3.1 佐倉優斗:年上先輩の優越感と逆転
地獄のバイトを終えて三日目。俺は制服に着替えて教室にいた。今日からまた、学校では年上の**「先輩」**に戻れる。その優越感が、高見沢に支配された屈辱をわずかに和らげてくれた。
昼休み。俺は古川に、バイトの愚痴をぶちまけていた。
「マジでやべえよ、あの高見沢って奴。年下なのに、俺のこと『アンタ』だぜ?『使えない後輩!』って大声で…」
「年下の女に支配される佐倉、ダセー(笑)。まぁ、でも年下の彼女に夢中な先輩ってのも、悪くないぞ?」
「恋愛とかじゃねえっつーの!」
俺は廊下を歩きながら、ふと一年の教室があるフロアの階段の踊り場に目をやった。
そこにいたのは、小柄で、髪をきっちり結び、少しだけ背中を丸めて歩く女子生徒。ポニーテールと黒縁メガネはバイトの時と同じだが、纏う空気がまるで違う。静かで、控えめ、そしてどこか不安げだ。
(あれは、一年生の……高見沢美咲、だよな)
俺は好奇心と、年上の先輩としての権威を試すような気持ちで、声をかけた。
「おーい、高見沢さん、おはよう!」
高見沢は、硬直した。本当に、時が止まったように。その背中から、血の気が引いていくのがわかった。彼女はゆっくりと、まるで精密機械が軋むように振り向いた。
「あ、佐倉、先輩……お、おはようございます!」
その声は、バイトでの鬼教官の冷徹さとは真逆の、か細い、裏返った声だった。その目線は、俺の胸元より下をさまよっている。完全に俺を**年下の「後輩」**として認識し、萎縮している。
俺は目の前で起こっている現象に、笑いが止まらなかった。
「いやぁ、まさかウチの学校の後輩が、俺のバイトの先輩だったとはね」
高見沢の顔は、羞恥と恐怖で真っ赤に染まった。俺は、この**「年下の後輩が、年上の俺を支配している」**という秘密を握った優越感に、身体中が熱くなるのを感じた。
「高見沢さん、あんまり青い顔するなよ。俺のインカムでいつも言ってるだろ?笑顔は口角を三度上げろ、ってさ。まさか学校で会うなんてね。よろしく、後輩の先輩ちゃん」
佐倉は、年上である優位性を最大限に利用し、目の前のヒロインの、誰も知らない二つの顔を支配し始めた。