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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

困りごと

作者: 惣山沙樹

 彼氏を殺して埋めたはずなのだが、まるで当然かのように僕の部屋に居座っているので困っている。

 彼氏は勝手に僕のパソコンを立ち上げてマインクラフトをしている。サバイバルモードでひたすら洞窟探検をする趣味は死ぬ前と変わらないらしい。

 一通りやって飽きたのか、彼氏が言った。


「なぁ、フミ。ビール買ってこいよ」

「……幽霊って酒、飲むんだ?」


 僕は薬との飲み合わせが悪いから酒は飲まない。仕方なく近所のコンビニでスーパードライを一本だけ買ってきた。


「フミ、遅い」

「最短距離で行って帰ってきたんだけど?」


 死んでも口が減らない奴だ。スーパードライを手渡し、僕は薬を飲んだ。さっさと寝てしまいたかったのだ。


「なぁフミ……まだ怒ってんの?」


 すっかり冷え切った指先で彼氏はつんつんと僕の頬をつついてきた。鬱陶しいので振り払った。


「当たり前でしょ。もう別れたいんだけど……」

「やーだ」


 くしゃりと微笑む彼氏の顔は刺す前の綺麗なまま。そのツラで他の男をひっかけて何回も浮気を繰り返すくせに、僕にヘラヘラ金をせびってくるのがしんどくなって殺したのだが、まさか取り憑かれるとは思わなかった。

 彼氏を殺すことはずいぶん前から計画していた。僕のベッドで酔い潰れているところをメッタ刺しにして寝袋に詰めて運んだ。それで埋めて帰ってきたら「よう」とにっこり笑ってマインクラフトをしていたものだから、殺す男を間違えたかと思ったくらいだ。


「僕、もう寝るから……」

「俺もこれ飲んだら寝る」


 僕は新しく買い替えたマットレスの上に寝転んだ。金がなかったので安物だ。しばらくして、眠れるかなとなった時に、彼氏が僕の背中にぺっとりと寄り添ってきた。


「フミ……ごめん。ごめんって。もう他の男のとこ、行きたくても行けなくなったし。機嫌直して」


 殺してから毎晩これ。一週間くらいこれ。まさか彼氏を殺してその幽霊が出るようになったなんて医者には言えないから、この薬じゃ中途覚醒をしてしまうと言って強いものに変えてもらった。

 彼氏の身体はひんやりとしていて、正直なところこの暑さだと心地よく感じてしまうのだけれど、酒臭いし耳元でボソボソ囁き続けてくるし、早く意識を手放したかった僕にとっては迷惑この上なかった。


「寝かせてよ……」


 そう言ってひじで彼氏の身体を押した。チッと舌打ちが聞こえ、それから彼氏はマインクラフトを再開したようだった。ゾンビの唸り声がやかましい中、なんとか眠った。




 翌朝、彼氏の姿は見当たらなかった。日が昇っている間は出られないらしいのだ。スーパードライの空き缶が床に転がっていて、それをこの部屋に一つしかないゴミ箱に入れた。バレなきゃいいので分別なんてしていない。

 パソコンはつけっぱなしになっていた。僕は彼氏が作っていたワールドを消した。ついでに彼氏も消えてくれればいいのに。

 それから着替えて製菓工場のバイトに行った。事務や接客は続かなかったのだが、ここは最低限の人間関係をこなせばいいので楽だ。入って二年くらい。彼氏ともここで出会ったのだが、早々に上司と揉めて辞めた。それから僕の部屋に入り浸るようになり、死んでも離れてくれないというわけだ。


「おかえりー。おつかれさん」


 日が暮れて帰宅すると、また彼氏がマインクラフトをしていた。


「なぁフミ、データ消すなよ。あとちょっとでダイヤ取れそうだったのに」

「知らないよ……で、新しく始めたわけ?」

「そういうこと」


 僕はスーパーで買ってきた二割引きの弁当を電子レンジで温めて食べた。彼氏は酒は飲むようだが食事は要らないようなので、その辺りは生きていた頃より金がかからなくていいか。パチンコもいかずにマインクラフトだけで満足してくれているし。

 しかし、毎夜こうして部屋に居られては落ち着かない。僕は米の上の梅干しをつまんでフタの上によけた後、彼氏の背中を睨みつけて言った。


「いつになったら成仏してくれるのさ……」

「フミ、成仏って言葉の意味わかってる? 未練があるから成仏してないわけ」

「どうしたら未練なくなるの?」

「エンダードラゴン倒したら!」


 僕は左手でスマホを操作し、弁当を食べながらエンダードラゴンの倒し方を調べた。まずはそいつがいるエリアにたどり着くまでが大変らしい。僕は言った。


「手伝ってあげようか? とっとと成仏してほしいから」

「やだ。俺は自力でやりたいんだよ。勝手にデータいじったら最初からやり直すからな」

「はいはい」


 この調子では当分かかるだろう。自首して刑務所に入るのと、どちらがマシだろうかと考えた。しかし、そうすればマインクラフトができなくなって、彼氏は刑務所にまでついてくるかもしれない。それはご免だ。


「せめてモードをイージーでやって」

「はぁ? そんなガキみたいなことするかよ。ハード一択だ」


 僕は弁当のケースをゴミ箱に放り込み、パソコンを覗き込んだ。彼氏はひたすらオノでオークの木を切り倒していた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 死んだ彼氏さんが、なんだか憎めない。魅力的。 [一言] ホラーが苦手な人でも読めそう。面白かったです!!
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