疑問が浮かんだ日
「私だ。オスカーだ。早速君のポーション作りを見せて貰おう」
次の日、あのブルーベリー色の瞳をもつオスカーという名の男は、アメリアの都合など考えず朝早くにやってきた。
「……、これから朝食なんですけど、少し待っていて頂けますか?」
オスカーをぎゅっと睨み、アメリアはつっけんどんにそう答える。
ロンの知り合いかも知れないがこいつは敵だ。
アメリアは愛嬌など振り撒く必要はないと判断した。
「……フッ、まさか、そう言って逃げる訳では無いよな?」
「逃げる訳無いでしょうっ!!」
ギロリと睨み返されそんな酷い言葉を返される。
まるでアメリアが悪者だと決めつけているような態度には腹が立つ。
ここは祖母の店で有り、アメリアの店だ。
なんで非がない自分が逃げなければならないのだ。
ふんふんと鼻息荒くオスカーを睨みつけると「そうか、ならばいい」と感情の無い言葉で返された。
そっちがそう来るならこっちだって嫌味で返す。絶対に負けない。
アメリアは得意の営業スマイルは封印することに決めた。
朝食を取るため二階の居住区に戻る。
階段を上る際ちらりとオスカーを見て見れば、手持ち無沙汰なのか店の端で腕を組んで立っていた。
本当ならば椅子を出し、お茶でも出すべきだろうが、アメリアはとてもそんな気持ちになれなかった。
機嫌を取った方がきっと取り調べも穏やかなものになるのだろう。
それはアメリアだって分かっている、だけどとてもそんな気にはなれない。
アメリアのポーションを疑われたのだ当然だ。
(ほんと、嫌な奴! 大っ嫌いよ!)
オスカーにわざと聞かせるようにドスドスと大きな音を立てて階段を上る。
準備していた朝食のパンをむしゃむしゃと頬張りながらアメリアはイライラが抑えられない。
せっかく作った朝食が台無しだ。全く美味しく感じられない。
それにアメリアにとって朝の時間はグレイの家のお昼などを作ったり、店の準備があるため数分でも貴重なのだ。
(なのにあんなやつの為に時間を作らなくっちゃならないなんて!)
ポーション作りはいつもの作業なので見せるのは何の問題もない。
だが、あのオスカーに見せるためにポーションを作らなくてはならないというのが腹立たしかった。
昨夜の夕食の残りであるスープを飲み込み、アメリアは立ち上がった。
(よし! きちんと仕事が出来ることを見せて認めさせよう!)
アメリアは営業用の作り笑顔を張り付け階段を降りた。
「オスカーさん、お待たせいたしました。ではこれからポーションを作りますね」
窓際でぼんやり外を眺めていたオスカーにニッコリと嫌味の意味で笑いかける。
無言でエプロンを付け、裏口へと向かう。
店の裏では薬草を育てていて、ポーション作りに一役買っているのだ。
「君は薬草から育ててポーションを作っているのか?」
王都では薬草は仕入れるもので自身で準備するものではない。アメリアもそれは知っている。田舎だからこそ出来る技で有り、祖母のポーションが高品質だったのは新鮮な材料を使っていたからだ。
「ポーションを作るために毎回山へ行くのも大変ですし、この辺りでわざわざ山で採れる薬草を売っている店などありませんし、ロンさんのところから仕入れるのもおかしな話ですしねー」
作業しながらオスカーの疑問に答える。
わざわざ彼の為に手を止めることはしない。
フレバ草とベレル草を摘むとアメリアはオスカーに特に声も掛けず裏口に向かう。
どうせ勝手について来るだろうと後ろを気にすれば、やはりアメリアを見張るかのようにピタリとついて来た。
大鍋にまず聖水を入れる。
ドバドバと遠慮なく聖水を入れていると、オスカーに「ちょっと待て」と邪魔をされた。
「君はポーションに聖水を使うのか?」
「はいそうですけど、それが何か?」
「その聖水は神殿から購入しているのか?」
「いいえ、夜のうちに井戸の水を汲んで窓際に置いて祈るだけです」
「それで聖水になるのか? ただの、水ではなく? 聖水に?」
「はい、なっていますね。良かったら飲んでみますか? 多少は体力が戻ると思いますよ」
「……」
どうぞとコップに聖水を入れ差し出せば、無言で受け取りごくりと飲み込んだ。
疑っている人物から差し出された物を口に入れるだなんて、意外とこの人は馬鹿なんだろうかとアメリアは心の中で嘲笑する。
コップの中を目を見開き見つめるオスカーの事は気に留めることなく、アメリアは作業を進めて行く。
摘んできた薬草やその他のものも混ぜて行く。
ことことと煮込み見た目が綺麗に透き通った緑色に変わればポーションの出来上がりだ。
それを冷やすため鍋ごと冷たい水を張った桶の中に入れる。
その間に他の薬を作る準備をする。傷薬や風邪薬など、作り置きしたい薬は沢山ある。
本当ならばオスカーなどに構っていたくはないのだ。アメリアは忙しい。
ある程度ポーションが冷めたら店の印が入った小瓶にポーションを移していく。
アメリアの店の印は祖母の名前から取ったビオラの花の形だ。
オスカーもその印を見てアメリアの店のポーションだと判断したのだろう。
けれど店のポーションを買えば小瓶は手に入る。
一応回収を希望しているが、返ってくるのは残念ながら半分位だ。
案の定アメリアが小瓶にポーションを詰め出すとオスカーの目つきが変わる。
何か変なものを混ぜていないか、可笑しなことをしていないか見定めているのだろう。
「どうぞ、出来たものを見てもらっても構いませんよ、なんなら一本ぐらいなら飲んで頂いても構いませんし」
アメリアが声を掛ければオスカーは作りたてのポーションを手に取った。
上にあげ掲げてみては小瓶をくるりと一周回して全体を見る。
「この花の印はパンジーだったか」
「ビオラです!」
「そうか、何故この印にしたのか聞いても?」
「おばあちゃんの、祖母の名前がビオラでそこから取ったんです。それ以外に理由は有りません」
「蓋に紐を付けているがその理由を教えてもらえるか?」
「それは作った日付が分かるようにしています。今月は緑、その月で色を変えています」
「……そうなのか……」
オスカーは何かを考えるようにまた小瓶を見つめている。
目の前で作り上げたのにまだ何か疑っているのだろうか。
早く帰って欲しいな。そう思いながら作業を続ける。
ポンとそんな音が聞こえたと思うとオスカーがアメリアの作ったポーションを飲み始めた。
小さな小瓶なので一瞬で飲み切ると「特級品だな」とそんな事を言った。
「あの、私のポーションは特級品ではなく、一般的なポーションですよ」
特級品は祖母が作ったポーションでアメリアのポーションは普通のポーションだ。
グレイの母親のミラを筆頭に村の人達からは祖母のより効きが悪いと言われている。
なので祖母がいたころよりも値段を下げ販売しているのだが、それでもまだ文句を言う人がいるぐらいなのだ。
「いや、この私が間違うはずがない。君の作ったポーションは特級品だ。それに味も良い。他の店のものとは違う」
「あ、それは、隠し味に少しラズベリーを入れているんです。子供でも飲みやすいように」
凄い自信だなと思ったが、王都の監察官なのだ。
当たり前だ。
「ラズベリーを……そうなのか、工夫しているんだな」
「ええ、まあ、はい……」
急にポーションを褒められ、アメリアはどう対応していいか分からなくなる。
あんなに大っ嫌いだと思っていたはずなのに、ちょっとだけ良い奴かも? なんて思ってしまう。
「君の作るポーションに間違いはなかった」
「えっ? じゃあ……」
これで疑いが晴れた?
もうオスカーと二度と会うことも無い?
よし! やったぞ、アメリア! と心の中でガッツポーズをしていると、オスカーがブルーベリー色の瞳をキラリと光らせアメリアに向けて来た。
「では、今日はこれで……明日は店の帳簿を見せてもらおう」
「えっ?」
カランと入口のベルを鳴らし、オスカーは店を出て行った。
カウンターにはポーションの料金が置いてある。
王都の男性は支払いもスマートなようだ。
それよりも
(明日もまた来る? 今度は帳簿? 冗談でしょう?)
自分の耳を疑いたくなったアメリアはガックリとその場で膝を折った。
もう二度と会いたくないと思ったのに、また会うなんて。
「はぁー」
静かになった店の中、大きなため息を吐いたアメリアだった。
「ねえ、ねえ、アメリア、今の人誰よ、すっごくカッコ良い人だったしゃない!」
オスカーと入れ替わりで店にやってきたのは、近所に住む幼馴染で友人のシェリーだ。
たんぽぽのようなふわふわな黄色の髪をツインテールに結び、普段からお化粧もきちんとしているシェリーは美人でアメリアとはタイプの違う女の子だ。
村の男の子の間では村一番の美人だとも言われている。
お昼前になるといつも家の手伝いから抜け出しアメリアの店にやって来るシェリー。
ご近所の情報は大概このシェリーから聞くのだが、オスカーの事は知らなかったらしい。
「王都から来た人よ、ロンさんの知り合い。私のポーションを見に来ただけよ」
「へー、そうなんだぁー、やっぱり王都の人ってかっこいいわよねー。ロンさんの知り合いなら商人かしら、着ている服もいいし、お金持ちそうねー」
オスカーの事にはまったく興味が湧かないアメリアは、肩をすくめただけで返事をする。
流石にアメリアのポーションを調べに来た監査官だとは友人であっても話せない。
シェリーに話したら最後、明日には村人全員がオスカーの事や偽物ポーションの話を知る事になるだろう。何て言ったってシェリーはおしゃべりが大好きだなのから。
「うふ、カッコイイしアプローチしてみようかしら、将来王都で暮らすのも良いわよねー」
夢みがちな様子でそんな事を呟くシェリー。
オスカーの中身を知らないから言える言葉だろう。
アメリアだったら絶対結婚したくない嫌な相手である。
「シェリー、隣村のベンだっけ? 彼はどうしたのよ、付き合ってるって言ってたでしょう?」
「ああ、ベンじゃなくってジョンね。あんなのとっくに捨てたわよ、お金持ちだって聞いてたけど全然だめ。母親にお金の管理されてて自分のお金なんて全然ないの、ペンダントの一つだってプレゼントしてくれないんだもん、別れたわぁ」
アメリアが出したクッキーを遠慮なく頬張りながら、シェリーがつまらなそうに答える。
確かジョンとは3か月前に付き合いだしたと聞いたはずだ。なのにもう別れたのかと呆れてしまう。
恋多き女の子であるシェリーのお眼鏡に適う男は中々見つからないらしい。
付き合っても半年も持たないことが当たり前。
きっとオスカーと付き合ってもうまくいかないだろう。
お代わりのお茶を注ぎ足しながら、アメリアは友人の恋話に付き合った。
「あ、そう言えばアメリアはグレイとはどうなのよ? 少しは進展があった? キスぐらいはしたの?」
「キッ、キスー?!」
「何驚いてんのよ、あんたたち婚約してんでしょう? だったらキスぐらいしても可笑しくないじゃない。ちっちゃな子じゃあるまいし、何恥ずかしがってるのよ」
クスクスと笑うシェリーの言葉に、アメリアは驚き顔に熱が集まるのを感じた。
頬が赤くなっているのは照れているのではなく、シェリーに笑われてなんだか恥ずかしいからだと思いたい。
グレイとはキスどころか手も繋いだことは無い。
夫婦の事に知識が無いわけではないが、そんな事は結婚してからするものだとアメリアは勝手に思っていた。
「わ、私達は正式な婚約者な訳じゃないからそういう事はしてないわ」
店の商品を拭きながら、アメリアはそんな言い訳を吐く。
恥ずかしくってシェリーの顔が見られない。
自分の恋バナは苦手なのだ。
「ふーん、だったら婚約者じゃなくって恋人同士ってこと? デートの定番はどこよ?」
デート?
デートの定番?
デートとは何ぞや?
いや、知らない訳ではない。
恋人同士ならばデートぐらいするだろう。
でもアメリアはグレイと出かけた事など一度も無い。
いつもアメリアがグレイの家にお手伝いに行くのが強いて言えばデートだろうか。
そう考えるとアメリアとグレイは本当に婚約者と言えるのだろうか? 恋人同士と言えるのだろうか? と疑問が湧きあがる。
(いやいやいや、いつか結婚しようと言われたんだから!)
なんだか自信がなくなってきたが、アメリアは自分にそう言い聞かせた。
そして汚れも無いのにまた商品を拭きながら「デートはグレイの家で……」と答える。
「ふーん」と答えた友人の顔を、アメリアは見ることが出来なかった。
お昼時になり、アメリアはいつものようにグレイの家に向かった。
今日はオスカーに時間を取られ、その後にシェリーも来たため、お昼は簡単なものになってしまった。
いつもより少し遅れてグレイの家に向かうと、ムッとした顔をしてグレイが待っていた。
アメリアがガラス工房に入ったかどうかのタイミングで「遅いぞ!」と怒鳴られてしまう。
「ご、ごめんね、急な来客があったから忙しくって」
「そんなの言い訳だろう? お前の時間の使い方が悪いんだよー!」
「う、うん、そうだね、ごめんね、グレイ……」
謝るアメリアからひったくるようにお昼ご飯が入った籠を取るグレイ。
お腹が空いているからか普段以上に機嫌が悪く、子供っぽいというよりかは大人げないように見える。
その上籠の中身を見るとグレイの機嫌が益々悪くなった。
「なんだよ、これ、昨日と同じパンじゃねーか! 俺はレーズンが嫌いだって言っただろう!」
ああ、そうだったとアメリアはやらかしてしまったこと気づく。
昨日確かに 「明日は違うパンを用意するね」 とグレイに約束したはずだ。
オスカーの事があってその事をすっかり忘れていた。
「ごめん、グレイ、本当にごめんなさい。昨日から色々とあって忘れちゃって」
「もういいっ! お前本当、役立たずだな。俺は外で食ってくるから!」
お昼の籠を放り投げ、グレイはドスドスと足音荒く工房を出て行ってしまう。
外で食べると言っているが、この村では大した店などやっていない。
宿屋の食事場に行けば何かしら出して貰えるだろうが、結構な値段になるはずだ。
落ちたレーズンパンを拾い上げながら、あの食事で高額な値段を払うならばアメリアが作ったレーズンパンのがよっぽど美味しいのにと思ってしまう。
いつか結婚しようとグレイに言われたけれど、今日はとてもそんな気になれない。
普段は可愛いと思えるグレイの癇癪も、ただの我儘にしか見えない。
私達はきちんとした婚約はしていないし、恋人ともいえない関係だ。
それなのに何故こんな扱いをされないといけないのだろう。
役に立たないなんて酷い言葉、どうして言えるのだろう。
お昼代だって一度も貰わずアメリアは親切心でお昼を準備しているのに、いつもグレイは文句ばかりだ。
「アメリアちゃん、いつかグレイの嫁さんになるならさ、ちゃんと好みは把握しないとな」
グレイとアメリアのやり取りをただ傍観していたダンにそう言われ、アメリアの心に冷たいものが落ちていく。
「……そうですね、次からは気を付けます……」
そう言いながらも納得はいっていない。
息子を諫めるのが父親の役目ではないだろうか。
それにダンだってアメリアが作った食事を当然のように食べているが、一度だって褒めてくれたことは無い。アメリアの親切は当たり前。そう思われている事が悲しかった。
(私が欲しい家族ってこんな形なのかな……あのグレイと本当にいつか結婚するの?)
アメリアの中でそんな疑問が浮かんだ。
「ちょっと、アメリアちゃん、遅いじゃないの!」
重い足取りでアメリアが病気のミラの様子を見に行くと、着飾ったミラが待ち構えていた。
今日は昨日と違うドレスだ。
そのお金があるのならアメリアにお金を借りるような行為はしないでほしい。
先程の一件でアメリアは心が狭くなっていた。
「おばさん、その恰好はどうしたんですか? やっぱりどこかへ出かけるんですか?」
昨日も同じやり取りをした気がするが、今日のアメリアの言葉は本気だ。
ミラはどう見ても今から出かける出発前といった様子で、旅行鞄も準備している。
「王都の病院よ、私は病気なんだから当たり前でしょう?」
「その恰好で? ですか?」
「そうよ、何か悪い? ダンが買ってくれたドレスよ、素敵でしょう?」
旅装というよりかは茶会にでも行くかのような派手めな恰好に、アメリアは「はあ?」と間抜けな声を出してしまう。
「ねえ、それよりも、ポーションよ、ポーション。ちゃんと持ってきてくれた?」
「ええ、まあ、はい」
ごそごそと鞄からポーションを取り出すと、ミラはひったくるようにアメリアからポーションを受け取り、お礼も無く自分の手提げの中へと突っ込んだ。
「おばさん、今飲まないんですか?」
アメリアの当然な疑問に、ミラはすぐには答えない。
ちょっと目を泳がしてから「あ、ああ、後で飲むのよ、もう馬車の出発まで時間が無いから」と答えた。
そしてアメリアの返事を待たず、ミラは「じゃあ」と言って旅行鞄を持ち部屋を出て行ってしまった。
体調が悪いのにあんなに急いで大丈夫かなと心配になるぐらい、それは素早い動きだった。
「馬車乗り場までおじさんに送って貰うのかしら?」
昨日まで寝込んでいたミラが、馬車乗り場まで一人で歩いて行けるのか心配だ。
でも先程工房で見たダンはまったく出かける様子などしていなかったし、馬を準備している様子もなかった。息子のグレイに至っては工房を飛び出して行ってしまったぐらいだ。ミラの体調は大丈夫なのだろうか。
「私のポーションが少しは効いたって事かしら?」
元気そうなミラを見てそんな期待を持つ。
儚げだった昨日とは別人みたいに元気だったミラ。
余り効きが良くないと言われたアメリアのポーションも、少しは役に立ったようだ。
(あの人も特級品だって褒めてたし、少しは腕が上がったのかな……)
取りあえず、午後もアメリアには仕事がある。
店に戻ろう。
グレイの家を後にしながら、なんだか気持ちが浮上しないまま、アメリアは自宅へと戻るのだった。
麦の家もよろしくお願いします。
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