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別れと覚悟

「急に泣いてしまって申し訳ありませんでした……」


 時間にして30分位だろうか、アメリアはオスカーの胸の中えっぐえっぐと子供のように泣き続け迷惑をかけた。


 けれどオスカーはそれに呆れることなくアメリアを慰め続け、やっと落ち着きを取り戻した様子を見て、薬草店へと手を引いて入ってくれた。


「私がお茶を淹れよう。キッチンを使わせてもらうぞ」


 涙はどうにか治まったが、まだぐすぐすしているアメリアを見かね、オスカーがお茶を淹れると言ってくれた。


 やっぱりこの人は優しい。


 グレイだったら慰めるどころかきっと馬鹿な奴だと笑う所だろう。


 グレイを思い出し、また嫌な気分になったアメリアは窓辺に目を向ける。


「あ、あの、オスカーさん、窓辺に聖水があるので、それを使って貰ってもいいですか」


 朝せっかく顔の腫れを治したというのに、鏡に映るアメリアの顔は酷いものだ。


 お茶を淹れてもらえるのならば聖水でお願いしよう。

 そうすればこの腫れぼったい目も、真っ赤な鼻も少しはましになる。


 そう思ったのだが、オスカーは何故かブルーベリー色の目を細くし呆れた瞳をアメリアに向けた。


「……君は貴重な聖水でお茶を飲むのか……」


「貴重? 聖水って貴重なんですか? 窓辺に置いて祈れば出来る置き水ですよね?」


「……貴重な聖水が……置き水……」


 オスカーは目頭を摩り何かを呑み込むそぶりを見せると、無言のままキッチンへと向かっていった。


 自分とは常識が違う、そんな呟きが聞こえた気がしたが、今のアメリアにはその言葉に意識を向けるだけの元気はなかった。




「君が淹れたお茶ほど美味しくはないかもしれないが」


 遠慮気味にオスカーがアメリアにお茶を出してくれる。


 淹れたてのお茶はカップから湯気が出ていてとても温かそうだ。


「いただきます……」


 ふうふうと少しお茶を冷まし口に運ぶ。

 アメリアの家の馴染みのあるお茶だが、今日はとても美味しいと感じられる。


(そう言えば私、お茶を誰かに淹れて貰うなんて凄く久し振りだ……)


 ゆっくり味わうようにお茶を口に含む。

 なんだか勿体なくって喉は乾いていたけれど、ごくごくと一気に飲む気にはなれなかった。


 ふと視線を感じオスカーを見て見ると、ブルーベリー色の瞳が何かを期待しているように見えた。


「あ、オスカーさん、とっても美味しいです。お茶を淹れるのが上手なんですね」


「そ、そうか、なら良かった。お茶は職場では良く淹れるからな。ああ、だが人に淹れたのは君が初めてかも知れないな」


 そう言ってオスカーは穏やかに笑うと自身もお茶を飲む。

 店の中は休みとあってとても静かだ。


 無言のまま二人でいれば普通ぎこちなさや気まずさを感じるところだが、オスカーとだとそれがない。


 恥ずかしい姿をさらした後だからかもしれないが、オスカーとのこの時間が不思議と嫌では無かった。




「アメリア嬢、正式に謝罪をさせてくれ」

「えっ……?」


 カップをソーサーに戻すと、オスカーがアメリアの前で片膝をつく。

 まるで絵本の中のプロポーズの一場面のようで、アメリアの心臓がドキリと鳴る。


「昨日は本当にすまなかった。君を泣くほどに傷つけたこと、ここに謝罪する」


 オスカーはアメリアの片手を取るとそこに額を付けた。


 どうやらオスカーはアメリアが泣き出した理由を自分のせいだと思っているようだ。


 アメリアは慌てて立ち上がり、オスカーの手をギュッと握ると引っ張り立ち上がらせた。


「オスカーさん、違うんです、オスカーさんはまったく悪くなくって、全部正しくって」

「アメリア嬢?」


 困惑気味のブルーベリー色の瞳がアメリアを見つめる。

 近くで見るとブルーベリー色の瞳は美味しいどころか余りにも魅力的で、アメリアの頬は熱くなる。

 王都のイケメンは瞳もイケメンのようだ。


「と、とにかく昨日のこと、私は怒ってなんていません。オスカーさんが私の事を思って言ってくれたってことも、今はもう分かっているし」


 言葉が早口になり何を言っているか分からなくなるアメリアの前、オスカーはきょとんとした顔になった。


「アメリア嬢……それは許して貰えた、と思って良いのか?」


「許します! 許しますから、だから、もう謝らないでください! お願いします!」


「ふっ……」


 慌てるアメリアが面白かったのか、オスカーが口元を押さえクスクスと笑い出す。


(え、この人笑えたんだ)


 アメリアが失礼なことを考えているなどオスカーは当然気がつかず、嬉しそうに笑い続ける。


(オスカーさんってイケメンだと思ってたけど、笑うとかなりの破壊力があるよね)


 別に好きでもなんでもないが、オスカーの笑う姿は衝撃が強すぎてアメリアの心臓には受け付けないようだ。何だか胸がざわざわして落ち着かない。


「フフ、怒られて願われるなど初めての体験だな。フフフッ、それにしても君はどこまでお人好しなんだな」


 ハハハッと声に出して笑うオスカーの嫌味が、今日は全く刺にはならない。

 それよりも破顔して笑うオスカーは妙に可愛くって、可愛げのあるブルーベリー色の瞳もやっぱり似合っていると感じた。


 あんなにも嫌いだったオスカーのことを、アメリアはもう嫌いではなくなっていた。


 単純かも知れないが、オスカーは優しい人だ。


 そう思えて仕方がなかった。






「実は……オスカーさんの言っていたことは正しくって、私やっぱり騙されていたみたいなんです」


 オスカーの笑いが落ち着き、アメリアの心も落ち着いたところで、アメリアは泣いた原因をオスカーに話すことにした。


「オスカーさんの言っていた通り、いつかは結局いつかでしかなくって、彼は私と結婚する気なんて無かったみたいなんです」


 一言愚痴ればアメリアからは次々に言葉が溢れ出す。

 今まで一生懸命グレイに尽くしてきたが、それが無駄だったことを知り、もうどうでもよくなっていた。


 グレイの言葉だけでなく、友人だと思っていたシェリーの事までオスカーに溢す。

 どうせオスカーとは二度と会わないのだ、どれだけ愚痴っても大丈夫。

 そんな気持ちがあった。


 友人だと思っていたシェリーがグレイと密かに付き合っていた事。

 自分の服や料理を二人で馬鹿にしていた事。

 それから祖母が残した遺産目当てで告白してきた事。


「グレイは両親に言われて私に声を掛けたみたいです。ダンおじさんが色を付けて欲しいって言ったのも、ミラおばさんがポーションを欲しいと言ったのも、そんな理由があったからかもしれません」


 すべて話し終わると、オスカーがお代わりにと注いでくれたお茶はすっかり冷たくなっていた。


 アメリアは何か言って欲しいわけではなく、これまでの事を誰かに聞いてほしかった。それだけだった。


 祖母が亡くなって一番寂しい時、声を掛けてくれたグレイの言葉が嬉しくって、新しい家族が出来るのが嬉しくって、ここまでずっとアメリアは頑張って来た。


 別にそれを褒めて欲しいわけでも感謝して欲しいわけでもない。


 ただ嘘で作られた好意が悲しいだけだった。


「……先ほども言ったが、君はよく頑張っている、これは本心からの言葉だ」


「……オスカーさん……」


 アメリアをジッと見つめ、オスカーが真面目な顔でそんな嬉しいことを言ってくれる。


 先程はロンに言われたからだと思っていた言葉も、美味しいお茶の影響かじんわりとアメリアの心に沁み込んでくる。


「君が作るポーションは素晴らしい。自信を持っていい。これ程の腕前を持つ薬師はそうそういない。さすがビオラ薬師の弟子だとそう感動した」


「おばあちゃんの、弟子……?」


「ああ、君はビオラ薬師の遺志を継ぐ立派な弟子だ」


 オスカーはアメリアを泣かそうとしているのだろうか。

 ただの孫と言わず、弟子だと言ってくれたことに嬉しさが込み上げる。


「それに君は美人だ」

「へっ?」


「村一番の美人は、そのなんとかチェリー嬢という友人ではなく、君のことだろう」

「ふへ?」


 真顔でこの人は何ということを言うのだろうか。

 それになんとかチェリー嬢とは誰だ、もしかしてシェリーの事だろうか。

 

「君の肌は透き通るように白く、貴族令嬢の誰もが欲しがるものだ」

「ひっ」


 慣れていない褒め言葉にアメリアから悲鳴が漏れる。

 これまた真顔で衝撃が強すぎる。


「その上君には薬師という特別な才能がある。自分の足でしっかり立ち生計も立てている。その年でこれ程の事をこなす立派な女性がいるだろうか、君はもっと自分に自信を持つべきだ。君は素晴らしい。胸を張って良い」

「……」

 

「ああ、それにこの村で出会った女性の中で私は君が一番の美人だとそう思う。君のラズベリー色の髪も美味しそうで魅力的だ。触ってみたいとそんな欲が湧く」


 アメリアの心を助けるためだと分かっていても、オスカーの賛辞は衝撃が強すぎる。

 オスカーがイケメンであることも、アメリア心を動揺させる。


(ア、アメリア、呑まれちゃダメよ、オスカーさんはお世辞を言っているだけなんだから!)


 オスカーの言葉に息が詰まりそうになったが、アメリアはどうにか気持ちを立て直し、心を落ち着かせる。


 もう騙されない。


 そんな強い思いもあって救われた。


「オスカーさん、褒めて頂いて嬉しいですけど……この村で出会った女性って何人いるんですか?」


 アメリアの質問にオスカーが考え込む。


「宿屋の女将と、その孫、それからロンの付き合いのある商家の女性か?」


 宿屋の女将はアメリアの母よりも上ぐらい。

 その孫はまだ三歳だ。


 商家の女性とはこの村一の高齢者マティア婆さんのことだろう。


 動揺していたアメリアの心が一気に冷めて行く。

 オスカーの村一番の美人などそんな程度。

 動揺するのが馬鹿らしいぐらいだ。


「ああ、あともう一人、この店の前ですれ違った少女か」

「えっ?」

「君はこの村で出会ったどの女性より綺麗で美しい。私の言葉に嘘はない。信じてくれ」


 優しく微笑むオスカー。

 シェリーよりも美人だと言ってくれたその何気ない言葉が、今のアメリアにはとても嬉しい。


「オスカーさん、ありがとうございます。私、何だか元気が出てきました」


「そうか、なら良かった」


 グレイとの事はもう忘れよう。


 元々グレイには良い感情が無かったではないか。

 それにちゃんとした婚約を結んでいた訳でも無い。


 アメリアがガラス工房へ顔を出さなくなれば自然と切れる、その程度の縁。


 グレイとの絆なんてそんなものだ。


 彼に何かして貰ったわけでもない。

 強いて言えば噓と我儘な言葉をもらっただけ。


 もう忘れよう。


 アメリアの中からグレイの存在を消すことは、思ったよりも簡単そうだった。




「私は王都へ報告に戻るが、この村にはまた必ず顔を出す。その時に君の元気な顔も見に来る」


「フフフ、はい、お待ちしてますね」


 アメリアの容疑も晴れた事で、オスカーは王都へと戻るようだ。


 二度と会えない訳ではない。

 その事がちょっとだけ嬉しい。


 最初はあれだけ嫌いだったのに不思議なものだ。


 今はまた会いたいとさえ思うのだから。


「では、また」

「はい、また会いましょう」


 オスカーの滞在はロンのこの村での活動期間と合わせていたという理由もあるだろうが、あっと言う間の出来事だった。


 この店を後にするオスカーにアメリアはきちんと手を振った。

 もう塩を撒こうなどとは思わない。


(オスカーさん、意外と良い人とだったなぁー)


 扉を閉めるアメリアの心はグレイとシェリーの出来事よりも、オスカーの事で一杯になっていた。







 それから数日。

 アメリアはグレイの家には行って居ない。


 お昼を届けないだけではなく、洗濯物や家の掃除の手伝いにも勿論行っていない。


 病気持ちのミラの事は気にならないと言えばウソになるが、王都にミラの主治医がちゃんといるのだ。薬師でしかないアメリアに出番はない。そう思った。


 それにアメリアの貴重な休みを、グレイたちの為に使う気にはもうなれない。

 それだったら祖母の残した難しい資料を読むほうがよっぽど有意義だ。


 それに元々お昼のお弁当もアメリアの善意でやっていたものだ。

 止めたとしても胸も痛まないし、ましてや後悔などするはずも無かった。


「アメリアー、遊びにきたよ」


「……シェリー……」


 忙しいと何度断っても、シェリーはアメリアの店に顔を出す。


 友人がシェリーしか居ないとそう思っていたアメリアだったが、どうやらそれはシェリーも同じだったのかも知れない。


 第一シェリーは、多くの男の子たちに唾を付けている。

 この村の女の子達から目の敵にされるのは当然で、友人などいるはずもない。


 そう言えばアメリア以外の女の子とシェリーが喋っている姿など見たことは無い。


 忙しくて友人がいないアメリアと、男性関係で問題があり友人がいないシェリー。


 どちらがましだと考えれば、勿論アメリアだろう。


 隣村の男の子にまで手を出だしたシェリーだ。

 下手をしたら隣村の女の子達にも嫌われているかも知れなかった。


「シェリー、昨日も言ったけど私暫くは忙しいの、遊びに来てもらっても困るのよ、帰ってくれる?」


 つっけんどんな言い方なのは分かっている。

 けれど森での会話を聞いたアメリアとしては、シェリーに優しくなどはなれない。二度と顔を見たくない程だ。


 これだけあからさまに避けていれば分かってくれるだろうと思ったが、シェリーには伝わらなかった。


「ちょっとぐらいいいじゃない。お菓子食べさせてよ、新しい彼氏の話もしたいしさー」


 アメリアが断ろうとも気にしないシェリーは、ずいっと身を乗り出し店に入ろうとする。


 新しい彼氏というのはきっと、グレイの事ではないのだろう。


 グレイはキープか、アメリアへの嫌がらせかも知れない。


 長い付き合いでシェリーの好みは把握している。

 ガッチリ系のグレイは、どう考えてもシェリーの好みではない。

 王都のイケメンオスカーは見た目がスッとした王子様系美青年なのでシェリーのドストライクだ。

 オスカーが声を掛けられなくって良かったとそう思ってしまう。


 でも、だからこそ尚更グレイとの事は周りに内緒にしていたのかもしれない。

 アレ(グレイ)を自分の彼氏だと、好みのタイプだと、周りに思われたくはなかったのだろう。


 店の中へ入ろうとするシェリーをアメリアは腕を広げ止める。

 これはハッキリ言わないアメリアも悪い。


 アメリアを傷つけたことに気付いていないのだから、シェリーは反省のしようがない。


 元友人として最後にきちんと話そう。

 そう決めたアメリアは、シェリーと向かい合った。


「悪いけど無理よ、第一シェリーは私のお菓子に飽きたんでしょう?」

「えっ?」


 半笑いの状態でシェリーが固まる。

 何を言っているの? そんな顔だ。


「悪いけどシェリーとグレイがデートしてるとこ見ちゃったの」


 アメリアに阻まれ店の入口に立ったままのシェリーが息をのむ。

 まさかアメリアに気付かれているとは……と驚いている様子から、どれだけアメリアを馬鹿にしていたかが伺える。


「あ、あれはデートとかそう言うんじゃなくって、そう、あれよ、あれ、アメリアとの仲を相談されてただけよ」


「ふーん、そうなんだ」


 ニッコリと微笑んだアメリアにシェリーはホッとしたのか「そうなのよ」と嬉しそうな声を出す。

 どこまでも往生際が悪い様だ。


「シェリーは相談してきた相手とキスするんだねー」

「えっ?」


 シェリーの顔色が悪くなる。

 まさか見られた? 今度こそ本当にヤバイ? 誤魔化せない? と焦ったようだ。

 まあ、今更なのだが。


「私、誰とでも簡単にキスするような人とは友達ではいられないわ」


「ア、アメリア?」


 アメリアはシェリーを通り越し家の門を開ける。


「お帰りはこちらです。どうぞグレイと仲良くね」


 驚くシェリーを追い出すように外へと押し出す。


「ま、まって、アメリア、違うの、グレイとは本気じゃなくって」


 それでも取りすがろうとするシェリーにアメリアは視線を向ける。

 初めて会ったオスカーの真似をした冷たい表情で「さようなら」と言い切った。


 たった一人の友人はいなくなったけれど、なんだかスッキリした。

 祖母が王都へ行けと言っていた意味が、今なら少し分かる。


 アメリアならば一人でもやっていける。

 祖母はそう思ってくれていたのだろう。


 それにシェリーやグレイの事も祖母は知っていた。

 アメリアが二人にどう思われているのかも、祖母ならば気づいていたかもしれない。


 そう思うと勇気がなかった自分に、嫌気がさすほどだった。








「アメリア! なんで最近昼めしを持ってこないんだよ!」


 夕方になり店を閉めようかと思う頃、グレイがバンと勢い良く扉を開け店に乗り込んで来た。


 その顔には怒りが浮かんでいるが、グレイに怒鳴られようが嫌われようがもうアメリアは怖くはない。

 オスカーに貰った 『立派な女性』 という言葉がアメリアに勇気と力をくれたからだ。


「……私忙しいの、お昼の準備ぐらい自分でしたら?」


「はあ?!」


 怒りからドンと店のテーブルを叩くグレイ。

 野蛮で子供っぽいところはいつまで経っても直らないらしい。


 そんな人と結婚しようと思っていただなんて、祖母を亡くしたばかりだったとはいえ、あの時のアメリアはどうかしていたと思うし、シェリーが彼氏だと言えない気持ちも正直分ってしまう。


「そもそもお昼を準備していたのは私の善意からだったの、グレイ、貴方それ分かってる?」


 いつもすぐに謝るアメリアが言い返したことでグレイが一瞬怯む。

 睨み返されたことにも驚いている様だ。


「とにかく、私はもう貴方の家には行きません、お世話もしないわ」


「はああああ?! おま、お前、俺と結婚できなくてもいいのかよ! いつか結婚してやるってそう言ってやっただろう?」


 子供のように地団駄を踏むグレイに冷めた目を向ける。


 誰が貴方に結婚して欲しいと頼んだ。

 結婚しようと言ってきたのはおグレイの方だろう。


 それも 『いつか』 という曖昧な言葉つきで。


 騙されたアメリアもバカだが、その言葉がずっと通用すると信じているグレイは、もっと馬鹿だとそう思った。


「結婚していただかなくって結構です」

「はぁ?」


「ハッキリ言うと貴方とは結婚なんてしたくありません」

「はっ? 何でだよ」


 なんで? なんでですと?


 グレイもシェリーと同じ、アメリアに思考や感情があるとは思っていないようだ。


 まあこれまで何も言い返さなかったアメリアにも悪いところはある。


 なので思っている事をきちんと伝えることにした。


「私、グレイの事、嫌いなの」

「はっ?」


「乱暴だし、我儘だし、勝手だし……あれ、そう考えるとグレイを好きな所なんて何にもないわね」


 自分の言葉に驚いて可笑しくって、クスクスと笑い出す。


 でも反対にグレイの顔は酷いもので真っ青になっていた。


 アメリアよりもシェリーのことが好きなくせに傷ついているようだ。


 男とは身勝手な生き物らしい。


 いや、グレイが身勝手なのだろう。


 尚更心が冷めた気がした。


「ま、まてよ、俺達結婚するんだろう?」


 いつもの強気はどこへ行ったのか、眉尻を下げ困惑した様子でグレイが問いかける。


 この人と結婚するだなんてそんなの無理だ。


 アメリアは勿論「いいえ」と断った。


「グレイの本当に好きな女の子はシェリーなんでしょう? 森でそう言っていたじゃない、私聞いたわ」


「えっ……?」


「この前二人が森でデートしてたとこを見ちゃったの、仲が良さそうだったもの、きっと二人なら幸せな結婚が出来るわね、おめでとう」


「ち、ちがっ」


 言いよどむグレイを気にすることなく、アメリアはシェリーの時と同じように店の扉を開ける。


 もう店じまいの時間だ。

 この後の自分の時間を楽しみたい。


 グレイの為に使う時間など、アメリアにはもう一分たりともないのだった。


「さあ、帰って、もう店を閉めるわ」


 グレイの背中を押し、店から追い出す。


「シェリーとは遊びだ」とか「俺が好きなのはおまえだ」とか騒いでいるが気にしない。


 グレイが近づいてきたのはアメリアの遺産目的だと知っているから、もうそんな軽い言葉には騙されはしなかった。


「さーって、今日の夜ご飯は何を食べようかなー」


 自分の為に美味しいご飯を作る。

 自分の為に時間を使う。


 あんなに寂しいと怖がっていた一人の生活は、思ったよりも怖くはなく、とても快適だった。


「王都に行くのも良いかもしれないな」


 今なら両親が残した家を見ることが出来るかもしれない。


 王都で一人でいるのも、怖くないかもしれない。


 グレイと別れたアメリアの心は、スッキリと晴れた夏の空の様だった。


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