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最終回からその後

季節が巡り、私たちは卒業まで1ヶ月を切った。


あの日、紗南ちゃんが「恋愛ってどうすればいいのか全然わからないから、ちょっとずつ教えて」と言ってくれた日から、私たちは少しずつ距離を縮めてきた。

付き合っているのかどうか、はっきりとした言葉は交わしていない。

それでも、一緒にいる時間が増えて、なんとなく特別な存在になったんだと思う。


それは例えば、昼休みの時間に図書室で隣同士で座って、同じ本を読むこと。

一見、前と変わらないように思えるかもしれないが私たちの心は変化していった。

休み時間に自然とお互いの机に寄るようになった。

体育祭や文化祭で「一緒に何かをする」ことが、当たり前のようになったこと。


だが、卒業が近づくにつれて、不安も増えていった。



教室の窓際に座りながら、私はぼんやりと校庭を眺めていた。

頬杖をつきながら、ため息が漏れる。


「どうしたの?」


気づけば、紗南ちゃんが私の机に寄りかかっていた。


「別に……ちょっと考えごと」


「進路のこと?」


「うん」


私は短く答える。


私は無事に第1志望の県立高校に合格をした。

そう、紗南ちゃんとは違う高校だ。

中学までは同じだったけれど、これからは離れ離れになる。


それを考えると、どうしようもなく寂しくなった。


「琴ちゃん」


紗南ちゃんが私の袖を軽く引く。


「私ね、あの日のこと、ずっと考えてたんだ」


「あの日?」


「うん。琴ちゃんが、私に百合小説を勧めてくれた日」


唐突にそんなことを言われて、私はきょとんとした。


「⋯⋯なんで?」


「なんとなく、気になったから。あの時、私、恋愛自体に興味がないって言ったけど⋯⋯実は、そのあと、ちょっとだけ読んでみたの」


「えっ⋯⋯!」


思わず顔を上げると、紗南ちゃんが少し恥ずかしそうに笑った。


「登場人物が『好き』って気持ちを自覚していく過程とか、相手の一言に一喜一憂する様子とか、読んでるうちに、なんだか他人事じゃない気がして」


胸が、どくんと鳴る。


「それでね⋯⋯」


紗南ちゃんは少し言いづらそうにしながら、私の袖をさらに強く握った。


「多分、私⋯⋯琴ちゃんのこと、好きなんだと思う。友情のじゃなくて恋愛として」


心臓が跳ね上がった。


紗南ちゃんは、照れたように目を逸らした。


「琴ちゃんがいなくなるのが、すごく寂しい。もっと一緒にいたい⋯⋯。」


その言葉を聞いた瞬間、私は涙が出そうになった。


今まで、本気で面と向かって、友達としてじゃない「好き」って言葉は私からばかりだった。

紗南ちゃんは、はっきりとその気持ちを言葉にすることが少なくて、私はどこか不安を抱えていた。


でも、今こうして、紗南ちゃんの口から決して軽くない「好き」を聞けた。


「紗南ちゃん⋯⋯」


声が震える。


「じゃあ、離れても⋯⋯私たち、続くのかな」


「続けたい、琴ちゃんがよければ」


紗南ちゃんは、私の目をじっと見つめながら言った。


私は、迷わず頷く。


「もちろん。私も、ずっと一緒にいたい」


「よかった」


紗南ちゃんは、ほっとしたように笑った。


それは、あの日、初めて「嬉しい、かも」と言ってくれたときの笑顔に似ていた。



---



卒業式の日、私たちは写真を撮り合った。


最後のホームルームが終わった後、私は紗南ちゃんに手を引かれて、校舎の裏へと向かった。


そこは、1年ほど前、私が紗南ちゃんと初めて出会った吹奏楽部の皆がいる音楽室だ。


「ここで、私たち、出会ったんだよね」


紗南ちゃんが懐かしそうに呟く。


「うん、そうだね」


私は、静かに頷いた。


あの日、私は泣きそうになりながら、紗南ちゃんに背を向けた。


でも今日は、違う。


「琴ちゃん」


「なに?」


「えっと⋯⋯」


 紗南ちゃんは、少し迷ったように私を見つめた後、そっと両手を広げた。


「⋯⋯ぎゅってしてもいい?」


その言葉に、一瞬、思考が止まる。


でも、次の瞬間、私は迷わず紗南ちゃんの腕の中に飛び込んでいた。


ぎゅっと抱きしめる。


「⋯⋯ありがとう」


小さく呟くと、紗南ちゃんも「うん」と答えた。


春の風が、私たちの頬を撫でる。


これからは、遠距離になる。でも、それでも、私達は大丈夫だと思った。


だって、私たちは少しずつ変わって、確かに前に進んでいるから。


 この先も、きっと。

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