正直者の支配者
勝者とは、真実を語る者か。
それとも、巧みに嘘を操る者か。
ここから始まるのは、「正直」であることが武器にも枷にもなる、不確かな戦い。
目の前の言葉を信じるか、疑うか――選ぶのは、あなた自身だ。
だが忘れてはならない。
このゲームにおいて、「誠実さ」すらも演出になりうることを。
勝ちたいなら、見抜け。
負けたくないなら、騙せ。
第2章、開幕
第一戦――仕切り直しが告げられた。
あいこで終わった前のラウンドはノーカウント。ゲームは、まだ本格的に動き出していない。
「……さて。ここから、どうするよ?」
じっくり問いかけるような口調で口を開いたのは、やはり青井だった。唇には笑みを浮かべていたが、それは乾いた、皮肉めいたものだった。
「おっさん。さっき“協力しよう”なんて言ってけど……何か妙案でもあるのかよ?」
その声が向けられた先、黄澤は視線を上げることもなく、ただ俯いていた。だが、揺れる眼差しだけが青井を真っ直ぐに捉えていた。
青井は鼻を鳴らすように笑う。
「なんだよ……結局、口だけか」
その時、赤川が静かに声を発した。
「……さっき、ゲームが始まる前、オレに煽るように絡んできたよな。お前、“やるなら楽しんだ方がマシだ”って言って」
青井が目を細め、赤川を捉える。
赤川はわずかに前のめりになりながら、言葉を続けた。
「でも、結果はどうなった? なんでグーを出した? 随分と守りが好きなんなんだな。本当はビビってたんじゃないのか?」
喧嘩を売るように、試すように。その口調には、挑発と探りの色が滲んでいた。
だが青井は微笑を崩さず、肩を軽くすくめて答えた。
「ほう。急にエンジン吹かしてきたな。まぁ、いいよ。でも、俺だって好きで指を落としたいわけじゃない」
そして、あくまで淡々と続ける。
「それに、アンタらがどんな思考してるかも分からないままパーやチョキを出すのはさすがにギャンブル過ぎだろ? だから、初手でグーを出すのは悪い手じゃない。」
不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。
その切り返しの鋭さに、赤川はわずかに眉を動かした。
(軽薄に見えるが……理屈は通ってる。アイツ冷静に場を読んでやがる)
青井は足を組み直し、口元に再び笑みを浮かべる。
「とはいえ……俺はこのゲーム、案外楽しめてるぜ」
にやりと、嫌味な笑顔を浮かべる。
沈黙が場を包み込む。
黄澤は明らかな動揺を見せていた。唇がかすかに震え、目の奥には言葉にならない混乱が渦巻いている。
やがて、青井が再び声を発した。
「そうだ、じゃあおっさん。そんなに協力したいなら──乗ってやってもいいぜ」
その目が細くなり、赤川と黄澤を順に見やる。
「次のゲーム俺は“パー”を出す。宣言しとく。だから、アンタらもパーを出せばいい。三人ともパーなら、あいこ。おっさんの言う時間が稼げるだろ?」
その言葉に、赤川と黄澤が顔を見合わせる。
(パー……?)
赤川の中に、混乱と計算が交錯する。
(確かに、この“指切り言万ゲーム”において、パーを出すのは理にかなっている。安全志向のグーを出す者が多いこの状況では、パーを出せばチョキ以外には負けない) (しかも、チョキはリスクを考えると出される可能性は低い) (だが、問題はそこじゃない。負けたときのリスクがデカすぎる。パーで負けたら……指、全部だぞ)
黄澤が戸惑いを隠せず、震える声で尋ねた。
「……あいこが狙いなら、グーでよかったんじゃ……? パーで負けたら、指が……全部、落ちるんだぞ……?」
青井は肩をすくめ、変わらぬ調子で答える。
「グーが正解だって、いつから決まった? それに、あいこを狙うってこと自体──そもそも成立してると思うか? それこそ俺は時間の無駄だと思うけどな。」
言い捨てるように呟くと、再び沈黙が場を支配した。
やがて、赤川が口を開く。
「言ってることは分かる。理屈も通ってる。……だが、お前を信用しろと言われて、素直に信じると思うか?」
青井は目を細め、低く返す。
「人を信じるなんてのは、狩られる側の思考だろ。……俺は、もう二度と誰も信じない。自分以外はな」
(……二度と? アイツ、過去に何があったのか──?)
赤川が心の中で呟く。
青井は続ける。
「俺さ、思うんだよね。こういうゲームで裏切りが起きるのは、ある意味当然だと思うんだよね。だって、勝ちたくて参加してるんだからさ。人を出し抜く為に演技するわけだろ」 「でも、俺は嘘はつかない。正直者だからな。だからこそ教えた。俺はパーを出すってな」
「……そういう意味では感謝してもらってもいいくらいだね。」
その顔に浮かぶのは、勝者の余裕──いや、支配者のそれだった。
(……まずい。完全にこの場をコイツに持っていかれてる) (何か、何か、空気を変えないと……)
〈赤川は青井に言い返す言葉を探すが、何も出てこない。ただ、拳を握り締めるしかなかった〉
そして、カウントがゼロを告げる。
ミスターXの声が、芝居がかった調子で響く。
「おやおやおやぁ~? おっとこれは青井さん、痛恨のミスかぁ 自分の出す手を言ってしまうなんて。これは残りの二人、大チャンスですよ~! チョキを出せば──勝てちゃいますね!」
軽薄で、どこか茶化すような口ぶりだった。
「さぁ、それでは仕切り直しの第一戦──まいりましょう!」
機械が唸りを上げ、三本のアームがせり出してくる。
三人は、それぞれの思惑を抱えたまま、ゆっくりと右手を持ち上げ、装置へと差し込んだ。
ガチン。
透明なカバーが下り、三人の指が固定された。
その瞬間、青井の瞳が、カバー越しにわずかに笑った。
赤川は、青井が“本当に”パーを出すことを確信した。
──だが、それでもグーを選んだ。
パーを出せば、おそらく負けはしない。黄澤の動揺から見て、彼もグーを出すだろうと読めていた。
でも、出せなかった。
それは、指を失う恐怖。そして、青井の“狂気”に屈したという自覚があったからだった。
「では、じゃんけん──ぽんっ!」
スクリーンに映し出されたのは、三つの手。
──グー。 ──パー。 ──グー。
「おおっとぉ! 赤川さん、黄澤さんがグー! 青井さんがパー!」 「第一戦は、青井さんの勝利です! 対戦相手がグーだったため、指切断はナシ!」 「よって青井さんには、勝利ボーナス3000万円の“獲得権利”が与えられまーす!」
静まり返る中、青井はゆっくりと指を引き抜き、顔を上げて口を開いた。
「言ったろ。俺は嘘はつかない」
そして、少しだけ声を張る。
「俺は、お前らとは違う」
赤川は歯を食いしばった。
(……悔しい。完全に、やられてる)
(このままじゃ──また次も、やつのペースになる。何か……打開策を見つけなければ)
黄澤はその場に膝をつきそうになっていた。
──この第一戦、勝者となったのは、言葉と態度で場を“制した”青井カイだった。
支配者の笑みが、闇の中に浮かんでいた。
指切り言万ゲーム【ルールブック】
1. 基本構成
プレイヤー数:3名
ゲームは最大5回戦まで実施
2. ゲームの進行
開始前にプレイヤー同士で5分間の話し合いが可能
各自が「グー・チョキ・パー」から1つを選び、装置に指を挿入
一斉に手を公開、じゃんけんのルールに従って勝敗を判定
勝敗に応じて賞金獲得または指の切断が発生
5回戦で決着がつかない場合はサドンデスへ突入
3. 判定と指の処置
勝敗は通常のじゃんけんに準拠
勝者が出た場合、敗者の指が切断される可能性がある
誰かの指が切断された時点で、その切断者が勝者となりゲームは即終了
4. 報酬とペナルティ
出した手勝利ボーナス敗北時のペナルティ
グー2000万円(1人につき)指切断なし(安全)
チョキ5000万円(1人につき)人差し指+中指を切断
パー3000万円(一律)全指切断
※指を装置に挿入する位置は、出した手によって異なります。特にパーは全指の挿入が必要です。
5. 特殊判定
全員が同じ手(例:全員グー)→ ノーカウント。戦いは再試行
三すくみ(グー・チョキ・パーが1人ずつ)→ 引き分けとしてカウントし、ゲームを進行
6. 手の選択制限
同じ手は2回まで連続使用可能
3回目は別の手を選ばなければならない
ただし、「パー」で勝利した場合に限り、同じ手の連続使用が認められる
7. 勝利条件
以下のいずれかを満たした者が勝者となる:
他プレイヤーの指を切断した者
→ 賞金額にかかわらず、その時点で即勝利
→ 複数人がじゃんけんに勝利し、指を切断した場合は、じゃんけんの勝者のうち、それまでに最も多くの賞金を獲得した者が勝者
→ 賞金も同額の場合は、同時勝利
5回戦終了時に誰の指も切断されていない場合
→ 最も多くの賞金を得た者が勝者
→ 賞金が同額の場合、サドンデスへ突入
8. サドンデスルール
勝者が出るまでじゃんけんを繰り返す
指の切断が発生すれば、そのプレイヤーが即勝利
パーで勝利しても指切断がなければ、賞金額が最も高い者が勝者
指切断+賞金額が完全同額の複数人が出た場合のみ、同時勝利
備考
プレイヤーは途中棄権不可
ルールへの違反は、即失格または強制切断処置が科される可能性あり