性欲と誓約
「わ、私は…いや、僕は…、…いつから気づいていたんだ?」
「この子、ケルラクァの眼は魂の形を捉えることができます。ダイヤさんが尋常ではないことはすぐに分かっていました。」
魔物ケルラクァは女の隣で翼を広げている。翼にある目のような模様は、俺に焦点を合わせギョロギョロ動いているようだ。
「私の前では嘘も通用しませんから、あなたが何者なのか正直に話してくださいね。」
正体を看破されてドキリと冷や汗が出たが、よく考えたら俺は何も悪いことはしていない。嘘が通用しないというのは、つまり変に誤解されることを心配しなくていい、むしろ俺にとっても好都合だ。
「…悪いが、俺も何がなんだか分かってないんだ。鉱山で気を失って、目を覚めたらここで、この体になってた。何が起きてるのか俺が教えて欲しいくらいだ。」
「まあ、あなたから悪意は感じませんし、そうなんでしょうね。あなたの出身と名前は?」
「ノルグリス鉱山地区のライルだ。」
「鉱山地区?…あなたはレスティアの人間ではないのですか?」
レーラは首を傾げる。
「俺は帝国オルディスの人間だ。ここはオルディスじゃないのか?」
「オルディス…ですか。ライルさん、ここはレスティア王国、オルディスとは大陸の反対に位置する国です。オルディスとはほとんど国交もないですね。」
魔物が跋扈するこの世界で、基本的に人間は自分の国を出ることはなく、国交というのは近隣の国としかない。国交がない国というのは、そもそもたどり着くことも困難な国である。
「しかし、オルディスですか…。ライルさんのオルディスでの立場は?」
「立場?鉱山の労働者だよ。」
そう言ってから、俺はこの体の主、ダイヤのことを考えた。俺の魂がこの体に入っているのならば、この体の魂は?俺の体に入ってると考えるのが自然だ。
俺の体とはつまり、膝を破壊され気を失ってる奴隷的労働者の体である。だとしたらあまりに…気の毒な気がするが。
「なあ、あんたはこの状況を理解しているのか?俺がこの体に入っている原因を?」
「…いや、それは私にも分からないです、原因の心当たりはなくはないですが…。あなたのことを完全に信用しているわけでもないので。あなたにどれだけの情報を渡していいか、整理する時間をください。」
レーラと言っていたっけ、女は呟くとしばらく黙りこみ、何やら考え込んでいた。
しばしの沈黙が流れたあと、レーラは顔を上げ、まっすぐな目で俺を見て口を開いた。
「ライルさん、ちなみに、…おっぱいは触りましたか?」
「は?」
急に投げ込まれたありえない質問に気の抜けた声が出てしまう。
「いえ、すいません間違えました。」
「間違えないだろ。」
「いやその、単純な興味としてですね、男性ですよね?ライルさんは。そんな美しい体を手に入れたらやっぱり触っちゃうんじゃないかと思いましてね。別に怒りませんよ?どうなんですか?」
早口で何言ってるんだこいつ。
「さ、触ってないよ。いや、体を確かめるときにちょっと触ったかもだけど、そういう、変な意味では。」
「触ってないんですか!?」
驚愕という表情で大きく目を見開く。
「触らないよ。一応、人の身体だし、勝手なことできないだろ。」
まあ、そんなこと考える間もなくこの女が入って来たというのもあるが、せっかくだから自分の清廉さを声高に謳っておく。
「そうですか…。そうですよね、その通りです。話を戻しましょう。……………ダイヤさんの胸の感触っていうのは…」
「戻ってないな。」
なにか振り払うように、女は頭を振った。
「やめましょう。下世話な話は!」
こいつのペースに乗せられるのも馬鹿馬鹿しいので、お前だろというツッコミは飲み込んだ。本当になんの話をしてるんだ、俺は早くこの状況を説明して欲しいんだが。
「私はレーラです。」
「自己紹介するタイミングか?」
何事もなかったかのような冷静な口調でレーラは話しだした。
「ライルさん、あなたが今入っている体はダイヤ・レーヴィアという人のものです。彼女は桁外れの魔力を持つとても強い騎士でした。…なので、懸念される点がありまして、もしあなたがダイヤさんの体に入っているのがバレてしまったら、あなたはこの国にとっては危険な存在と判断されるかもしれません。最悪、投獄、処刑される可能性もあると思います。」
やはり、このダイヤという女は位の高い騎士だったのか。それなら今この状況は、王国の戦力を乗っ取られている状況とも言える。レーラが言うことも間違ってはいないだろう。
「でもそうなるのは、ライルさんにも気の毒だと思いますし、こちらとしても色々不都合があります。当面は、このことは2人の秘密としてこの状況の原因を探っていきませんか?」
この女を信頼していいのかも分からないが、俺がこの提案を断る理由はないし、まず断れる立場にないだろう。
「ただ、一つ条件があるんですが…。」
「条件?」
表情を崩さずにレーラは話を続けた。
「その、いやなんですか、ライルさんも男性なんですよね…。だったらまあ、断ることもないと思うんですが、その体で、週1回、いやできたら週2回くらい、私と、その……えっちなことしてもらえませんか。」
「お前は何を言っているんだ?」
さっきからずっと。
「いや、実はですね、初対面の人にこんなこと言うのもあれですが、私とダイヤさんは、その、…そういう関係だったんです。」
「お前さっき、ダイヤさんは簡単に触らせてくれないとか言ってなかったか。」
「…っっ!それは…。」
レーラは苦々しい顔で唇を噛み締めた。
こいつ、やばいな。そもそもこの女が、ダイヤという女と本当に知り合いなのかも怪しくなってきた。
「いいじゃないですか別に!ライルさんだって男性なんだから本当はエッチなことしたいでしょ!変な見栄張らないで下さい!」
レーラと名乗る女が喚く。
俺はベッドから立ち上がった。彼女を警戒しながら部屋を出ようとドアへと向かう。
「ちょっとちょっとちょっと!!どこ行くんですか!」
がっしり腕を掴んで引き止められる。
「お前のことは信用できない。このダイヤ・レーヴィアという女を知っている信頼できる人間を探しに行く。」
「いやいや、私を信頼して下さいよ。聖女ですよ私は。」
「信頼できるか。だいたいさ、お前は心配じゃないのかこの女のことが。本当はどういう関係だったのか知らないけど。」
「心配ですよ!私だって、私だって!でも、我慢できないんです。これは、契約のせいなんです。」
レーラの碧い瞳はうるみ始めていた。
「なに?……契約?」
「自分の中で最も強い欲望を制御できなくなる、このケルラクァとの契約の代償なんです。この契約のせいで、私も、エッチな欲望を抑えられないないんですよ。」
人間が魔物と契約をする際、魔物は、魔物側の優位性を示すために人間に条件を課すと聞いたことがある。欲望を制御できなくなる、かなりきつい条件だけど、上級の魔物と契約するにはそれくらいの代償が必要なのか。
「ん? でも、自分の中で最も強い欲望ってことは…。」
「言わないでください。」
うっすらと頬を赤らめたレーラに制止される。まあ、変態なのは元からということか。
「信頼して欲しかったらお前も嘘つかずに真面目に話せよ。まずお前はこのダイヤという女とどういう関係だったんだ?」
泣いているレーラを見て、俺も強気になり逆に質問し始めた。
「どんなって言われると…まあ、相棒みたいなもんですよ。一緒に住んでましたし。」
「一緒に?同居人ってことか?」
「同居人というか…この国の国境付近で倒れていたダイヤさんを私が助けて、しばらく一緒に生活していたんです。」
「…この国の人間じゃないのか?ダイヤ・レーヴィアは。」
「はい、恐らく。私もダイヤさんと出会ったのはつい最近で、ダイヤさんがどこから来たのか、何者なのかは知らないんです。」




