつかの間ですぐに握り返す。
「よろしくね孝作さん」
「おうよ…………名前聞いたっけ?」
「…………ティアレです」
答えるティアレの冷めた目が、ちょっとだけ神宮寺の心を傷付けた。




