第一章
事の始まりは、僕が高二の始業式から帰ってきた時に起こった。
僕の家は神社の境内にある。代々神主をしている家柄だからだ。
神社の歴史は古く、少なくとも紀元前からあったようだ。ただ最近はアニメの部隊になったことに伴い、オタクの参拝客が増えつつある。
それで、僕が家へ帰ってくると、珍しく父さんが出迎えてくれた。
「おかえり、一」
一というのは僕の名前。ちなみに父さんの名前は天野 仁だ。
「父さん、珍しいね。神社の仕事は?」
「これから重要な案件があるが、今は暇だ。それに、伝えたい事がある」
「伝えたい事……?」
いつもは神主とは思えないくらい明るい父さんが真剣な顔をしているということは、よほど重要なことらしい。
「ああ。よく聞け。今日の夜、絶対に家から出るな」
「……何かあるの?」
「何もないことを祈るが、そうでない可能性が高い。もし悪い状況を切り抜けられそうになかったら、協力者を助けに向かわせる」
「助けに来てくれる人って?」
「私の同士で、イギリス人だ」
神主という職業柄、外国人と面識を持つことはないと思っていたが、父さんに外国人の知り合いがいたとは驚きだ。
「わかった。僕はその人と逃げればいいんだね?」
「そうだ。それと、代々伝わっている例の本も持て。それこそが、事態を収拾するカギだ」
例の本と言うのは、日本の文化を封じ込めた辞典……。確かに価値のあるものだろうが、歴史的価値で言えば他にもいっぱいある。なのに、なぜ辞典だけ? しかも、事態収拾のカギ……?
「ねえ、父さん。これから一体、何が起こるの?」
「残念だが、それを言うことはできない」
「なんで?」
「真相を話せば、お前は絶対に首を突っ込むに決まっている。それだけは何としても避けたい」
「僕が邪魔だってこと?」
「そうじゃない。今のお前では力不足だ。でも未来はある。私は、未来への可能性を失いたくはないんだ。頼む! 理由は何も聞かず、言う通りにしてくれないか」
今の父さんには、ただならぬ真剣さを感じる。ここは、父さんの言うとおりにした方がいいのかもしれない。
「うん、言う通り、家の中で待ってるよ」
その夜、僕はいつでも逃げれる体勢で家に待機していた。
これから起こる事って? 父さんは何と関わっている? 辞典の秘密は? そんなことを考えていると、日本ではまず耳にしない音が聞こえた。
――銃声だった。
しかも、ピストルの類じゃない。明らかにマシンガンやアサルトライフルみたいな、プロが使う銃器だ。
だが、それ以上にありえない光景が窓から見えた。
影しか見えないが、人が飛んでいる――いや、飛ばされている。しかも一人や二人ではなく、それこそ十数人、いや数十人という数だった。
そのうち、社殿の方から火が上がった。それに伴い、人の阿鼻叫喚が聞こえてきた。
――一体、何が起こっているんだ?
それからしばらくすると、銃声が激しくなってきた。爆発も凄まじさを増している。
その時、窓から誰かがガラスを割って入ってきたのだ。
「うわっ!」
「あんたがヒトシの言ってた息子? あの人が期待しているようには見えないんだけど」
飛び込んできて早々、何とも失礼なセリフを発した人物は、金髪碧眼の、僕と同じくらいの歳の様に見える少女だった。
「……君が、父さんの言ってた人?」
「そうよ。状況がなかなかヤバいことになってるから、逃げるように言われたの」
「状況がヤバいって……父さんは? それに、何が起こってるんだ?」
「説明は後! グズグズしてたら殺されるわよ? 裏の森から逃げるから、早く来なさい」
そう言われると、僕は手をつかまれ、強制的に引っ張られていった。
――それから、どのくらい走っただろうか。
体感時間としては半日も走り回っていたように感じる。
「よし、着いたわ」
「着いたって……」
そう言われても、ここは森のド真ん中。とてもじゃないが逃げ切れたようには感じられない。
「とりあえず、ここでヒトシを待つわよ」
ああ、落ち合う場所って意味か。
「そういえば、君、僕の名前を知ってるようだけど……」
「あなたのお父さんと私は知り合いなのよ? それくらい察しなさい。察するのは日本の文化でしょ?」
言われてみれば、確かにそうだ。最初に会った時から言葉の端々に、父さんの知り合いであるような言葉を発していた。そうであれば、息子の僕の事も知っていて当然か。
「それは正論だね。でも、察しようとしても察することができないことだってある。なんで神社が襲われたの? そもそも、君は誰?」
「ま、時間は多少あるし、話せるだけ話しちゃおうか。あたしはマーサ・マーフィー。イギリス人で、あなたと同年齢よ。それで、今回の事件だけど、どこから話そうかしら……」
マーサは少しの間考えると、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ……『辞典』について話しましょうか」
「辞典って、うちが代々守ってきた、あの本の事?」
「そうよ。あの時点は、ただの書物じゃない。その国の文化を力として封じ込めているの」
「ああ、父さんから伝承として聞いているよ」
「でも、これは伝承ではないわ。ちゃんと力が封じられているのよ」
「そんなまさか……」
「信じられないようね。なら、それを証明してあげるわ」
そういうとマーサは、手に持っていた赤く分厚い本を広げた。
「それは?」
「これは、あたしが管理を任されている『イギリス辞典』よ。元々三つの本が会ったらしいけど、いつの頃からか、この集約版が作られたらしいわ。……さて」
コホンと咳払いをすると、呪文を唱えた。
「エクスカリバー!」
すると、持っていた辞典が輝きだし、一本の剣が出現した。
「この剣は、アーサー王伝説に出てくる剣、エクスカリバーよ」
「本物、なのか……?」
「本物よ。ただ、この使い方はイレギュラーね」
「イレギュラー?」
「本来、辞典は封じ込められた力を徐々に外界へ流し、その国の文化をはぐくむの。そして育った文化をエネルギーとして変換し、辞書に収める。この循環こそ辞典の本来の役目。でも、辞典は管理者が使用することで戦闘の道具として使用することができるわ」
「その戦闘利用の一つが、エクスカリバーの召喚なんだね」
「そういうこと」
「おーい、みんな無事か?」
森の奥で、人の声が聞こえた。これは父さんの声だ。
「父さん! ……って、え?」
「ちょっと、ヒトシ! どうしたのよ!?」
父さんは、血だらけになっていた。神社からここまで来れたのが奇跡的なくらいに。
「悪い、ちょっと振り切るのに手間取ってな。さあ、脱出……ぐふっ」
突然、父さんの口から血が吐き出された。よく見ると、父さんの胸から刃物が突き出ている。
――そして、父さんは倒れた。
しかも父さんの後ろに、誰かが立っていたのだ。
「あらあら、逃げ切れなくて残念ですわね。でも、あたくしがそうやすやすと逃がすとでもお思いですこと?」
その人物は、ヨーロッパの女性貴族の様な髪形をしており、ピンクのドレスを着た少女だった。
「……ジョセフィーヌ、あんた……」
「あら、マーサさん。先程、あたくしとちょっとやりあっただけで逃げてしまわれて、あたくし、さみしかったんですのよ? でも、またお会いできてうれしいですわ。それと……」
少女は僕を見ると、ヨーロッパ式のおじぎをしてこう言った。
「そこの神主さんの息子さんですわね。初めまして。ジョセフィーヌ・ケーリオと申します。以後、お見知り置きを」
なんだ、こいつ……。慇懃無礼な態度を取っているお嬢様だが、見た目には似合わない力を感じる……。
その時、マーサがジョセフィーヌについて教えてくれた。
「気を付けて、こいつも辞書使い。フランス辞書を使用しているわ」
「辞書使い……? でも、なんで辞書使いがこんな事を……」
「あたくしも本当はこんな事やりたくなかったんですのよ。ただ、そこの神主さんに日本辞書を下さいってお願いしたら断られたんですの。でも、断られたら上司から怒られるのはあたくしでしょ? だから、強硬策に出たんですの。でも、神主さんもあの状態ですし、ありがたく頂戴いたしますわね」
そう言うと、ジョセフィーヌは手を二回叩いた。その合図と共に、銃器で武装した手下達が父さんに近づこうとした。
「そうはさせるか! フランケンシュタインの被造物!」
そうマーサが唱えると、辞書から巨大な、体中つぎはぎだらけの怪物が出てきた。
「くそ、またあいつか!」
「俺、戦いたくねーよ……」
「みんなでかかれば怖くない! 行くぞ!」
どうやら敵の兵士たちは、よっぽど相手にしたくないらしい。それでも勇気を振り絞って引き金を引いたのは、賞賛に値する。
しかし、怪物には全く効かなかった。
「ウガアアアアアァァァァァ!!」
その叫びと共に、兵士たちを殴り飛ばすわ蹴り飛ばすわ、まさに一騎当千の活躍を見せた。
今思えば、家の中から見えた、おびただしい数の人が飛び交ったのは、この怪物のせいかもしれない。
「ふぅ……。やはり、あの怪物には私がお相手しなければならないみたいですわね。出でよ! 三銃士!」
すると、本当に三銃士が出現した。
「さあ、あの怪物を退治なさい!」
『一人はみんなのために(アン・プール・トゥス)! みんなは一人のために(トゥス・プール・アン)!』
三銃士は、怪物を囲んだ。そして、一人が怪物に近付いた。
「ウガアアアァァァァ!」
怪物はパンチを食らわせようとした。しかし、かわされてしまった。
「はっ!」
その隙を突き、別の銃士が足を攻撃した。
「ウガッ」
その攻撃により、怪物は両膝をついてしまった。
「とどめだ!!」
最後の一人が、怪物の心臓めがけて突き刺した。
「ウガアアアァァァァ……」
三銃士の連携攻撃の前に怪物は敗れ、消え去ってしまった。
「さすがはジョセフィーヌの三銃士ね。どうやら、あたしがやらないといけないみたい」
マーサがエクスカリバーを構えると同時に目が変わった。
「ようやくやる気になってくれて、うれしいですわ。デュランダル!」
そう唱えると、ジョセフィーヌの辞書から剣が出現した。
「みなさん、手出しはしないでいただきますわ。これはあたくしとマーサの一騎打ちですから」
「ずいぶん余裕じゃないの。すぐに後悔させてあげる!」
そうして、二人での斬り合いが始まった。
戦いは熾烈だった。ジョセフィーヌが足元を狙おうとすると、マーサはジャンプしてかわす。そのままマーサは頭から切り捨てようとしたが、ジョセフィーヌは動きにくそうな服装からは考えられないほど機敏な動きでかわす。
そういう互角の死闘がしばらく続いた時、ジョセフィーヌが命令を下した。
「みなさん、この隙に日本辞書を奪いなさい!」
「あ、あんた、そのためにわざわざ……?」
「ようやくお気づきになったようですわね。そもそも、一騎打ちで勝てる自信なんて、あたくしには全然ありませんのよ? これは、あなたを釘つけにするための作戦に決まっているじゃありませんか」
「ヤロォ……」
「助けたいなら行けばいいじゃありませんか。でも、あたくしを相手にしながら出来るかしら?」
「う……」
マーサは動けない……。なら、僕がやるしか!
「父さん!」
「一……」
よかった、まだ意識はあった。
「父さん、ここはマーサに任せて、早く逃げよう!」
「いや……私はもう……ダメだ……」
「あきらめないでよ!」
「もう、いいんだ……。ただ……これを受け継げ……」
そう言うと、僕に日本辞書を渡してくれた。
「この場を脱したら……不動院に……逃げ込め……。住職には……話を付けてある……。そして……救ってくれ……この世界を……」
「父さん……? 父さああぁぁぁぁん!!」
そして、父さんは息絶えた。
「神主さん、亡くなっちゃったんですのね。でも、後は戦闘力のないお坊ちゃん。奪うのは造作もありませんわよ!」
『了解!』
まずい、敵が近付いてくる……。父さんが命をかけて辞書を託してくれたのに、何もできないなんて……。
(力を貸してやるよ)
え……?
(だから力を貸してやるって。アメノホヒから頼まれてな)
アメノホヒって、確か、うちの神社の祭神……。神様と面識があるって、君は誰?
(タケミカヅチだ。俺の名前を言ったんだから、どういう呪文を唱えればいいか、わかるよな?)
大丈夫だ。これでも神主の息子。日本神話は大体知っている。
「タケミカヅチ! フツノミタマ!!」
すると、日本辞典から神剣・フツノミタマが出てきた。それと同時に、電気の様な力が身体中にみなぎる。
「落ちろ!!」
フツノミタマを天に掲げてそう叫ぶと、辺り一帯に雷が降り注いだ。
『ぐわあああぁぁぁぁ!!』
兵士は全員、雷に打たれて倒れてしまった。
「はああああぁぁぁぁぁ!!」
今度はジョセフィーヌへ向かって斬りかかった。
「くっ……きゃあああぁぁぁぁ!」
ジョセフィーヌはなんとか受け止められたものの、力負けして突き飛ばされた。
「ふふ……なかなか力がありますわね」
「当然だ。フツノミタマは、荒々しい神を引かせる力を持つ。これくらい出来て当たり前だ。」
「なるほど。でも、聖遺物が四つも収められたデュランダルも、負けてはいませんわよ。喰らいなさい!!」
なんと、デュランダルの剣先から光が飛んできた!
「なら……」
こっちも負けじと、フツノミタマの先から雷を発射する。
両者が激しくぶつかり合い、火花が散る!
「やりますわね、あなた」
「そっちこそ。でもね、僕だけ相手にしてたら、足元すくわれるよ」
「え……?」
気づくのが遅い。すでにマーサはジョセフィーヌの目の前も出来ている。
「やあああぁぁぁぁ!!」
「ああっ」
そうして、ジョセフィーヌは体を斬られた。
「くっ……油断しましたわ」
「どうする? まだあたしとやんの?」
「バカにしないでくださらない? あたくし、引き際はわきまえているつもりですのよ? ではみなさん、ごきげんよう」
こうして、襲撃者達は去っていった。
「……はぁ」
「お疲れの様ね?」
「当然だろ? 戦闘なんて、経験したことないんだから」
「それもそうね。じゃ、これからどうする?」
「とりあえず、不動院へ行ってみよう。そこに逃げ込めと父さんも言っていたし」
不動院は、天野神社とは森を挟んで隣にあるお寺だ。不動院と天野神社は古くから信仰があり、父さんと住職も親友同士だった。
僕達は不動院に到着すると、住職が出迎えてくれた。
「やあ、一君。そして、そちらがマーサさんだったかな? 色々と大変だったみたいだね」
「ええ、まあ。色々ありすぎて、なかなか実感がわきませんけど」
「ま、積もる話はあるだろうが、まずは上がりなさい。君のお父さんから聞かされた話を全て話そう」
客間まで案内され席に付くと、まず住職が話を切り出した。
「まず、君のお父さんのご遺体だが、修行僧達に頼んでこちらに運んでもらっている。手厚く弔うつもりだ」
「ありがとうございます」
「それで、お父さんから聞かされた話なんだけど……一君はどこまで知っているかな?」
この質問には、マーサが答えた。
「辞書の役目と力については話したわ。話してほしいのは、失われた辞書と襲ってきた組織についてよ」
「わかった。では一君、君は失われた言語について知っているかい?」
失われた言語と言うのは、国の滅亡や侵略によって話者がいなくなり、消滅してしまった言語の事だろうか?
「それって、ラテン語とかの事ですか?」
「その通り」
「それと今回の事と、何の関係が?」
「まあまあ、順を追って説明するから、あわてなさんな。そもそも言語と言うのは文化の一つ、いや、文化の根源とも言っていいもの。その言語が失われた時、文化は急速に衰退する。ひいては国や部族が滅亡することもある。ここまではわかるな?」
つまり、言葉は文化だから、それがなくなると国が滅びやすくなるってことか。
「ええ、まあ」
「それでだ、今は消滅してしまった言語や国にも、辞典はあった。もちろん、文化をエネルギーに変換し循環もしていた。だが、文化がなくなると辞典はどうなるか、わかるかな?」
辞典は文化そのものと言ってもいい代物だ。ということは、文化が消滅すれば……。
「辞典も消滅する?」
「残念ながら、それは不正解。実は辞典には、歴史を記録するというもう一つの役目もある。だから辞典は残り続ける。それと同時に、ある現象が起きてしまう」
「ある現象?」
「そう。その現象とは、放出していた文化エネルギーを全て吸収してしまうこと。どうやら文化を永久保存しておくための現象らしいが、この現象こそが、今回の事件のカギになる」
「というと……?」
ここで、マーサが言葉を継いだ。
「ため込む文化エネルギーの量は、文化がどれくらいの時間存続していたかに比例するわ。わかりやすく言うと、文化が長く存続していればいるほど、貯蔵エネルギーも大きくなるの」
ここまで言われると、大体察しがついた。
「今回の事件は、その大量にため込まれたエネルギーを狙ったものなのか」
「その通りよ。すでに主犯格もわかっているわ。主犯はオリンド・キナッリャ。イタリア人で、イタリア辞典の使い手よ。そして狙っているのは、古代ローマからの文化と歴史が記された辞書、『ローマ辞典』。ラテン語が公用語として通用していた時代の物だから、ラテン辞典とも呼ばれているわ」
「その辞典、本当に莫大な量のエネルギーをため込んでいるのか?」
「そうね、古代ローマから東西に分裂した時までひっくるめれば、二千二百年以上にもなるから、まず手に入ることのないエネルギー量だと言えるわね」
そんなにすごいエネルギーが……。でも待てよ。敵の狙いがローマ辞典なら、疑問が残る。
「ところでさ、ローマ辞典を狙っている敵が、なんで日本にあるうちの神社を狙ったんだ? どう考えてもイタリアにある可能性が高いじゃないか」
この質問に答えてくれたのは、住職だった。
「それはね、君のお父さんの活動に原因があると思うよ」
「お父さんの活動?」
「君のお父さんはね、辞典が悪用されないために、世界中に辞典使いのネットワークを張ろうとしていたんだ」
「あたしも、そのネットワークに加わった一人よ」
なるほど。父さんがマーサと知り合いだった理由がようやくわかった。
「そして、お父さんは一部の辞典使いがローマ辞典を狙っていることを知った。それで、ローマ辞典を狙っている連中に対抗するため、賛同者を募ったんだ」
その賛同者の一人が、マーサと言うわけか。
「お父さんは優秀な占い師でもあった。特に、辞典の力を使えば的中率は百パーセント。だから、敵のメンバーや襲撃を予測するのも容易なことだった。ただ、迎え撃つ準備をする時間が足りなかった。だから、辞典使いの素養を持ったお前を逃がす事を最優先に考えていたようだ。しかも一君はこの事件を解決できるカギになるとも言っていたしね」
「事件を解決できるカギ……?」
「日本辞典には、どんなに最悪な事態になっても必ず世界を救う力があるらしい。詳しくは教えてくれなかったけどね。ただ、ヒントは聞いている」
「その、ヒントとは?」
「日本の宗教や外来文化の姿勢にヒントがあるらしい」
宗教に外来文化か……。あまりにもざっくりしすぎててよくわからん。
「まあ、いま悩まなくてもいいと思うよ。そのうちわかるはずだろうから。ところで、君達はこれからどうするんだい?」
そうだ、これからの行動方針を決めなければ。残念ながら、僕は辞典使いとしてはペーペーで占いは出来ないし、第一敵の居場所が分かったところで、今の僕達ではかなうはずがない。
さて、どうしたもんか……。
「仲間を集めるわよ」
「え……?」
「今のあたし達では戦力不足は否めないわ。敵と互角以上に戦える仲間を集めるのよ」
「いや、言いたいことはわかるけどさ、マーサ。アテでもあるの?」
「一人ね。ヒトシが作ったネットワークのメンバーの一人よ。あの人の辞典の性格上、戦いには役立つんじゃないかしら?」
「でも、その人、どこにいるんだ?」
「ギリシャよ」
「そんな遠いところ……」
無理難題を突き付けられそうになったところへ、住職がアドバイスをくれた。
「そういえば、あなたのお父さんから聞いたことがある。竹取物語に出てくる乗り物を使えば、世界中どこへでも行けると」
「竹取物語……」
この瞬間、ピンときた。ギリシャへ行ける方法を思いついたのだ。
僕は寺の中庭へ出ると、辞典を開いて呪文を唱えた。
「月の車!」
すると、雲に乗った牛車が出現した。
「よし、これでギリシャまで行ける……。マーサ!」
「うん!」
マーサが牛車に乗り込むと、後に続いて僕も乗り込んだ。
「じゃあ住職、後の事はよろしく頼みます」
「お父さんの事も、神社の事もこちらに任せなさい。世界を、頼んだよ」
こうして、僕達はギリシャへと出発した。