――終り――
***
僕は以前、キリエ先輩に連れてこられた廃墟のビルに足を運んだ。どうやら、キリエ先輩はここに住んでいるようなのだ。
麗しい黒い長髪を束ね、白い前掛けをつけて、キッチンの前に立っていた。料理を作っていた。鍋に火をかけてことことと煮込んでいた。
いい匂いだった。肉じゃがだと思う。今度は焼き魚の香ばしい匂いが立ち込めた。
「そろそろできますから、待っていてください」
白い前掛けで手を拭きながら僕に言った。
テーブルに並んだのは、和食だった。
焼き魚、肉じゃが、味噌汁、漬物。
完璧だ。
ただ、洋風の家具が揃っている中、和食はちょっと似合わないような気がする。
口にしてみて、驚いた。
料亭で出されても遜色ない程、美味しかった。
「料理上手ですね。ご飯も美味しい。高いお米なんじゃないんですか?」
コシヒカリ以上のお米を僕は知らないけれど、きっと最高級なんだろう。
「市販されているお米ですよ。ひと手間加えていますけどね。炊飯器に、氷を入れるんです。そうしたら、美味しく炊き上がるんですよ」
「へえ」
暫しの沈黙の後、キリエ先輩は口を開いた。
「私、記憶を食らう悪魔を倒した覚えがあるのですが、どうやって倒したのか思い出せないのです」
キリエ先輩は味噌汁を両手で持って啜った。一つ一つの所作が様になっている。
「相打ちだったんだと思います。だから、記憶が無いんですよ。僕はキリエ先輩が倒す所を見ていましたから」
「そうですか。それならいいのですが」
「あ、一つ分かったことがあるんですよ。キリエ先輩の美貌って、能力によるものじゃなかったんですね」
「ど、どういうことですか?」
「えーと、記憶を失くしていたから能力が一時無くなっていたらしいんですよ。それで、先輩の能力が無い状態の素顔を見ちゃったんですけど、相変わらず綺麗だったなーって」
「や、やめてください。その話はもう終わりです!」
キリエ先輩は手を交差させて、バッテンを作った。
「どうしたんですか?」
こんなキリエ先輩をみたことがなかった。あまりにも料理が美味しかったので止まらなかった箸が、静止してしまった。
「……私の美貌は能力のお蔭なのです」
俯いて、ぼそりと言った。
「いや、でも綺麗でしたよ?」
「お世辞はやめてください。……園嵜君になら教えてもいいかもしれませんね。……笑わないで下さいね? 私、貧乳だったんです」
「貧乳?」
「それに、目尻にホクロがあって」
「セクシーじゃないですか」
「それに、それに! 足の小指の爪が小さかったり、髪が癖っ毛だったり。挙げたらキリがありません。私って本当に醜い人だったんです。幻滅ですよね?」
「全く。人は見た目だけじゃないですから」
僕は素直にそう答えた。
キリエ先輩はぽかんと口を開けていた。
「あれ? 先輩。目尻にホクロがありますよ?」
さっきまではなかったはずだが。
「そんなはずは!? えっ? 胸も少し小さくなってる!?」
僕の所為なのだろうか。
「……まあ、いいか。今はご飯を食べましょうね。冷めちゃいますから」
僕はもう一度、先輩をみた。
矢張り、綺麗な人だなと思った。
**
未だに、ヒーローの追っかけに行かないかと安城に誘われる。
その情報を一体何処から仕入れているのか些か疑問でもある。きっと友達が多いという利点が働いているのだろう。
太陽が燦々と輝く青空に、歪が生じた。
耳がおかしくなりそうな奇怪な高音が響き渡る。
「そろそろみたいだね。……って園嵜君はどこ行ったんだろう?」
安城は僕を探していた。まあもうすぐ現われるので待っていてほしい。
僕は黒の道化師となって参上した。
傍らには、闇の女騎士。
自作自演は僕の掟に背くことになるので絶対にしないが、自作自演をしようとしている他のヒーローの邪魔をしてポイントを稼ごうという考えに収束した。
だから僕たちは、他の非公認ヒーローたちに酷く嫌われていた。
「来たな。ダークナイトガール。厄介者め!」
自作自演をしているヒーローにそう罵られ、妃影の怒りはあっという間に沸点に達した。
「お前を狩ってもいいんだぜ?」
妃影を宥めるのが僕の仕事になっていた。
因みに、僕はまだヒーローとしてデビュー出来ていない。僕よりも一闇妃影の方が目立ってしまって、未だに弟子扱いなのだ。
一体いつになるのやら。
読んでくださってありがとうございます。
えーと、一旦ここで区切ります。
新しい章にはいると思うので宜しくお願いします。