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本の紹介22『機動戦士ガンダムF91』 富野由悠季/著

作者: ムクダム
掲載日:2025/11/10

家族の有り様を通じて政治、戦争の根源を描く野心的戦記小説

 ガンダムといえば、アムロ・レイだとか、シャア・アズナブルといった最初の「機動戦士ガンダム」のキャラクターが広く知られているところですが、本作はそれらのキャラクターが舞台を降りた後の時代を描いています。いわゆるファーストガンダムから続く一連の流れを仕切り直す立ち位置にある作品です。

 本作は1991年に映画公開されていますが、物語の始まりは映画とは違った視点で描かれており、その後の展開も映画と異なるところが多いです。上下2巻の構成ですが、映画冒頭のシーンが始まるのは上巻の終盤に差し掛かってからで、ガンダムの出番は下巻の中盤あたりまでお預けです。モビルスーツ同士の戦闘シーンの描写はだいぶ少なめで、アクションを描くことは主眼に置かれていません。その方面は映像メディアである映画で十分魅力的に描かれており、小説という文字媒体においては全体のストーリーと個々のキャラクターに通底する思想をメインで描いているものと感じました。

 舞台は大規模な戦争が終結し、表向きは平和な時代が続いている宇宙世紀0123年、宇宙コロニーで高校に通うシーブックという少年と、学内でアイドル的人気を誇るセシリーという少女の二人が主人公です。上巻はこの二人の家庭事情を中心に描きつつ、「クロスボーン・バンガード」という軍隊が彼らの住む宇宙コロニーに侵攻してくるという流れになっています。

 二人の家庭環境はそれぞれ毛色が違うのですが、仕事に没頭する親族が原因で、家族というものに屈折した感情を抱いているという共通点があります。

 シーブックは一般的な家庭の生まれですが、優秀な科学者である母親が仕事に専念するため家族とは別のコロニーで生活しており、父親が働きながら家族の面倒を見ています。そのことがシーブックと母親の間にわだかまりを作り出します。

 セシリーの家庭環境は少し複雑で、いくつもの企業を抱え、親族から政治家も排出している裕福な家庭に生まれたものの、大それたことを企てる一族に反発した母親に連れられて、母親の浮気相手の男と共に宇宙コロニーに移り住むことになります。家を空けること多い母親に変わって、浮気相手の男が父親替わりの育ての親となっています。

 主人公二人とも家庭に問題を抱えているのですが、面白いのはこの小さな家族の問題が、大きな物語である「クロスボーン・バンガード」による軍事侵攻という事態と深くリンクしている点です。軍隊の創設者がセシリーの一族であるとか、シーブックの母親がガンダムの開発に携わっているといった舞台装置的な繋がりよりも、家庭を持つものの仕事と家庭に対するスタンスというものが、本作の戦乱のきっかけとなる思想や社会情勢に直結しているように思います。

「クロスボーン・バンガード」は「貴族主義」という思想を行動原理にしているのですが、小説では映画よりも突っ込んで「貴族主義」について言及がなされています。舞台となる時代の社会情勢や人間の在り方を通じて、なぜ彼らが「貴族主義」に至ったのかという背景が丁寧に描かれています。人口飽和の社会に生じる腐敗を正し、欲望に溺れた人間の精神を律するという主張には思わず首肯しそうになるところがあるのですが、同時にそれを掲げる人間の危うさも描かれていてバランスが良いです。

 政治や戦争というものは人と人が関わり合うために生じるものですが、多くの人間にとって人間との関わりの最小単位はその家庭となります。家庭の中で生じた不和や行き違いの規模を大きくしたものが政治的対立や戦争であると言うこともできると思います。そういった視点から、家庭の有り様を通じて、戦争や政治の根源を描こうというのが本作のテーマの一つなのかなと。

 物語の中で軍隊の侵攻から戦乱が巻き起こり、民間人大虐殺と呼べる事態まで発生します。しかし、その一端を担う登場人物は一族に認められたいという気持ちをモチベーションとしており、その情念が徐々に彼を機械のような人間に仕立て上げていきます。そして、一族の方も彼にそんな極端なことは望んでおらず、言ってしまえば家庭内のすれ違いが恐ろしい悲劇を生み出しているといえます。常識があり、家族や部下への思いやりを示すことができる人間が組織や思想の中で狂っていく様は現実にも起こりうる恐怖を描いているように感じます。

 根っからの悪人がいないにも関わらず、凄惨な事態を引き起こしてしまう人間の愚かさ、悲劇性を容赦無く描いた作品だと思いますが、ただ絶望を描くのではなくシーブックとセシリーの活躍を通じて、家族再生への希望、ひいては人間の感性への希望を感じさせます。エンディングは映画とは一味違ったものとなっており、映画を観た人も十分に楽しめる作品となっています。終わり

 

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