5.1 潮見美月:バイト潜入と二つの顔の目撃
神崎玲の「佐倉の成長本能が高見沢に惹かれている」という冷徹な分析は、美月の心に深く突き刺さった。優しさや日常のぬくもりだけでは、優斗を取り戻せない。そう悟った美月は、優斗の変化の原因、つまり高見沢美咲を自分の目で観察することを決意した。
美月は、客として『メリー・デイズ』に潜入した。
美月は、優斗の口から聞かされていた「高見沢先輩」の姿に圧倒された。
ポニーテールと黒縁メガネ。彼女は、ホールを支配していた。その動きは機械のように正確で、笑顔は口角三度の完璧なプロの笑顔だ。他のスタッフに容赦なく指示を出し、優斗に対しても冷徹だ。
「佐倉さん!テーブルのバッシング、なぜそこで立ち止まる!客の視線を遮るな!」
美月は、優斗がこの年下に見える鬼教官の前にいると、普段ののんびりした優斗ではなく、**真剣な「後輩」**になっているのを見た。美月自身の優しさとは対極にある、**圧倒的な「強さ」**がそこにはあった。
美月は時間を置いて、二度目の潜入を試みた。
ドリンクバーでジュースを注いでいると、通用口から休憩室に入る高見沢の姿が見えた。美月は、優斗への不安と好奇心に駆られ、従業員用トイレに行くふりをして、休憩室のそばで立ち止まった。
休憩室では、高見沢が一人、うつむいていた。彼女はメガネを外し、顔を覆っている。その手元には、医学系の専門書と、びっしりと書き込まれた看護学校の過去問があった。
「はぁ……なんで、こんなにできないんだろう」
高見沢の声は、極度に弱々しく、バイトで見せる鬼教官のそれとはまるで違う、不安と焦りに満ちた年下の女の子の声だった。彼女は、ペンを握りしめ、顔を上げた。その目には、涙がうっすらとにじんでいる。
(この人は、私と同じ……いや、私以上に、真剣に戦ってるんだ)
美月は、高見沢が単なる「優斗を奪うライバル」ではなく、**「夢に向かって必死に戦う、目標を持つ女の子」**であることを知った。彼女の鬼教官という「鎧」の裏にある、弱さと目標の切実さが、美月の胸を締め付けた。
潮見美月は、優斗への恋心だけでなく、高見沢の目標への情熱を前に、自分の「カフェの夢」が曖昧に見える瞬間を味わった。美月は、高見沢を**「優斗が惹かれるのも当然の、真剣な恋のライバル」**として認めざるを得なくなった。