表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

2.1 佐倉優斗:年下の先輩による地獄の指導

ファミレス『メリー・デイズ』の通用口。


ポニーテールに黒縁メガネの指導係、高見沢美咲は、俺の持つ**「年上の先輩」**としてのプライドを、初対面で完全に叩き潰した。


「アンタが新人ですね。ホール担当の高見沢です。二年目。アンタ、私より年上みたいだけど、仕事ができない奴は**『後輩』と呼ぶ。当分『後輩』**で決定ね。無駄話は厳禁。開始!」


(な、なんだこの圧は!年下なのに、なんで俺がこんなに萎縮してんだ!?)


佐倉は、バイトでの**「年下の高見沢が年上の佐倉を支配する」という逆転構造に、すでに屈辱を感じていた。高見沢の指導は、まさに地獄**だった。



エピソード1:プロの第一歩、トレイの持ち方


最初の試練は、客席への料理運びだった。高見沢は、俺のトレイの持ち方を見るなり、即座に冷徹な声を浴びせた。


「佐倉。アンタ、トレイを脇で支えようとしてるでしょ。プロは、トレイを指先の五点で支えるんです。肘はトレイを支えるんじゃなく、バランスを取るためのアンテナ。お客さんのテーブルの前でトレイが揺れたら、それは事故。一度で覚えなさい」


俺は必死に言われた通り、指先に集中する。しかし、皿が少しでも傾くと、高見沢はすぐに修正を加える。


(佐倉の内心:指先の五点なんて、そんな繊細なこと要求されても無理だ!しかも、このデカいトレイを持って、優雅に歩けってか?これがファミレスの仕事かよ……。俺、学校の文化祭の準備じゃ、こんな細かいこと気にしなかったぞ。年下のコイツに、そんな細かい部分まで支配されるのか……!)


エピソード2:テーブルの拭き方と効率


次に指導されたのは、退店後のテーブルの片付けだ。俺は布巾を手に、テーブルを適当に往復させた。


「待ちなさい、佐倉。アンタの拭き方じゃ、拭き残しが出る。それに、効率が悪い」


高見沢は布巾を取り上げると、テーブルの角から中心へ、渦巻き状に布巾を動かし、拭き残しを出さない**「メリー・デイズ流」**を実演した。その動きは、無駄がなく、美しかった。


「テーブルを拭くのは、客の心をリセットすること。前のお客さんの汚れを残したら、次に座るお客さんは不快になる。アンタのやっていることは、ただの自己満足。常に客の視点で動く。それもプロ意識よ。一秒でも早く、完璧に仕上げなさい」


(佐倉の内心:ちくしょう、一秒を削れってか。俺の日常には、そんな「プロ意識」なんて存在しなかった。美月の夢は、こういう努力の先にしかねえのか。年下の高見沢が、俺の人生観をひっくり返しに来てる……!)


エピソード3:クレーム対応とプロの冷静さ


佐倉がドリンクバーの補充をミスし、客から**「氷が少ない」**とクレームが入った。佐倉は焦り、謝罪の言葉が上手く出てこない。


その瞬間、高見沢が客の横にスッと立ち、頭を深く下げた。


「大変申し訳ございません。直ちに確認し、新しいものをお持ちします。お客様の大切なお時間に、不快な思いをさせてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます」


高見沢の謝罪は、感情的にならず、淀みなく、完璧だった。客はそれ以上の追及をやめ、高見沢はすぐに新しいドリンクを運んだ。


クレーム対応後、高見沢は佐倉に冷徹に言い放った。


「佐倉。クレーム対応で大切なのは、責任の所在を追及することではない。お客様の感情を鎮め、問題を解決すること。アンタの焦りが、お客様の怒りを増幅させる。プロは常に冷静。アンタ、学校で何か役職についてるんでしょ?その経験、ここで全く活きてないわよ。使えない後輩」


(佐倉の内心:クソッ!年下のコイツに、俺の普段の生活まで否定された!学校では一応先輩として振る舞ってる俺が、ここで完全に「使えない後輩」として支配されている。この屈辱……。でも、確かに高見沢の対応は、まるでベテランのようだった……。悔しいが、これが、俺が求めていた「非日常」なんだろう)


エピソード4:鬼教官の弱点と目標の片鱗


休憩時間。佐倉は疲れ果てて椅子に座り込んだ。高見沢は、佐倉を見向きもせず、隅で医学系の専門書のような分厚い本を開いていた。


「高見沢、勉強熱心なんだな。看護師とか、医者とか目指してるのか?」


俺が恐る恐る尋ねると、高見沢はピクリと反応し、鋭い視線を俺に向けた。


「……アンタには関係ない。ただ、私は目標がある。だから、アンタのような目標のない人間に指導で時間を無駄にされたくない。アンタの指導は、私の看護学校の学費を稼ぐ時間を奪ってるのよ。わかったわね?」


高見沢は、自分の夢を盾にすることで、俺への指導に絶対的な正当性を持たせようとした。


佐倉は、その**「看護学校の学費」という切実な言葉に、高見沢の鬼教官という鎧**の下にある、真剣な一人の女の子の姿の片鱗を見た。


(佐倉の内心:看護学校……。この厳しさは、夢への真剣さから来ているのか。俺の焦りなんて、生ぬるい。俺は、この年下の高見沢に、人生の目標という点で、完全に負けている)



屈辱と憧れがないまぜになった複雑な感情を抱え、佐倉のバイト初日は終わった。彼は、このままではいけないと強く自覚するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ