51話 義手
東條絵里は怒っていた。
いつも気弱で、マイクを持つ時だけにテンションのオンオフが起こる彼女だが。
この時ばかりはさすがにイラっときていた。
「自分の力が及ばない、だから他の人間を貶めてその他大勢を一歩前進させる。 そんなのただの経済学だろ! 統計学だろ! 卓上の理論だろ!! あんたがどんなモノを見てきたのかわたしには想像もつかない。でも、こんなに努力してここまできた人間相手にそれってなんなの!? あんたは神かなんかか!? 」
一歩、また一歩と詰め寄るように前進する絵里に、さすがのデルモンドもたじろいで後ずさる。
自分が目の前にいる少女に、襲撃の際にマークしていた『メビウスの輪』よりも弱い存在に足が下がることにも驚くが、そんな事よりも自分の大義名分を回復する事に尽くす。
目の前にいるのは他の人間を差し置いて光を浴びている人気者。
それをもう一度頭の中で認識し、ステッキを突きつける。
「……では、君の努力の過程で光から外された者たちはなんだね。 君がその場に立つために、何人もの人間が夢を無くしたと思う。それこそ君と同じ舞台に立つために努力した者たちだろう。それじゃ、救いがない。だからボクは修正するんだ。こんな理不尽……」
それを言い切る前に、デルモンドがステッキを構えていた右手の甲が切れて、そこから血が噴き出した。
「なッッッッ!?」
それは、『魔法師』という称号を得た人間が初めて負った深手だった。
目の前で、しかも遠くにいる東條絵里が何かをしたと瞬時に理解は出来たが。方法が何かわからなかった。
界外術師 魔法
その分野に特化していたせいで油断と回避の遅れを招いた。
なぜなら、自分を傷つけたのがさっき切り落とした義手の左腕だったのだから。
「自動操縦……オートマチックってヤツかな。その義手ってちょっと特別製なの」
ごく普通といった風にネタばらしを始めようとする絵里の元にその左腕の義手は戻っていく。
「何年もこれを活用していると、やっぱり機械の限界ってヤツもあったりするからさ。ライブ中にもし動作不良を起こしでもしたら、それこそ私がダメになってしまうからね」
左腕は這うように絵里も元までたどり着くとそのまま跳躍し、まるで磁石がくっつくように東條絵里の断面にピタリと張り付く。
「だから、ちょっとばっかり危ない組織に潜入してそこからこの仕組みを盗ってきた」
絵里は左腕の調子を整えているのか肩をぐるぐると回して調子をみる。
「これは脳にちょっとした特殊なチップを埋め込んであって、その信号に合わせてこの義手が思い通りに動くの。しかも脳のチップが生体電気を電波に変えて放射するから、場合によってはラジコンのように遠隔操作で義手を動かすことも可能。ほら、このように」
絵里はそう言って義手をデルモンドに見せつけた。
デルモンドの方といったら、この様な技術は聞いたことがなく、ただ切られた手と目の前で語ってくる絵里を交互に視線を走らせて、ただただ驚いていた。
胸中では自分が怪我を負ったことが信じられないといった感情が渦巻いていた。その中でも、彼は自分が行おうとしていることについても不安を感じていた。
(もしボクが、万が一にこの女に負けたとしたら……)
そんな前提を考え。
(そうしたら、ボクの行おうとしてきたことは単なる一人相撲。こんなのは……)
認めない。
目の前にいるこの女が、自分の守ろうと決めていたものを壊してしまいそうで。
「……それでも」
圧倒的優位にいる彼だから、魔法で世界を変えようと決意した彼だからこそ。
「ボクは君を殺すよ。そんな技術で輝くのは卑怯ではないかね?」
そのセリフは似合わなかった。
自分の左腕の調子を確かめ終えた東條絵里は、そんな『魔法師』の男につまらないといった顔をつくって言い放った。
「……あなた、本当に輝いていない」
それだけだった。
直後にデルモンドとへべが衝突したのは。