影に焼かれて
舞台の上で交わされた友情と約束は、やがて嫉妬と裏切りに焼き尽くされた。
誰よりも強く憧れ、誰よりも信じたその背中が、青井カイの夢を壊した。
「なぜパーカーを脱がないのか」──その何気ない問いが、封じていた記憶の扉を開く。
傷ついた過去と向き合う青井。だが彼の視線は、いま確かに“次”を見ていた。
火傷の痕を抱えたまま、それでも彼は戦う。
決して、同じ過ちを繰り返さないために。
そして、自分自身の“存在”を証明するために。
第一戦が終わった。赤川の息はわずかに乱れ、額には汗が滲んでいる。黄澤もジャケットを脱ぎ、首元を手であおいでいた。
だが、青井カイもまた、汗をかいていた。
背筋を伸ばし、パーカーを脱ぐこともなく、静かにその場に座っている。整えられた空調の中とはいえ、極限の集中と緊張の応酬のあとだ。青井の首筋には汗が流れていたし、顔にも火照りが残っていた。だが、彼は服装を崩すこともなく、そのまま佇んでいた。まるで、己の熱を意地でも認めたくないかのように。
「そのパーカー……暑くないのか?」
赤川の問いかけは、ごく自然な疑問だった。皮肉でも挑発でもない。ただ、目の前の青井に対する率直な感想だった。
その瞬間、青井の目が揺れた。何かが、過去の記憶を呼び覚ましたように──
「……黙れ」
声音は低く、怒気を孕んでいた。赤川も黄澤も、その突然の剣幕に言葉を失う。
──そして、青井は過去へと沈んでいった。
青井カイは、もともと目立つことが苦手な少年だった。
特にいじめられていたわけではない。だが、友達はおらず、教室の隅で小さく息を潜め、先生の視線を避けるように日々をやり過ごしていた。
昼休みには空き教室の片隅に座り、ただ窓の外をぼんやりと眺めていた。
「空気」とは、きっとこういう存在のことを言うのだと、いつしか彼自身が理解していた。
けれど、ある日──彼の世界は一変した。
中学三年の冬。知人に譲られたチケットを手に、初めて足を踏み入れた都心の大劇場。客席は何百もの人で埋まり、舞台上では、現実とは思えないほど生き生きとした人々が“演じて”いた。
──演じるというのは、こんなにも世界を動かすのか。
その感情は衝撃だった。胸を突き動かすほどに、強烈だった。
中でも圧倒的な存在感を放っていたのが、影山洋という俳優だった。テレビや映画で名前を見かけたことはあったが、舞台の上の彼は別物だった。
──自分も、あんな風に“別の誰か”として舞台に生きてみたい。
初めて、心の底から何かを願った。
それから青井は、何度も劇団の舞台を見に通った。稽古場の裏口に立ち尽くし、スタッフの動きに目を凝らし、キャスト表を何度も読み返した。
影山洋の劇団には、彼の息子──影山隼人という俳優がいた。
客席から彼を何度も見ていた。まばゆいほどの華、観客を釘付けにする眼差し、若さに似合わぬ演技力。
──ただの俳優じゃない。舞台の中心にいる光そのものだ。
青井は遠くから彼に憧れ、言葉を交わすこともなく、ただ胸の奥に火を灯していた。
高校卒業後、青井は本格的に芝居の道を目指す決意を固めた。
学校には通っていなかったが、独学で演劇の基礎を学び、部屋では演劇本を読み漁った。ノートに台詞を書き出し、感情の動きを何度も分析した。
オーディションは二度落ちた。誰の目にも留まらず、声も演技も稚拙だった。悔しさと無力さに打ちひしがれながらも、彼は立ち止まらなかった。失敗を糧に、青井はさらに演技を磨いていった。
三度目の挑戦で、ようやく研究生として合格したのは、二十歳の春だった。
劇団の稽古場で、初めて隼人と向き合ったとき──そのまばゆさは、舞台の中と変わらなかった。
けれど彼は意外にも気さくに話しかけてきた。
「なぁ、お前、新入りだろ? “影山の息子”って思って遠慮すんなよ。俺は“影山隼人”として売れたいからさ」
その言葉に、どれだけ青井が救われたことか。
雑用に明け暮れる日々の中、二人はよく話すようになった。くだらない冗談も、真剣な芝居論も交わした。稽古後の帰り道、コンビニ前で缶コーヒーを片手に演出家の愚痴をこぼし合った夜もあった。
「……いつかさ。お前が主演の舞台で、オレが盛り上げてやるぜ。全力でさ」
その言葉が、青井にとっての夢となった。
自分という存在を初めてまっすぐ見てくれた人──それが隼人だった。
そして隼人もまた、青井の努力と演技力を高く評価していた。
やがて、青井の名前は観客の間でも囁かれるようになった。「あの子、演技がリアルだった」「一番感情が届いた」──アンケートには、そうした声が増えていった。
スタッフからも信頼され、「青井くんならこのセリフ、いける?」と頼られるようになった。
そんな頃、隼人は父・影山洋のコネでテレビや映画への出演が増え、劇団の舞台に立つ機会は減っていった。
代役として立つ舞台で、青井は存在感を増していった。演出家から直接ダメ出しを受ける機会も増え、それに応える形で芝居は進化した。洋もまた、青井の芝居にうなずくようになっていた。
ある日、劇団の代表作が若手主導で再演されることになり、主演には──青井の名が挙がった。
初主演が決まり、青井は隼人に報告した。
「おぉ……頑張れよ。絶対、成功させろよ」
その場では、隼人は笑ってそう言った。
だがその後、隼人は洋に詰め寄った。
「なあ、なんで俺じゃないんだよ。あれ、代表作だろ? 俺がやるはずじゃないのか?」
洋は一拍置いて言った。
「お前、最近現場での評判が悪い。スケジュールも連ドラで詰まってるだろう。……このままじゃ青井に食われるぞ。少し頭を冷やしてこい」
それは表向きの理由だった。実際には、隼人が天狗になっていることを、洋自身が感じ取っていた。このままでは“影山洋の息子”で終わってしまう。だが真正面からそれを告げれば、隼人のプライドが崩れてしまう。だからこそ、青井をあえて主演に据え、連ドラと重なっていることを“建前”にしたのだった。
しかし、それは隼人にとって、屈辱だった。
その日を境に、隼人の態度は明らかに変わった。口数は減り、目を合わせることもなくなった。稽古場では青井に対して冷淡な態度をとり、皮肉交じりの言葉が増えていった。
初主演の舞台に向けて、青井は全身全霊を傾けた。台本をボロボロになるまで読み込み、動きと表情を何度も研究し、舞台装置や照明との連携にも気を配った。稽古後には演出家に何度も意見を求め、少しでも良い芝居を模索した。
そして、通しリハーサルの前日。
一人で稽古中の青井のもとに、隼人がふらりと現れた。
「……なあ、親父が言ってた。“クライマックスのあのシーン”、火、本物使うって」
「本物……? そんなの、聞いてない」
「演出を変えるんだと。よりリアルな緊張感を出したいってさ。劇団としても勝負に出るってことらしいぜ」
その言葉に、青井の胸がざらりとした不安でざわめいた。
(火を使うにしても……なぜ、前日に? せめてもっと早く共有されるべきことじゃないのか)
青井は、翌日、洋に前日の隼人の発言を確認しようとした。だが、洋は別件の打ち合わせで確認ができず、すれ違ったまま、本番同様のリハーサルの時間を迎えることになってしまった。
観客はいない。舞台袖に数人のスタッフと、稽古の様子を収めるためのカメラだけが並ぶ。
それまでリハーサルはおおむね順調に進み、本番に向けて仕上がりが見えつつある──誰もがそんな空気を感じていた。だが、そのとき、連ドラの撮影で不在のはずだった隼人が、息を切らせながら舞台袖へと駆け込んでくる。
何かが起こると分かっていたかのように──ちょうど“その瞬間”に間に合うように。
クライマックスの場面。布を裂くシーンに入った。隠された装置が作動し、火花が激しく舞う。次の瞬間──
「──あ、あァァアッ!!」
焼ける。熱い。息ができない。声にならない悲鳴が漏れた。
「助けて……ッ」
スタッフたちは即座に駆け寄り、消火器が噴射された。舞台上には焦げた布、立ち上る煙、そして崩れ落ちる青井の姿。火傷の臭いが鼻を刺す中、現場は騒然となった。
その混乱の中、隼人の目だけは──冷たく、動かなかった。
洋が駆け込んできた。「なんで本物の火を……俺はそんな指示出してない」
スタッフが答えた。「隼人さんから“洋さんの意向”だと」
洋は、悟った。──息子が、青井を“排除”したのだと。
青井は上半身に大やけどを負い、病院に搬送された。激しい痛みと不安、そして理不尽な扱いに、心まで焼かれそうだった。
そんな青井に、病室で洋は言った。
「お前には悪いが……今は劇団にとってとても大事な時期。今回のことは、お前が“本物の火を使おう”と提案したことにしてくれ。頼む。ことは大きくしたくない」
劇団というよりも、明らかに隼人を守るための言葉だった。
青井は、困惑し、理解が追いつかないまま、戸惑いながらも前日の出来事──稽古場で隼人から「火を使う」と聞かされたこと、その違和感──を率直に伝えた。「……昨日、隼人さんに言われたんです。本物の火を使うって。演出を変えるためだって。僕は、何も知らされてなかった」
だが、洋は目を伏せたまま、何も返さなかった。
その沈黙こそが、すべての答えだった。
洋が去ったあと、隼人が病室に姿を現した。
「今回は大変だったな」
笑いながら、彼は言った。
「……悪いな。お前、思ったより“目立ちすぎた”みたいだ。お前の代わりに俺が最高の舞台にしてやるぜ」
そう言って、鼻で笑って去っていった。
青井は、疑念が確信に変わった。──やはり隼人が仕組んだのだ、と。
怒りを通り越して、心にはなにも残らなかった。言い返す言葉も浮かばず、ただ虚しさだけが残っていた。
事故は「青井の不注意」として処理された。マスコミにも「リハーサル中の事故」とだけ発表された。
数週間後、退院した青井は再び劇団に足を運んだ。
隼人の悪行によって初主演の舞台への出演が流れ、上半身、特に左腕に大やけどを負い、心身ともボロボロだったが、それでも──ここは自分を初めて必要としてくれた場所だった。
だが、青井の姿を目にするなり、劇団員たちは目を伏せ、スタッフたちは距離を置いた。今まで気軽に声をかけてくれていた者たちも、あからさまに素通りする。 空気が、明らかに変わっていた。誰もが彼を“腫れ物”として扱っていた。
後日、洋と対面した青井は、改めて謝罪の言葉を受けた。
「すまなかった……。でも、もう一度戻ってきてくれないか。お前が必要なんだ」
青井は、迷った。胸の奥にしこりを残しながらも──劇団に復帰することを決めた。
しかし、一度狂った歯車はハマることはなかった。火傷の後遺症で動きは制限され、満足のいく演技が出来なくなっていた。さらにふとした視線の冷たさ、言葉の端に滲む猜疑心。劇団に身を置きながら、青井はずっと疑念を抱え続けていた。
今の劇団にとって彼は、もはや“腫れ物”ではなく“異物”となっていた。
彼は理解した。 もう、自分の居場所はどこにもないのだと。
青井は虚無の状態で劇団を去った。
──信じた夢に裏切られた。正直者は、愚か者だ。
それ以来、青井は変わった。心の奥に、決して癒えない火傷を抱えたまま。
***
回想が終わる。
冷えた空調の中、青井は無言で座っていた。虚ろな目の奥に、熱の痕だけがわずかに揺れていた。
赤川は、先ほどの怒りの理由を掴めず、ただ黙って見つめていた。
黄澤は、そっと視線をそらした。
「お待たせいたしましたぁ~! 第二戦、まいりましょう!」
ミスターXの軽薄な声が、まるで別世界から響いてくる。
空気を変えなければならない。
赤川の目に、揺るぎない決意が宿った。──何かが壊れているなら、それでも前に進まなければならない。自分が、その橋にならなければ。
指切り言万ゲーム【ルールブック】
1. 基本構成
プレイヤー数:3名
ゲームは最大5回戦まで実施
2. ゲームの進行
開始前にプレイヤー同士で5分間の話し合いが可能
各自が「グー・チョキ・パー」から1つを選び、装置に指を挿入
一斉に手を公開、じゃんけんのルールに従って勝敗を判定
勝敗に応じて賞金獲得または指の切断が発生
5回戦で決着がつかない場合はサドンデスへ突入
3. 判定と指の処置
勝敗は通常のじゃんけんに準拠
勝者が出た場合、敗者の指が切断される可能性がある
誰かの指が切断された時点で、その切断者が勝者となりゲームは即終了
4. 報酬とペナルティ
出した手勝利ボーナス敗北時のペナルティ
グー2000万円(1人につき)指切断なし(安全)
チョキ5000万円(1人につき)人差し指+中指を切断
パー3000万円(一律)全指切断
※指を装置に挿入する位置は、出した手によって異なります。特にパーは全指の挿入が必要です。
5. 特殊判定
全員が同じ手(例:全員グー)→ ノーカウント。戦いは再試行
三すくみ(グー・チョキ・パーが1人ずつ)→ 引き分けとしてカウントし、ゲームを進行
6. 手の選択制限
同じ手は2回まで連続使用可能
3回目は別の手を選ばなければならない
ただし、「パー」で勝利した場合に限り、同じ手の連続使用が認められる
7. 勝利条件
以下のいずれかを満たした者が勝者となる:
他プレイヤーの指を切断した者
→ 賞金額にかかわらず、その時点で即勝利
→ 複数人がじゃんけんに勝利し、指を切断した場合は、じゃんけんの勝者のうち、それまでに最も多くの賞金を獲得した者が勝者
→ 賞金も同額の場合は、同時勝利
5回戦終了時に誰の指も切断されていない場合
→ 最も多くの賞金を得た者が勝者
→ 賞金が同額の場合、サドンデスへ突入
8. サドンデスルール
勝者が出るまでじゃんけんを繰り返す
指の切断が発生すれば、そのプレイヤーが即勝利
パーで勝利しても指切断がなければ、賞金額が最も高い者が勝者
指切断+賞金額が完全同額の複数人が出た場合のみ、同時勝利
備考
プレイヤーは途中棄権不可
ルールへの違反は、即失格または強制切断処置が科される可能性あり