嫉妬の愛
あんまり上手く書けませんでした。ご容赦ください。
「ごめんなさい。私、今恋人がいるの」
私は少し申し訳なさそうに微笑んで、目の前の同じ学科の男子に言い放つ。
「いや、まぁ元々好きじゃなかったし。いいよ」
じゃ、という捨て台詞を吐いて、彼は私の前から去って行った。
(……ダサ。ただのつまんない男じゃん)
私は『水野桃花』、とある大学の日本文学科に通う普通の女子大生。
見ての通り、私は結構モテる方だ。人並みに可愛いし、人並みに努力している。いわゆる世間一般で言う「普通に可愛い」に含まれる人種だと自負している。
だから異性と付き合うことも何回かあったけれど、その全員と上手く行かなかった。高校時代には自分勝手な男、私を雑に扱う男もいたし、大学に入ったらそれなりな男もいるかな、なんて思ったら、浮気する男もいた。
そんな事が続いて、もう懲りようと思っていたところに今の恋人が現れた。
恋人の名前は『桑原玲』——中国文学科所属の女の子だ。同じ講義で隣に座ってきたのが始まりで、話してる内にどんどん好きになってしまい、私から告白して付き合う事になった。
まさか自分が女の子を好きになるとは思わなかったし、それを受け入れてくれるとは思わなかったので、普通にびっくりした。
玲は今まで付き合ってきた男と違って、私を中心に考えてくれるし、自分も女の子なのに私を女の子として扱ってくれるし、浮気もしていない。
彼女のそんな所が、私は好きになったのだ。
けれど、私は彼女に一個だけ不満がある。
玲は驚く程束縛が強い。
私が少し誰かと話してただけですぐに私を捕まえてさっき話していた奴は誰かなんてことをずっと聞かれるのだ。しかも男女関係なく。
正直彼女の束縛の強さは面倒な所ではあるけれど、それ以外は完璧な人だからまぁいいかなと思っている。
さっきの告白してきた同学科の男子に関してはもはや名前すら知らない。いきなり授業後に話しかけられて「このあと時間ありますか?」と聞かれたので仕方なく着いて行った。
休講になった分の1コマが空いていたので仕方なくそう言ったが、特に聞く意味も価値もない事だと聞いてからわかった。まぁよくあることだ。私に恋人が居るのは事実だし、そこに対する罪悪感は皆無だった。
私が人気の居ない教室棟の陰から出ていくと、私の目の前に無表情なまま私を見つめる女性がいた。
艶やかな姫カットの黒髪に、切長で青い美しい瞳。身体のラインがハッキリ出るタートルネックのニットに、腰の細さが強調される黒いスカートを身に纏った彼女。彼女が私の恋人、桑原玲である。
「……断ったのよね?」
「当たり前じゃん。そこまでじゃないよ」
私は自分より少し背の高い彼女を見上げるようにしてそう言った。彼女は自分の懐まで来た私を静かに3秒程度抱きしめて、耳元で一言。
「愛してるから」
と囁いた。
玲は私から離れると、私に背を向けて、新館の講義棟がある方へと向かった。
「じゃ、私今から授業だから終わったらまた」
そう言い残し、私に後ろを向きながら手を振る彼女の姿には、ハードボイルドなものを感じた。
残された私は、いつもは空いていない1コマ分をどう過ごすかを考えつつ、誰も居なさそうな図書館へと足を運んだ。
この時間は、玲が講義を受けている関係で会えないのだ。二人で話して暇つぶし、なんて事も出来ないから、図書館で課題レポートのための資料を探す事にした。
図書館は、横に長い本棚の隣に、本を読むためや自習のための長机と椅子がある構造になっている。この時間はコマが空いている学生が少ないからか、幸いにも人がほとんどおらず、快適に課題を進められそうだと感じた。
今回の課題は課題図書の解説書を読んでその感想を書く、というシンプルなものだったので、まずはその解説書を探すところから始まった。
ウチの大学は蔵書数が多いと謳っていることもあり、本棚にはギッチリと本が詰まっている。それ故名前から探すのも中々に大変な作業だった。
何とか課題の本を見つけ、少し浅い溜息と共に席に着こうとした時だった。
「あ、先輩じゃないっすか」
私はその声に反応してすぐに後ろを振り向いた。そこにはサークルの後輩である『立花類』が立っていた。
「類君じゃん、どうしたの?」
「あぁ、いや。必修の授業の課題で図書館に来たんですよ」
私に爽やかな笑顔を向けながら話す彼は、いわゆる陽キャと呼ばれる存在で、私には少し眩しいタイプの人間だ。ただ、彼は分け隔てなく話しかける人間なので、苦手ではない。
「へぇ、奇遇。私も課題のためなの。まぁ、休講になっちゃったからってだけなんだけどね」
「うへー、大変っすね」
私は彼と、そんな他愛もない話をしていた。彼も会話のリレーが上手いので、しばらくの間、適当な会話が私達の間で交わされ続けた。
しかし、類君の「彼女が欲しい」という発言から、会話のリレーは少しだけ崩れ始めた。
「そういや先輩って今恋人いらしてるんですよね?どんな人なんすか?」
類君は何気なくそんな質問を私に投げかけた。私は玲のプラスの特徴をまず挙げる。
「ん〜、めっちゃ可愛くてクールで、私の事大好きな人だよ。黒髪が綺麗なんだ」
「あ〜、先輩黒髪の人好きですもんね」
私は類君の返答に相槌を打ちつつ、今度は玲のマイナスな特徴をあげた。
「でも、仕事はできるけど全然料理とか出来ないし、束縛すごい強いんだよね〜」
彼は軽い相槌と共に私の話を聞いていた。
「類君、どうすればいいかわかる?」
私は彼に、解決策を振ってみることにした。類君はどう答えるのか、私はそれが知りたいのだ。
「どっすかね〜。俺だったら、話してみて納得できる理由だったら、全然束縛強くてもいいです」
自分の都合だけで考えず、他者に意見を委ねるという考え方を持っている。やっぱり彼はいい子なんだなと思いつつ、私はそれに返答する。
「やっぱ話してみる方が早いかな」
私と類君は、話がひと段落したタイミングで、課題用の本を借りるために出口近くの受付まで足を運び、本を借り終わった。
お互い、図書館での用事も済んだので、外に出て大学のキャンパス内にあるコンビニへと向かう途中だった。
「あら、桃花じゃない」
コンビニの前には、玲が居た。
「あれ?授業早く終わったの?」
「ん。中間のテストで早く終わったの。桃花は?」
普段人と話す時滅多に微笑まない玲が、微笑みながら私に話しかけた。私は玲にありのままを話す。
「休講になったから図書館行ってたら、サークルの後輩君と会ったから話してただけだよ」
類君は少し頭を下げて玲に挨拶した。
「ども、立花です」
「初めまして。桃花から聞いてると思うけど、改めて。桑原玲です」
類君はそれじゃ、と言ってそのままコンビニの店内へ入った。
コンビニの前には、私と玲だけが残された。
「……桃花」
玲が口を開いたかと思うと、先程までの笑顔がスッと消え、私に対する態度へと変わった。
「さっきの男、誰?」
私は肩を掴まれ、壁に押し付けられた。強い力、簡単に抜け出せないような掴み方で、玲は私の動きを封じる。
「いや……だからサークルの後輩……」
私がそう答えると、少し怒った顔をしながら更に近付いて、ボソッと話す。
「なんで私より楽しそうに話してたの?」
「そりゃ……愛想良くしないと……」
私が躊躇いながら答えると、責めるような強い言葉で返した。
「おかしいでしょ、私だけのものじゃないの?」
——来た。
「……ご、ごめん……」
「……何が?」
私は目を伏せながら、彼女に自分の行いを謝罪する。涙声を演じながら、彼女に申し訳なかったように言葉を紡ぐ。
「……私は、玲の彼女だから……」
玲は私が言葉に詰まると、すぐに私の頬に手を伸ばして続きを催促した。もう何度もこれを繰り返したのだ。彼女の手の仕草一つで、この子の考えていることがわかる。
「玲の事しか、好きじゃないよ」
「……よく言えたね、いい子」
玲は私の耳元で囁くと、私の手を握り指の隙間を埋めて引っ張った。
「行くよ」
私はただ、彼女に引っ張られるがままだった。
私は、彼女の感触が大好きだ。
私を独り占めしようと焦ってる時の、手を引っ張る力。
私を誰かの下に行かせたくないという、懸命な私に対する愛。
そして、自分の元に帰ってきたという絶対的な優越が、玲の何かを安定させる。
私はその束縛が大好きで、いつも誰かと楽しそうにいる。
彼女の嫉妬が、彼女の束縛が、彼女の大切が、全て私に向く瞬間が、堪らなく愛されてる気分で居られるから、私は彼女を愛してる。
玲、大好きだよ。
だから私を、ずっと縛って嫉妬して。
他の誰でもなく、私だけに嫉妬して。
私はそのために、今日も貴女の心の火に薪を焚べる。
やばい女に捕まった不器用な女の子、堪らない。
【人物紹介】
水野桃花
日本文学科所属の大学2回生。
明るめの茶髪で、緩い服を着ている事が多い。
自身が黒髪でない事から、男女問わず黒髪の人間に対して積極的。
付き合って来た相手全員に「遊び過ぎて嫌になる」という理由でフラれるが、本人は「その感情から来る嫉妬」でしか愛されてる実感が湧かない性根であり、それをおかしいと自覚してないため、勝手にフラれたと思っている節がある。
桑原玲
中国文学科所属の大学2回生。
黒髪に身体のラインがしっかり出る服を着ている事が多い。第一印象の見た目とは裏腹に可愛い物が好きなので、桃花に告白された際は普通に嬉しかったらしい。
交際経験は一人、その相手に「束縛が強過ぎる」と言われた。実はメンヘラ気質。
束縛のおかしさは自覚しているが、「恋人にどこかに行かれる」という事に若干のトラウマがあるためこうなってしまった。
立花類
教育学科所属の大学1回生。
とにかくいい奴。紳士だしコミュ力が高く、その上優等生という、ハイスペ故に彼女ができないタイプ。