第4話 ノルン
青海夜海です。
よろしくお願いします。
銃撃戦は過熱していた。白く清潔なビル内は二階天井まで筒抜け状態であり、一階中央から二階部分まで一つの大きな柱が供えられ、二階の対角線上を繋ぐ渡り廊下の支えとなっていた。四方四つに柱も突き出したテラス席を支える柱として機能しており、一階から見上げればさも芸術建築の一つにすら見える。
常時なら「わぁーすげーすごーやばーぱねーマジ卍」とか言ってるところだ。うん。馬鹿っぽい。
四角くくり抜かれた突き抜けのビル内にて、僕とノルンは四方からの銃弾の嵐を南西の柱の影に隠れてやり過ぎしていた。というのも、ノルンのお陰で入口の門兵を撃破できたので、いざダンジョンへと入った瞬間、弾丸の嵐のプレゼント。どうせならアイドルの嵐がよかった。慌てて身を隠せたが、あの不思議な武器には弾切れがないのか、アイドルコンサートのコールくらいに止みそうにない。
「それでどうする?敵国のマフィアのアジトに間違えて『やっほ~!ご無沙汰っス!今日はいい天気っすね!』と手を上げてわが物知り顔で入室したくらいに歓迎されてるけど」
「ん。それは歓迎されてないの。でも問題ないの。私がやっつけるの」
「中学生とは思えない発言だ」
「⁉どうして中学生とわかったの⁉」
「?見たまんまだけど……」
そう素直に言うとぷくーと頬を膨らませてどうも納得いかなかったみたいだ。むっと僕を睨んでくるのは怖い。ああ、饅頭が怖いくらいに怖い。
ノルンは自分の身長くらいある鎌、その柄を両手で抱えて立ち上がる。
「私、十五なの。もう高校生になるの。子供扱い、嫌なの」
「べ、別に……子供扱いはしてないんだけど……」
「私の頭、撫でてたの」
「その節は本当に、申し訳ございませんでした!」
僕が渾身の土下座を披露していると、「いちゃつくなぁ!」と側面から発砲されたが、ノルンの振り上げた鎌が銃弾を弾き飛ばす。
あれだ。悪役はいちいち攻撃のタイピングを教えてくれるのはやっぱりセオリーらしい。さすがはザ・悪役。あといちゃついてない……。
「鬱陶しいの。邪魔なの!」
語気は荒くないが滲み出る雰囲気が怒気に似た不満を発し、子供扱いはされたくないらしいノルンは腰を少し落とす。
「行ってくるの。お兄さんはその銃で適当に撃つの」
「ノルンがいない所に撃っとくわ」
「ん。お兄さんは私が守るの」
そう言ってノルンは戦場ど真ん中へと飛び出した。中央の柱を足場に上空向けて蹴り二階へと跳躍する。四方八方からの一斉射撃の照準が定まらない速さ一寸の狂いも迷いもない行動が銃弾を後尾に付けさせる。
身動きの取れない上空。眼前から「撃てェ!この位置なら外さねーよ!」と息巻いたチンピラ一世の部下三匹の銃弾を、またも漆黒の鎌が闇に呑み込む。上段より振り下ろした一撃から斜め下段、身体を回転させて回避し、勢いを殺さずに斜め上段斬り。まるでバトル漫画の戦闘描写を見ているかのようだ。
ノルンは二階手摺に着地し、「うぁっぁああああああ」と腰を抜かすチンピラ一世を狩る。灯火のような光が波に浚われる砂のように消えていく。本人曰く『魂』を狩っているらしいので、あれが魂なんだろう。
「と、僕もやりますか――いけ!」
人生二度目の発砲は、思っていたよりも周囲の音に掻き消されて小さく響き、それでも狙い定めた標的の僅か左下に着弾。ノルンの背中を狙おうとしている連中めがけて片っ端から発砲する。
「死ね死ね死ね死ね死ね死んでください!」
「呪い⁉ヤベー奴いんぞ!」
「のろい人形だ!死神が連れてるジャッキーちゃんだ!」
「それを言うならアナベル人形だろ!」
「いや、どっちも違うから。あと、人形じゃないし……」
僕がどう見えたら人形に見えるんだろうか。いや待て、そう言えば僕は僕の容姿を昨日から確認していない。もしかしたら顔が人形だったりするのだろうか?はっ!だから『彼女』にフラれた!ヤバい。今すぐ整形しないと!
「ぶつぶつ呟きながら銃撃ってきやがる!」
「ヤベー。マジで人形に呪われてやがる!」
「呪い大好き!キュン」
ぞわぞわ。え、なに?僕、今誰かに呪われた?
視線を仰げば一人、恋する乙女のような筋肉質で脳まで筋肉で埋まってそうなゴリラがウインクしてきた、僕は今日一番のスナイパー然として射撃を放った。銃弾は吸い込まれるように筋肉乙女の額を打ち抜き、ついでにハートも粉々に砕いて殺した。
「ふぅー案外にできるのでは」
汗を拭う。銃撃は一瞬制止した世界で野郎どもが一斉に慟哭のような叫び声が猛った。
「「「リぃぃぃぃダァアアアアアアアあああ‼」」」
「あの人リーダーだったの⁉」
嘆き悲しみ叫喚する野郎どもは次に僕一人をねめつける。……あれ?こってまさかのバッドエンド?規定ルートすっ飛ばして攻略しようとして、逆に裏バッドに突入したやつ?
確かLGBTはとあるラボにおいて十一人に一人で総合研究所では十人に一人、日本の労働が組合った総合の連合の会ではよく知る十三人に一人らしく、ざっと見る限り野郎どもは二十人くらいいるから多くて二人はいると見て、でも恋は盲目だとか熱病だとか知的な詩人が言っているから、河原で殴り合いじゃなてくキスしていてもおかしくない訳で、恋は熱病ならウイルスがあって感染するからLGBTになる可能性もあるわけで、そもそもその理念を大切にしている集団かもしれなくて、更には宇宙人の世界ではそれが普通なのかもしれないわけで――――と、要らないことばかり考えてしまうのは、内心怖がっている今の僕です。はい。まるで愛しのダーリンが殺されたマムみたいに憎悪の殺意が僕に一斉に向けられて。
「死ねぇえええええええええええええええッッ‼」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオ‼――ギャァアアアアアア⁉」
鬨声の中、悲惨に衝突したみたいな絶叫が手元を狂わし、野郎どもの視線は過剰に仲間の方へと向いた。死神の鎌が魂を狩る。
「ん。さすがなの。やっぱりお兄さんたちはすごいの」
「こ、小娘‼貴様ァオレの彼氏になにを!」
「ん。お兄さんの頑張り、私、報うの!」
「貴様ァ――殺すゥ‼」
一人の男が彼氏を殺されたことによって激怒。僕などそっちのけで至近距離からライフル銃を乱射。ノルンは兎のような身軽なフットワークで銃撃を掻い潜り、彼女男から離れ四角く園取る二階廊下を駆け、「先輩の仇ィィィ!」と吠える男たちの銃弾を真正面から回避、迎撃して男たちの中を走り抜ける。
「なっ⁉」
「どういう――」
意味がわからないと叫ぶ男どもが次に発したのは悲鳴。痛哭と言ってもよかった。彼女男の追跡乱射がノルンの後を追って男どもを襲撃したのだ。
「なっ⁉お前たち!――っよくも貴様やってくれなたぁ‼」
「いや、君のせいでしょ」思わずツッコンでしまった。
彼女男が「きぃっ」と、ねめつけた先、対角線上に繋がる中央のバツ印渡り廊下を直進してきたノルンがいた。彼女男の意識を逸らした隙に一気に距離を詰めた。
「距離を詰めた?距離をつめて不利なのは貴様も同じだろぉおおおおおおお!」
彼女男は再び真正面、鎌を持って殺しに来る金髪少女へとライフル銃を狙い突けて。
「ダーリンの恨みダァアアアアアアアッ‼」
ダーリンの怒りの涙がノルンへと放たれ。僕は思わず叫んでしまった。
「ノルン!」
僕らしくないと思った。僕にとってノルンは今日出会っただけの、ちょっと利用できるような女の子程度だと思っていた。だけど違った。僕はどうやらノルンに死んでほしくないみたいだった。
もともとの僕がどういった人間かはわからない。それでも、この気持ちが嘘だとは思えなかった。本能的なのかもわからない。理屈とかもたぶんつけられないし、論文にしたら『心が叫び出した』としか書けそうにない。
まー僕はきっと似合わないことをした。たぶん僕らしくないこと。だけど、僕の瞳にはもうノルンの姿しか映っていない。ノルンが少し嬉しそうに口元を緩めた気がしたのは……僕の欲望かもしれない。
「ん」
ノルンは跳躍した。その銃弾が放たれる直前に大きく前方上へと跳躍。唐突に姿が消えた存在に彼女男は驚愕し、ノルンの居場所へ無理矢理銃を向けようと身体を逸らすが、発砲の反動が思うように銃を移動できず、そして――
「その魂、もらうの。バイバイなの」
目と鼻の先、見目麗しい少女は金色の月さえ裂くような綺麗な一閃を持ってして、彼女男の魂を狩り獲った。
彼の死にチンピラ二世三世四世五世諸々は沈黙を強制させられ、怒りや悲しみよりもなお強く深く忌避、畏怖の眼差しがノルンへ突き刺す。
ノルンは少し悲しんだ。ノルンはだけど鎌を手放さない。ノルンの生き方はそこにしかない。ノルンは名前を呼んでくれた人を守る。ノルンは言う。
「終わりにするの。私、守るの」
宇宙人すべての人間の魂を狩り終えたノルンはもともと襤褸な外套とロングスカートを更に穴だらけにして僕の下へ帰って来た。
「……おかえり」
「――……ただいま、なの」
ノルンは見逃すくらい小さく笑みを浮かべた。僕はどうやら、彼女に一目惚れをしていたみたいだ。それは恋だとか愛だとかそういうものじゃない。僕はノルンに死んでほしくないと思うし、傷ついてほしくないと思った。何よりも十五歳のノルンが本来浮かべるはずの笑みを浮かべてほしいと、僕はそう切に願ってしまった。
死神の少女に、年相応の笑顔と幸せを。妹のような少女に戦わない日々を。
「すごかったよノルン。漫画の主人公みたいだった」
「ん。私はあまり好きじゃないの。この力は命を簡単に殺すの。私は殺人鬼なの」
「…………」
「でも、お兄さんを、私を助けてくれたあなたを守れてよかったの。お兄さんは私を怖がらないでいてくれたの。今もそうなの。だから、私はこの力をこれからも使うの」
「ああ。僕も頑張って君の力になれるように、君を少しでも助けられるように頑張る。だから、その……もう少しだけ、僕と一緒にいてくれないか?」
「…………」
「えっと……ほら。もう一人の僕だっけ?きっとそいつもそう願ってる。そいつが僕かどうかは知らないけど、何となく君といると僕の知らないこの胸の辺りが温かい気がする。確証とか証拠とかないけど、まーそれは僕が僕じゃなくなった時、君を助けた僕になった時に訊いてみてくれ」
「ん……わかったの。私も、お兄さんと、あなたともう少しずっと一緒にいたいの。きっと迷惑かけるの。私は〝死神〟で不幸なの。みんな私を殺そうとするかもなの」
「別にいいさ。迷惑なら記憶もなくて力もなくて、おまけに夜は意識失うし、僕の知らない僕になる時点で僕の方が現在進行形で迷惑かけてる。だからまーお互い様……にしたら僕のほうが得になるんだけど、その借りはいつか返すから今はそれでいいか?」
僕は僕が回りくどい人間だと思う。もっと素直な気持ち簡単な言葉でいくらでも答えられるのに、こんな言い方をしないと伝わっている気がしない。そもそも伝わった気がするだけかもしれない。それでも、きっと伝えることのできた想いにノルンは小さく頷いた。
「ん。それでいいの。お兄さんは優しい人なの」
彼女の微笑みをいつか絶えない未来が来ることを、僕は切に願う。
一目惚れした少女。彼女に抱いたのはそんな切実な想いだった。
夜が来た。
世界中の時計は電池切れとか壊れたりとかでほとんど動かない。もちろん、ノルンたちが強奪したビルも同じだ。ビクとも動かない丸時計は短針が十八時で止まっている。けれどくしくも、その時間は逢魔が時より魔物を連れ込む時間帯であり、そして夜の始まりだった。
ノルンは隣で意識を落した少年を見る。
男たちが使っていたと思われる一室の広いオフィス。虫に食われて穴が開き、砂埃で積もった元は高そうな椅子に座ってもう二度と眼を覚まさないのではと思うほどぐっすりしているお兄さん。ノルンを助けてくれて必要にしてくれた私が守る人。
ノルンはその時を呆然と昨日のことを思い出しながら待っていると、お兄さんの身体から微光が放たれ始めた。
最初は焚火をするように、次第に星が弾ける姿を幻想するように眩く光を放ち、光の粒子が幾何学的な動きでお兄さんの回りを周り始める。そして、光はゆっくりと収まっていき、オフィス内を照らしていた光は儚く散り逝く。
「…………」
ノルンは僅か……いや、大いに驚いた。話に聞いていたとは言え、実際に見ればもっと驚くもの。そこには確かにお兄さんが眠っていたはずだった。けれど、光に包まれたお兄さんはどこにもおらず、同じ場所で同じ体勢で目を瞑る一人の女性が顕在した。
それはノルンを助けてくれた『お姉さん』だった。
お姉さんはゆっくりと瞼を開き、ノルンを見る。怜悧な空色の瞳にノルンは少しだけ委縮する。そんなノルンを見て、彼女は嗚呼、と立ち上がりノルンを抱擁した。
お尻まであるサラサラの黒髪が頬を撫でる。全身にお姉さんの温もりが伝わる。ノルンは激しく泣き出しそうになった。
「――貴女に逢えて嬉しい」
お姉さんはノルンと同じであまり抑揚のない声音ではっきりとそう言った。ううん違った。抑揚がないわけじゃなかった。お姉さんは安堵しているから抑揚がなかったみたいだった。ノルンはもどかしく抱擁を返す。自分はお姉さんにとって妹のような存在なんだと思っている。
そして同じ〝異能者〟だと共感していた。解放したお姉さんは訊ねる。
「どうだった?」
「……ん。優しいひとだったの。少し変な人だったけど、私を必要にしてくれたの」
「そう、私は認めないけれど、私たちの味方にはなりそうね」
「ん。お兄さんも〝異能者〟なの。死んでも生き返ったの」
それを聴いたお姉さんは「そう」と唇に人差し指の先で触れ思考に浸る。
「他に気づいたことはない」
「~~~ん。あったの。お兄さんが撃たれて死んだの。でも、お兄さんの持ってた拳銃が勝手に発砲したの。その弾はお兄さんを殺した宇宙人の心臓を貫いたの。不思議だったの」
「…………噂は本当みたいね」
「?」
ノルンにはわからない話しだ。でも、お姉さんには目的がある。ノルンはお姉さんにこの命を助けられた。だから、ノルンがわからないことでも、ノルンはお姉さんに付いていくのだ。
そして……彼の〝異能〟に好奇を抱いた。
お姉さんはノルンを見てから夜の空を吹き抜けの窓から見上げ。
「さあ、暗殺の時間よ」
ノルンと私は姿を消した。
ありがとうございました。
感想、いいね等よろしくお願いします。