第9話 その力
青海夜海です。
なんとなく力の正体に気づいたかもです。
眼を覚ます。夢を視ていた。それも既に忘れ、知らない天井が映る。そして頭に柔らかな感触があって寝返りをうつ前に影が落ちた。
「起きたわね」と、覗き込んで来る一縷の顔があったが、それ以上に視界の三分の一を遮るたわわな実りに「おぉぉぉぉ」と声を上げそうになった。ぐっと呑み込み、何となくだけど虚界人の一縷だとわかった。
心配気な覗き込む顔に身体の内がぞわぞわして、僕は取り合えず「ああ」と答える。
「そうよかったわ」と安堵したのが伝わった。
そのまま僕と一縷は数秒の沈黙を味わう。……これはあれだった。男子憧れのあれでそれでこれだ。つまり、膝枕。憧れのあれである。夢に見るあれである。つまり。
「膝枕・オブ・ザ・ベスト」
「変人……バカなこと言ってないでさっさと退きなさいよ。……そんなに良かったかしら?」
「その少し恥ずかしがってるところもグッド!」
「そう、ならもう少し寝ていてもいいわよ?永眠を所望かしら?頭を撫でて子守歌を詠ってあげるわ」
「それは捨て難い提案なんだけど、死なないとは言え、永眠はキツイにもほどがある。けど、君の膝枕はとても幸せだ。更にアフターサービスで子守歌と頭なでなで……有りか?アリだな。アリしかない。それに、視界も眼福だし……って⁉まて⁉その振り上げた拳を収め――ぎゃぁああああああ‼」
「~~~~~~~~っっっ‼し、死になさいっ‼」
羞恥に真っ赤になった可愛らしい一縷の鉄拳が振り下ろされ、僕の意識はまたも剥奪させた。
と、いう経緯がありながら殴られた頬を摩る僕。
僕たちが逃げ込んだのは鉄工場。恐らくネジなどの製品を作っていた工場だ。
錆びれたチェアーなどに各々腰掛け(僕だけ地べた)息を合わせたようにため息を吐いた。
「はぁーさすがに死ぬかと思ったわ。同郷の私にも構うことなく攻撃してくるだなんて、お灸を据えたい気分ね」
「ん。すごく用意周到だったの。それに戦い慣れているの。臨機応変に動いてた……あの後、数人はすぐに後退したの。まだ追いかけてくる可能性はあるの」
ノルンの冷静な分析と見解に追われていたイチルは項垂れる。
「しくじったわね。……まさか、こんなことになるだなんて、慢心が過ぎたわ。それと巻き込んでしまったこと、申し訳なく思うわ。ごめんなさい」
悔い改めるイチル。一つ間違えば僕たちは確実に死んでいた。まあ僕は死なないけど……と言っても僕の能力が知れたらどうなるかわからない。ふと、残虐な光景が脳裏を掠め口元を腕で隠すように抑える。それよりも僕は訊いておきたいことがあった。
「なぁ、僕が爆弾に巻き込まれた後、どうなった?」
全員の視線が僕に向く。そこには畏怖のようなはたまた違う忌憚すらあるように見えた。
イチルが答える。
「どうなったも……あたしの方が詳しく訊きたいわよ。……結論から言えばあんたが吹き飛ばされた後、十回同じ所で爆発したわ」
「十回……?」
「ええそうよ。確かに投げられたのは一つだったはずなのに、十回の爆弾が連鎖したわ。相手も予想していなかったようで、半数近くが巻き込まれた……そうよね?」
確認に前線にいたノルンを見る。
「ん。隊長さんと後三人が後退したの。爆発も丁度十回だったの。でも、爆弾は一つだけだったの」
遠くからではなく間地かで見ていたノルンの発言には説得力がある。僕は少しばかり思慮を働かせる。僕の力は死なないだけじゃない。むしろそれは副作用で本当の力はこっちだと思っている。
おじさんに射殺された時、僕は〝死ねばいい〟と願った。そして、おじさんは死に僕は生き返った。
二度目、男どもに撃たれた時、僕は恐らく無意識に〝撃ち殺す妄想〟をした。そして、ノルン曰く僕の銃から放たれた二弾が男を殺した。僕は生き返った。
そして今回、僕は爆弾に殺される瞬間に〝十秒後、もう一度爆発〟と願った。願いは曲解し『十度、爆発』した。
「つまり、死ぬことで願いを叶えられる……?そして人を殺す限り生き返る?その命を僕の物にする……?いや違う」
もう一つ、僕は死ぬ間際に願ったものがある。
僕が眼を覚ましたあの日、僕が僕として生まれたあの夜。一目惚れした黒髪の彼女に告白して、彼女に殺された。
「僕はあの時、確か――〝一緒に生きたい〟――そう、願った……あの時、僕は誰も殺していない。――――なんとなくわかった気がする」
確証はない。確実性もない。だけど、恐らくとか多分とか前振りに付くけど、それでも僕はこの力がどんな力なのか理解できた気がする。チートにもほどがある。笑える。マジ卍な力だこった。うふふふと微笑む僕に一縷たちは怪訝な眼差しを向けて来て、慌てて咳払いで僕の気色悪さを払拭する。
「咳払いはそんな便利なものじゃないわよ。ただの誤魔化しよ」
「気を遣ってくださいっ!」
まー別にいいさ。僕は僕だからね。そこで、一縷が前のめりに僕に問う。
「それで、あなたの力ってなに?死なないだけかと思ったらおかしなことまで起こったわよね?あれもあなたの仕業ってことでいいのかしら?」
一瞬逡巡する。僕の考えうる『力』の存在はそれこそタブーな気がしてならない。脳裏に過った残酷な光景が一瞬に真実味を帯びる。
「僕は正直、君たちのことをまったく知らない。僕自身も三日前以降の記憶もないし、聞かされた情報以外、今世界で起こってることが本当かわからない。信じる信じないじゃない。僕は何も知らない」
「…………あなたと同じよ。私たちも何も知らないわ。その子のことも、この世界に生きる〝私〟のことだって。……捕虜の身で言えることではないけれど、私は生き残るためにはあなたたちを信じるわ。いえ、私を助けてくれたあなた――夜霧くんとノルンを信じるわ」
そう、澱みなく一縷は言ってのける。絶対の揺るぎなく意志の強い眼差しで突き刺す。
「死線を乗り越えた。言葉を、秘密を吐露した……それだけでは信じるに値しないかしら?」
僕は思わず笑ってしまった。ああそうだと、嬉しくなった。彼女は優しく強いのだ。
「私も信じるの。少しだけどみんなと生きて、悪くないと……そう思ったの。私は、お母さんとお父さんを取り戻すために戦ってるの。私は戦うことしかできないの。でも、お兄さんたちを助けたいの!私のために、私を使ってほしいの!」
ノルンなりの精一杯に胸は熱くなる。高校生にもまだなっていないノルンだ。この中で一番幼い少女だ。けれど、告げられたのは勇壮だった。僕には眩しすぎるくらいに純粋な想いだった。応えるようにイチルも続く。
「そうね。巻き込んだのはあたしのほうだし、申し訳なく感じているわ。だからというわけではないけれど、あたしもできる限りはあんたの力になるわ。と、言ってもあんたが何をするつもりなのかも知らないのだけれど……」
「いいさ。どうやら僕という人間は人を簡単に裏切れないらしい。それに、『彼女』もきっと君たちを頼る。それは僕も同じだ。だから、言うよ。僕のこの力は……言葉にするなら【死に願い】だ」
「死に願い?」と一縷たちが首を傾げた。姉妹かな?ぶっぶー。同一人物でしたぁ!
「僕自身ちゃんとわかってるわけじゃない。推測だけど、僕は殺されて死ぬ度に願いを一つ叶えることができる」
「――――」
「そして、願いが叶うと僕は生き返る。恐らく誰かを殺したら生き返るとかじゃなくて、純粋に願いを叶える副作用で生き返るんだと思う」
絶句絶句絶句。俳句にすらならない句の連続。絶句した、絶句しました、絶句した。
「それって本気で言ってるの?信じると言った手前で申し訳ないけれど、あなたを疑うわ」
「その目で見たじゃない。……あたしは何が起こっても不思議じゃないと思っているわ。……ま、さすがに規格外が過ぎるけれど」
「一縷さん?僕と君の仲だろ?お互いに支え合い誓い合った仲だろ。僕は君には嘘をつかない。それだけは信じてほしい」
そう真摯に胸に手を当てて告げる僕に。
「は?今日の朝会ったばかりなのだけれど……?やっぱりあなたの頭おかしいわね」
嘆息されました。疑われていたのは僕の頭でした。ドンマイ僕!泣いてもいいぜ僕!
「彼の戯言は置いていて……こっちの世界に異能を持った人はいるのは知っているわ。私も何度もこの眼で見たわ。……彼は普通なのかしら?」
「特別、イレギュラー、化け物、有り得ない、怪物、化け物、怪物」とイチル。
「化け物と怪物、二回も言ってますよ⁉揶揄られてる⁉」
「それくらい、異能を知るあたしでも意味不明、理解不能ということよ……あんたの言葉が真実ならばね」
「信じてくれるんじゃなかったのかよ……自分でも同じように思うけど……」
僕自身は「俺死なね!よっしゃー!無敵だぜ!無双だぜぇ!女の子にちょっかいかけても死なないぜ!いや死ぬわ。社会的に死ぬというか僕の存在が倫理的に死ぬ」と、浮き輪状態なわけだ。それはきっと全容を把握してないことと、既に何度もこの力に救われているからだ。一つ、例外があるとすれば『彼女』だけだ。ノルンは庇うように前に出る。
「私は見たの。銃に撃たれて死んだの。なのにお兄さんの銃は弾丸を放って敵をやっつけたの。お兄さんはすぐに生き返ったの」
「その時、僕はガンマンをイメージしながら撃たれた。たぶん、そのイメージが願いに反映されたんだと思う。他にも原因はあるかもだけど」
「「……カッコ悪いわね」」
「息の合った罵倒はやめてくださいっ!僕のハートは硝子なので!」
カッコ悪いのはわかってますよ。記憶がないから今はガンマン事件が黒歴史ワーストワンだ。二位以下は特にない。あれ?ワーストでいいんだっけ?いっか。
「で、僕の力は完璧にお願いを叶えてくれるわけじゃない。僕はさっき、〝十秒後、もう一度爆発〟――そう願った。けれど実際は」
「十度の爆破……なるほどね、十と度と爆発が合わさって異なった願いになったというわけね」
「そう。だから――――っぁ……」
僕の声は続くことはなかった。
空気が切り裂かれ、音よりも速く、振動した波動が刹那を貫く。
「っぁ……⁉」
降された痛みが死を骸がしがみつくようなおどろおどろしい熱を帯びさせ、僕は赤い水の溜まりを足下に、帯びた痛苦を全身で解き放った。
「ぁっヴァアあああああああああああぁぁあァァァあぁぁッッッッ‼」
銃弾が僕の右肩を貫通した。
ありがとうございました。
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