「なんでこんなことしたの」というご質問ですが、本当に理由をお知りになりたい?
「ひどいですわ、スカーレット様!どうして私にこんな仕打ちを!?」
貴族学園の卒業パーティーの中央で、男爵令嬢ヴァイオラが大袈裟に泣き声をあげる。私に張られた彼女の頬は、赤く腫れ上がっている。
彼女の取り巻きたちが、「ヴァイオラ嬢、大丈夫か」と駆け寄る。そのなかには、私の婚約者である王太子もいる。彼はちらりと私を見た。
「どうしてこんなことをするか、知りたいとおっしゃるの?」
「ええ、もちろんですわ!私はスカーレット様を淑女の鑑として敬愛していたのに、私に散々悪質な嫌がらせをしたうえにこんな場で暴力だなんて、どうして…」
「ふっ」
私が思わず笑うと、ヴァイオラはほんの少し戸惑いの表情を浮かべる。
「理由を説明したらあなたが困ると思うけれど、本当に知りたいのね?」
「…え、ええ」
「いいわ。じゃあこの場をお借りして、最初から説明しましょう」
◆
はじまりは、私と婚約者の王太子殿下が三年生になった春。
薄紫の髪をもつ平民出身の美少女ヴァイオラが、男爵家の養女になって編入してきたことだった。
編入直後から、彼女は学園内の有力な男子生徒を次々に篭絡し、学園の中心的存在になった。
彼女に婚約者を奪われた女子生徒たちは、王太子の婚約者である私に救いを求め、そして警戒を訴える。
《どうしたらいいのでしょう、スカーレット様》
《スカーレット様もご用心なさいまし》
《殿下とスカーレット様の絆を疑うわけではございませんが、あの女は異常です。私だって婚約者とは相思相愛だと思っていたのに…!》
◆
ヴァイオラが甲高い声をあげる。
「篭絡なんてしていません!私はただ皆様と楽しくお話をしていただけです」
「婚約者のいる男性と密室で楽しくお話をすることは、大きな問題なのです」
「だけど私は、私より婚約者を大事にするようにと、皆さまにもちゃんとお伝えしていました!」
けれど彼女は知っている。そう言われた取り巻きたちが、「優しく思慮深いヴァイオラ」をより崇拝するようになることを。「婚約者を大事にするように」という言葉が逆の結果につながるから、そう言っていたのだ。
「そう言いながら、彼らの手綱は放さなかったのでしょう?」
ヴァイオラは「ルーファスぅ、スカーレット様が怖いぃ」と甘い声をあげて、私の婚約者に寄り添う。「よしよし」と髪を撫でられて機嫌を直した彼女は、こみあげてくる笑いを必死にこらえようとする。
婚約者とまた目が合って、私は「続けます」と手を広げた。
◆
ヴァイオラは、まるで指南書でもあるかのように、編入から三か月足らずで有力な男子生徒のほとんどを侍らせるようになった。
そして王太子の篭絡に取り掛かる。
成績優秀である彼女は生徒会に入り、彼の婚約者である私を差し置いて、彼の横に陣取った。
そして「そのことに激怒した私」が、ヴァイオラに嫌がらせをしているように偽装し始めた。
教科書を破く、「死ね」と書かれた手紙を送る、部屋に閉じ込めてテストを受けられないようにする、机の中に小動物の死骸を入れるなど。
王太子殿下はまず冷静に私を諫め、それでも嫌がらせがおさまらないと、強い言葉で私を非難した。
公衆の面前で殿下に非難された私は落ち込み、仲の良かった女性生徒たちも私から離れていった。
そうして王太子殿下は私をはっきりと遠ざけ、反対にヴァイオラとの距離を縮めるに至り、貴族学園は「ヴァイオラの帝国」と化したのだった。
◆
またヴァイオラが甲高い声をあげる。
「偽装なんてしていません!私は嫌がらせの被害者です!スカーレット様、嘘をおっしゃらないでください!見苦しいですわ!!」
「嘘ではありません。隠していることはありますが」
「…隠していること?」
「ええ。あなたが私たちに隠しごとをしているのと同じようにね」
大広間の扉に向かって合図をすると、鎖につながれた魔法使いが連れてこられた。
「彼が精製した惚れ薬をあなたが入手したことはわかっています。それも大量に」
「そっ…それは…」
王太子殿下がヴァイオラから手を放して「精神に作用する魔法は違法だ、ロンド男爵令嬢」と告げたので、ヴァイオラは口をあんぐりあけた。
「ルーファス、どうして…!?効いてない…!?」
王太子殿下は耳のピアスをちょんちょんと触る。
「スカーレットからのプレゼントでね。魅了魔法を防ぐ効果を付与してある」
「じゃあ、今までのは…」
「演技だよ」
「ど、どうして…?」
あら、これも理由が知りたい?
今さら知ってもどうにもらないのに、知りたがりだこと。
「私がお願いしたの。被害者が泣き寝入りして、目的に近づけば近づくほど、加害者は油断するから」
油断すると、どうなる?
行動が、雑になるのだ。
大した変装もせず、昼間から堂々と違法魔法の店に出入りする程度には。
「私が…泳がされてたってこと…!?」
ヴァイオラは床に崩れ落ちた。
「聞いてくれ、生徒諸君。そしてご来賓の方々」と王太子殿下は声を張り上げる。
「ご来賓」の中には、彼のご両親である国王ご夫妻はもちろん、宰相や教育相などの有力者もいる。話が早くなるように法務相も呼んでおいた。
「ヴァイオラは私にこんな手紙を送ってきた」
《ルーファスのことばかり考えていて胸が痛い。片時も離れたくないから、卑劣なスカーレットとは婚約破棄して、私と結婚してちょうだい》
こんな物的証拠を残したのも、計画の成功を信じて油断していたからだろう。
会場がざわめく。
平民出身で新興男爵家の養女に過ぎない彼女が、王太子に「国内有数の大貴族出身の令嬢」との婚約破棄を唆すなど、前代未聞である。
「ロンド男爵令嬢は国を滅ぼすつもりか」というざわめきが広がる。
「つまり最初の質問に答えるなら、あなたの身の程知らずな行動を止めるために、あんなことをしたのよ」
彼女が歯を食いしばったときに「連行しろ!」という王太子殿下の声が響き、待機していた騎士たちが彼女を引き立てる。
私は素晴らしい「魅了魔法にかかった演技」を披露してくれた王太子殿下に肩を抱かれ、同じく「私のもとを離れる演技」をしてくれた同級生たちと頷き合って彼女を見送る。
惚れ薬を大量投与された彼女たちの婚約者も、治療を受ければじきに正気を取り戻すだろう。
「ああ、待って」
最後にひとつだけ。
「私本当に気になるのよ、ヴァイオラ様。どうしてこんなことをしたの?」
会場が静まって、彼女の答えを待つ。
「私はただ、ルーファスが推しで、私がヒロインだから…!こんなゆるゲー、惚れ薬ポーションに課金したら簡単に逆ハーでハピエンだと思ったから…」
意味がわからない。
「『どうしてこんなことをしたか』なんて、無意味な質問なんだな」と王太子殿下がため息をついた。
私は彼の腕からすっと逃れる。
「ところで、殿下にも質問がございます」
「なんだい?」
「魅了魔法にかかっている演技が上手すぎた気がするのですけれど」
「はは…君が言い出したくせに、心配した?それともやきもち?嬉しいね」
「はぐらかさないでくださいまし」と詰め寄った私に、殿下は「彼女を君だと思って接していただけだよ」と囁いた。
「久しぶりに、一曲どうかな?」
「…喜んで」




