第7話 夜霧の力
青海夜海です。
夜霧の力の一端です。
新キャラみたいなのでます。
街の風景は昨日と同じだ。廃虚然とした終わった街並みだ。人ひとっ子いなし、見かける野良犬や猫、ネズミはどれも痩せこけている。腐敗、錆、血臭が汚れに淀む川のように空気は悪純を押し付ける。足元には死骸、屍、死体。どれも同じ意味で劣化や惨たらしさの優劣はある。
虚界人と僕たち現代人の激しい抗争が垣間見えた。
で、そんな終わってしまった代わり映えのない大地で、僕たちは並びたてられたマネキンのように固まっていた。
港の倉庫から旅出て半日。太陽は頂点から見下してくる蒼穹に薄い雲が張った晴れ空。風がない代わりに少し遠くから瓦礫を砕く、ドリル音みたいなのが轟震してくる。時折り銃声が聞こえて反射的に身体が跳ねるが、僕たちはそれらに構うほど気が気ではなかった。
僕たちの目の前には女の子がいた。年齢はそう変わらない少女。
瓦礫の山から逃げるように飛び出してきたルビーレッドの特徴的な巻き髪。スカーレットの瞳が一縷と同じように驚愕に見開く。時は止まっていた。そう思えるほどの静寂で僕たちは誰も動かなかった。
次第に僕とノルンが現れた少女と隣にいる少女を交互に見る。
ダブル赤髪少女はそれらに指を指して叫ぶ。
「「なんで、私がいるのよ⁉」」
一縷と瓜二つの少女がそこにはいた。服装だったり、身体の傷や持ち物は違うけれど容姿、外見、声音、口調、マルマルモリモリにはまるっきり同じだった。答えは簡単だ。
「あなた、まさか向こうの世界のあたし……?」
僕の隣にいる一縷がパラレルワールド出身なら、目の前の同一人物はこの世界の住人となる。現代一縷は額に手を当てて最悪とため息を吐いた。
「あたし、自分を殺す趣味はないのよね」
「それはお互い様よ。そもそも、この世界の〝私〟が今だに生きているほうが謎ね」
「そうかもしれないわね……。そして、現在進行形で答えが導かれるわ」
刹那、便宜上、イチル――の背後、十メートルほど後ろの襤褸ビルが人為的に倒壊した。ドリルの抉る音が耳をざわつかせ、銃声に混じって男共の声が怒気を孕んでやって来る。
「おいおい姉ちゃん!逃げんなやっ!」
「俺らの喧嘩吹っ掛けたのはオマエだぜ!」
「俺らが優しく仲間に入れてやるからよぉ」
「そうそう、そのお得意の胸で」
「おっぱいで」
「巨乳で」
「「「「「人質は返してやんよ!げらげらげげらげらげらララララララララァーーーー」」」」」
「「胸ばっかり言わないで!殺すわよッ!」」
反射行動なのだろう。脊髄反射だ。中枢神経すっとばっしてる。僕も自重しようと思う。殺されたらたまらない。
兎にも角にも、脊髄反射のお陰で男たちが「こっちから声がしたぞ」と蛮族の集団行動が四連装魚雷発射砲か体育の集団行動の虫かご状態でやって来る。全員言動からチンピラっぽいけど。
「っ!と、とにかく逃げるわよ!」
「これって、巻き添え?」
「ん。一縷お姉さん追われてるの。私たち、殺されるの」
「同じ〝私〟として傍迷惑ね」
「あたしの何が悪いって言うのよ!」
イチルの後を追って僕たちも逃げる。背後からは「三人、仲間がいやがったぜ!タイソウ」と野球部員の補欠みたいな奴に「隊長だァ!バカ野郎!」と、角刈りの背の高い男が拳骨をくらわしていた。野球漫画かよ。
瓦礫の合間、崩れたビルとビルの合間の隘路、右左へと二人一縷と前にノルン、僕と続く。どうやらイチルは正しくこの世界の住人らしく、「こっちよ」と迷いなく逃走する。地形や立地、路は覚えているみたいだ。
因みに言えば僕はまったくわかりません。はい。
だが、相手は野球部員と瓜二つの男集団だ。僕が女なら女の尻を追いかけ回す下衆にしか見えない。今ほど僕が女ならと思ったことはない。
「気持ちはわかるけど、ノルンの手前、それは犯罪だろ」
「あなた、私ならいくらでもセクハラしてもいいとか思ってないでしょうね?」
「セクハラじゃないさ。君にはそれだけ女性としても魅力があるってことだ」
「そ、それなら、まー……」
「はぁー敵のあたしがこんなにもチョロい女だなんて、最悪ね。情けないわ」
「どうして自分に侮辱されなければいけないのかしら……?それこそ最悪ね」
感性に違いはあるみたいで、同じ顔のそれも同じDNAをもつ同士の言い合いは見てるこっちからすれば形容難いマクチャンドラマを観賞しているみたいだ。
背後から銃弾が飛翔する。避けるなんて芸当はできず、ただただ前を走るのみ。
「あばばばばばば」と内心ガクガクしながら背後を振り返る。見える限り人数は九人。隊長の大男が最後尾から巨人兵みたいに追いかけてくる。なんか追いつかれたら喰われそうなんだけど。巨人の末柄ですか?
「ノルン!頼む!」
ノルンは「ん。わかったの」と頷き、闇の粒子と共に出現した漆黒の鎌を手に跳躍。振り抜いた鎌が崩壊寸前の建物を切断。崩れ倒れていく鉄と石工の山が路を防ぐが、投擲された爆弾が石の屍を粉砕した。
「その程度で俺様たちが止まると思わないことだな、愚図どもォ」
「隊長って口悪いな……ノルン!そこら一体崩して!」
「わかったの。やあぁーーっ!」
器物損壊罪で訴えられる、というか捕まる勢いでノルンは建造物を破壊切断崩壊する。クリエイターのみなさますいません。
しかし、建物の崩壊に巻き込まれる範囲外にて追跡してくる男たちに降りかかることはなく、精々足止めにしかならない。それも爆弾によって直ぐに路は確保されてしまい、数の利があるゆえに銃弾の到来は収まらない。
「あぶない!」
「わっ⁉」
一縷に手を引かれて間一髪で爆発より飛来した瓦礫を回避。
「あなた自身も気を付けなさい。私は身近な人に死なれるのは嫌よ」
「……君は案外にいい人みたいで、惚れるかも」
「節操のない人ね。はぁー……それよりも、どこか逃げ込めるとこはないのかしら?」
「頑丈な建物はほとんど占拠されているわ。下手にどこかへ入れば生き埋めにされて死ぬわよ」
「なら逃げるしかないのか?いや、この愛の逃避行は成し遂げねば!」
黙ってと一蹴されました。すいません。
「なにか策はないわけ?〝あたし〟なら何か考えていると思っているのだけれど……」
「私頼りは馬鹿なのと言いたいわ……。けれど、そうね。私たちは東京湾を中心に立国しているわ。私のように人が住める所を占拠しているのは一種の防波堤よ。物資の補給と緊急拠点……そんなところが散らばって置かれている理由ね」
「なら、東京湾から離れればいいわけね。……まあ、もうここがどこだかわからないのだけれど……」
「「ポンコツ!」」「なの!」
「うるさいわね!」
背後から銃弾の特急列車。イチルはポンコツだし僕は記憶がないわけだし、一縷は虚界人なわけだ。戦力になるノルンには、少々心は痛むけど前衛で戦ってもらわないと生き残れない。
後ろからパラリヤパラリヤァ~~と野球部員が声を出しながら殺しに迫ってきているし、万事休す。急須では弾丸じゃなくてお茶が飲みたいんだけど……。
死神のノルンと巨乳の一縷×2。僕は打開策を思考する。僕にできること。僕の力は死なないこと。つまり壁にはなれる。でも、それだけじゃ時間稼ぎにしかならない。僕の死なないのも無限かどうかはわからない。真面な戦力はノルンだけとみていい。……いや違う。僕はふと思い出す。意識の狭間で聴いた、『彼女』の言葉を。
――貴方にはとある『力』があるわ。それは人を不幸にする力。けれど、貴方次第で幸福をもたらすことのできる力よ。
――願いを叶えて――
「…………やってみるか」
なんとなく、だけど感覚はあった。そんな気はしていた。地下駐車場でおじさんに殺された時、僕は願った。
男二人に立ち向かった時、僕は思い描いていた。
ああそうか、そうだったのか。僕はなんとなく、僕は僕を知る。僕の不幸で幸福な『力』を。
決意を決めた。覚悟する。
「ノルン、路を完璧に塞ぐようにしてくれ」
「?それでなんとかなるの?」
「ああ、何とかしてみせる」
「…………ん。わかったの。私はお兄さんのお姉さんに助けてもらったの。お姉さんと約束したの。お兄さんを守るの。それに、お兄さんは私を信じてくれたの。だから、私はお兄さんのためになんでもやるの。だから、私を使ってくれていいの。苦しまなくていいの。これが私、なの――人を殺す道具なの」
「……君は道具じゃない、とは言え力強いこった。じゃあ頼む」
「ん!」
ノルンは再び跳躍し、借家の残骸、剥き出しになった執務室でバリケードを作る。
「くそっ!何しやがる!またかよ。厭きねーなぁ。お遊戯会は今度にしようぜ!」
ノルンに銃が向けられるが、放たれた銃弾を素早い身体つかいで回避し銃弾を捌く。
「化け物がァ⁉」
「まーいい。俺様が何度でも爆破してやるさァ!」
再び投擲される爆弾。そして――
「ちょっと⁉――まさかあなた――」
そんな一縷に、どうか悲しまないでと思いながら。
「死ぬのはやっぱ、怖いな」
バリケードのすぐ傍にいた僕は、爆発に巻き込まれて死んだ。
強烈な熱の濁流が、棘地獄さながらの貫通する痛みと痺れを引き起こし、感覚を抉り殺されその上から煉獄に浸すように奔流と爆熱、高温の重圧が襲い、僕はマグマに溺れ溶けていく夢を視ながら意識を失う。
そう、僕は死ぬ。僕の命は殺されるのだ。
だから願う。思い描く。拠り所に死に浸る。
――十秒後、もう一度爆発しろ……と。
その『奇跡』を見ていた一縷は信じられないと目を見開いた。でもそれ以上にそれは神秘だった。
朝焼けの淡い光が身体を纏い、それはやがて青く輝いては薄暮の光、そう表すに適する絶対の光が彼の命を鼓動させる。誰も認識できない時空と空間にて世界の彩は灰色から白色、青色と瞬き黄昏を終えて薄暮に満たし夜の星を見ては世界を取り戻す。
そうして『願い』は成就する。
彼の身体は大きく吹き飛ばされ、離れて待機していた〝一縷たち〟のところまで転がる。その身体は火傷だらけでも、焼死体でも、焼け焦げた肉と骨のあまりものでもなかった。
「あなた⁉なにして――」と、一縷の理解不能と心配、焦りの声は、直ぐに唖然となり理解不能を超越する。ノルンもまた、二度目の神秘に驚きは隠せなかった。
夜霧の身体は既に元に戻っていた。それはもう完全に元通りに。
「どういうこと……?え?はぁ?……あたしは、これって現実?」
イチルがたどたどしく口にする。
「死なないって……ほんとだったわけ?えっと……ちょっと待って。意味がわからないわ……これが彼の〝異能〟とでも言うの?――自己犠牲が……――っ」
信じられないと、額を抑える一縷。一縷は泣きそうになった。
神秘に忌避を抱いてしまうほど、有り得ない光景だった。
「…………生き返ったの。息、してるの」
既に呼吸を始めた夜霧にノルンは愛らしい眼をいっぱいに開いて凝視する。
刹那、十回の爆発が巻き起こった。
大火焔の唸り。投擲された爆弾が爆発したところで、二度ではない。三度でもない。十の爆発が連鎖した。
「ぎゃぁあああああああああああああ‼」
「なっんでぇええええええええええやぁぁぁ……」
「うえっ……あ、ぁ……ぁ、―――――――」
間髪入れずに突貫した男たちは、突如起こった爆発に呑まれ炎の濁流に地獄を味わい死に攫われていく。
「なんで、だ……俺様は、ひとつしか……」
「隊長!逃げましょう!巻き込まれます!」
呆然とする投擲者の隊長の腕を部下が引っ張って退避していく。
一縷たちにも何がなんだかわからない。けれど、今がチャンスだった。
「あなた彼をお願い!この道に覚えがあるから道案内するわ!」
「……っええわかったわ。彼をほっとおけないものね……。ノルン」
「ん。後ろは任せてなの」
イチルが先頭を走り、一縷が夜霧を背負い後を追う。その横をノルンがついて走る。後に、一縷が夜霧はわたしよりも軽い?と、殺意と触れる羞恥を覚えるがそれは違う話し。
ただ一つ、夜霧の死によって世界は奇跡を起こした。
それだけが事実として彼女たちの脚を動かせた。
ありがとうございました。
感想、いいね、レビュー等などよろしくお願いします。
明日はジブリ見に行くので、もしかしたら更新できないかもです。