↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/26

幕間②「お稲荷様のつぶやき その一」

 お稲荷様のつぶやき。誰に聞かせるでもない、ただの独り言じゃ。


 ◇


 神は二日酔いをするのか、という問いに、本日わしが答えを出した。する。大いにする。こめかみの奥で誰かが祭囃子を叩いておる。やめよ。祭は好きじゃが、頭の中でやるでない。


 タエとかいうあの婆、恐ろしい女子じゃ。八年物の梅酒なぞ、あれはもう酒ではない。歳月の煮凝りじゃ。神殺しの手口として役所に届け出るべきじゃと思う。……いや、届けたらあの小うるさいお役人がまた条文を並べに来るか。やめておこう。


 ◇


 ところで、じゃ。


 昨夜のことが、途中からきれいに抜けておる。油揚げを食うた。梅酒を舐めた。良い気分で歌うた。そこまでは覚えておる。そこから先が、朝のパイプ椅子まで一足飛びじゃ。


 別に、よい。よいのじゃが。


 ……何か、言うた気がするんじゃがのう。


 根拠はある。今朝の新入り、目を合わせんかった。合わせんくせに、油揚げの炙りがいつになく丁寧じゃった。裏も表も、焦げ目ひとつなく。あれは何かを聞いた者の炙り方じゃ。長く生きておると分かる。人間は、聞かなかったふりをするとき、手先が妙に律儀になる。


 問い詰めてもよかったが、やめた。聞けば、わしが覚えておらんことが向こうに知れる。それは癪じゃ。神には威厳というものがあるからの。


 じゃから帳消しじゃ。わしは覚えておらん。あやつは聞いておらん。それでこの件は棚卸し終了――あの店の言い方を借りればの。


 ◇


 化けが解けたのは、まあ、いつものことじゃ。酒が入ると術が緩む。昔からの、わしの締まらんところじゃ。


 ……昔、それで腹を抱えて笑うた者がおったな。人の姿が飲むたびに伸び縮みするのが、そんなにおかしいかと言うたら、おかしいと即答しおった。失敬なやつじゃった。


 ――やめじゃ、やめじゃ。二日酔いの朝に古い帳面を開くでない。


 ◇


 それにしても、あの新入り。


 わしの狐火に値札を貼った無礼者で、神威にへらへらと軽口を返す食えん小僧で、じゃが油揚げは値の張るほうをちゃんと選んでくる。投げれば文句も言わずに投げられて、着地で肘を擦りむいて、それでも売り文句だけは忘れんかった。


 妙な小僧じゃ。神のくせに、どこまでも人間くさい。人間のくせに――いや、これはもう神か。ややこしいのう。


 まあ、よい。


 寂れた社に矢文の届け先ができて、閉店せんスーパーに七輪の置き場ができた。千年からの狐がいまさら急ぐ理由もなし。おもろい小僧じゃ、しばらく遊んでやるとするかの。


 あの店の祠の守り袋も、埃を払うてもろうたようじゃしな。……うむ。それは、素直に良いことじゃ。


 ◇


 本日のつぶやき、これにて終いじゃ。


 今宵も油揚げを強請りに行く。無論、代金は労働で払うてやる。わしは義理堅い狐なのでな。……レジ横の椅子に座っておるだけでも、看板娘の労働のうちじゃろ、あれは。

「お稲荷様のつぶやき」お読みいただきありがとうございました。八年物の梅酒は歳月の煮凝り。神殺しにご注意ください。


次回は本編、ついに「立華町商工会議組合」が発足します。組合員数、二。少ない。


☆いただけると狐の尻尾が揺れます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。