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プロローグ

この世界を支配しているのは魔物だ、それは間違いない。


魔物は魔力をもった生き物を食う。魔物を食らい、そして人間を食らう。

圧倒的に凶暴な力を持つ魔物が跋扈するこの世界に、非力な人間が生きていく余地はない。


しかし、人間の中には突出した魔力を持ったものがいた。彼らは魔物を退け、人間たちの安全地帯である"国"を作り、王となった。


だからこの国を支配しているのはこの国の王なのだ。

人間は、王に生かされている身であり、王の意思に逆らうことはできない。

労働だけが生活であっても、死ぬよりはマシだろう。


揺らめく朝陽を眺めながら、口数の少ない男たちが、列を成して鉱山を登る。

国境の端に位置するこの鉱山は、王都を一望することができた。

朝陽に照らされ輝く王都の上に広がる空と、この労働者たちの上を覆う淀んだ空が同じものであると感じるのは難しい。

いや、ここはオルディス王国の国境の上、魔物の世界との境目にあるから、もしかしたら本当に何か違うのかもしれない。俺は魔法については詳しくないからよくわからないが。



「おはよう!おはよう諸君!」

黒い軍服を身にまとった王国の騎士が威勢の良い声を張り上げる。

「昨日の崩落事故についてだが、残念なことに、巻き込まれた3人が亡くなった。ロッカ・クレイン。グラフ・ブレイゼン。セド…こいつの姓はなんだ?セド。

まあいい、亡くなったのはこの3人だ。オルディスの発展のために命を落とした彼らの魂に敬意を表し黙祷を!」

集まった労働者たちは皆目を閉じた。

「……それじゃ、仕事だ!さあ、キビキビ歩け!」

黙祷はものの数秒で終わる。


我がオルディス王国は、明確な階級社会である。高い魔力を持ち、魔物と戦える人間が上に立ち、俺のように魔力がなく、他に取り立てて見所のない人間の多数は、強制労働に従事させられる。

俺は10歳の頃から『魔導石』という鉱石が採れるここの鉱山で働いていた。


声高に俺たちに指示を出す軍服の男は、王直属の騎士団から派遣されたこの鉱山の監督官だ。

男の脇には、巨大な犬のような魔物が伏せ、品定めするように俺たちを眺めている。

眺めているといっても、この魔物に目はない。

犬のような胴体の先についた首元には放射状に皮膚が広がり、そこから巨大な口だけが飛び出ている。

マズルハウンドという、この騎士が使役する魔物だ。聴覚が異常に優れていて、俺たちの会話は全てこの魔物に聞かれているという話だ。


魔物という生き物は基本的に人間を餌としか見ていないのだが、極めて高い魔力を持つ人間は、自らの魔力を供給し続けることを条件に、魔物を使役する契約ができる。

このマズルハウンドという魔物はおそらく、『下級』に分類される魔物だが、ここにいる、まともに魔力を持たない奴らが束になっても傷一つつけられないだろう。

魔物と契約できる人間と、魔力を持たない人間の間には、天と地の差があるのだ。



オルディス国王、大帝ヴェーリの銅像に一礼して暗い坑道へと進む。

進むほどに、太陽の光は届かなくなり手元の小さな明かりが頼りになるのだが、さらにしばらく進むと、明かりは不要になる。

採掘の目当てである、魔導石が輝き道を照らしているのだ。


持ち場まで歩くと、俺は淡々とツルハシを振り始めた。三人組で仕事をして、土砂や鉱石が溜まると1人がトロッコに乗せて外まで運びにいく。


残った2人で無言で作業を進めていると、同僚のバッシュが口を開いた。

「…ロッカとセドが死んだんだな。知らなかったぜ。」

「うん、残念だな。」

「…まあ、時間の問題だぜ。こんな生活が続いたら。事故死か、病死か、過労死か。それか、あの犬に喰われて終わりだ。」

「よせよ。」

マズルハウンドはこの鉱山一帯の音を全て聞き分けることができると聞く。

余計な会話はしないのがここの鉄則である。


バッシュはしばらく黙り込んだが、今一度、沈黙を破った。

「あいつは魔導石に囲まれた空間の音は聴けないんだ。」

無言でバッシュの方を見ると、信じられないと俺は首を振った。嫌な予感がして、バッシュの声を掻き消すようにツルハシを強く振る。


「…俺は脱走するつもりだ。」

その言葉を聞いた瞬間に俺は後ずさった。

脱走を企てた人間がどうなるかは嫌というほど見せられている。

「安心しろ、聞かれたない。俺は何度も試している。魔導石は魔力を吸収するだろ?あいつの聴覚は魔力を媒介にしてるものだから、ここの音までは聞こえないんだ。」

それっぽい理屈を言っているが、信じられるかは疑わしい。


「まず、言っておく。俺は脱走なんてしないし、そんなこと考えるのはやめておけ。そもそも、この街から逃げ出してどうするつもりだ。逃げ場なんてないだろ。」

この鉱山の労働環境は極めて劣悪なものだが、逃げ出す奴はほとんどいない。

それは、逃げ出した際に受ける見せしめの拷問を恐れているというのもあるが、一番の理由は逃げる先がないということだ。

国境の境目にあるこの山から国の外に出ることは不可能ではないだろうが、国の外に出るということは王の庇護下を外れるということだ。ひ弱な人間はその日のうちに魔物に食われておしまいだ。


バッシュは俺の言葉を聞かずに、彼の計画を語り始めた。

「この国の西には王国カイロスがある。馬があればいけない距離じゃないんだ。ここの質の良い魔導石をいくらか持ってカイロスにたどり着ければ、それなりの金になって暮らしていけるはずだ。」

「…なめすぎだ。カイロスまで、最短でいっても10日はかかる。国の外に出て普通の人間が、10日も、生きていけるわけないだろ。」

俺はバッシュから顔を背けてツルハシを振るう。この話に関わるのは危険だ。

「やってみなきゃわからないだろ。お前は国の外を見たことあるのか?」

「…人間は国の外じゃ生きていけない。そんなことは常識だろ?とにかくもう喋るな。」

この会話が聞かれていないというのは本当なのだろうか。こんな会話が聞かれていたら、即座に見張りの騎士が飛んできてもおかしくはないが。とにかく、彼の馬鹿げた計画に付き合う気は無い俺にとって迷惑でしかなかった。


「このままここで働き続けてどうなる?どうせここで死ぬんだったら、一か八かで外に出た方がいいだろ!」

声を荒げるバッシュに、俺はイラつき始めた。なんで俺のことを巻き込もうとするんだ。

一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、彼の分厚い胸板をみて、睨みつけるだけにとどめた。


作業が遅れるのはまずい、バッシュに背を向けてツルハシを握りしめたその時、遠く、なにか唸るような音が聞こえた。

監督官の魔物、マズルハウンドの聞き慣れた唸り声とも違うような気もする。


バッシュを見ると、彼は気づいていないようだ。

また口を開こうとするバッシュに、身振りで静かにするよう伝える。唸るような音は確かにこっちに近づいて来ていた。

「何か聞こえる。」

俺が呟くと、バッシュの顔から血の気が引くのが分かった。監督官が来ていると思ったのだろう。

「ここから離れよう。」

そう言ったときには既に、唸り声は俺たちの足元まで近づいて来ていた。

「ピシッ」

音が鳴ると地面に割れ目が出来て、直後にその周辺の土が隆起した。


俺とバッシュは一目散に走り出した。一体なんだ。マズルハウンド以外に監督官の魔物はいたのか?

振り返ると、巨大なミミズのような生き物が体をうねらせ地面から這い出そうとしている。ミミズといっても、人を呑めるほどの大きさがあり、岩のように硬そうな外皮に覆われている。

「魔物か!?」

俺たちが走る後ろで、ミミズの魔物が這う音が聞こえる。

こいつがどんな魔物か知らないが、ここを根城にしている魔物から俺たちが逃げ切ることは、おそらくは不可能だ。

明日の朝にはあの監督官が俺たちに黙祷を捧げているだろう。

俺はバッシュの提案を思い出した。確かに、こんなところで死ぬのは馬鹿げているな。


死を覚悟したその時、聞きなれた威勢の良い声が坑道に響いた。

「マズルハウンド!」

俺たちの横を四足駆動の影が駆け抜けていく。

振り返ると、監督官の犬、マズルハウンドがミミズの魔物の喉笛に食らいついている。

「抑えとけ、そのまま抑えとけよ。」

監督官は剣を抜き、ゆっくりと魔物の争いに近づいていく。

狭い坑道で魔物たちが暴れて、地面が揺れていたが、監督官は臆すことなく近づき、ミミズの魔物に向かって剣を振り下ろした。鈍い音が響き、ミミズの体は両断された。

「オルディスの騎士をなめるなよミミズ野郎。邪魔になる、食ってしまえ。」

マズルハウンドにそう呟くと、監督官は俺たちの方を見た。

「無事だったかね。崩落の原因はこいつか?ぬるい工事をしたやつがいたのかとあの辺の奴らを気を失うまで殴ってしまった。悪いことをしたな。」

そう言って俺たちにニヤリと笑いかける。こちらとしてはまったく笑えないが。

「…助けてくれて、ありがとうございます。」

俺は従順な人間であることを示すため、深く頭を下げてすぐさま作業に戻ろうとした。

「気にすることはない。オルディスの国民を守るのは私の役目だ。そして君たちは、作業に戻る必要はない。」

「え?」

ここは魔物に襲われて気の毒だと休ませてくれるような職場ではないはずだ。


「魔物の気配を感じてこのあたりを歩いていたら、妙な会話を聞いてしまったのだ。このあたりに、どうやらカイロスへの脱走を企てているやつがいると。そいつは逃げるだけでなく、ここの魔導石を持ち出そうと企んでいた不届きものだ。」

その言葉にバッシュの顔面は蒼白になり、膝から崩れ落ちた。

当然だ。バッシュはこれから拷問をされ、恐らくマズルハウンドに喰われて殺されることになる。だから俺は止めたのに、気の毒だが自業自得ではある。俺はバッシュから目を逸らして作業に戻ろうとした。


「よし、君、名はなんという。」

しかし監督官はなぜか俺の方を見て名を尋ねた。

「…ライルです、…が。」

「そうか。ライル。今から私は君のことを殴る。」

「なんでですか!?俺はバッシュを止めようとしていました!」

「ああ、聞いていた。君は確かに拒否していた。しかし、脱走の話を聞いた以上、君の心に種が蒔かれてしまっているんだ。」

「種?」

「反逆の種だ。いつか芽吹かないよう、その種はここで潰しておかなければならない。」

「蒔かれてないです。」

「いや、蒔かれている。」

「めちゃくちゃですよ。」

「そういうものだ、この世界は。バッシュ君、君はまず見ていたまえ。」

あまりの理不尽さに呆気にとられていると、膝を鉄の棒で強打された。視界が明滅してその場に倒れこむ。

理不尽に耐えて生きてきたが、限界だ。もしも生まれ変われるなら、こんな人生はごめんだ。俺に力を与えてくれ。

監督官が俺の頭めがけてフルスイングするのを最後に見て、俺は気を失った。






帝国オルディスとは大陸の反対に位置する、王国レスティアは滅亡の危機に瀕していた。

「なんだこいつは…。」

突如として頭上に現れたその存在に、国民は震え上がった。レスティアの国境を魔物が超えたことは、ここ10年はなかったことだったのだ。

国民は皆、国王の登場を待ったが、現れたのは幼い姫であった。姫の側には神々しいほどの雰囲気を放つ魔物が付き従っている。

驚きと不安が混じる表情で、皆固唾を吞む。稲妻が走り、空気が震えた。


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