初めて魔物<トモダチ>を斬った日
残酷な描写・障がい者差別に関する描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
僕は相園ユウキ。ゲームが趣味の中学1年生だ。僕がはまっているのは、「デーモンバスター(通称:デモバス)」というゲームで、勇者になって魔剣を使って、悪い魔物を倒すゲームなんだ。僕は、ブラッドレイヴという大きな魔剣をよく使うんだ。操作は難しいけど、強力だから使いこなすと最高なんだ。僕はかなりの腕前だから、クラスの友達からも尊敬されているんだ。クラスの中心人物って感じで、僕はみんなと仲がいいんだ。
でも、クラスに一人だけ僕と仲良くなれない子がいたんだ。武田くんという名前の子で、ショウガイを持っているいらしい。彼は手をたたきながらクラスを周回したり、突然叫んだりすることがあって、みんなから変わり者扱いされている。僕も正直、最初は武田くんのこと気持ち悪いって思ってた。
ある日、武田くんがデモバスをしているのを見かけたんだ。声をかけてみると、意外とデモバスの話で盛り上がれた。武田くんは僕に負けないくらい強くて、驚いた。それからは、時々家に呼んで一緒にデモバスをするようになった。
だから今では僕はクラスのみんなと仲がいいんだ。デモバスのおかげだと思う。デモバスが大好きだ。
だからずっと、デモバスの世界に行けたらどんなに楽しいだろうと夢見てたんだ。デモバスの世界に行ったらしたいことのノートだって書いてるんだ。最強の大剣使いになって、世界中の魔物を倒してヒーローになるんだ。
でも、それはただの夢だと思っていた。
ーー
「キーンコーンカンコーン」というチャイムと共に家にダッシュする。
今日はデモバスのイベントの日だからだ。僕の部屋につくなり、ゲーム機の電源スイッチを押す。すると、ゲーム機がいつもと違って、一瞬赤黒く光った。
その途端、身体が真っ黒なディスプレイに吸い込まれる。必死で逆らおうとしたけど、吸い込む力にあらがえない。だんだんディスプレイが大きくなり、僕だけじゃなくて部屋のものすべてを吸い込む。体がディスプレイの中に溶け込んでいく。ディスプレイだから本当は固いはずなのに生暖かいお湯の中にいるような感じがして気持ち悪かった。ついに、外をつかんでいた手も外れてしまい、身体が巨大になったディスプレイの中に飲み込まれた。意識が遠のいていった。
ーー
ほっぺたをつめたい風がなぞって、僕は目を覚ました。
気づいたら芝生の丘のような小高い場所で寝ていたみたいだった。空は青くて、風は心地よくて、鳥のさえずりが聞こえた。僕は立ち上がって、周りを見渡した。
すると、目の前には信じられない光景が広がっていた。白い石造りの建物や色とりどりの屋根や塔が、丘の下にひしめき合っていた。街の中央には、大きな水路が流れていて、橋や船が渡っていた。街の外には、森や山が広がっていた。
間違いない、デモバスの主人公のふるさと「カナード村」だ!
僕はデモバスの世界にやってきたんだ!まるで夢みたいだ!
何回もゲームをやって、カナード村の地図が頭に入っている僕は、最初のクエストを始めるため、に村の広場を目指すことにした。
勇者が広場についたタイミングで村に魔物が現れて、パニックになるんだ。その魔物を倒すところから勇者の魔物討伐の冒険が始まるんだ。
ーー
広場にやってきた。走り回る子供たちや、行商人なんかがいて、とても穏やかな時間が流れていた。
でもその穏やかな時間は、女の人の「助けて」の叫び声で寸断された。
予想は的中した。
「魔物が出たぞ!逃げろ!」
村人たちが逃げ惑う。僕は落ち着いてブラッドレイヴを呼ぶ呪文を唱えた。
「血の契約を結びしものよ、我に力を与えよ」
瞬間、赤黒く光る僕の身体よりもはるかに大きい大剣が現れた。ブラッドレイヴだ。
広場に向かって、タッタカタッタカ走ってくる物音がした。
「来たな!」
『敵』の姿は意外なものだった。
手をたたきながら奇声をあげてこちらに向かって走ってくる武田くんの姿だったのだ。
「え?武田くん??」
武田くんは足を止めず突進してくる。
「何をしているんだ勇者殿!剣を振れ!殺されるぞ!」
近くにいた司祭のおじさんが叫ぶ、武田くんが目前までやってくる。
怖くなって思わず魔剣を振り下ろしてしまう。
瞬間、黒い雷が村中に鳴り響いた。武田くんだったものは真っ二つに斬られた肉塊と化していた。周りには嫌というほど血が飛び散っていた。僕の手も、ブラッドレイヴも返り血でべとべとだった。すごく嫌な臭いがした。武田くんの上半身だったはずのものから目玉が飛び出していて、こっちを見ている気がした。まだ胴体だったものは痙攣していた。
村中から歓喜の声が聞こえた。たおしたのは魔物じゃなくて友人だっていうのに。呆然としたまま僕は意識が遠のいてしまった。
ーー
手をたたきながらクラスの中を走り回っている。どうしようもなく、その行動が我慢できない。それをするとクラスの人が僕のことを怪訝そうにみるのは知っている。でもやっちゃいけないと思えば思うほど我慢できない。いつも通り動き回らない自分が気持ち悪くて頭がそのことでいっぱいになる。我慢できなくて頭をかきむしる。頭皮から血が出るほどかきむしる。どうしても苦しくなって叫んでしまう。そうなると保険の先生がやってきて僕を保健室につれていく。
だから、週に一度くるヒジョウキンの特別支援の先生としか話せない。その会話の時だって、うまく頭の中がまとまんなくて、うまく話せない。とっても寂しい。辛い。
みんなで遊べているクラスの人がうらやましい。ほかの人と会話できる人がうらやましい。でも会話できるようになったとしても、僕は陰でバイキンと呼ばれているくらい嫌われている。だから家に帰ってやるデモバスの時間だけが幸せだ。デモバス中に何回発作を起こしたって、セーブしたところからやり直せる。デモバスの世界ではだれも僕の悪口を言わない。だから僕の友達はデモバスだけなのかも。
今までそう思っていた。お母さんが出かけている日、公園でデモバスをしているところをクラスの相園くんに見られた。相園くんはデモバスがとってもうまいらしい。デモバスの話をしたい、でも嫌われちゃうしまた発作を起こしちゃうの怖いしどうしよう。結局勇気が出ない僕は話しかけられないでいた。でも相園くんはずっとこっちを見てる。
「デモバス好きなの?」
相園くんが話しかけてくれた。
うつむきながら「うん」と答えた。
相園くんはおうちに案内してくれた。初めての友達のおうちだった。
いっぱいデモバスをした。初めてほかの人とデモバスをした。
すっごくすっごく楽しかった。
明日もまた相園くんと遊べるといいな。
人気ものの相園くんがまた相手してくれるかはわからないけど。
ーー
目を覚ますと、知らない天井だった。司祭のおじさんが白くて甘いスープを僕に飲ませてくれていたようだ。僕は疲れて倒れていたようだ。
「やっと目を覚ましましたか!勇者殿!マナを使いつくしてはなりませんぞ、危うく死ぬところでした」
司祭の爺さんが話しかけてくる。
「僕はいつマナを使いつくしたんだ?」
爺さんに聞いてみる。
「そりゃ、おぬしの魔剣で魔物<ヤツ>を斬ったときでございます」
瞬間、フラッシュバックした。僕はこの手で武田くん<マモノ>を斬った、殺した、返り血を浴びた、息の根を止めた、ぐちゃぐちゃになった彼の目玉が僕を確かにみていたのが今でも鮮明に目に焼き付いている。
自分が嫌になって恐ろしくなって叫んでしまった。
「落ち着いてくださいませ!勇者様!魔物はもうやってきませんよ」
だから叫んでるんだよ!
考えるのも嫌なくらいだったけど、デモバスの皮をかぶったこんなおかしい世界に来てしまったんだ。だって、罪のない、ただ不気味な行動をしていただけの武田くんを殺した僕が勇者になる世界なんだ。
冷静にならねば僕だってどうなるかわからない。
そうだ、
「どうやって、そのマナを僕は回復したんだ。僕の知ってるデモバスでは魔物を倒したら自動でマナが回復するからそんなことを気にしなくていいはずだ」
「そんな便利な世界はございません。でもマナの成分は倒した魔物から『取り出す』ことならできます。それを机に置いたスープに溶かして勇者様に飲ませました。だから勇者様は急死に一生を得たんですよ」
「殺した武田くんからマナを取り出しただって?それは魔力かなんかで吸い取って結晶化するのか?」
「いいえ、そんなに簡単なものではありません。倒した魔物の脳みそがまだ生きているうちに中の液体を抽出せねばなりません。勇者様は倒れましたからあわてて私が割れた魔物の頭から脳を取り出して、出汁を取って力のスープにした次第です」
聞いて思わず嘔吐してしまった。と同時にさっき見た変な夢に自分の中で合点がいってしまった。あれは武田くんの記憶だったんだ、走馬灯だったんだ。マナというのは武田くんの意識自体だったんだ。武田くんは僕と一緒にデモバスしたときの思い出をあれだけ大事にしてくれてたんだ。それなのに僕は武田くんのことを...
苦しくなって頭を抱えながら部屋を出ると、
頭蓋骨で真っ二つに斬られて中のものがぐちゅぐちゅにだされた武田くんの顔面がまな板の上にあった。
絶句する間もなく、「魔物がでたぞ~!!!逃げろ!!」という叫び声が鐘の音とともに響き渡る。
その後、気味の悪い奇声が、でもそれは確かに、ショウガイを持っているにしても、ちゃんと人間の、おじさんのものだとわかる声が聴こえてくる。
「立て続けで悪いが、出番ですぞ、勇者殿。村を守ってくだされ」
司祭のおじさんが僕に言う。
僕はこの世界から戻るまでに何人ものを罪なき人を殺すことになるのだろうか。一体、何から村を守るというのだろうか。