魔法師・デルモンド
司会者の男が刺された場面を目のあたりにして、会場は悲鳴と恐怖で覆われた。
セレブ達は我先にと出入り口に向かい、会場内から出て行く。
その際に係りの者もみんな逃げ出してしまい、会場のパニックは最高潮だった。
しかし、そんな群衆の中でも冷静に対処し迅速に行動する影もあった。
「あの刺したやつをぶん殴って捕まえれば仕事おしまいなの?」
「そのようだな」
そう言ってバッ壇上に上がり、真っ先に白いシルクハットの男の前に立ったのはヨグと霧島のコンビだった。
彼らは倒れた司会者を挟むように対峙している。
「これはこれは、『約束された盤上』に好き勝手に利用されていたお二人じゃないか」
「死ね」
ヨグは白いシルクハットの男の会話を遮るように言うと、ドレスから出ていた綺麗な腕を触手のようなものに変化させると、鞭打つように白いシルクハットの男の真上から叩きつける。
しばらく、埃のようなものが舞って辺りが見渡せなかったが、ヨグは内心では勝ったと思っていた。
しかし。
「まったく、人の話は聞くものだと教わらなかったかね? まぁ、神様なら教わることなんてないか」
白いシルクハットの男はヨグの触手を、まるで白い綿のような柔らかいものを頭上に出して受け止めていた。
けむり埃はそこから出ていた。
「はぁ!? 今確かに潰した感触がしたってのに!!」
「ボクがそれを作ったと言ったらどうだい?」
男はまるで今の現状を楽しんでいるように、いつの間に出したのか、ステッキをブンブンと振り回している。
「主神がそんなに驚くな。この世界はまだ広い、謎なんてそれこそボクがその正体を知っているモノでも3割程度だ。おっと、そう言えば自己紹介がまだだったね」
男はシルクハットを摘み少し上げ、まるで立ち話を楽しむ英国紳士のように気さくな会釈をする。
「ボクはデルモンド。 デルモンド・キルギス。 魔術師や魔法使いといった全てのモノの頂点である『魔法師』で、世界の謎の3割の答えを知っている者だ。以後お見知りおきを」
「うっぜ死ね」
ヨグはそんな男の余裕な態度にイライラしていたのか、自分の背後の空間を破って無数の触手を男に向かって繰り出す。
それをシルクハット。
デルモンドはステッキの先から雷、氷、炎、土を出して全てはたき落とし、次の瞬間には彼の背後から無数の剣が飛んできて地面に落ちた触手を串刺しにする。
「話している最中だと言っているだろうが! なぜ空気を読まないのだ」
「空気は吸って吐くものだけど。ねー霧島、あたし間違ってるかな?」
「お前が合ってると思うぞ。それに、命を狙ってるバカを倒すのに時間とか与えないだろ普通。どこのお都合主義のお話しだってんだ」
デルモンドは怒りながらステッキをグルグルと回すと、今度はそこから鳩をだした。
「すまなかった。どうやらボクは知らない間にお遊戯をしていたようだ。本当に申し訳ない」
羽ばたいて飛んできた鳩は、ヨグの横を通り過ぎると霧島の肩や頭に止まって羽を休める。
「まず!!」
一瞬の出来事、ヨグの余裕が生んだ隙。
そこを突かれた。
「では本気を見せよう」
ステッキの石突きをカツンと床に鳴らす。
それが引き金のように、霧島に留まっていた鳩が火を吹いて爆発した。
場所は変わって襲撃される数分前のビルの屋上。
そこには、大鷲氏が雇った10名のうち2名の名だたる界外術師達がいた。
1人は浅倉京香。
もう1人は渡新一。
二人の男女は屋上からの襲撃に備えてこの場に留まっていた。元々、襲撃する側も同じ界外術師だという話は聞いていた。
正面切って突撃するようなテロリストではなく、ただ神を界外するだけの才能のある人間。こっそりと忍びこめるところから行くのが心理だ。
そう考え、雇った界外術師達で相談し練って配置されたのがここだ。
ちなみに、ビルの一階には3名。
会場内には4名。
さらに非常階段には1人といったように配置されている。
もし問題や異常があった場合には、持っている防犯ブザーのようなアクセサリーのボタンを押せば他の界外術師達に異常を伝えることができる。
しかし、浅倉と渡はこのボタンを押さないだろうと思っていた。
「なーワタリ、あたいらのコンビに敵う界外術師が襲撃すると思う?」
寒い風が吹くビルの屋上で、事前に用意したお茶やお菓子を食べつつ、周囲を警戒しながら浅倉が渡に聞く。
「んーー、ンなもんいねーだろ。俺たちの名前知ったら逃げんじゃねーの?」
「だよねー! やっぱあたいら『海岸のツイン』って聞いたら逃げ出すか!」
そんな会話を続ける二人。
『海岸のツイン』
二人は神奈川県の高校生であり、その二つ名は主に海岸で依頼された他の界外術師を殺している時についた異名。
二人は、高額取りの腕のいい殺し屋だった。
どんな界外術師でも逃げ出すほど、10人の中でも3番目の脅威とされている存在だった。
男の方、渡は気さくな性格上、お金になる依頼を集める事に長けており。
女の方、浅倉はどんな事態でも動じない性格で、殺すことに長けていた。
裏の世界では恐れられる存在の二人は、今回のお金になって殺すのが黙認されている依頼には心踊っていた。
「ねーねー、襲撃者見つけたら京香はどんな風に殺すの? やっぱ頭は残しておくっしょ? 血塗れで大鷲さんの前に行ってもお金もらえないとおもうし」
「ワタリ、あたいがそんな殺し方すると思うの? 相手は人を殺そうとしている輩だぜ。 なら首から下を骨だけにすんのが一番人道的じゃね」
「わーーお、なんだかその光景を思い浮かべてゾクッと来ちゃうな!」
完全におちゃらけて喋っていた。
その時だった。
突如、ビルの真下から何かが上がってきた。
普通だったら上がってきて来たものを確認するものだが。
「界外!!!」
「界外!!!」
二人はそれを視認する前に界外術を使っていた。
あたりに幾何学の模様が広がりその中に神の人形を何枚も入れる。
「界外!!! ケルベロス」
「界外!!! クラーケン」
二人が同時に界外する者の名前を言う。すると、地面が破れてそこから三つ首の大型犬が出てくる。
反対にもう一つの方からは大量の水が地面から湧き出たと思ったら、その中から大型のタコが頭を覗かせた。
ケルベロスとクラーケン。
どちらも神話の怪物。
二つの神話の化け物は、暗くてよく見えないソレに躊躇も見せずに襲いかかる。
浅倉と渡は知っていた。 この二体が出た時にはすでに勝ちが見えている、と。
しかし、ビルに降り立ったその人影は。
片手を二体に向けると、そこから氷と炎がでてその怪物達を消し炭に、氷漬けにしてしまった。
「「……は?」」
二人は目の前の現実に、目を見開きながら絶句していた。
そんな二人も意に介さず。怪物を倒したその人物はツカツカと、二人が守っているビルの階段前まで歩いてきた。
雲に隠れていた月が出てきて、その人物を淡く照らす。
少女。
おそらくは浅倉達と同じ高校生の年頃だろう。
格好は黒いゴスロリ調の服で、神は少し茶色い。
しかし、頭に被っているものがそれに異様な印象を与える。
とんがり帽子。
まるで、魔法使いのような。
「………『海岸のツイン』ね。罪のない人を殺す悪人。私が制裁しとかないと」
「あ、あんたは一体……」
腰を抜かして地べたに座り込む渡に変わり、浅倉が同い年と思われる少女に尋ねる。
けれど。
「死なない程度に苦しめてあげる」
その一言の後、二人の意識はぷっつりと切れた。
血だまりに沈む男女を乗り越え、階段を下りようとする少女。
彼女は、自分を助けた恩人のために動いていた。
それが、どんなものであっても。
彼女はその恩を返すために意を決して階段を降りる。
いやー、なんか復讐の理由で書いた議員の名前を間違えちゃいましてすいません。