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ex1.不運な場合

 


「あなたは電車を利用したことがあるか?」という問いに対してNOと答える人は現代の日本にほとんどいないだろう。


 通勤するのにも、通学するのにも電車が必要不可欠になりつつあるこの時代。電車が生活の一部に組み込まれている人も少なくない。


 となると中には電車に生活を左右される人も出てくるわけで、そこでは多くの物語が生まれるのである……。



☆★☆★☆★



 俺の名前は古橋カケル。高校2年生だ。突然だが、俺の朝のルーティーンを紹介しよう。


 まず朝起きて顔を洗う。次に朝ご飯、歯磨き諸々済ませて家を出る。そして駅までの道を辿って8時ちょうどに来る電車に乗る。


 ここまでが俺のルーティーンである。諸々のところを詳しく説明しろよと突っ込まれるかもしれないが、大事なのはそこではない。俺は電車に乗るところまでがルーティンだと言った。つまり俺は電車を日常的なものとして考えている。電車に乗り遅れたらその一日は肩に怨霊が乗る……気がするし、電車に間に合ったら清々しい気分で一日を始められる。


 しかし、電車が人の都合に合わせることはない。人が電車の着く時間に合わせるのである。したがって俺は電車に間に合うために最善を尽くす。


 だが、そうは言っても電車が到着する1時間前から電車を待っていたのでは意味が無い。学生にとって睡眠は極めて重要なものなのだ。朝起きる時間を早めることは死に直結する。夜寝る時間を早めるなどもってのほかだ。そんなことをすれば俺にとっての癒しの時間が極端に減り、精神が崩壊して死にかねない。


 よって、俺は朝起きてからの時間を最大限活用して電車に間に合うよう努力する。


 そして今日も清々しい気分で一日を始めるのだ!



☆★☆★☆★



 さて、俺の家から駅まではゆっくり歩いて15分ほどである。そこを俺はやや早歩きすることで13分まで短縮できる。さらに途中にある畑の隣の細道を小走りすることで1分短縮。12分で駅に着く計算だ。俺的に電車の来る1分前に駅に着いているのが一番気持ちいい。


 というわけで俺は今日も7時47分きっかりに家を出る。


 畑の側の細道は人通りが少なく、走っても人に見られる心配はない。別に人に見られてもいいのだが、人には落ち着いた格好を見せたいのが人間の性というものだろう。


 俺はいつも通り細道を小走りで通る。今日も道に人はいな……


「今日の給食何かなー」


「カナちゃん、もうそんなこと考えてるの?」


 いた。ランドセルを背負った小学生の二人組が細道を塞ぐように前を歩いている。


「いいじゃん! ……あ、それよりアカネちゃん、昨日のブンブン戦隊見たー?」


「見たよー」


 ブンブン戦隊というのは確か幼児向けのアニメだったか。戦隊ものは男子が見るイメージがあったが今時は女子も見るのか。


「面白かったよねー。レッドの浮気がイエローにバレるところ」


「うん、レッド終わったよねー」


 納得した。女子が見るわけだ。まさか戦隊ものが恋愛アニメになっているとは知りもしなかった。それもかなり強烈な方。


 いや、そんなことはどうでもいい。早く行かなければ電車に遅れてしまう。


 しかし、道は狭いので俺が通る隙間はない。道を空けてもらってもいいのだが、時間に間に合うのに必死でかっこ悪いお兄ちゃんだと思われそうで気が引ける。

 そう、俺はなるべくいいカッコしたい!


 ──結局、小学生が細道を渡りきるまで待ってしまった。その間、三角関係がどうとか、実は他にも浮気してる奴がいるだとか、とても小学生がするとは思えない会話を聞かされたが、衝撃が勝ってしまって内容までは詳しく覚えていない。


 細道を抜けると、俺はスマホで時計を確認した。この時点で1分ロス。元々1分余裕をもって家を出たので普通に歩けば間に合うと諸君は思うかもしれないが、問題が一つある。


 駅までには信号が二つあり、そのどちらもおよそ1分半周期で青になる。俺の予定は二つの信号を待ち時間無しで渡った時のものだ。つまり、信号に引っかかってしまったらその時点で1分以上のロス。そういう罠なのだ。


 よって、俺は信号まで走る。ここはまだ人通りは少ないし、さっきのませた女子二人も信号とは反対方向へ向かった。なんとも都合のいい展開!


 俺は息を切らしながらも、なんとか信号に間に合った。これでいつも通り歩けば電車に間に合うはずだ。


 信号を渡って少し歩くと、道端で泣いている男の子がいた。ランドセルを背負っているので小学生だろう。


 他にも人はいたが、男の子にちらっと目を向けるだけで誰も声をかけようとはしない。俺も絶対に電車に遅れるわけにはいかないので当然無視……しようとしたが、偶然男の子と目が合ってしまった。男の子はつぶらな瞳で俺を見つめてくる。


 これでは電車に間に合ったとしても男の子のことが気がかりで一日を気分よく過ごせない。多分。

 俺は男の子に近づいて事情を聞くことにした。


「どうしたの?」


「あのね、レッドが溝に落ちちゃったの」


 男の子は足元の側溝を指さした。見ると、小さな赤い人形が溝の底に落ちている。溝はそれほど深くはないが、溝蓋がしてあって子供の力では持ち上げられないだろう。


「レッドってもしかしてブンブン戦隊の?」


「うん! ブンブン戦隊トブンジャー!」


 レッドなんか助けなくていいのに、と思ったが男の子が可哀想なので取ってやることにする。

 手で溝蓋を持ち上げると、レッド人形は簡単に取れた。


「ありがとう! そうだ……これあげる!」


「何これ?」


 レッドを男の子に返すと、男の子は代わりにピンクの人形を押し付けてきた。


「ブンブン戦隊トブンジャーのピンク! あのね、ピンクはレッドの浮気相手なんだけど、ピンクもブルーと浮気してるんだ!」


「そうなんだ。すごいね」


 もうドロドロ戦隊に改名してしまえ。俺はピンクを受け取ると、男の子を見送った。


「恋愛の自由は俺が守る!」


 男の子はそう言いながらご機嫌な様子で学校へ向かって行った。

 レッドの決め台詞らしい。


 ──さて、これで4分のロス。俺はもう電車を諦めた……わけではない。


 通学路の途中に「佐々木さんの家」がある。住宅街の一軒家で他の家と同じように並んでいるが、一つだけ違うところがある。佐々木さんの家には庭があり、反対側の道路と繋がっているのだ。そしてその道を辿っていくと、やがていつもの通学路に合流し、約3分のショートカットになる。つまり、佐々木さんの家の庭を通ればまだ電車に間に合う!


 ……のだが、一つ問題がある。佐々木さんの家の庭には大きな犬がいるのだ。これが優秀な番犬で、一回俺が庭を通った時以来、俺がその家の前を通る時にはいつも起きて見張りについている。


 しかし、もう手段を選んでいる余裕はない。俺は犬を蹴り飛ばす覚悟で佐々木さんの家へ向かう(*良い子は動物に優しくしましょう)。


 佐々木さんの家の前はこの時間人通りが少ない。つまり不法侵入……じゃなくて道に迷って人の庭を通ってしまう学生がいても仕方ない。


 俺が庭の様子を伺うと、いつも門の前で目を光らせている犬の姿がない。庭にある犬小屋を見ると、一番の障害だと思っていた番犬は寝ていた。


 これは後にも先にもないチャンスだ!

 きっと男の子を助けたのが良かったのだろう。因果応報は本当だったのだ。


 俺は犬を起こさないように忍び足で庭を通り抜けようとする。


 しかし、犬小屋の前まで来ると、犬は急に目を開けてワンッと吠えてきた。いくらなんでもタイミングが悪すぎる。おそらくこの名犬は寝たふりをして俺を油断させていたのだ。それくらいの知性があることを俺は長い付き合いで知っている。


 犬に吠えられた俺は驚いた拍子に持っていたピンクを落としてしまった。しかし、これが結果的にはよかった。


 犬は最初こちらに突進しようとしていたが、ピンクが手からこぼれたのを見ると、そちらに標的を変えた。


 ピンクを敵だと思ったのか、おもちゃだと思ったのかは分からないが、浮気女が欲しいのならくれてやる。


 俺はなんとか助かり、庭を通り抜けることが出来た(*良い子は真似しないようにしよう)。


 少し急いで二つ目の信号まで向かうと、ちょうど信号が青に変わるところだった。俺は無事に信号を渡ることができて一安心する。


 二つ目の信号を渡るとすぐに駅に着く。改札を通ってプラットフォームへ。いつも通り三号車の一番後ろの扉に並ぶ。なんとか今日も間に合ったようだ。


 少しするとアナウンスが鳴り、電車が到着した。軽快な音を鳴らして電車の扉が開く。


 ここで大事なのは余裕で電車に間に合ったかのように演出することだ。決して、ゼイゼイ息を切らして汗を拭きながら電車に乗ってはいけない。なぜなら……


「おはよう、花さん」


「あ、カケルくんおはよう」


 スマホから目を上げて挨拶する女子は赤井花さん。花さんは隣の駅から毎日この電車に乗っている。同じ高校の同級生で、同じクラスになったことはないが些細なきっかけで話すようになった。

 俺がこの電車になんとしてでも乗りたい理由だ。


「あれ、カケルくん手が汚れてるけどどうしたの?」


「あ、本当だ。ありがとう教えてくれて」


 おそらく溝に手を突っ込んだ時に汚れたのだろう。俺はポケットからハンカチを取り出そうとする。


「待って。その手で服触ったら汚れちゃう。……はい、私のこれ使って」


 花さんはポケットから自分のハンカチを取り出した。


「でもそれ花さんの……」


「私は予備があるから大丈夫!」


 笑顔で答える花さん。なんと眩しいのだろう。しかも予備を用意しているとは流石花さんとしか言いようがない。

 俺は花さんのハンカチで手を拭いた。とても罪悪感があったが、それ以上に花さんの私物に触れることが嬉しかった。


「ありがとう。洗って返すよ」


「うん!」


 花さんの優しさが胸に染みる。花さんは天使なのだろうか。いや、女神なのかもしれない。まあそのどちらか、または両方に属しているのは間違いないだろう。


 しかし今日の花さんはどこか表情が暗い気がする。何か悩み事があるのだろうか。


「カケルくん……最近弟が『不倫は男の浪漫だ!』って言い始めたんだけど、どうしちゃったのかな? 私心配で……」


「あー…………とりあえず弟にテレビを見せるのはやめといた方がいい……かも」


 ──こうして俺の一日は始まる。



【Mission complete】

 走った回数……2回

 軽犯罪を犯した回数……1回

 犬の糞を踏んだ回数……1回



お読みいただきありがとうございます

コメント大歓迎です!



アイデアだけ思いついて半分深夜テンションでわーっと書きました。なので話について来れなかった方も大丈夫です。多分それが普通です。


*本作は特定の団体、個人を貶める目的で作成したものではありません

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