『メビウスの輪』
本来なら、このパーティーの主催者がスピーチをする壇上で、彼女は綺麗で鮮やかなドレスに身を包みながらマイク片手でなにやら得意な歌をアカペラで歌っていた。
その異様なテンションになぜかセレブも沸き立っている。
「ウォーーー」
「本物の東條絵里だーー!」
「きゃーー、ウチの息子も大ファンなんですの!」
もう異様でしかない。
周りが東條絵里に対する異様な当たり方はもはや何かの力を使っているとしか思えない。
そう考えながらしばらく様子を眺めていたら。
「こら! 」
「いで!! あーー私のマイクゥゥゥゥ! か、返して…………」
「あなたはいっつもマイクを手にすると性格変わるんだからむやみに持つんじゃないの。あと、少し注目度上げたからって浮かれないの!」
マイクを取り上げた眼鏡をかけて女性モノのスーツを着こなす金髪の女性は、そう言って東條絵里の頭を撫でるようにポンポンと叩くと今度は指をパチンと鳴らす。
すると、さっきまで熱気を帯びたセレブ勢が急に静かになり、各々違うテーブル席に散っていった。
「なるほど、あの女性が東條絵里が界外した神様ってわけか」
神宮寺が今起きた一部始終を見て言った。それに同調するようにアリアも頷くと事詳しく説明する。
「あれはへべっていう女神。元々は不死の薬を管理していて、若さや青春といった概念が形になった神様ってところ」
「つまり、注目を集めたり見えないようにしたのは『若さ』に関係しているのか」
「あんたの考えは概ね正解。人間は老いていくと誰にも注目されないって考えをベースにしてあのへべは力を使ってるの。花よ花よとチヤホヤされるのが『若い』って考えればもっと理解できるんじゃないかしら」
「なるほど。つまり東條絵里の人気の秘密はあの神の力ってわけか?」
「それは不正解。だって彼女は『本当に血の滲む努力』をして今があるんだから。今の地位は実力でとったモノなのよ。ま、彼女があの神を呼んだのには違う理由があるけどね」
「?」
頭に疑問符を浮かべてアリアを見ていた神宮寺だったが、いつのまにかこちらに近づいてきた東條絵里とその神の姿を見て質問するのはやめておく事にした。
「お久しぶりです下田アリアさん。ウチの絵里がお世話になっております」
「えぇ、こちらこそ招待してくれてありがとうございます。平さん」
平さん。
アリアが何気なく使ったこの苗字はどうやら挨拶をしてきたこの神が使っている名前のようだ。
「ご友人の方も初めまして。私は平彩女と言います。東條絵里のマネージャーをしております」
「あ、あぁどうも。俺は神宮寺って良います。えーと、なんか東條さんとは仲良くやってます」
そう言うと平に握手を求められたので、慌ててこちらもと握手する神宮寺。
しかし相手は。
「東條絵里になにかありましたら殺すぞ」
と、業務用スマイルで言われてしまった。
禍々しいオーラを纏いながら平が言ったその言葉に、どれほどこの東條絵里を可愛がっているのかが分かる。
「…………お、オーケー」
短く、涙目を浮かばせながら返事をする神宮寺とは真逆に、さっきまで肩を落として浮かない顔をしていた東條絵里はその返事に少しほおを赤らめていたのに気付いたのは、おそらく下田アリアだけだろう。
しばらくして握手を解き、改めて深妙な顔で神宮寺を見る『平彩女』に対して。神宮寺はこのストーリーが始まった冒頭のように恐れるイモムシ状態の心境になりつつ、とりあえず聞きたい事は聞いとく。
「あんたがへべってことで良いんだよな」
「えぇ、今はこの名前で人間社会で働いているけど。もしかして意外だった? 神様が働かないとでも?」
「いやさ、そんな神今まで見たことなくて」
「本当にそれよ。最近の他の神どもは贄を用いて呼んだ奴のために少しは力以外で役立てってのよ。同じ神として度量の小ささが伺えるわ」
「うっわ、その言葉はウチの子らにも言いたいな!」
平が毒付くように答えた愚痴に対して同感するアリア。そう、毒づく理由に同調したのはもはやアレに対してなのだろう。
その『アレ』がこちらに駆け寄ってきた。
「ちょっと! 神宮寺さん!! ここに置いてあるぅ料理が全部美味しいですぅ! 特にこの鮭の刺身に酸っぱい酢みたいなのがかかっているやつぅとかもう最高ですぅ!!!」
『アレ』はお皿に海産物の料理をてんこ盛りにしてばくばくと食べていた。
姿はこのパーティーに合った子供のドレス。しかし周りは知らない。この少女が神様だということに。そして、その現実を目の当たりにしてアリアが頭を抱え出した。
「おーいこっくり、そいつはカルパッチョと言う料理なんだ。あと、あんまりはしゃぐと怒られるぞ」
「えー! わたし全然はしゃいでないですぅよ! むしろもっと盛り上がりたいくらいですぅ! モグモフモフ」
口に物を詰め込み喋るその少女。『都市伝説』という日本特有の街が生み出したその伝説の一人。動物霊が神格化した存在であるこっくりさんと呼ばれている。
アリアが日頃からよく使っている神で、気に入っている……のだが。
今はなんだか恥ずかしがっていた。
「すいません……、ウチの神がはしたない真似を…………」
平に頭を下げて謝るアリア。
そんなアリアに慌てて止めようとする平。
「いえいえ! これくらい絵里や大鷲さんの護衛を任せているんですから大丈夫ですよ。それに、今回雇っている他の界外術師達も結構好きにやってる人がいるんですから」
「え? 他にも界外術師を雇ってるんですか?」
平のその言葉に神宮寺は反応する。
「えぇ。お金目的の方ばかりですが結構高名な方や、二つ名を持っている人たちを10人ほど。特に大鷲さんは『メビウスの輪』って二つ名の人を雇ってて。その人が……」
平がその『メビウスの輪』について語ろうとした時、頭を抱えて恥ずかしがっていたアリアがバッと顔をあげ、目を見開きながら驚いていた。
「いま……なんて」
「え? 『メビウスの輪』ですが……。もしかしてアリアさんのお知り合いさんですか?」
「いえ……、知り合いどころか……」
アリアが何かを言いかけたその時。
「お久しぶり、僕の『天才界外術師』。『メビウスの輪』が歓迎するよ」
神宮寺は突然聞こえた声が聞こえる方を向くと、そこには二人の男女が立っていた。
男の方は厚そうな冬のコートを着ており、顔立ちはすこしノポっとした印象で、細めの目をしていた。
もう一人の女の方は黒いスーツを着ており。冷たい眼差しを放つ瞳がある以外は整った顔立ちで、美人と言えるほどだ。
見た目は高校生のようなのだが、そこに纏っている雰囲気がそこらの一般人とは違っていた。
そう、神宮寺はその女の方に『自分に似ているな』という感情を抱いた。
何故かは分からなかったが。
アリアも数秒遅れて二人を視認すると、二人のうち男の方を凝視した。
対する男の方も笑みを浮かべながら見つめ返していた。
しばらくアリアと『メビウスの輪』の二つ名の男は顔を合わせていたが、先に口を開いたのはアリアの方だった。
「…………あなたまだ生きていたの? てっきり5年前の失踪から死んだのかと」
「イヤだな。僕はシズクを置いて死ぬわけにはいかないよ」
「…………200人も人を殺して協会から逃げたあんたがそんなセリフ言う権利があるの?」
押し殺した声とその内容を聞いて神宮寺はゾッとする。
人ひとり殺し殺される事など夢のような話だと思っているからこそだろうか。現実味がない分より一層の恐怖を感じた。
だが、言われた本人は困ったように笑うと隣にいた女の方を向き、顔を見てから手を繋いで再度アリアの方に向き直る。
「5年前、確かに僕達は人を殺した。でもそれは少なくない人たちを助けるためだ。それにあの事件の後、僕達は幾つもの贖罪をしてきた。今回もその一つだと思ってくれればいい」
男はそう言って「この件は後にまたお話ししましょう」と話を打ち切ると、平と東條絵里に軽く会釈をして女とともに招待客の中に混じって見えなくなってしまった。




