第8話 ・・・
青海夜海です。
暗躍者?の登場?
そこは薄暗い地下室。
広さは周囲の暗さでよくわからないが、電子モニターなどの電子機器が壁一面、ホッチキスのお尻に形に奥から並び、デスクに座る数十人の研究者がモニタリングや作業をしていた。それだけで病院とは程遠く、違法な香りがプンプンする。
極めつけは研究室と思われるその地下の中心だ。ガラス張りの巨大水槽の中、医学ドラマでよく見る手術台とベッド、そして鉄鋼の椅子が置かれていた。
その椅子には目隠しに猿轡、手足は拘束されているいかにも監禁された子供、あるいは実験体を体現した一人の少年が鉄鋼の椅子に長座させられていた。
まるで動物実験でも観察するかのように、水槽の外、壁一面の電子機器の反対側から観察するように本機のモニターやパソコン、心電図などが並べられたデスクがある。普段はそこのデスクに座る女は水槽の外から冷酷な眼差しで少年を見下していた。やがて不敵、不愉快な嘲笑にも似た悪質な笑みを浮かべて合図を出す。黒ずくめの男はナイフを持って水槽へと入室した。
「まさに神秘。いえ、奇跡!貴方のその力はまさに神の力よ!世界すら手に入れられる最高のもの!己をも超越した貴方がいるだなんて……神はワタシを好いているのね!」
黒ずくめの男は無慈悲に少年の心臓にナイフで突き刺した。
ぐへっ、と唾液と血だまりを吐き出そうとする少年。猿轡に喉を詰まらせ心臓の損傷より先に窒息死してしまいそうになり、少年は本能的にそれらを呑み込もうとするが、逆流してくる痛みの塊にもともと鮮明としない意識は次第に薄れ十秒も待たずに死んだ。口の隙間と鼻穴などから血を吐いて。
「さあ、願いを叶えなさい!世界を掌握するのよ――っ!」
しかし、女の願いは叶えられず、トロイの木馬の人形が無より生み出される。怒りを込み上げる女の視線の先、猿轡の隙間から流れる血はそのままに心臓の傷は塞がり少年は息を吹き返していた。女は耐えきれず水槽の中に入り、黒ずくめからナイフを奪い容赦なく胸に突き刺す。
「どうしてアタシの言うことを利かないッ!貴方の力はまさに神様のお告げよ!ワタシが望む世界を作り上げるための後押しなのよ!だから願いを叶えなさいッ!」
女はナイフを引き抜き何度も突き刺す。ぐしゃぶしゃぐちゃどちゃべちゃ。血が破損した排水管から水が吹き荒れるように飛び散り、少年は永遠の痛みに喘ぐ。
「ほら!死になさい!死んでッワタシの願いを叶えるのよォ!その【願いを叶える力】はワタシたちのためにあるのよ!貴方はそのために生きているの!そのために生かしてるいるのよッ!この世界の現状は実質貴方のせいよ?わかってるわよね?ならーー死ねッ死ねッ!叶えてくれないのなら——もう、死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ‼」
女のそれは狂気のそれだった。
女は願望のために何度も何度も少年を殺した。
その床は既に拭いきれない血濡れの床。まるで芸術家が赤い絵の具で乱雑に描いたような、独房の石畳み。監房の慟哭の上に立ち女は狂乱なままに責め立てる。
「この世界は腐っているわ‼弱者が奪われ強者ばかりがふんぞり返り、勝手に憐み蔑む世界のどこに希望はあるのかしら?それが人の世というのなら、そんなもの壊れてしまったほうが健全ね。なら、まず最初にやることは一つよ。――『洗脳』すればいいのよ。掌握さえできれば、健全になるわ。それは正義と言えると思えない?なのに、貴方はどうしてワタシの理念を理解してくれないのかしら?こんなにも世の未来を憂いているのに。ああ、武器はよかったわ。いい仕事だったわ。食料や物資もいい仕事だったわ。なのに、どうして全国民を洗脳してくれないの?どうして、あいつらを殺してくれないの?どうして『僕にはできない』なんて嘘を吐くの?言い訳するの?邪魔をするの?どうして、アタシに逆らうの?ぜんぶ貴方たつのせいだというのに――」
女は何度もナイフを突き刺す。喉に腹に顔に眼玉に額に太ももに腕に腰に性器に関節にアバラに臓器に脳に耳に頭部に口に鼻に。
その度に少年は死ぬ。
声すら上げられず、抗うことすら許されず、涙も流す暇もなく、誰にも助けられず救われず認められず。
少年は何度も死ぬ。そして生き返る。
周囲にはトロイの木馬の縮小版が生み出され続ける。
「計画の発端は貴方なのよ。貴方たちは神の寵愛を授かり、神に許されたの。そして、その力はよりより世界にするために使わなければいけない。そう‼この不公平な世界を作り直すのよ!ワタシはね。この争いの絶えない世界を変えたいのよ。人は愚かに殺し合い、貧民は見捨てられネズミのように生き倒れる。資源すら好き勝手に使って、誰も世界の不平等に不健全に不幸に憂いない。それはともて頭のおかしいこと。誰も気づかない。誰もこの危機を理解できていない。だから、ワタシがやるのよ!世界を一度破壊して、そしてワタシが神の代理として作り直すのっ!そのためには『力』が必要よ。わかるでしょ?貴方もそうじゃない。そうだからそんな無様に成り下がってる。未来を変えなくてはならないわ。それが非道と言われる洗脳が手段だとしても、この憂いを笑顔にするのはそれしかない。そんな未来を……ワタシはね、見てみたいのよ。ねぇ?わかるわよね?ワタシは何も間違ってないわよね?そうよね?ええ、ならワタシの言うこと聴いてくれるわよね?叶えてくれるわよね?――貴方じゃない貴方の願いを手伝ってあげたのだから――代償は支払うべきなのよ。ねぇ――反逆者の人」
涙にべたべたになった目隠しを外し、猿轡を抜く。唾液と血液がダクトから垂れ流れる汚泥のように吐き出される。瞳は強烈で唐突な光に瞼を拓くのに時間を有し、勝手に溢れ出る涙が唇に水分をもたらす。
少年は少しずつ光に目を慣らしながら、全身を見渡し全体を見渡し女を見上げる。血だらけの自分の姿に、慣れてしまった死臭に、殺意を裏に隠した欲望まみれなの微笑みに、うまく出せない声を喉を震わせて空気に吐露する。
「…………ぇ」
「なに?」
「…………はぁーー、嫌だね」
「――――」
「どうして僕が責任を取らないといけないわけ?僕になんの罪がある?知るか」
頭を鷲掴みにされ顔面をナイフの柄で殴られる。鼻の骨が折れ鼻血が垂れる。それでも、少年は毅然ともしくは唾棄するように言い放つ。
「お前たちの薄汚い欲望なんかに屈するか。……ああそうだ。もう僕はお前たちに負けない。どれだけ殺そうと協力なんてしない。僕はもうこの命をどうするか決めてる。だから、精々、融通の利かない僕にイラついとけ。コアラなみの脳しかないオラウータンども」
「…………そう。なら精神が死ぬまで何度でも殺してあげるわ。それもまたかけがえのない研究であり未知ね。世界の征服の有効性と選択の先を解説してあげるわ」
そうして始まるのは拷問なんて温い殺人。惨忍に残酷に醜悪に少年は殺される。
恐らくこの世で一番酷い暴力の支配が始まった。
けれど、それでも少年は笑った。
「お前たちに僕らが負けるわけない。アバズレ」
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また、明日。