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第5話 暗殺者

青海夜海です。

夜霧に変わり、暗殺者の話しです。

 

 およそ二年前、この星は異次元からやって来た人間によって侵略された。


 まるでSF映画を地上波ならぬ地上映で見ているかのような感覚で、空より時空の穴を開けて降り立った五艘(ごそう)がもたらした被害は戦争を想起させた。

 私たちこの星の人間たちは逃げた。限りなく対抗できる戦力も戦略家も物資もなにもなかった。あるのはせいぜい旧時代の代物を改造した戦車や軍用ヘリ、威嚇用の威力の低いミサイル等しか持ち合わせていなかった。というのも、この星……日本では他国に対して不戦条約を結び国際協定に乗り出していたからだ。戦争を二度としない、それが多くの人を喪い敗戦を得て選んだこの国の選択。別の言い方をすればアメリカやイギリスなどの最先端の国の傘下に服従したようなもの。実質実害はないが、日本は単国としては決して生きることは許されない。

 イギリスが協力を仰げば何がなんでも駆けつけなければならず、アメリカが賠償の肩代わりをしろと命じればアメリカの肩になって揉まなければならない。それが五年前までの日本という国の状勢だった。しかし、それはとある奇跡によって根本から覆った。


 最初の人間は汚染された河や腐敗した沼地を浄化する力を披露した。

 それは些細な〝異能〟だった。

 けれど、有り得ない力だった。

 その人間に続き、地方様々なところで同じような〝異能〟の証言が上がった。

 とある女は二の倍数でコピーする能力。家畜が一気に増えた。

 とある老人は病気の有無を判断できる視覚を得て数多の人間の診察をした。

 とある児童は一定時間、雲を退かす力を開花させ、環境労働省に雇われ梅雨の時期に世界に光を与えた。

 とある少女は人の魂を狩る力を得た。

 とある学生の男は勇者になった。

 とある情報屋は人の思考を読むことができるようになった。

 とある淑女は災害をもたらす力を得た。


 人類は進化を得た。人類は新たな可能性を手にした。人類は――日本人は世界に対抗できる唯一無二の存在を得た。まるで数多の神々の力を継承したような人間の誕生に、日本国全民は歓喜した。

 イギリスに従う日々は、イギリスが資源を懇願するようになった。アメリカに靴を舐めさせられる日々は、猫背で金魚の糞のように従僕させるようになった。

 世界は一変した。数少ない〝異能者〟の存在が世界に大打撃を与えた。


 それでも、そんな彼ら彼女らがいてもなお、未知の武力に圧倒的な勢力に同じ人間の形に勝てるわけはなかった。

 戦争が終わった世界で、私たちは戦う術を持ち合わせども使ったことなどなかったのだ。

 ノルンの言う、〝宇宙人〟――パラレルワールドより侵略してきた同郷の同胞。この世界は特別でもなんでもなかったのだ。


「だからと言って、殺されるのはごめんよ」


 私は闇に紛れ銃を構える一人の男の首をナイフで裂く。墳血すれば口を反対の手で押さえ音をかき消す。パンクしたタイヤのように力抜けて行く死体をわざと音をたてて地面に転がす。


「っ誰だァ……おい!誰か死んでやがるぞ!」

「だれよ!だれがいるのよ!」

「ちゅ、中央に集まって警戒しろぉぉおぉぉーー‼」


 一斉に中央へと集い互いの背中を守り合うパラレルワールド人……通称虚界人(きょかいじん)

 私たちには前衛的な武器を手に警戒する。それぞれの銃の形は様々で、銃にはそこまで詳しくないけれど、連射できるものと単発トリガーのものを見定めて一人の女性の視線が逸れた隙に直進。私は足音を殺して息も殺してついでに気配も殺し、その女性の首を掻っ切る。


「かっぁ……」


 喉に飴玉が詰まったみたいな空気の漏れが周波となり隣の男がこちらを向く。


「ヒロミっ!くそッ‼」


 男の照準がヒロミと呼ばれた女の辺りを索敵し、私は身体を屈ませ死角となる真下から男の顎下にナイフを突き立てる。喉を仕留めれば大抵は声が出ない。気管及び喉頭(こうとう)をナイフで塞ぎ空気を詰まらせ声帯の機能を潰す。それでもせり上がる血だまりが鼻の気道を通って空気と共に鼻から出血。ごぼっ……沼の底から沫が浮かび上がるような音が空気を歪ませる。


「キャァアアア⁉」

「撃てェえええええ⁉とにかく撃ちやがれぇえええ……ガぁばっぁあヴぁあああああ……ヴぇ」

「リーダーァァァァァァ⁉よ、よくもリーダーをカエルを鍋で煮ながら胡椒と山椒を喉の奥に突っ込んだような声を出させやがってッ!」

「ん。よくわからないの」


 そう言ってリーダーの無様な死に怒り狂っていた男を死の鎌が喉笛を裂く。

 男の背後、黒の大鎌を持った金髪の少女ノルンがいた。目元は髪に隠れて見えないが何も感じていない素朴な表情が伺え、「ぁあっあぁあああ……ヴヴヴヴヴヴ」と腰を抜かして後退る女は恐怖した。そんな女をキョトンと首を傾げて見下ろすノルンは「さようならなの」と、無慈悲に女の喉を横一閃に切り裂き、命を懇願する女は無慈悲に殺された。


「迎撃しなさい!私たちが殺されるなんてっ、あってはならないわ!」


 紺の軍服を着たまさに指揮官と思える女の号令が加わる。


 ここは東京湾海岸沿いの海角に並ぶ倉庫の一つ。貨物船へ輸送するための荷物を保管する複数ある倉庫の地下。岬に並ぶ八つの倉庫すべての立地を繋げた地下広間の奥にて、更に数十人を連れた女がやって来た。

 指揮官らしき女の号令に一斉射撃。乱れることのない従僕たちの攻撃に死体を盾に広間の左下の角に身を隠す。ノルンは人間とは思えない機動力で銃弾を捌き瓦礫の影に身を滑らせて防ぐ。


「厄介ね……それなりに大きなアジトだとはわかっていたけれど、まさか標的の死を利用した奇襲。彼女は厄介ね……何か意図を感じるわ」


 私たちの目的は暗殺。私たちの生活を脅かす〈虚界人〉を殺すこと。彼らが攻めて来たことによって今の時代は戦国時代そのもの。戦争は当たり前で生き残るためには倫理も道徳も尊重すら守っていられない。既にその域は超えている。


「…………敵の数は二十……伏兵がいると見て三十後半。銃はアサルトライフル。連射銃ね。私とノルンの機動力なら強行突破はできる。けれど、一筋縄でいかないはず。あの指揮官は何を考えている?違うわ、こちらの動向を見ている……」


 角から顔を覗かせれば撃たれるのは間違いない。私は胸ポケットからペンダント型の手鏡で戦況を確認する。

 負傷者を運びながらじわじわと詰めてきている。中央の障害物は一つもない。左右には上へ昇るための錆びた階段とボロボロのソファーやドラム缶、ローブなんかが転がっている。廃棄物を一か所に集めたような感じ。ノルンのいる右手には輸送途中だったのか、二メートルはある石像が雑に置かれており、階段手前と斜めに柱が二つ。中央より奥はこちら側と同じ構造であり、消火栓や消火器、天上を支える柱が左右に一つずつ。作ったのか机やタンスなどで塹壕(ざんごう)の物まねが鬱陶しい。どうしようか考えていると指揮官の女が声を張り上げた。


「粛々と投降しなさい。これ以上の抵抗は無意味よ。そして従属する限りにはあなたたちの存在を奪ないと誓うわ。これ以上の被害は何も生まないわ」

「ただの詭弁ね。従属……?隷属の間違えでしょ。奴隷は貴女たちの玩具そのもの。その時、私たちは人間ではなくただの物に成り下がる。それが死んでいることと何か違いがあると思っているわけ?救いのあるような言い分を提唱する割には頭の悪い文章よ。傲慢……いえ、武力に驕る脳のない畜生ね貴女」

「――っっ‼誰のせいで多くの人が亡くなったと……ッ‼」

「貴女たちのせいよ。私たちは命を守っているだけに過ぎないわ」

「…………そうね。それが世界なのね。……これが運命というのなら、仕方ないわ。本当に滑稽な悲劇よ。……はぁー撃ちなさい!……撃ってっ‼」

「イエッサー!マイマム!」


 指揮官の女の指示に総勢二十人近くの横一列斜め二列体で迫って来る。私はこちらに視線を向けるノルンに私が先に行くと、自分の胸を叩いて合図してからわかるように瞼を閉じて開く。ノルンは「ん」と頷いた。


「ふぅー……よし」


 私はナイフを斜め直線に、罅が刻まれた石像へと投擲する。投擲したナイフは見事罅の中心へと突き刺さり石像は亀裂を深め大きな音を立てながら崩壊して周囲の石像も巻き込んでドミノ倒しのように騒音を泡立たせる。


「何事だぁ⁉」

「ナイフです。ナイフが石像の罅に」

「前方左――へ?」


 もちろん、ナイフを投擲したので私の潜伏場所はバレる。一瞬の隙を付けたらそれでいい。一斉に石像の方へと視線、もしくは意識を向けたその隙に私は飛び出した。


「う、撃てェえええええ!」

「当たんねー⁉」

「なんで当たらないのよ!」

「――――っ!」

「接近を防いでっ!」


 私は全速力で駆ける。弾丸の照準を読み切りこの鍛え上げられた身体能力で大きく動きながら銃弾を回避していく。簡単なことだ。照準が定める前に動けばいい。トリガーが引かれる直前に照準の先にいなければいい。それだけで銃弾は回避できる。

 二十人一斉の射撃は、皆ひな鳥のように私の位置を追いかけることしかしない。私の行動を先回りしようとする者はいない。だから、私は敵中へと前進し、針の(むしろ)に成りえる距離。相手の焦燥と馬鹿めと侮る笑み。捕えたと嘲笑う者どもを瞳の中に、私は左手に持つそれからストッパーを抜いて右手でホースの先端を彼らに向けた。


「――っ⁉みんな避けてぇ‼」

「ノルン」


 指揮官の逸早い判断状況の呼吸と彼女を呼ぶ私の声が重なる。そして同時に発射。消火器から窒素などの薬剤なる中性強化液が一気に充満した。


「ゴホゴホ……っ?な、なんだ――がぁ……」

「白い煙?し、沁みるんですけどぉぉぉぉ~~~」

「バイバイなの」

「え?――っぅ……」

「義雄!一花!どこにいる!」

「誰だ!銃を打つなぁ⁉」

「し、しかし!ど、どこに奴らが……ぁ、アアアアアアアア⁉」

「ちょっ、ちょっと待ってよぉ⁉……やめてよねぉ!……っ……し、死にたくないわ!」

「お前ら落ち着け!それでも巨乳マムの騎士か!」

「巨乳とか揉まないと意味ないじゃんか⁉」

「女としては嫉妬するだけよ!」

「「巨乳なら巨乳らしくなんとかしろよ‼」」

「なんで私が貶されているのよ――っ‼あと、巨乳は関係ないわ‼それよりも、わたしの下に集まりなさい!体勢を整えるわよ!」

「「イエスマイマム!」」


 やがて霧のような消火器の消火剤は晴れていく。その戦場を見て指揮官の女は驚愕した。

 死屍累々、満身創痍の骸。二十人以上いた勢力は、たったの三人だけが指揮官の下へ辿り着けた。巨乳を愛した男と巨乳を無意味とした男と女。

 戦場に一人、死屍累々の中立ち尽くすのは金髪の少女ただ一人。

 とある少年が見ればあの人を、私に告白して殺された日を想起するのだと思う。

 墳血の溜まりに浮かぶリアルな死体と、もともと人間ではなく人形だったのではと思うほど外傷もなく命絶えている不明瞭な死体。金髪の少女はそんな中、静かに指揮官たちを見ながら立ち尽くす。

 指揮官の女は唖然と口を開きながら、はっと気づく。


「あの黒髪の女は――」


 私は背後からナイフを振り下ろす。巨乳愛の男の首の中心、脊髄を目掛けて突き刺し引き抜く。うっ、と詰まった声を漏らして倒れていく男に振り向いた巨乳無意味男と女の静脈を裂いて沈黙させた。


「なっ⁉……やられたっ⁉」


 指揮官の女は背後から現れた私に驚いて、いや、唯一の仲間を殺された事実に腰を抜かしてへたり込んだ。


「まっままっまっままって、ててっててててってってって」

「なんの音楽?」

「ち、ちちちっちっちっちぃぃぃぃがうわよぉぉぉおぉおおおお~~~⁉」

「?まーいいです。貴女の味方はもういない?」

「っ!」


 女はこちらを憎むような眼差しを今なお私たちへ向けていた。まるで――お前たちが悪い――と責めているかのように。私は少しだけ億尾しそうになって改めた。

 私の動揺が憐みに見えたのか。


「はっ、さっさと殺しなさいよ。もともとが生きている意味も価値も意義も何もないのよ……。私の不甲斐なさでみんなを死なせたわ。なら、私は彼らの分も死ぬべきね。つまり、三十回ほど殺してくれていいわ」

「……変態なの。この人ヤバいの⁉ネガティブすぎるの⁉境地が神の諦観なの⁉」

「憐れなものね。今までの人生すべて、今日誰よりも惨たらしく死ぬためにあったのね。いいわ好きなようにしなさい。凌辱でもギロチンでも解体ショーでもいいわ……私は遂に死をもって報われる、ということね。案外に悪くない最後よ、ありがとう」

「なんか感謝されたけど素直に喜べない……!というか、ものすごく不快な解釈されていて、困るわ。そもそも人は一度しか死なないんだけど……」

「……当り前よ。なに冗談に本気になってるのよ。殺したいのなら殺しなさい」


 この人怖い⁉と二人で思いながらなんか開き直ってる彼女を私はどうしようか考える。

 このままいつも通り殺してもいいけれど、三十人以上も従えていた指揮官だ。利用できるかもしれない。でも、生かしておくことで裏切られる可能性も否めない。リスクを視野に入れても利益を得るべきか、保身に置くべきか。


「ノルンは生かしておくほうがいいと思う?」

「ん。お姉さんが決めたなら私は従うの。私はお姉さんたちを守るの」


 どこまで見通してそう言っているのかわからないけれど、命乞いはどこへ、憮然と殺すなら殺しなさいと冷たい眼の巨乳女。……そう巨乳だ。


「…………」

「な、なにかしら?」

「…………」

「っ⁉無言で私の胸を触らないでっ!セクハラで訴えるわよ!」

「っ⁉でかいわ!」「すごいの……⁉人の領域を超えた柔らかさと張りなの!」

「なんでみんな私の胸の感想を言うのよっ!あと、人の領域ってなによ……はぁーー」

「罪ね。殺したほうが――」

「胸で私の生死を定めないでくれる⁉惨めで死にそうよ‼」


 指揮官巨乳女――名乗られた名は一縷いちる。まさに一縷の可能性に生き残った女だ。


 一応逃亡されたり仲間を呼ばれたりされたら困るので縄でぐるぐる巻きにしておく。その際に胸の大きさが強調されて少し殺しそうになったのはまた別の話しだ。言っておくけれど、私の胸は普通です。気にしてなんてない……ええ。

 ノルンと武器の確保と死体を一室に詰め込んで地下倉庫の奥の一室、一縷が過ごしていたらしい改装された日本で言う1LDKほどの一室で今日は眠ることにする。

 ノルンと見張りを交代にシャワーを浴びる。先にシャワーを浴びながら私は少し考え事を纏める。


「生き残るためには虚界人を全員殺さないといけない。もしくはあの日、宣戦布告したリーダーを倒さないと……誰も救えない」


 ジャーと私の声を攫うように、水滴が私を撃つ。


「そのためにはまずこの呪いを解かないといけない。けれど、もしも〝噂〟が本当なら……どうすることが正しい?……貴方はどうすればいいと思う?」


 自分の胸の内に問えども返事は返ってこない。彼は今、私の中で眠っている。


 あの時、私は彼を〝虚界人〟と思って殺した。いえ、違う。私に告白したのはきっと何かの策略だと思ったから、私を罠に嵌めるつもりだと思ったから殺した。それが私の罪というのなら、この呪いは彼の『恨み』なのだろう。


「はやく目覚めてさせるべきね。貴方は知るべきなのよ。貴方のその〝異能〟を――」


 届かない私の声。潰される雨粒の重圧。消し去る湯気の夢。

 私の身体は汚れている。人を殺し過ぎた。倫理にも道徳にも背き過ぎた。数えきれないほどの血と罪を浴びてきた。そうやって生きて来た。それしか生きる術を知らなかった。だから間違いなのだと、私が一番理解している。見た目にしか価値のない女性の部分は……その本性を見てみんなが口を揃えてこう言う――『暗殺者』と。


「ええそうよ。私は〝暗殺者〟。そう、育てられてきたのだから」


 私は汚れている。私は罪でいっぱいだ。そしてこれからも罪の上で生きていく。その生き方を嫌っていても、そうしか生きられないのだから。


「私を好きだなんて、間違っているわ……。そうよ、私が好きになるのも間違っているわ」


 死んでも死なない貴方へ。貴方のそれは間違いです。

 だから、私は何度でも貴方を殺します。

 この罪へ贖罪するために、自分を殺すために。



ありがとうございました。

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