57話 1vs4
危機的な場面。
そう考えながら今の状況が良くない事を私は悟っていた。
目の前で自分をな守るためにと戦うへべ。
女神である彼女はその神の身体能力を使って『魔法』が使える人間と対等に戦っていた。
デルモンド・キルギス。
そう名乗る彼は世界中を目にして、光を浴びる事もなく死んでいったその他大勢の人間がいるこの世界に不満を持ち。今注目されている自分を狙っている。
そして、今現在の自分の地位が界外で呼んだ神の力ではなく長年の努力とその実力である事を伝えると、彼の中の大きなプライドがそれを認める事を否定して戦いを続けている。
1人の界外術師で、世界的なアイドルである自分。
対するは『魔法』を極めたという男。
それだけでも、経験と場数が違っていた。
デルモンドの魔法は鋭く、一撃一撃がへべと自分を狙っていた。
こちらも、へべの力で注目を外したり自らの足で避けながら瓦礫やその場にある展示用の置物を掴んで投げるのみだ。
当然そんな攻撃がデルモンドに当たる事はない。全て宙で割れたり弾かれたりしてしまう。
逆にこちらも徐々に被害が出てくる。
へべは足首を切られてしまい歩けなくなり。
自分も左手の義手の動作不良が起きていた。
「ハハハ、どおやら運のツキというヤツだね」
動けなくなったへべに寄り添いながら自分は自らの左腕を外した。
そこにゆっくりと近づくデルモンド。
彼なら遠くから私たちにトドメをさせるはずなのに、わざわざ近付いてくる。
プライドを保ちたい為だろう。
今までの世界を知らなかった自分が地獄をみて。裏と表、そこが全てだと極論を出した彼が、努力をした人間を殺すといった矛盾を正す為の。
その証拠に、顔に焦りの色が見えた。
「……あなたは、本当にそれでいいの?」
私は尋ねる。
彼は歩を止めてこちらを見下す。
「なにがかね? さっきの光がどうとかかね」
「あんたに従っているあの娘のことよ」
それを言うと彼の顔に焦りが消えたようにも思えた。いや、思いつめたような顔だ。
「あの娘、あなたが救ったから一緒についてきて私のことを襲ったんでしょ。あなたを慕っているあの娘が、あなたが行うことになんで疑問を持たないのかわからないの?」
「…………そうだな」
彼は私とへべに杖を突きつけた。
睨むように、心残りがあるかのように。自分たちを見ながら。
「……絵理」
隣にいるへべが私に話しかけてくる。
私はアイドルとして、舞台に上がる時以上の笑顔をへべに向ける。
あぁ、私は本当にダメだな……。
へべは、一生懸命私のことを支えてくれて毎日忙しくても私の身を第一に考えてくれた。
本当に大切で、申し訳ない。
「……ごめんね、みんなを輝かせるつもりだったのに」
「……それはこっちのセリフよ」
へべは、ボロボロになった腕を伸ばして私の顔を撫でる。
「……守れなくて、ごめんなさい」
謝らないで!
私は心で叫んでいた。
へべは私のお母さんを助けようとしたんだ。
だから謝りたいのはこっちなんだ。
ごめん
ごめんなさい。
私はもう笑顔でいられなくて、涙をボロボロと流してた。
熱い。
心臓も苦しい。
ーーーこんな、まだ何も輝かせていないのにーーー
心残りが大きすぎる。
へべも悔しそうに、涙を流している。
きっと同じ気持ちだ。
「ーーーーでは、サヨウナラだ。グッバイ、エリ・トウジョウと女神へべ」
杖を少し上に向け、私たちの頭の上に断頭の刃と黄金の槍が現れた。
その時には私の頬には涙は流れていなかった。
ただ、自分が死ぬ瞬間が来るのを待っていた。
「ねぇ、へべ」
「……なに絵理」
「ありがとう」
「……そのセリフもこっちが言いたいわ」
そんな他愛ない会話の最中に、断頭刃と槍が振り下ろされた。
ーーーーあぁ、これで、夢は叶わないなーーー
ーーーアイドル以外にも、とてもかっこよくて助けてくれる人と一生を生きたかったーーー
そんな叶いもしない願望を脳裏にちらつかせながら猛然と迫る刃に目を閉じた。
ーーーーーあれ、今何秒たった?ーーーーー
私は未だに生きていること、そしてさっきまで目前に迫ってきた凶器による痛みがない事を不思議に思った。
もしかして、死の瞬間時には痛みも消えて目を開ければ花畑にいるのかもしれない。
ーーーそれか、私を助けてくれるヒーローが駆けつけてくれたのかもしれないーーー
私は前者と後者、特に後者を望みながら、まだ温かい瞼を開かせる。
目の前には、いつ現れたのか黒いパーティースーツで赤茶色に染めた髪の後ろ姿と赤いドレスの女性が立っていた。
私は、この2人を知っている。
「……あ、あなたは……霧島……」
私が何か言うのを、彼は振り返って人差し指を口に近づける。
喋らなくてもいい。
そう言っているようで、私が口を紡ぐと彼は笑ってウィンクを飛ばす。
素敵だった。
その姿は、私の理想とする何かに似ていた。
そう、ヒーローに。
「……さーーて、覚悟はできてんだろうなファッションセンスゼロ野郎。よくも俺の好きなアイドルの東條絵里ちゃんを傷付けてくれたな」
「あら、この娘と神の方はよく見たら腕とれてるわよ」
「…………」
おそらくキメ顔でデルモンドに言ったであろう霧島君は、ヨグさんの言葉に固まりギチギチと音を立てそうな感じでこちらを振り向く。
私の左腕の辺りを、ものすごい速さで瞬きして凝視する。
あ、これは少しまずいかも。
「……………………」
「えーと、き、霧島君? 私は大丈ーー」
「ぎゃああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!絵里ちゃんの腕ガァァァァァ!!!」
絶叫。
うるさくて私は耳を塞ぐ。
なにこの人、 普通にかっこいいっていうのに。
どんだけ私の熱狂的なファンなの!?
霧島は勢いよく、姿勢を低くした今にも襲い掛かりそうな体勢で前を見据える。
デルモンドの方もこの2人に距離を取っていたのか離れたところにおり、私と同じように耳を両手で塞いでいた。
「ヨォォグゥゥ、あのダサ男殺していいぞ!」
「え、生かすんじゃないの…」
「ブチ殺し確てーーーーーーーい!!! 生かす理由も却下却下ァァァァァァァァァァァァーーー! 肢体引きちぎって殺すぞゴラァァァァァァ!!」
「…………りょーかい」
何かとんでもない事言っているなあの人。
それに従うヨグさんもけっこう苦労人なのかも……。
それは置いておこう。
ヨグさんは両手を前に向けて幾つもの触手に変化させる。
やがて幾つもの触手がデルモンドに向かって鞭のように振るわれる。
「君たちも学習しないね」
だがデルモンドはそれら全てを見えない何かではじき返していた。
「えぇ、そりゃ目の前に大きな壁があれば無理よねぇ」
こちらからではヨグさんがどんな顔をしているのかわかんないけど、それでも分かった。
「目の前は……ねぇ」
不敵な笑みだと。
それと同時にデルモンドが背後から何かに斬られた。
血を吹き出して、前のめりに倒れそうに倒れそうになるデルモンドの背後。
血塗られた剣を持った首無しの騎士と、離れた場所に2人のの方怪我だらけの男女が立っていた。
「ひゃっはー! ダンナとアネさん、奇襲成功ですぜ!」
「これでスッキリ! あとはこいつを捕まえて一件落着ですね!!」
彼らはそう言ってデルモンドに近づこうとする。
でも、その前に首無し騎士の体がバラバラに切り刻まれた。
「うひゃ!? あ、あぶねーー!」
「マジかよ、あいつなんで死んでないのよ。こっちは殺す気で斬ったつもりだっつーのに……」
デルモンドは荒い息を吐きつつ、しっかりと立ち上がる。
「……なるほど、君たちはあくまでボクの邪魔をするのか。ならば殺すが構わないよなぁ」
その目にはもはや狂気の色が彩られていた。
さっきまでの手加減ばかりの彼ではない。
おそらく、本当に本気を出してここにいる私たち全員を殺すのだろう。
でも、霧島君は。
「あぁん? ダサ男がなに偉そうに言ってんだ。こっちは絵里ちゃんの腕が斬り落とされて怒り心頭なんだぞぶっ殺すぞゴラァァァァァァ!!!」
全く臆していない。
それどころか逆にみんなを鼓舞しているように思えた。
ステージに上がる前の私のように。
「おいヨグ! あとそこの奇襲成功した2人! 今度こそ絵里ちゃんの綺麗で繊細な左腕の仇打つぞ! 代償はあの男の命だ! 絶対タマとったらぁぁ!」
「えー……」
「ダンナ……」
「目的は左腕の仇なんすね……」
三人はブツブツと乗り気ではないように言っていたが、表情を引き締めて霧島君たちは一斉にデルモンドに襲いかかった。




