災厄の音頭
『メビウスの輪』と呼ばれる男とその付き添いと思われる女が招待客の中に消えた後、アリアはひとまず東條と平に断りを入れると。神宮寺の手を握って、会場の隅に連れていった。
何やらただならぬ状況を察した神宮寺は、とりあえずそのままついていく事にした。
繋いできたアリアの手が少し震えていたのもその一因だろう。
会場の隅っこまで移動すると、アリアは神宮寺を見つめる。その強気な瞳が少し揺らいでいた。
「…………あいつは、あの2人は、界外術師の規則を破ったやつらなの」
「そ、そこまでやべーのか? 俺には女が怖い以外何も感じなかったぞ。 本当にあの2人が人を200人も殺したのか?」
「あの2人は、たった2人で人攫いの臓器売買をしていたマフィアや小さな複数の組織のメンバーを惨殺したと言っても?」
「…………マジか? それって人違いなんじゃねーのか」
「証言者は助けられた子供達。目の前で腹を裂かれてる場面を別室で聞かされた警官の心境はどんなものか……」
「でも! それはそいつらが助けようとして殺したんだろ!? なら話だとそいつらが悪者扱いされるのっておかしいんじゃ」
「界外術は本来なら表に出ちゃいけないのって知ってるわよね?」
「…………まさか」
「あの2人は助けた子供たちに身を守る術として界外術を教えていたの。そのうち何名かがそれを使って事件を起こしてしまった。それが界外術の協会に知れてあの2人は逃亡。そして、今日5年振りにあの2人に会った。でも、あの事件の反省がみられなかった」
「……怖いのか?」
「……多分そうかも。あの2人の実力も私は知っているし、正面切ってぶつかっても勝てるかわからない」
「おいおい、なら俺がいるだろう? 俺の『神格者』で神を憑依させればあんな界外術師なんか……」
アリアの緊張やその他の感情をほぐすためにおちゃらけて、ふざけて答えようとした神宮寺だったが。
その両肩に、アリアが手を置く。
「孝作、あんたはあの女に何を感じたの?」
「へ? え、えーと……」
「似てると思った?」
一言、その一言が頭の響いた。
なぜ分かったのか?
最初に印象に持った神宮寺の印象を、なぜアリアは答えられたのだろうか。
「な、なんで分かったんだよ……」
疑問を口にする前に、少しだけ答えがわかっていた。
多分、神宮寺の頭に思い浮かんでいるものだと。
「あの女はシズクっていうの。『メビウスの輪』のパートナーでありながら、孝作と同じ『神格者』の体質を持っている。似てるって思った理由はこのことからだと思う」
世界で自分だけだと思っていた『神格者』がもう一人いた。
その事実に驚いて少しの間、息を止めてしまったが。
突然、照明が落とされた。
何事かと思ってキョロキョロと辺りを見る神宮寺だったが、すぐにスポットライトが点いてさっき絵里が騒いでいた壇上を照らしだした。
「みなさま、本日はお忙しいところお集まり頂きありがとうございます。私、大鷲誠治の生誕75年の祝祭を祝ってくださることに心から感謝いたします。それでは……」
壇上では高級そうな服装をした厳つい顔のおじいさんがスピーチを開始していた。
白髪とその顔に刻まれたシワが元政治家とその雰囲気を気品に変えている印象があった。
大鷲 誠治。
どうやら『メビウスの輪』を雇ったその老人は、自分の命が狙われているのを知っていてこのように思いきって壇上に立つことができたのだろう。
おそらく、雇った界外術師達の実力を信頼してこのようなことが出来るのだろう。
そう考えながらアリアの肩を撫でて彼女を落ち着かせる。
アリアは少しパニック気質なので精神が追い込まれて気絶でもしたら困る。
大体スピーチが終わった頃だろうか。
大鷲誠治がお辞儀をして壇上から下り、交代するように司会者が壇上に立つ。
「ではみなさま。大鷲誠治様の75歳を迎えたことを祝して乾杯の音頭を取りたいと思います。お手元のグラスをお持ち下さい」
司会がワイングラスを手に持って、来賓の人達に促す。それを見てみんなもワイングラスを持ち始める。
神宮寺とアリアは飲み物自体を持っていなかったので、その光景を見ていることにした。
「みなさまグラスの方は用意できましたか? では、大鷲誠治さまのこれからの健康を祝して………」
乾杯。
司会がそう言いかけた。
その時だった。
「悪いが、ボクのお仕事は今を持ってスタートといったところかな?」
不意に聞こえた男の声。
そして………。
「…………え?」
司会の男は呆気に取られたような顔で声を出した。
原因は司会の腹部、スーツ服を破って長剣が顔を出していた。
長剣からは赤いような液体が滴っており、それがスポットライトに照らされて赤く、鈍く光りを放つ。
そして、その司会の後ろから見たこともない男が出てくる。
男の顔は西洋人のようで顔立ちは整っており、まだ二十代後半といったところだ。
頭には白いシルクハット。
服は黄色の明るい色のスーツ。
肩にはマントのようなものをつけていた。
「マジックショーというものは、才能のない者が魔法や魔術に憧れて起こす偽の奇跡だ。ボクは好まないが、今回は少し感謝といこうか」
「………あ、あぁ……」
司会は自分の腹部に起こった現象に驚き、絶叫した。
「………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
絶叫が起きた直後、パーティー会場は一瞬でパニックに落ちて、招待客が我先にと逃げ出した。
地獄が始まった。




