目が覚めたら女騎士
「ダイヤ!!」
誰かが名前を叫ぶ、残響が響いている。
天に座すその存在に向けて剣を構える。雷がその魔物を撃っては閃光が走り、轟音が弾ける。
あいつは僕が殺さなければならないのだ。僕なら殺せる。僕にしか殺せない。
俺が、…俺は、俺が何を殺すんだ?
自分が夢を見ていることに気がつき、目を開く。
残響は消え去り、俺は天井を睨みつけていた。ただし、目が覚めた部屋は、まるで見覚えがない部屋だった。
ベッドもやけに上等なものだ、綿の詰まった重みのある布団がかけられているが、俺がいつも寝ている布団は、隙間風で飛ばされるくらいペラペラなものだ。
「…どこだここ?」
開いた窓から入る風は、いつもより冷たく感じられる。
窓から身を乗り出し、外を見ると、目前には見慣れぬ風景が広がっていた。
完璧に舗装された石畳に、壮麗な建物が誇らしげに立ち並び、太陽の光を浴びて青い屋根が連なる街並みが鮮やかに輝く。奥には突き抜けるほど高い塔が見える。
気を失った後、どこかに連れてかれたのか?しかしこんな上等な部屋に寝かせる意味がわからないな。
首輪をつけられて牢獄に放り込まれているのなら納得がいくのだが。
「…王都か?こんだけ栄えてるのは。…いや、こんなだったかな王都の街並みは。」
そう呟いた声が、いつもと違うことに気がついた。
「んん?」
改めて自分の体を見る。見慣れない青いマントを着ているその肩に、赤い長髪が垂れていることに気づく。髪に指を通し軽く引っ張ると、それは確かに自分の頭から生えていた。
恐る恐る顔の輪郭を撫でると、その頬はわずかにいつもより柔らかい。
なんだこの体はと、自分の体を順にまさぐっていく。
指先に微妙な違和感を感じながらあちこちを触り、指が胸に触れたところで手を止めた。俺の体にあるはずのない柔らかな膨らみに指が沈んだのだ。
これは女の体だ。
「ダイヤさん?目が覚めましたか?」
ベッドに横たわり呆然としていると、不意に部屋の外から女の声が聞こえた。
「入りますね。」
ドアに手がかかる音がする。
「ちょ、ちょっとまだ入らないでくれ!」
咄嗟に俺は声をあげた。自分の喉からいつもと違う声が発せられ、とてつもない違和感を感じる。
「もしかして着替えたりしてますか。」
「あ、ああ、そうなんだ。少し待ってくれ。」
ダイヤさん?そう言ったかこの女は。鼓動が一気に速まっていく。
まずこの状況を理解しないといけない、必死に頭を働かせようとしたが、焦る間も無くその声の主はドアを開けて入ってきた。
「ちょ、ちょっと!」
隠れるように、俺は毛布で自分の体をおおった。
「ほ、本当に着替えてたんですか、ダイヤさん。…ならちょうど良いです、体の具合を見たいんで、そのまま、そのまま毛布を剥がしてください。」
キラキラ輝く目でそう言いながら近づいてくるその女は、相当な美貌であった。
白い肌に澄んだ瞳、曲線美を湛えた身体にかかる柔らかいブロンド。白いワンピースに身を包み、後頭部には髪を隠すような髪飾りがついていて、全体として非常に上品な印象を受ける。
と、見惚れている場合ではないのだ。
「出てってくれ。」
わけもわからず俺は布団にくるまった。
「ダイヤさん、大丈夫ですよ、私です。落ち着いてください。診察をしますから。」
この女は、明らかにダイヤという名前で、俺のことを呼んでいるな。
必死に頭を働かせた。
大都市の上等な一室。女の体。ダイヤという名前で呼びかけてくる女。
これは、俺じゃない。
俺は、要するにダイヤという女になってしまったのか?
診察をしにきたと言うこの女は、おそらく治癒魔法が使える聖女だ。
治癒魔法を使える人間は希少なため聖女として讃えられるのだが、オルディスでは聖女はほとんど王都に集められているはずだ。
王都のような大都市にいて、上等なマントを羽織り、聖女の治療を受けている。
ダイヤという女は、おそらくそれなりの地位の人間だろう。この体に”いる”のが俺だとバレたら、どうなるだろう。あまりいいことではないはずだ。
「…少し1人にしてくれ。」
布団の中でそう呟く。
「そういうわけにも…。ダイヤさん、とりあえず毛布をどけてみてくれませんか。診察したいので。医療目的です。」
「診察?」
この女騎士には何かあったんだ、なにかあって、気を失っていた。そのタイミングで、俺の魂と入れ替わった?
「ええ、外傷はないようでしたが、色々確認したいところはあるんです。」
とにかく、診察に来たと言う聖女にあまり嫌がるのもおかしいだろう。俺はおとなしく体を覆う毛布をはがした。
「あれ?着替え中じゃなかったんですか。」
しっかりと服を着ている俺を見て、聖女はなぜかがっかりしたような表情を見せる。
「い、いや、今着替えは終わったんだ。服、脱いだ方がいいか?」
俺の発言に女は目を丸くすると、戸惑いの表情を見せて一言呟いた。
「ケリー。」
その女が声を上げると、突然、窓から強い風が吹いた。
目を細めながら窓の外に視線を向けると、巨大な鳥が羽を広げている。その鳥は無理やり窓に体をねじ込み部屋に入ってくる。
女の横に立つと、その怪鳥は大きな黒い羽を広げた。
「ケルラクァか?」
黒い羽には、無数の目のようなまだら模様がある。本でその名前だけは見たことがある、ケルラクァという魔物。細かい情報は載ってなかったが、上級の魔物だったはず。この女はかなり位の高い魔法使いなのかもしれない。
「ダイヤさん。」
撫でるような柔らかい声で名前を呼ぶと、女は俺が寝ているベッドに座った。怯えた俺は、また毛布を引き上げ顔まで隠したが、その女の手が俺がくるまっている毛布を引き剥がした。
「とにかく良かったですダイヤさん、目が覚めて。もう3日も寝ていたんですよ。」
そう言うと彼女は俺の頭を撫で、輪郭を撫でるように顔を触った。
「ダイヤさん、気を失った時のことを覚えていますか?」
「…覚えてない。」
やはりこの女騎士は何かがあって気を失っていたんだ。記憶が混濁しているふりをすれば情報を聞けるかもしれない。
「あの時、私に何があったんだ?」
「……本当に覚えていないんですね。」
女はしばらく黙りこみ、俺の顔をじっと見つめた。
「ダイヤさん、一応聞いておきますけど、私の名前は覚えてますか?」
「え?いや、もちろんだよ。」
覚えてるも何もそんなもの知らない。
「名前を呼んでくださいよ。」
「うん。なんだ、あれ?ここまで出てるんだけど。えーっとごめん。出てこない。」
焦る俺の顔を見て、聖女は機嫌を損ねたように頬を膨らませた。
「アンナですよ。酷いです!」
「アンナ…。ああ、そうだ。まだ意識が、…はっきりしてないみたい。」
するとアンナと名乗る女は、グッと俺に顔を近づけた。
「忘れるわけないですよね、私たちあんなことまでしたのに。」
そういうと彼女は俺の脚に右手を乗せ、太ももの内をそっと撫でた。慣れない感覚が走り、声が出てしまう。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと!」
慌てて体をのけぞらせる。どういう関係なんだこの2人は。どう対応するのが、正解だ?
「ダイヤさん。私もう3日も我慢してたんです、いいですか?」
女は俺の上に跨ると、左手で脚を触りながら、右手で胸を揉むという暴挙に出た。
「な、な、何を!」
流石に止めなきゃダメだ、そう思う間も無く、聖女は両手で俺の顔をみ、おもむろに顔を近づけてきた。
キスされる!!おいおい、なんだこれ。キスされるぞこのままじゃ!
「いてっ。」
俺の鼻先わずか数センチの距離で彼女は静止して、顔をしかめた。
彼女の使役するケルラクァにつつかれたのだ。聖女は恨めしげな目でケルラクァを睨みつけた。
「いいじゃないですか、大丈夫ですよこれくらい。」
聖女はそう言うと面倒くさそうにベッドから立ち上がり、何歩か歩いて俺に視線を向け、口を開いた。
「ダイヤさんはね、こんな簡単に体を触らせてくれないんですよ。それに、ダイヤさんの一人称は、私じゃなくて僕です。そして私の名前はアンリではなくレーラ。ここから先、嘘はつかないでくださいね。あなたは一体誰なんですか?」




