真実と涙
翌朝、目を覚ましたアメリアの顔は酷いものだった。
目は赤く腫れ、ぼったりとしているし、顔もむくんでいる。
目の下には隈が出来、髪はボサボサ。
その上泣きすぎたからか脱水症状のようで体がだるい。
「ううう……取りあえず、何か飲まないと……」
ベッドから這い出すように起き上がりキッチンへ向かう。
普段ならば水を飲むところだが、今日はポーション用の聖水を口にする。
コップ一杯の聖水をごくごくと飲み干せば、起きた時より随分体が楽になる。
「今日はお店は休みにしよ……グレイの家にも行かないとだし……」
昨日はオスカーとのやり取りがあって、とてもグレイの家に行く気にはなれなかった。
お昼を届けなかった罪悪感はあるが、好意でやっている事であり仕事でもなく義務ではない。
それに彼らだっていい大人だ、アメリアが昼に来なければ勝手に食べるなりなんなりするだろう。
心の中でそんな言い訳をしてみたが、やっぱりグレイに嫌われるのは怖かった。
それにオスカーの言葉に内心納得してしまった自分が嫌だった。
いつか結婚するであろうグレイの事をアメリアは信じ切れていない。
その事がアメリアを尚更追い込んでいた。
もう一人ぼっちになるのはアメリアには耐えられない。
グレイたち家族に嫌われるのが怖い。
そんな恐怖心があったからこそ、アメリアの涙はいつまでも止まらなかったのだ。
「よしっ!」
ぱちんと頬を叩き、気合を入れる。
昨日作ったパンに齧りつき、温かいスープで心まで温める。
お腹が膨らめば嫌な気持ちは消える。
空腹でいたから悪い考えが浮かんでしまったのだ。
(オスカーさんの言葉に惑わされちゃダメよね。グレイを信じなきゃ!)
昨日は食欲がわかず昼をちょっと食べ、夕ご飯は抜いてしまった。
それが悪かったと言わんばかりに、アメリアはモリモリと朝食を摂った。
お腹いっぱいに食べた後も、シェリー用に作ったクッキーにまで手を付ける。
「うん、元気注入完了!」
朝食を普段の倍以上食べきったアメリアは、満腹なお腹を抱えながらグレイの為にサンドイッチを作る。
自分の為には手を掛けないけれど、いつか結婚するグレイには尽くしたい。
『いつかは詐欺の常套句だ……』
オスカーに言われた言葉が急に脳裏に浮かぶ。
信じたいと思っても、信じ切れない。
アメリアはそんな呪いをオスカーに掛けられたようだ。
王都で色々ともまれたオスカーはきっと何でも悪い方へと考える癖でもあるのだろう。
だから人を信じられない。可愛そうな人なのかもしれない。
アメリアの事だって最初から疑っていた。
でもグレイ達は違う。
アメリアはそう自分に言い聞かせる。
今日のお昼こそ、グレイの好きなサンドイッチを持っていこう。
ちょっと贅沢にハムやトマト、それにレタスや卵も使い、彩の良いサンドイッチを作る。
(これなら文句は言われないよね。うん、美味しそう、きっとグレイも喜んでくれる)
サンドイッチを布で包み籠に入れ、アメリアは一旦部屋へ戻り仕事着に着替える。
店を開けなくても薬草たちのお世話は手を抜けない。
水をまき、雑草を見つけたら抜き、薬草たちに元気に育つよう声を掛け、もう一度部屋へ戻る。
気分転換にたまにはおしゃれをしようかなと、仕舞ってあった緑色のワンピースを取出してみる。
けれど数か月前より痩せたアメリアにはなんだか似合わない。とても残念だ。
(ああー、お気に入りだったのになぁ)
祖母と出かけた時に買ってもらった緑色のワンピース。
薬師の試験に合格した時のお祝いのプレゼントだ。
良く似合っているよと値段も確認せず、祖母はすぐ購入を決めてくれた思い出の品。
アメリアの宝物だ。
ハァーとため息を溢し、仕方なくワンピースをクローゼットに戻すと、アメリアはいつもの服を着て外へ出る。
外は思ったよりも暖かく、春が近づいている気配を感じる。
そう言えば祖母を亡くしてからずっと忙しく、店の休みであってもこんな風に自分の為に時間を使って休んだ事など無かった気がする。
「シェリーはそろそろ午前の休憩時間かなー?」
グレイの家に向かう前に、ちょっとだけシェリーの家を覗いてみよう。
オスカーの事をカッコイイと言っていたから、あの人は止めた方が良いよと忠告が必要かもしれない。
それに昨日あった事を誰かに愚痴りたかった。
オスカーとあんなことがあった、こんな事を言われた、こんな事をされたんだ。
この村に友人と言えばシェリーしかいないアメリアは、発散の為シェリーの実家へと向かう。
(でも愚痴ってシェリーに話したら、オスカーさんの事もポーションのこともその日のうちに村中に広がるわよね……)
おしゃれ好きなシェリーはお喋り好きで噂好きでもある。
この田舎村には娯楽が少ない。
なので人の噂話はあっと言う間に広がってしまうし、王都から人が来れば宿屋のどの部屋に泊っているとそんな事まで漏れてしまうのだ。
(うーん……お世話になってるロンさんの知り合いの悪口を言う訳にはいかないわよねー)
そう思ったアメリアは、シェリーの家に向かうのをやめることにした。
そのかわりちょっとだけ寄り道をして、久しぶりに森に足を運ぶことに決めた。
仕事の為じゃなく、散歩で森へ行くのもとても楽しい。
森で薬草だけでなく、花を摘んだり、絵をかいたり、祖母が居たころはそうやって自分の時間を楽しんでいた。
気分転換に美しいものを見るのは良いだろう。
アメリアはシェリーに愚痴るのをやめ、森へ行くことにした。
「わぁー、もうキランソウが咲いてるー」
森に来て正解だった。
日のあたる温かい場所ではもう春の花が咲き始め、美しい景色が広がり始めている。
「私、こんなに周りを見れていなかったんだ……」
祖母が亡くなったのは昨年の春の始まり。
あれから数ヶ月、アメリアは寂しさを忘れるために、仕事やグレイの家のことに夢中になっていた。
祖母が居なくなって夢中にならざるを得なかった、という理由も勿論ある。
だけど一番の理由はグレイに好かれたかったというのが大きい。
いつか結婚する相手だ、気に入られたいと思うのは当然の心理だと思う。
けれどその想いが強すぎて、アメリアは無理をしてしまった。
痩せてしまった体を見れば一目瞭然。アメリアに負担がかかり過ぎていたのだ。
成人したばかりのアメリアは、自分一人の生活だけでも精一杯なのに、ミラが体調が悪いという事でグレイの家の家事まで引き受けて、グレイの我儘も聞き、ダンの願いも出来るだけ叶えて来た。
「私、ほんと無理してたんだなー」
オスカーに言われたことはムカついたけれど、こうやって自分の生活を見つめ直すきっかけになった事は感謝するべきなのかもしれない。
もしまた会うことが有ったらオスカーにも謝ろう。
それにこれからはもっと自分の時間を大切にしよう。
亡くなった祖母が心配しないように、アメリアは自分を大切にしなきゃいけない。
グレイやグレイの両親にはちゃんと話して認めて貰おう。
アメリアにだって仕事や自分の生活がある。
このままの生活を続ければいずれ破綻し、何かしらの影響がある。
アメリアが倒れ、グレイ一家に迷惑をかければそれこそ本末転倒。役立たずも良いところだ。
彼らの重荷になるのは嫌だ。
そうすれば結婚どころではなくなるだろう。
考え事をしながら森の中をゆっくりと進んでいくと、いい気分転換になり、嫌な気持ちも消えて行く。
自分がどうしたいか、どんな生活を送りたいのか、アメリア自身の思いにやっと気づけた気がした。
そんな事を考えながら歩いていると、ぼそぼそと人の話す声が聞こえて来た。
(ああ、そういえば森の中って恋人同士のデートスポットになっているんだっけ)
シェリーから聞いた情報では、若い恋人同士のデートといえば森の中か、湖の近くが人気らしい。
本当は王都にでも行って遊べればいいのだが、この村から王都に行くとなるとそれなりにお金もかかるし、泊りがけになる。それは若者には中々の負担だ。普段のデートには向いていないだろう。
かと言って村の中では楽しめるものなど、ラズベリー村にはあまり無い。
自宅で一緒に過ごすという手もあるが、自営業が多いこの村では家族が家にいるのが当たり前で、恋人同士が落ち着いて過ごすことも出来ないらしい。
なので手っ取り早いのが、森か湖の東屋。
本来は森や湖に来た人の為の休憩所なのだが、歩きなれたラズベリー村の村人が使うことはあまりない。
なのでそこは恋人同士が使う場所となっているそうだ。
それもまだ付き合いたての初々しい恋人同士は開放感のある湖へ行く者が多く。
付き合う期間が長い恋人同士ほど、人目のない森の奥の東屋を好むのだとシェリーから聞いた。
今、アメリアがいるのは森の奥と言われる東屋付近。
つまり深い中の恋人同士がいる可能性が大ということだ。
これは鉢合わせをしたらまずいだろう。
目が合ったりしたらお互い気まずさしかない。
(うん、逃げよう)
そう思ったアメリアは、勿論回れ右をしようとする。
だが「アメリア」と自分の名を呼ぶ声が聞こえ、その声が当然気になった。
(もしかして私の知り合い? え、助けを求めてたらどうしよう)
アメリアは薬師だが、村で診察が出来る医師まがいの事もしている。
もし森の中で蛇などに噛まれてアメリアの名を呼んでいたとしたら。
そんな怖い考えが浮かんだアメリアは、念の為ひっそりと東屋へ近づくことに決めた。
「アメリアが言ってたんだけど、グレイとアメリアって結婚するんでしょう? 私と会っててもいいのー?」
聞いたことのある声だと思ったら、その声の主はシェリーだった。
もしかして新しい彼氏? そう思ったが、隣にいる男性(彼氏)から出た声はグレイのものだった。
「ハハハ、そんなの冗談に決まってるだろ、誰があんな地味な女と結婚したがるっていうんだよ」
もしかしたら可愛いシェリーの前で大きく見せようとしているだけなのかもしれないが、グレイの言葉にアメリアの心は痛くなる。
冗談。
地味な女。
グレイはアメリアのことを好きだったのではないのか?
いつか結婚しようと言ってくれたのは嘘だったのか?
怖くてもう聞きたくないという思いと、本心が知りたいという思いがぶつかり合いアメリアは立ち去ることが出来ない。
それに友達のシェリーならばグレイを諫めてくれるかもしれない、そんな期待が湧いた。
「アハハ! 分かる! アメリアってホント地味よねー。いっつも同じような服ばっか着てるし、色も紺とか茶色とかババ臭い色ばっかだもんね、女の子としてどうかと思うわ、私だったらあんな服は嫌、絶対に無理ねー」
「だろう」
アメリアがいつも同じ服なのは仕事があるからだ。
紺や茶色を選ぶのも、仕事で服の汚れが目立たないようにするためだ。
もっとおしゃれしなさいよというシェリーには何度も話したことがあるのに、それを笑うだなんて、アメリアはショックで動くことが出来ない。
「だいたいさー、アイツ今孤児だろう? 成人したとはいえ親無しだし、婆様死んじゃったし、後ろ盾がないって事だろう? 結婚してもなんの得もないし、意味ねーじゃん、スッゲー美人なら別だけどよー」
「でも、アメリアは料理上手でしょう? グレイだってそこが気に入ったから結婚しようって声掛けたんじゃない? それに顔はまあまあ可愛いもんねぇ」
シェリーがアメリアの前では出さない、少し甘えたような声を出す。
木の陰からチラリと二人の様子を見れば、拗ねたようなシェリーをグレイが後ろから抱きしめたところだった。
「違う違う、親がさ、アイツは婆様の金が入って金持ちになったって言うから声掛けたんだよ」
「……ふーん、そうなんだ。アメリアってお金持ちなんだぁ」
「そう、スゲー額の遺産が入ったって話だぜ。だから俺婆様死んだとき毎日親にアメリアに会いに行けって言われたんだ。それも口説いて来いってそんな事まで言ってきたんだぜー、まいっちまうよ」
「ふーん、親にお願いされたのかー、それは気の毒だったねー」
「だろう?」
(グレイのあの言葉は全てお金目当てだったのか……)
ズキズキと痛む胸と回らない頭にグレイの言葉は鈍く刺さる。
「それに料理上手たって、いっつも同じような料理しか作ってこないんだぜアイツ」
「まあ、確かにアメリアが私に出すお菓子もいつもクッキーばっかだもんね。分かるわ。たまには違う菓子も出せって言いたくなるもん。それにお金持ちならなおさらだよね。グレイの気持ち、あたしは良く分かるわ」
得意げに答えるシェリー。
グレイに気に入られたい言葉かもしれないが、仲の良い友人だと思っていただけに、アメリアの心はズタズタだ。
「だろう? それにさ、あいつ俺が嫌いなレーズンをよく使うんだ。レーズンパンにレーズン入りのサラダ、レーズンケーキ。レーズン、レーズンってどんだけレーズン好きなんだよ。頭悪いのかって思ったぜ」
アハハと上機嫌で笑いだすグレイとシェリー。
アメリアを馬鹿にすることが楽しくって仕方がない様だ。
「それにさ、俺が本当に好きな女はシェリーみたいなタイプなんだぜ」
「あたし?」
「そう、アメリアとは違って可愛いシェリーみたいな子が俺のタイプだ」
「……もう、グレイってば上手いんだから……」
チュッと音がしてグレイがシェリーにキスしたことが分る。
見なくても音で二人が何をしているのかアメリアには聞こえてくる。
森の東屋で当然のようにベタベタしている二人は、アメリアよりもずっと婚約者同士の様だ。
(まさかグレイがお金目的で、シェリーが私を裏切っていただなんて……)
アメリアのショックは大きい。
信じよう、信じたいと思っていただけに、裏切りが鉄の杭のように鋭く重くアメリアの心に突き刺さる。
(それに私、好かれてなんていなかったんだ……)
いつか結婚しよう。
グレイのあの言葉は、グレイの親からお願いされて出たものだった。
それに祖母を亡くして落ち込むアメリアの元に毎日のように通ってくれたのも、親に言われたからだった。
アメリアは涙を堪え二人に気付かれないようにその場を離れる。
あれだけチュッチュチュッチュと夢中になっている二人だ。
アメリアがどう動こうが気付かないだろう。
今は絶対にあの二人の顔を見たくはない。
だから本当の恋人同士のように触れ合う二人の行動が今は嬉しかった。
森から抜け出したアメリアは、地面を蹴って目一杯の力で走り出す。
友人だと思っていたシェリーも、結婚相手だと思っていたグレイも、全て幻だった、全部噓だった。
こんな場所、もう居たくない。
こんな村大っ嫌いだ!
もう誰も信じられない。
グレイもグレイの家族も、シェリーだって二度と信用することは出来ないだろう。
嫌な現実から逃げ出したアメリアは、無我夢中で家の前まで走り切った。
今は誰にも会いたくないし、酷い顔をした自分を見られたくは無かった。
けれど現実はアメリアには無情で、家の前には辛いものが待っていた。
アメリアの店の前、今会いたいとは到底思えないオスカーが何故か佇んでいた。
「……オスカーさん……」
アメリアが帰って来たことに気づいたオスカーがハッとする。
無表情か睨んでいる印象が強いオスカーの新しい表情だが、アメリアにはどうでもいい。
「アメリア嬢」
名を呼ばれたが返事が出来ない。
声を出せば涙が溢れそうで、ぺこりとお辞儀だけで返す。
今一番会いたくない人と顔を合わせ、アメリアは上手く笑うことが出来ない。
(オスカーさんの言ったとおりだった……)
あれはアメリアやグレイを馬鹿にしていたのではなく、オスカーなりの優しい忠告だったのだ。
それなのにアメリアは素直に聞き入れることが出来なかった。
グレイたちを信じたいと思ってしまった。
心の中では信じ切れていなかったのに……
『君は都合よく使われ騙されている』
オスカーの言葉が正しかったことが分り、アメリアはオスカーの顔を見ることが出来ない。
それ見たことかと笑われるのが嫌だった。
成人したての小娘だと笑われるのが嫌だった。
祖母の店の跡取りだと認められないのが怖かった。
何よりもう、これ以上誰にも馬鹿にされたくはなかった。傷つけられたくなかった。
それが今のアメリアの正直な気持ちだった。
「アメリア嬢、昨日はすまなかった!」
オスカーの横を通り過ぎ、家へ入ろうとしたところでオスカーに勢い良く頭を下げられた。
意味が分からず、家の鍵を持つアメリアの手が止まる。
「アメリア嬢、昨日は大変失礼なことを言って本当にすまなかった!」
「オスカーさん?」
驚いたアメリアが名を呼ぶと、オスカーが勢い良く顔を上げる。
その表情は後悔で歪んでいるように見えた。
「あの後、ロンに叱られたよ。成人したばかりの女の子にお前はなんてことを言っているんだって、初めて叩かれた」
「ロンさんが……」
ロンは優しい。
だからアメリアを心配してオスカーに謝れと諭してくれたのだろう。
それにオスカーは悪くはない。
だって真実をアメリアは今見て来たのだから。
もう気にしないでください。
そう言おうと思ったが、上手く声が出ない。
オスカーはなにも悪くない。
オスカーは正しかった。
そう言わなければならないが、どうしても言い出せない。
だってそれは先程のグレイとシェリーの言葉を認める行為で、これまでのアメリアの頑張りや想いを否定するものだ。
今のアメリアにはそんな心の余裕はない。
このまま消えてしまいたい。
心の底からそう思っているアメリアに、オスカーの謝罪は届かない。
黙って俯いてしまったアメリアに、オスカーは一歩近づく。
忘れてはいけないがこの人は見た目に反し行動的だ。
今日だっていつから店の前で待っていたのかと不安が湧く。
まさか殴りかかっては来ないよね? とちょっと不安に駆られたアメリアの前、近づいて来たオスカーは胸に手を当て正式な謝罪の姿勢をとると、アメリアの目を真剣に見つめた。
「アメリア嬢、君は一人でよく頑張っている」
「えっ……?」
オスカーから視線を逸らしていたアメリアの顔が上がる。
一体何を言われているのか分からない。
間抜け丸出しで口が開いているのが分かる。
「アメリア嬢は、家族を亡くしたばかりで、成人したてで、その上君は女性だ。男性だって親を亡くせば生活は苦しくなるものが多い。なのに君は一人で立ち、自分だけの力で生きている、立派な女性だ」
「……オスカーさん……」
「だからこそ私は、君の今の事情がもどかしく許せなかった。君はもっと評価されるべきだし、大事にされ認められるべき人だ。君はとても頑張っている。だからこそ私は歯がゆくって仕方がなかった。あの発言は決して君を侮辱するつもりはなかった。許してほしいとは言わない。だが、どうか君に力を貸すことだけは許してほしい。私が君に助言を呈することを受け入れてもらえないだろうか」
「……オ、スカー、さん……」
オスカーからの思わぬ言葉を受け、アメリアの涙腺が崩壊する。
グレイやシェリーの裏切り。
ロンからの気遣い。
オスカーからの温かい言葉。
色んな事があり過ぎて、感情が爆発する。
幼い子供のように「うぇーん」と大きな声を出し、アメリアは泣き出してしまった。
「ア、アメリア嬢……」
オスカーが恐る恐るといった様子でアメリアにまた一歩近づき、そっと抱きしめる。
遠慮のある抱きしめ方をするオスカーに、人の温もりが恋しいアメリアの方から抱き着いた。
「ふぇーん、うえーん、えっぐえっぐ」
泣き続けるアメリアを心配するオスカーが、慰めるようにたどたどしく頭を撫でる。
人の温もりが、優しい言葉が、久しぶりに感じられたことが嬉しくって安心できて、グイグイとオスカーの胸元にアメリアは顔を押し付ける。
「すまない、すまない、本当にすまなかった」
自分が悪い、自分がアメリアを泣かした。そう思っているオスカーは何度もアメリアに謝り続ける。
違うオスカーさんが悪いわけじゃない。
貴方の言っていた言葉は本当だった。
そう伝えたいのに喉が詰まって言葉が出ない。
涙を拭いたいのにオスカーの温かい胸の中から離れられない。
すまないすまないと繰り返すオスカーに申し訳なくなるが、今は縋っていたかった。
「ちがう、ちがうの……私が、馬鹿で……」
オスカーの胸の中、どうにかそんな言葉だけを発せられた。
「いや、違う、君は立派な女性だ、何も恥じることは無い」
せっかく落ち着き始めていた涙が、オスカーの優しい言葉でぶり返す。
この人は不器用だけどとても優しい人だ。
それに、とても誠実な人。
アメリアを落ち着かせるために、不器用ながらも頭や背中を撫で続けるオスカーのその手は、どこまでも優しいものだった。