49話 違い
デルモンドの魔法から出た水と電撃。
水浸しのフロア全体に電流が走ったことで天井のランプが点滅したり、陳列棚の一部が燃えてしまう。
その一撃。
デルモンドはこれで目の前にいる東條絵里が死んだと思わなかった。
「……ほう、今度は水のみをへべの力で取り除いたというわけか。いや、取り除いたというよりは水に認識させないようにしたといったものかね」
デルモンドは攻撃が無駄とわかり、すぐに地に降りた。
水浸しのフロアの中心で、デルモンドと東條絵里はお互いに敵意を持って向かい合う。
「……ねぇおじさん、さっき『君の存在が許せない』って言ったじゃない。私がなんかしたっていうのかな?」
「失礼、訂正する。ボクは君のような大衆に注目される人間が大の嫌いなんだ」
デルモンドはそう言ってコツコツと、ステッキを打ち鳴らした。
「君は世界中というものを見たことあるかね?」
「……ないけど」
「そうだ、世の人間はみんなそんなものだ。世界という言葉をテレビや新聞、メディアを通して知っているだけだ。ようは知ったかぶりなのだよ。ボクも12年も昔はそうだった」
一区切りおいて、濡れたフロアの床を歩き出す。
東條絵里とへべがいる方に向けて。
「ボクは幼少の頃から『魔法』が使えた。親もその類に長けている人物で、ボクはその道を極めることにした。それは裕福で不自由も無かった。ようはお坊ちゃんだったのだよ」
ピチャピチャと、水音まじりの足音と共に近づくデルモンドに、無くなった右手首を押さえつつも警戒するへべ。
しかし、東條絵里はそんなデルモンドにマイクを持ちながら待ち構えていた。
「そんな完璧な環境で魔法を極めたボクは、好奇心と人助けのために世界を旅することにした。この【魔法師】という肩書きがあれば誰でも助けられると信じてだ。でも……」
「誰も助けられなかったって言うのかな?」
「…………そうだな、そうだ。ボクの魔法じゃ彼らは助けられなかった。例にすれば、現地で知り合った少年が紛争地に行かされ無惨に死んだ。ボクは魔法で少年を殺した兵士を惨殺したけど、今度はその兵士の家族が不幸に見舞われた。『魔法』じゃ人は救えなかった。それこそ、絵本にあるようなハッピーエンドをボクは実現できなかった……」
東條絵里の答えに、デルモンドの表情はさっき以上に余裕というものがなくなっていた。
まるで焦燥しているようだ。
「……この世界は、残酷すぎる。救われない人間が多すぎる。なのに、君はなんだ? この世界にはない法則で世界のスポットライトを浴びて、注目されるなんて。それじゃ、あまりにもずるいんじゃないか?フェアじゃないだろ。救われなかった人間も注目されるべきだろ? だからボクは君を消す。これが注目されなかった彼らの弔いとなるように」
まるで思っていること全てを言ったように、デルモンドは真っ向から東條絵里を睨みつけた。
けれど、東條絵里は。
「…フェアじゃない? お高くとまってんじゃねーぞこの木偶の坊。ふざけんなよ、なにが『魔法は世界を救えない?』、『注目を浴びる君を消す』だぁ? あんた、本当に世界を見てきたっての? グローバル過ぎて感情の齟齬が生まれてんじゃないの?」
まるで鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くしているデルモンドに、さらに言い放つ。
「私がなんの努力もしてないでこの場で命を狙われているって本気で思ってるんなら、畑違いだし。あんたさっきこの左腕が義手の理由に気づいたんでしょう。なら私の努力が分かってんじゃない。そうよ、私はこの左腕を贄に出してへべを界外したの!」
「……だ、だが、君がこの表舞台で立っているのはへべの能力のおかげだろう? 神の介入を許している時点で君はすでにフェアじゃないだろうが」
狼狽するデルモンドに追い打ちをかけるように、今度はへべが口を開いた。
「彼女は私の能力でここまで来ていません。全て努力の賜物です。私はそれのサポートとして付き添っているだけにすぎません」
その返答に、今度こそデルモンドは唖然とした。
「……なん、だと……」
目の前に立つ少女に、【魔法師】と呼ばれる男は隠せない驚愕をした。