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勝ちより価値があるもの

「勝つこと」に執着し続けてきた男たちが、それぞれの“過去”と向き合うときが来た。


第二戦。相手の裏を読み、読み返し、さらにその裏を読む──駆け引きの中で、赤川はある“リスク”を選ぶ。

それは勝利を遠ざける行為だったかもしれない。けれど、彼の中に芽生えたのは、「勝ち」よりも大切な何かに対する覚悟だった。


一方で、揺らぎ始める黄澤の正体。


信頼と裏切り、恐怖と怒り、そして暴かれていく“真実”。


指を賭けたじゃんけんの中で試されるのは、技術でも知能でもない。

それは──人間として、どこに価値を置くかという「選択」だった。

 第二戦が始まり、赤川には気持ちとは裏腹に焦りがあった。 「このままではまずい……」 「何か糸口を掴まないと青井とか言う奴の思いのままだ」 「ただ、何で奴はたかがパーカーであんなに怒ったんだ? 何か──何かある」


 赤川が切り崩す隙を探していると、意外にも、黄澤が小さな声で口を開いた。


「……そのパーカー、脱がないんじゃなくて……火傷の跡があるから、脱げないんじゃないか?」


 青井の肩がぴくりと揺れた。


「よく見ると左腕……ちょっとだけど、動かし方がおかしい。肩の動きと連動してない。たぶん、瘢痕拘縮がある……火傷の後遺症だと思う」


(※瘢痕拘縮=傷跡が引きつれて関節などが動かしにくくなる状態を指す。特に腕の場合、肘や手首などの関節に瘢痕拘縮が起こると、曲げ伸ばしが困難になり、日常生活に支障をきたすことがある。日常的な動作にも影響を及ぼす。)


 その場の空気が凍りついた。誰も言葉を継がないまま、時間だけがゆっくりと流れていく。


 黄澤は気まずそうに目を伏せ、視線を落としたまま口を閉じた。


 その静寂を破ったのは、青井だった。


「──あぁ、そうだよ」  その声は低く、かすかに震えていた。  だが、次の瞬間には怒りが爆発する。


「そうだよ。でも、それがどうしたっていうんだよッ!!」


 声を荒げた青井の眼には、混乱と怒りが渦巻いていた。触れられたくなかった過去を暴かれた苛立ちが、全身を突き動かす。


(チャンスだ。今なら奴の理性の隙を突ける──)  その機を見逃さず、赤川が口を開いた。


「お前に火傷があるかないかなんて、別にどうでもいい」  軽い調子だが、言葉の奥にある視線は鋭かった。


「──でも、その火傷……多分、自分でやったんじゃないよな?」


 青井の顔が強張る。


「“人を信じるなんてのは、狩られる側の思考だろ”」 「結局、お前は狩られる側の人間だったってことだろ」


 その言葉を皮肉たっぷりに口にし、にやりと笑う。


「──信じてた相手に、やられたんだな」


「やめろッ!!」


 青井が叫んだ。  拳を握りしめて立ち上がる。その姿には、怒りと、どこか痛みを隠すような脆さがあった。


 しかし赤川は、まるで何事もなかったように肩をすくめ、巧みに青井をあしらってから視線を黄澤に向ける。


「で? なんでアンタ、そんな火傷のことまでわかったんだよ」


 黄澤はしばらく沈黙していたが、やがて小さく息をつき、静かに言葉をこぼす。


「……以前、教え子で似たような生徒がいて……」 「その子は、右腕に深い火傷があって……腕を庇う仕草が、同じだったから」


 赤川の目がわずかに見開かれた。驚いたような、感心したような複雑な表情で口を開く。


「──生徒? アンタ、教師だったのかよ」


 黄澤は小さくうなずき、静かに言った。


「まぁ、昔の話になるけど」


 そう答えると、再び視線を落とし、黙り込んだ。


 場には再び重たい沈黙が満ちていった。  それぞれが抱える過去──それは、触れられるたびに、焼けるように疼く。


 青井は明らかに動揺していたが、無理やり気持ちを切り替えるように、口を開いた。


「……俺の過去なんて関係ない」 「この第二戦も、俺がもらうぜ」


 そう言いながら、無理やり話題を戻す。  動揺を押し隠し、強引にいつもの調子を取り戻そうとする。


「おっさん、次もあいこにできるように、手を教えてやるよ。そうだな。今回もパーかな」


 その挑発めいた口ぶりに、黄澤がわずかに反応を見せた──その瞬間、赤川が割って入った。


「──そうか、じゃあ今回はオレも自分の手を教えようかな」


 青井が眉をひそめる。


 赤川は、静かに、だが確信をもって言った。


「──オレも、パーを出す」


 青井は戸惑いを見せた。


「……は? パーって……お前、マジで言ってんのか?」


 赤川は、ふっと口元を緩めた。


「あぁ、本気だ。お前がパー出すって言ったからな。オレも、合わせてやろうと思ってさ」「これでおっさんもパーを出せばあいこになるだろ」


 どこか挑発めいた、余裕のある言いぶりだった。


 一方、黄澤は何かを言いたげに赤川と青井を交互に見ていたが、結局口をつぐみ、手元に視線を落とした。


 ここでモニターのカウントがゼロを指す。


 その電子音に続くように、ミスターXの声が陽気に響いた。


「おっと~! 赤川さんと青井さん、ここでまさかの“自分の手”をバラしてしまった~っ!! これはもう、黄澤さん、今度こそ勝負の女神がほほ笑んでますよ~っ!? ビッグチャンス、来てます来てますっ!」


 そのテンションのまま、畳みかけるように叫ぶ。


「さあ、お時間です! お三人とも、機械に手をセットしてくださいっ!」


 その瞬間、赤川の表情から一気に血の気が引いた。


(オレ……今の判断、間違ってなかったはずだ……)


 けれど、胸の奥にじわりと不安が広がっていく。


 一瞬、喉がつまるような感覚が襲う。呼吸が浅くなる。


(でも、パーを出すと言ったあの瞬間、オレはもう……自分で自分を縛ったんだ)


(いや、それだけじゃない。奴が本当にパーを出すと信じて、オレがチョキを出したとして……もし、それでグーを出されたら?)


(──「勝ち筋を捨てた」って、言われても仕方ねぇ)


 一度浮かんだ後悔は、次の瞬間には押し流された。赤川は強引に思考を前に進める。


(違う……今の状況を変えるには、あれしかなかった。確かに“賭け”だった。でもこれは、奴と戦うために必要なパフォーマンスだ)


 視線をわずかに動かし、青井を見る。


(奴は動揺してるとはいえ、頭はキレる。普通に考えりゃ、奴はパーを出す。けど、さっきのオレの言葉の裏まで読んで、逆を突いてくるかもしれない。でも……奴だって、指を失いたくはない)


(オレもパーで行くべきか……でももし、それで負けたら、オレの指が──全部持ってかれる)


 視線を落とし、手のひらを見つめる。


 次に目をやるのは、黄澤。


(こっちは分かりやすい。今にも倒れそうな顔してやがる。震えてるし、完全にビビってる。きっとグーを出してくる)


(……ただ、万が一、裏をかいてきたら? ……いや、それでも、やってくるとは思えない。ほぼ確実にグーだ)


 一瞬、喉の奥が苦くなる。



(怖がって手を出せないなら、勝負の神様は微笑まない)


 心の奥で赤川は自分に言い聞かせる──「覚悟を決めて状況を変えろ」と。



 赤川は無言で頷くと、静かに手を機械にセットした。


「じゃんけん──ぽん!」


 ディスプレイが点灯し、三人の手の形が、巨大スクリーンに映し出された。


 ──チョキ、パー、グー。


 ミスターXの声が一段と弾ける。


「これは 赤川さんがチョキ! 青井さんがパー! そして黄澤さんがグー! 」

「おぉぉ~っ! これは見事に三つ巴! 見応えありますね~!


さあ、ゲームは第三戦へ突入します!!」


 青井の目が、あり得ないものを見るように見開かれる。


「な……なんでお前、チョキを……!?」


 赤川は即座に答えた。


「お前がパーを出すって言ったからな。だから、オレはお前に勝つためにチョキを出した」「オレはお前のことを信用したんだ」


 そして少し口角を上げると、視線を黄澤に向けて続ける。


「それに……アンタのことも信用してたぜ。きっちりビビって、グー出してくれるってな」


 「……わざと、あいこにしようとしたってことか?」


 青井が絞り出すように問う。


 赤川はゆっくりと肩をすくめ、どこか達成感をにじませながら答える。


「あぁ今回は勝ちよりも、それ以上にこのあいこには“価値”があると思った。そんな感じかな」


「それに、オレが嘘をつかないなんて……誰も言ってねぇしな?」


 その言葉に、青井の顔が歪む。唇をギリッと噛みしめ、目に怒気が宿る。


「はぁ……ふざけんなよ……!」「バカか」


 だが赤川は、静かに言葉を重ねた。


「信じないってのも、自由だ。でもな──誰かを信じたって、それで全部が終わるわけじゃねぇ。裏切られた過去に縛られて、すべて否定してるだけなら……ただの負け犬だろ」「オレは負け犬にはならない」


 一拍の静寂。


 青井は顔をしかめ、「クソが……」と吐き捨てる。


 そして──一瞬だけ、作ったような笑みを浮かべて言った。


「……まぁ、いい。お前は自分の自己満足の為に勝てた勝負を逃した。俺が有利って構図は、何も変わっちゃいねぇ」


 けれど、その言葉には、ほんのわずかに“余裕のなさ”がにじんでいた。


 ──そして次の矛先は、黄澤へ。


「それにしても、おっさん……」


「お前、二戦連続でグーを出してるんだよな?」「初戦のノーカウントを入れたら三回連続か」


 青井の口元に、ぞっとするような冷笑が浮かぶ。


「次はもうグーは出せねぇ。ビビリまくった結果がこれかよ。情けねぇなぁ」


 黄澤の顔から血の気が引く。震える指が、太ももに押しつけられたまま動かない。


 青井は、ガラスの仕切り越しに身を乗り出すような勢いで、目だけを突き刺すように突き立てた。


「人の過去に、土足で踏み込んできやがって……」


「お前に、そんな資格があんのかよ。──性犯罪教師の黄澤章さんよ」


 その一言で、場の空気が凍りついた。


 まるでこの場をすべての音が、一瞬止まったかのようだった。


 




指切り言万ゲーム【ルールブック】


1. 基本構成


プレイヤー数:3名


ゲームは最大5回戦まで実施


2. ゲームの進行


開始前にプレイヤー同士で5分間の話し合いが可能


各自が「グー・チョキ・パー」から1つを選び、装置に指を挿入


一斉に手を公開、じゃんけんのルールに従って勝敗を判定


勝敗に応じて賞金獲得または指の切断が発生


5回戦で決着がつかない場合はサドンデスへ突入


3. 判定と指の処置


勝敗は通常のじゃんけんに準拠


勝者が出た場合、敗者の指が切断される可能性がある


誰かの指が切断された時点で、その切断者が勝者となりゲームは即終了


4. 報酬とペナルティ


出した手勝利ボーナス敗北時のペナルティ

グー2000万円(1人につき)指切断なし(安全)

チョキ5000万円(1人につき)人差し指+中指を切断

パー3000万円(一律)全指切断


※指を装置に挿入する位置は、出した手によって異なります。特にパーは全指の挿入が必要です。


5. 特殊判定


全員が同じ手(例:全員グー)→ ノーカウント。戦いは再試行


三すくみ(グー・チョキ・パーが1人ずつ)→ 引き分けとしてカウントし、ゲームを進行


6. 手の選択制限


同じ手は2回まで連続使用可能


3回目は別の手を選ばなければならない


ただし、「パー」で勝利した場合に限り、同じ手の連続使用が認められる


7. 勝利条件


以下のいずれかを満たした者が勝者となる:


他プレイヤーの指を切断した者

 → 賞金額にかかわらず、その時点で即勝利

 → 複数人がじゃんけんに勝利し、指を切断した場合は、じゃんけんの勝者のうち、それまでに最も多くの賞金を獲得した者が勝者

 → 賞金も同額の場合は、同時勝利


5回戦終了時に誰の指も切断されていない場合

 → 最も多くの賞金を得た者が勝者

 → 賞金が同額の場合、サドンデスへ突入


8. サドンデスルール


勝者が出るまでじゃんけんを繰り返す


指の切断が発生すれば、そのプレイヤーが即勝利


パーで勝利しても指切断がなければ、賞金額が最も高い者が勝者


指切断+賞金額が完全同額の複数人が出た場合のみ、同時勝利


備考


プレイヤーは途中棄権不可


ルールへの違反は、即失格または強制切断処置が科される可能性あり

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