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開始の儀

人は、どれほどの対価で“自分の一部”を差し出せるのか。


──命まではいらない。ただ、指を一本。それだけでいい。


その条件で、あなたは幾ら欲しいと答えるだろうか。


1千万? 1億? それとも、そんな金では釣られないと笑うか?


ここに集められたのは、たった三人の“プレイヤー”。


それぞれが事情を抱え、それぞれが追い詰められ、そしてそれぞれが金を欲している。


舞台は、無機質な部屋。


ルールは、じゃんけん。


代償は、指。


勝利すれば巨額の報酬。負ければ、指が──落ちる。


単純にして、残酷。


協力か、裏切りか。欺瞞か、信頼か。

生き残るのは、誰かひとりか、それとも全員か。


これは、“切り札”を持たない者たちによる、静かなるデス・ゲームの記録である。

――部屋は、無機質だった。


床も壁も、光を鈍く反射する艶のないグレーのパネルで覆われている。天井には窓ひとつなく、空調の音も感じられない。まるでこの部屋だけが外界と断絶された“処刑場”のようだった。


その中央に鎮座するのは、円形のテーブル。三人が向かい合って座るには充分すぎる広さがあり、だが奇妙なのは、そのテーブルが透明なガラス板で三等分されていることだった。中央部分は一段高くなっており、そこには機械装置が組み込まれている。


そして、そこから伸びる三本のアーム。それぞれの先端には、指を差し込むための小さな穴が空いていた。


どこか病院の手術器具を思わせる構造。だがそれ以上に──まるで冷たい意志を持った何かが、人の指をじっと待ち構えているかのような、不気味な存在感があった。



---


最初に席に着いていたのは、赤川あかがわ かえで


25歳。整った顔立ちに鋭い眼差し。皺ひとつないスーツと無駄のない動作が、かつて証券会社に勤めていたという経歴を物語っている。だが、その目に宿るのは社会人らしい余裕ではなく、常に何かを見定めるような、研ぎ澄まされた警戒心だった。


彼は中央の装置を黙って見つめていた。触れようとはしない。ただ、材質や構造、その内部機構までも透かし見るように、目を細めて観察していた。


「聞いてた以上に……不気味だな」


赤川は“ゲーム”の存在だけは知らされていた。だが内容までは伏せられている。ただ一つ、確かにわかっていることがある。


──時間が残されていない。


その言葉は、誰かに追われているとか、脅迫されているという意味ではない。ただ、“何か”を救うためには、金が必要だった。そしてその“何か”の猶予は、長くはない。


背後の扉が音を立てて開いた。



---


二人目の参加者が現れる。


青井 カイ、23歳。


青いパーカーにだらしないジーンズ、足元はサンダル。場違いなほどカジュアルな姿で現れた彼は、余裕綽々の笑みを浮かべていた。


「へぇ……マジでこんな感じなんだ。いいね、ゲームって感じするぜ」


軽薄な口調。だが、その目は違った。


落ち着きがないわけでも、怯えているわけでもない。ただ、ギラついている。狩る者の目。あるいは──狩られることすら、楽しんでいる者の目。


彼は椅子に倒れ込むように座り、足をテーブルの下に投げ出す。そしてガラス越しに赤川を見つめ、ニヤリと笑った。


「お兄さん、よろしくな。……って、そんな顔すんなよ。どうせやるしかないんだから、楽しんだほうがマシってもんだぜ」


赤川は答えなかった。わずかに眉を動かし、再び視線を機械へ戻す。



---


そして、三人目の扉が開いた。


黄澤きざわ あきら、35歳。


くたびれたスーツに、しわだらけのワイシャツ。ネクタイは緩み、顔色は土のように沈んでいた。手は微かに震えており、足取りはおぼつかない。


かつて彼は教師だった。若者たちを導く立場にいた男。だが今、その面影はどこにもない。


極限まで擦り減り、何かを失い続けた結果だけが、今の彼をここに連れてきた。


黄澤は誰とも目を合わせず、ふらふらとした足取りのまま椅子に腰を下ろす。


──全員が、揃った。



---


その瞬間、壁の一角が光を放った。そこには大型のモニターが埋め込まれており、その画面に映し出されたのは、真っ白な仮面を被った人物だった。


「皆様、ごきげんよう!」


異様に快活な声。声の主は若々しく、冗談じみた軽やかな口調をしていた。だがその仮面──感情の一切を排した、ジェイソン型のハーフマスクが、逆に人間味を完全に奪っていた。


笑っているのか、怒っているのか。そもそもそこに「顔」というものが存在しているのかさえ、わからない。


「ようこそ、選ばれし三名のプレイヤー諸君! これより――『指切り言万ゲーム』、開幕です!」


その瞬間、照明が少し落ち、テーブル中央の機械装置が青く光を放ち始める。


「本ゲームの進行役を務めさせていただくのは、私、ミスターXでございます。どうぞ、お見知りおきを」


モニターにはスライドが表示され、ルール説明が淡々と進行されていく。それは、会社のプレゼンのように整然としていて、どこまでも冷徹だった。



---


※ルールは後書きに記載



---


青井が鼻で笑った。


「ハハッ、マジかよ。指、落ちるってか。……いいね、命をかけるゲームって感じするぜ」


赤川は一言も発せず、スライドの一字一句を目で追っていた。


黄澤は、項目が増えるたびに脂汗をにじませ、震える手で額を拭っていた。


「では、早速始めましょう。第一戦――開始前の話し合いタイム、5分間を提供いたします」


テーブル中央部のカウントが4分59秒からスタートする。


だが──誰も動かない。誰も口を開かない。


青井だけが薄く笑みを浮かべ、足を組み替えた。


「……話すことなんて、あるのかね?」


黄澤は手元のハンカチで額を拭いながら、何かを言いたげに俯いていた。


赤川は、その一つひとつの仕草すら冷静に観察していた。


──(……何を話せばいい?)


一瞬、口を開きかけた。だが、声にはならなかった。


(……無意味だ。そんなものは、ここでは何の意味も持たない)


わずかに顎を引き、視線を下げる。その姿はあたかも“攻撃されない姿勢”をとる獣のようだったが、実際には、誰よりも状況を読んでいた。


不用意な言葉が牙になる。沈黙こそが、最善の武器だ。


三者三様の沈黙。


だが、そこには言葉以上の探り合いがあった。


青井の視線が、テーブル越しに赤川を刺す。挑発にも似たその視線を、赤川は正面から受け止めながらも無視するように逸らした。


黄澤は、二人の視線が交差するたびに、肩をすくめるようにして俯き直す。


誰もが、心の中で相手を“敵”と断じていないフリをしながら──


同時に、最初に裏切られるのが自分ではないことを願っていた。



---


カウントがゼロを指す。


「……おや、会話は盛り上がりませんでしたか? それとも、静寂そのものが最初の駆け引き、ということかもしれませんねぇ……」


モニターの向こうから聞こえるミスターXの声は、どこか上機嫌だった。


そして、その背後に“視線”を感じさせる。無数の観客がどこかでこのやり取りを眺めている、そんな気配を、部屋の空気が孕んでいた。


「さあ、皆さま。黙して語らずの美学もここまで。第一戦――出す手をお選びください。選んだ手に応じて、指を装置へ挿入!」


機械が作動音を立て、三人の前へアームがせり出してくる。


三人は、無言のまま右手を持ち上げ──


静かに、機械の穴に指を差し込む。


ガチン――


透明なカバーが降り、指が完全に固定される。



---


「では、参ります! じゃんけん――ぽんっ!」


天井から降りてきたカメラが三人の手元を映し、スクリーンにその結果が投影される。


グー。グー。グー。


ミスターXが、芝居がかった声で言った。


「おやおやおや、これは……ノーカウント! 皆さん足並みそろえましたか? 協調性バツグンですねぇ~。フフフ……」


カバーが上がると、三人はわずかに表情を揺らした。


青井は「チッ」と舌を鳴らし、肩をすくめていた。まるで期待外れだったかのように。


黄澤は息を詰めていたことに気づき、急いで肺に空気を送り込んだ。


赤川は、まるでそれを“実験結果”と受け取ったように、静かにひとつ頷いた。


「では、改めまして――第一戦、再開です!」



---


再び、沈黙。


だが、やがて──意外にも、口を開いたのは黄澤だった。


「……今のを……続ければ……誰の指も、落ちずに済むかもしれない……。そう、思いませんか……?」


青井が目を細める。


「それじゃ、何も進まねぇだろ。ゲームってのは、誰かが損して誰かが得るもんだ。足並み揃えたまま、何が残るんだよ」


黄澤は首を横に振った。


「違います。いえ……違わないかもしれないけど……。でも、グー、グー、グーの状態を……あと数回だけでも続ければ……考える時間が、もっと稼げる……。そしたら、三人で指を切らずに終わらせる方法だって、あるかもしれないじゃないですか……」


赤川は、その言葉に眉をわずかにひそめた。


(協力? この場で? ……甘いな。だが……)


視線が交差する。誰もがまだ“最初の一歩”を踏み出していない。


この沈黙の中で、ひとつの種が蒔かれた。


──協力という名の種。


だがそれが、希望の花となるか。あるいは、毒草となるか。


この場にはまだ「信用」も「共感」も存在しない。ただ、追い詰められた者たちが、それぞれに異なる“出口”を探して座っているだけだ。


それでも、この言葉が落とした小石が──


今後のゲームに波紋を広げることだけは、間違いなかった。

指切り言万ゲーム【ルールブック】


1. 基本構成


プレイヤー数:3名


ゲームは最大5回戦まで実施


2. ゲームの進行


開始前にプレイヤー同士で5分間の話し合いが可能


各自が「グー・チョキ・パー」から1つを選び、装置に指を挿入


一斉に手を公開、じゃんけんのルールに従って勝敗を判定


勝敗に応じて賞金獲得または指の切断が発生


5回戦で決着がつかない場合はサドンデスへ突入


3. 判定と指の処置


勝敗は通常のじゃんけんに準拠


勝者が出た場合、敗者の指が切断される可能性がある


誰かの指が切断された時点で、その切断者が勝者となりゲームは即終了


4. 報酬とペナルティ


出した手勝利ボーナス敗北時のペナルティ

グー2000万円(1人につき)指切断なし(安全)

チョキ5000万円(1人につき)人差し指+中指を切断

パー3000万円(一律)全指切断


※指を装置に挿入する位置は、出した手によって異なります。特にパーは全指の挿入が必要です。


5. 特殊判定


全員が同じ手(例:全員グー)→ ノーカウント。戦いは再試行


三すくみ(グー・チョキ・パーが1人ずつ)→ 引き分けとしてカウントし、ゲームを進行


6. 手の選択制限


同じ手は2回まで連続使用可能


3回目は別の手を選ばなければならない


ただし、「パー」で勝利した場合に限り、同じ手の連続使用が認められる


7. 勝利条件


以下のいずれかを満たした者が勝者となる:


他プレイヤーの指を切断した者

 → 賞金額にかかわらず、その時点で即勝利

 → 複数人がじゃんけんに勝利し、指を切断した場合は、じゃんけんの勝者のうち、それまでに最も多くの賞金を獲得した者が勝者

 → 賞金も同額の場合は、同時勝利


5回戦終了時に誰の指も切断されていない場合

 → 最も多くの賞金を得た者が勝者

 → 賞金が同額の場合、サドンデスへ突入


8. サドンデスルール


勝者が出るまでじゃんけんを繰り返す


指の切断が発生すれば、そのプレイヤーが即勝利


パーで勝利しても指切断がなければ、賞金額が最も高い者が勝者


指切断+賞金額が完全同額の複数人が出た場合のみ、同時勝利


備考


プレイヤーは途中棄権不可


ルールへの違反は、即失格または強制切断処置が科される可能性あり

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― 新着の感想 ―
心を込めたクリエイターを応援しよう! これ、Netflixにありそうな感じだね :)
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