表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

神様、あと一球だけ。

作者: 日和風

 佐藤翔太はエースだった。

 幼い頃から夢見た甲子園。その舞台に立つため、誰よりも白球に魂を込めてきた。だが、高校二年の秋、過酷な練習の果てに肩は悲鳴を上げた。医者の言葉は冷たく、無情だった。


「もう投げられないかもしれない」


 絶望に打ちひしがれ、夜のグラウンドで一人涙を流したあの夜——。翔太の前に、ふいに神様が現れた。

「君の肩を治してあげよう。ただし、どれだけ持つかはわからない。それでもいいか?」

 迷いはなかった。夢を諦めるくらいなら、どんな代償でも受け入れる覚悟だった。


 そして、迎えた夏。


 地方大会決勝戦。決勝戦のマウンドに翔太は立っていた。翔太の高校は1-0でリードし、九回裏を迎えていた。

 1アウト。鋭いスライダーで三振を奪う。

 2アウト。ショートゴロで仕留める。


 マウンドに立つ翔太の耳には、スタンドからの歓声が波のように押し寄せていた。

 汗に濡れたユニフォームが体に張り付き、グラブを握る手にじっとりと汗が滲む。

 あと一人。夢の扉が開く——。


 だが、その瞬間。


 右肩に鋭い痛みが走った。


 まるで糸が切れたかのように、腕に力が入らない。ボールを握る指先が震え、冷や汗が背中を伝う。

「まさか…今なのか?」


 神様の声が脳裏に響く。


『どれだけ持つかはわからない』。


 こんな大事な場面で訪れるなんて、運命があまりにも残酷すぎた。


 制球が乱れ、四球。

 次の打者にレフト前ヒットを許し、さらに死球で満塁に。

 逆転の危機が迫る。

 肩は鉛のように重く、もはや自分の体ではないようだった。


 ベンチから監督の伝令が届く。

「お前のおかげでここまで来れた。お前が行くと決めるなら、俺は最後まで見守る。」


 翔太は頷き、深呼吸する。

 次の打者は4番。この大会だけで4本のホームランを叩き込んでいるスラッガーだ。


 一球目、ボール。

 ワンバウンド。キャッチャーが必死に止める。


 二球目、ボール。

 外角に大きく逸れ、スタンドからため息が漏れる。


 三球目、ボール。

 制球が定まらない。観客がざわつく。


 四球目、ストライク。

 バッターが見逃し、キャッチャーが大きく頷いた。


 五球目、ファール。

 ボールがライトポールを切ってスタンドへ消え、観客がどよめく。


 カウント3ボール2ストライク。フルカウント。


 スタンドが水を打ったように静まり返る。誰もが息を呑み、運命の一球を待っていた。


 翔太は目を閉じる。


「神様…お願いだ。あと一球だけ…」


 ゆっくりと目を開ける。ボールを握る指に、わずかに力が宿る。

 セットポジションに入り、最後の力を振り絞って腕を振り抜いた。


 その瞬間——。


 放たれたボールは、これまでに見たことのない鋭い軌道を描いていた。

 壊れる前の全盛期を超え、魂そのものが宿ったかのような一球。

 白い軌跡が、バッターへ向かって一直線に伸びていく。



 スタンドが歓声に包まれた。


(了)

結末はどうなったかはご想像にお任せします。

私はホームラン打たれたと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ