第29話 それは選んだ、そんな世界
青海夜海です。
最終話です。
彼の選択した日々をどうか。
「兄さん!はやく!遅刻するよ!」
妹の急ぎたてる声に「はいはい」とあくび神を噛み殺しながら玄関で靴を履き替える。
妹と一緒に「「いってきまーす」」と家を出る。背後から「いってらっしゃい」と、母親の声が聴こえた。平和だ。
うだるような暑さにはほど遠い肌に優しい温もりが枯落ち葉のように積もり出す春の陽気。冬が忘れないで、ここにいると告げるように撫でる涼しい風が心に平穏をもたらす。
天気は快晴。雲一つないから青天。それはどこかテレビで見た真っ青な海に似ていて、僕は無性に海に行きたくなったりする。
「海行きたい」
「なに急に?兄さんそんなに学校嫌なの?」
「や、そういうわけじゃないよ。そんな哀れむような眼差しを向けないでね。兄の学校生活勝手に想像してぼっちとか思ってない?大丈夫?」
「そ、そんなこと思ってないよ! ……兄さんの方が大丈夫?」
「僕はいつも通りだよ」
「そうだね。いつも通り変人だね」
「おい」
実の妹ながら辛辣だ。兄をどういう目で見ているのか。言っておくけど僕はぼっちじゃないし虐められてないし、罰ゲームで嘘の告白も舞い上がったりしてないからね。ほんとだよ。
灰色の肩下までの髪の藍色の瞳は男女の違いあれ鏡で見れば僕と妹はよく似ているらしい。つまり僕は美形ということだ。故に虐められてなどいない。断じてぼっちではない!
「ま、兄さんにはわたしがいるわけだし……もーしょうがないからずっと一緒にいてあげるよ」
「あれ?信用皆無?」
「もー兄さんはわたしのこと好きすぎだから」
「そんなツンデレみたく言われても……あと、僕がシスコンぽくなってるけどその発言はブラコンだと思うんだけど?」
「も、もちろん……しょうがいないだけじゃなくて、そのわたしも兄さんのこと……す、す……ごにょごにょ」
「戻ってきてー」
妹の夕霧は今日も今日として平常運転だ。ちょっとブラコンがすぎると思うんだけど。ま、妹は世界の宝ものだから全力で僕はその愛を受け止めるさ!
少女よ大志を抱け!
「で、それってひとり?」
急に問われなんのことと首を傾げる僕に「言ってたじゃない。うーみ」と顔を近づけてきた。
ダメだよ、他の男子に不用意に近寄ったらダメだからね。お兄ちゃん許さないんだから。
僕のくだらない兄ムーブはどうでもよく、軌道修正された会話に返答する。
「たぶん?」
「じゃあ、わたしも行く!」
夕霧は食い気味に眼をキラキラさせて僕は「あー」と戸惑う。別に本気じゃなかったから、そのキラキラは夕霧の好きなアイドルのライブのチケットを僕が当選した時の眼差しに似ていて「うそうそ冗談さ。あははは」とか言えない。
夕霧はそんなに海に行きたいのか。
「……まあ、いつかな」
濁す僕にむーと頬を膨らませ。
「わたしは今日でもいいよ」
「調子に乗るな。今日は学校だし、そもそも電車賃がない」
「うぅ~別に一回くらいサボってもいいじゃない。もー兄さんのケチ」
そっぽ向かれても兄としては妹に不良的な道には歩んでほしくないわけで、心は痛いが死にそうだが今すぐ海に連れていってやりたいが、ここは心を鬼に。
代わりに違う話題を振る。
「学校はどうだ? 新しいクラスには慣れたか?」
一ヶ月前の四月の桜時に中学三年生になった夕霧は「まーね」と小さく微笑んだ。
膨れ溜まった不機嫌は風船のように空に飛んでいっていた。けど、すぐに今度は困ったような少し落ち込む表情を見せる。
「でも、二年生の冬に転校してきた子がいるんだけど、その子と今年も同じクラスでわたし仲良くしたいんだけど……」
そう一度口を閉ざした夕霧は話しを待つ僕にゆっくりと語りだす。
「その、あまり仲良くできてなくて、というのもね。あまり誰かと関わらないタイプの子なの。最初はみんな、あっ、その子金髪でたぶん外国人の血があるんだと思うんだけど、でみんな興味があって話しかけてたの。でも、冷たい態度っていうのか、関わりたくない、必要ないみたいな態度を取られて、それで今年もクラスで浮いてて……」
それはよくいる人種だ。転校生や外国人は関係なく、人と関わりたくない、一人でいたいと思う人はいる。色とりどりのパンジーに混じったビオラみたいで、一際小さいのに寒さに強くて耐えることのできる花。そんなビオラみたいな子なんだろう。
あるいは関わり方のわからないかアンズのような内気な子か。
「夕霧はその子と仲良くしたいのか?」
「うん。仲良くしたい、っていうかなりたい!友達になりたい!」
スミレのようなあどけなくも誠実な夕霧の揺るぎない心に僕は眩しいと眼を細めてしまう。
僕に過保護で重症なブラコン気味な夕霧だけど、けど誠実で優しい子だ。
僕は素直に君の人生が豊かに幸せであることを願う。
そう、だから兄として妹の差し伸ばされた手は掴まないとだな。
笛で夏を呼び寄せるみたいに空高くをスズメが飛んでいく。大気にその身を委ねどこか僕らが知らないところへ。
「ならこう言うしかない。〝友達になってください〟って」
夕霧は僕の顔を見上げる。
「……それで、いけると思う?」
不安気な顔に僕はああと頷いてやる、ことはできないけど夕霧の頭を撫でる。
「さあー。でも、その子と仲良くしたいならちゃんと言葉にして時間はかかっても続けるしかないと思う。そうやって人は関係を育んでいく、仮初よりずっと良い」
夕霧は眼を大きく開いて平原を見渡すシカのようにゆっくりと時間を使って。
「うん。わたし頑張ってみるよ。うまくいくかわからないけど、ちゃんと言葉にしてみる」
「ああ、頑張れ」
「うん!」
力強く頷いた夕霧。そうやって夕霧の世界は広がっていくことを、僕は兄として嬉しく思った。
わたしは「よし」と気合を入れて教室の後ろドアを開く。教室に入るとその子はもう席についていて、わたしは更に緊張する。
友達にあいさつを返しながらその子の前の席に着く。
窓際の前から三列目がわたしでその子はわたしの後ろ。ちらりと窺う。絹のようなきめ細やかで美しい金髪に小柄な体型。思わず見惚れてしまいそうなその子はふと視線を上げた。
びくっとするわたしの目と金木犀の何を考えているのかイマイチわからないその眼がぶつかる。
吸い込まれそうな美しい瞳にわたしは気づいたらそう叫んでいた。
「わたしとっ友達になってください!」
響き渡った告白にしーんとする教室内。わたしは咄嗟に瞑ってしまった目をゆっくりと開いて。
パチパチと瞬きをするその子――ノルンは首を傾けて。
「友達?」
「う、うん。友達」
「それって、どうやったらなれるの?」
「えっと……一緒に楽しく過ごす?とかかな」
友達の定義なんて兄さんから習ってない。なんとかこんな感じじゃないというのを言葉にしてみる。たぶん、わたしはそう思っていることにノルンは数秒だけ沈黙してからわたしの瞳の奥を覗くように。
「私、よくわからないの。友達とかみんなとどう関わればいいのかとか、わからないの」
「そ、そうなんだ」
「ん。だから教えてほしいの。その、友達になりたいの」
「――うん‼ 友達! 今日からわたしたち友達だよ!」
嬉しかった。傍から見たら少し違うのかもしれないけど、でも彼女から友達になりたとい言ってくれて本当に嬉しかった。
わたしは嬉しさのあまりに彼女の手をぎゅっと握って。
「ノルン! よろしくね!」
あなたはほんの少しだけ頬を緩めてくれた。
「ん。よろしくなの」
*
夕霧と別れて僕は自分の学校に向かう。ガラクタの一つみたいに同じ制服集団に混じり靴箱へ。今年から高校二年生となった新しい靴箱にどこだっけとキョロキョロする。
「あれないな? もしかして進級してないとか? 冗談きついて。先生仕事しろよ」
見つからなくて愚痴っていると「ここだよ」と満開の桜が微笑むような声音が左耳に沁み響いた。
ピンクの紐リボンで括った胡桃色のポニーテールが揺れ、覗き込むような姿勢から大きな青い瞳の彼女は「おはよう」と言った。
僕は一ヶ月経って靴箱を碌に覚えていなかったことが急に恥ずかしくなり、押さない走らない死なない戻らないのおはしもを守り、平静を繕う。
喋らないとか無理だから。
ごほんごほん。
「あ、ああそこなんだー。ほんとだー。僕の番号だー。……ありがとう。あとおはよう瞳海」
「うん!おはよう」
満面の笑みでもう一度あいつさつしてくれた瞳海は下から三番目の靴箱から上履きを取り出して履き替える。僕も教えてもらった瞳海の靴箱隣斜め上の靴箱から上履きを取り出し履き替え、ローファーを仕舞う。横を見れば瞳海が僕のことを待ってた。
「……おはよう?」
「それさっきも言ったよ」
くすっと笑みを浮かべる瞳海。思わずドキッとしてしまう僕は単純なんだろうか。いや、瞳海が可愛いからしょうがない。うん。
「教室まで行こ」
「あ、うん」
童貞の反応か。ま、童貞なんですけどね。
頷いて二人並んで歩く。なんだかカップルっぽい。
聴こえてますよー童貞の発言だって。童貞なんで弄らないでください。夢くらいみさせろやい。
ごほんごほん、失敬。
僕はなんとかバカな僕を縛り付け、瞳海の横を堂々と歩く。
「夜霧くんは毎日歩いて登校してるんだよね?」
僕のことを名前で呼ぶ瞳海にドキマギする僕は友達のように接する。というか友達だよ! 夕霧、この子が僕の友達の瞳海だから!
きっと今頃、夕霧も友達作りを頑張っているのだろう。
「そう、妹と途中まで一緒だからな」
「へー素敵だね」
「言っておくけど、シスコンじゃなくて、妹がブラコンなだけだからな」
「ふふ、愛されてる自覚はあるんだ」
「……からかうなよ」
僕がしかめっ面すると瞳海は「ごめんね、ちょっとかわいかったから」とよくわからない事を言った。男に言う可愛いとは子供っぽいってことなんだろうか? それはとても遺憾だ。僕はさながら桜の脇のような枝をくすぐる気分で。
「そういう瞳海だってみんなから愛されてるだろ? 瞳海ファンクラブがあるくらいだし」
「わぁーーーっ⁉ ちょ、ちょっと! そ、それ本当に恥ずかしんだからっ!」
あわあわと赤面する瞳海に僕はくつくつと笑う。瞳海のこういう姿はなんだかんだ貴重だったりして、そのハリセンボンのような頬を突きたくなる。
「もー! ……こんなになるの夜霧くんだけだから……」
まことしやかにささやかれた言葉は聞こえなかった事にする……なんてできなくてドキマギしてうまく反応できなかった。
「え、あっと」
無様に狼狽える僕に瞳海もその頬をほんのり赤くして、なぜか無言で返事された。
意味がわからないまま踏みしめる一歩が永遠に続く廊下を歩いているような感触に支配され、けど瞳海が立ち止まったことで幻想は打ち砕かれ左手には僕らの教室が。
瞳海は僕を一瞥して。
「またね」
と手を振って教室に入っていった。
「あ、また」
妹の呆れたため息が聞こえた気がした。うるさい。
前の方の席に着いた瞳海はすぐに友達に囲まれて賑やかにあいさつを交わしだす。ふと、なにか慌てだした瞳海。そんな瞳海にニヤニヤして見守る女子二人が僕の方を見て、瞳海も僕をちらっと横目に見た気がしたが、何分僕はビオラ気質な人間で、気づかない振りをして席に着くから蝶は寄ってこない。……変なにおいしてないよね?
前の席の男と適当にだべっていると、始業のチャイムと共に前方の扉が開き担任の先生が入室。その先生の後を追うように一人の女子生徒が入って来た。
騒がしくなる教室。
まるで恐れることなく先生の隣に毅然と背筋を伸ばして顔をあげる少女。
「静かに」という号令と共に静寂を取り戻し、様々な視線が長い黒髪の美しい彼女に注がれて、彼女は凛然と胸を張る。
「初めまして。少し遅れてですがこのクラスに転校してきました真水白乃と言います。よろしくお願いします」
四十五度のお辞儀と空洞内で鉱石を鎚で打ったような綺麗な声に皆心奪われ、時を追いかけるようにまばらな拍手は次第に大きくなって「美人だ!」とか「すごく綺麗な子」だとか「彼氏はいますか!」だとか次々に声が上がる。
それを制した担任が「真水さんはあそこの席ね」と指差し、「はい」とお辞儀した真水白乃は僕の背後、窓際から二列目の最後尾に着いた。
左右からのあいさつを後ろ耳に聴きながら、僕もした方がいいのかなと思い、なんとなく振り返る。空色の瞳はまるで青天、彼方遥かな海を想起させた。
どこか、その瞳を僕は見惚れていたような、不思議な感覚は刹那は時を奪い、授業の開始の先生の声に現実に引き返し、僕は頭を下げた。
「……えっと、満欠夜霧です。よろしく」
「…………真水白乃よ。よろしく」
彼女は小さく微笑んだ。
『二年二組、満欠夜霧くん。至急生徒会室に来なさい』
どこか私欲も混じった放送だったと思いながら、てか絶対私用だろうけど。僕はせくせくと律儀に生徒会室に向かう。嫌な予感と言うものはいつどんな時でもやってくる。多いのが予想外な事態とかだ。けど、僕は逃げる気はさらさらない。
途中、職員室から出てきた真水白乃と鉢合わせした。
「どうも夜霧くん、呼ばれてたわね」
「ファーストネーム……」
「あら、ごめんなさい。なんだか自然とそう出たわ。別にいいかしら?私のことも白乃でいいから」
「白乃……なんかわかるかも。しっくりくる」
「そう。それで、貴方は何をやらかしたの?」
「その前提はおかしくないか? 僕と君は今日出会ったばっかりだよな?」
「そう言われればそうね。……けれど大抵の場合はお叱りじゃないかしら?」
「お叱りは生徒指導室だ。生徒会室は生徒会。そこ間違えないように」
君はくすりと口元を抑えて笑った。
「まるでこれが初めてじゃないみたいね」
「残念ながらな。うちの生徒会長は人扱いがヤバい女王様で女帝で野獣の美女だからな。君も気をつけなよ」
「そうね。貴方が死なないことを祈っているわ」
「勝手に殺さないで」
君はもう一度くすりと笑い「それじゃあ」と背を向ける。
不思議な感覚だった。それはデジャヴに似ている。
同じ会話じゃないけど、こんなやりとりはしたことがあるような気がした。
いや、こんな関係性だったような曖昧模糊な関係性にまだ名前は付けられないけど、彼女とは仲良くできる気がした。
「急ぐか」
僕も生徒会室に向かう。途中、イケメンパイセンと美少女軍団とすれ違い。
「せ~んぱ~い。今日一緒に帰りましょうよ」
「時凪先輩、今度の野球の試合、わたし見に行きますね!」
「先輩! 今度の土曜日、そのよかったらわたしと優雅なディナーでも……」
「先輩! あの! 明日その、よろしければお昼ご飯を作ってきてもいいですか!」
「ズルいわよ! 時凪先輩~。私の御弁当の方がいいですよね!」
「今日はあたしが先輩とお昼ご飯を食べるのよ! 邪魔しないで!」
「あんたこそ邪魔よ!」
「せんぱい、その今日はわたしの家に来ませんか? 今日は家に誰もいないので」
「「「「「はいアウトっ!」」」」」
「クソっ!」
なんかイケメンパイセンを巡って後輩女子たちが乱戦していた。修羅だ。怖すぎるだろ。
モテモテな金髪パイセンは「俺、用事あるから」と一心不乱に逃亡して行った。
「「「「「先輩待ってくださいぃいいいいいいいいいい‼」」」」」
イケメンと野獣の美女軍団の逃走中が始まった。
いやいや、怖すぎるだろ。どんだけ好きなんだよ。てか、あれって好きであってるの? 何かに憑依されてない? 普通にドン引きで怖いから。
イケメンは死ねと僻みたい僕だが、全速力で逃げるイケメンパイセンにお悔やみ申し上げておく。
「イケメンの宿命と思え」
うん、心が狭いな僕。
生徒会室の前に立ちコンコン。二つノック。シックな毅然として声音が「どうぞ」と促し、僕は状態治しもできずにボス部屋へ。
四十人教室より少し横幅の狭い生徒会室の窓際を背にして、生徒会長の席に鎮座するその人は僕を見て微笑んだ。
僕はいつも通り魅入る。
真っ赤なサルビアの無駄なく詰め込んだ花束のようなハーフアップの髪にどんな不正、不浄をも浄化するようなスカーレットの瞳は僕のずっと奥を覗き込んで来るかのよう。微動だにできない威厳のある絶世の美しさに、僕は魅入ってしまう。
「なにぼさってしてるのよ?こっちに来なさい」
「は、はい!」
「?」
僕のキョどってる姿に首を傾げ訝しむ彼女――月ヶ瀬一縷は呆れた息を吐いて立ち上がる。
そして、机を挟んで彼女の前に立った僕に一縷は一枚の書類を突き出した。
そして、それはいつかどこか。誰も知らない、知ることのない夢かどこかの幻想。まるでそんな遠い彼方の約束を果たすかのように、僕はその一言を、一縷はその言葉を抱きしめた。
「――夜霧くん、あなたを生徒会副会長に任命するわ」
唖然とする僕は、なぜか泣きそうになった。
胸の内がこう言っている。――ずっとその言葉を待っていたと。
喜び以上の悲しみが。悲しみ以上の満たされる感覚が。それ以上の温かみがカラカラと回る色のないサイコロみたいに、僕はその選択に胸を張る。
その色づいていくサイコロを僕は振る。
「なんか、プロポーズみたいだな」
「はっ⁉な、何言ってるのよっ!バカなこと言ってないでどうするのか言いなさい」
「乙女だな」
「うるさいわね。……あなたは結婚願望とかあるのかしら?」
「もちろん、その豊かな温もりに包み込まれたいよ」
「うん?どこを見て言っているのかしら?ねぇ、夜霧くん?」
「すみません、何でもないです」
「はぁー……、えっち」
「~~~~っっっ‼そ、それは反則だろぉ!」
一縷の口から呟き声でそんな言葉を吐かれて、こちらが炙られたみたいに恥ずかしくなるし、ドクドクと心臓がうるさくなる。
破裂しそうな心臓を抑える僕を彼女は楽し気に、お返しよと微笑んでいた。
かわいいかよ。マジで心臓破裂するって。
僕はなんとか心臓を持ち堪えさせ、疲労の息を吐いて改めて一縷と視線を合わせる。
その赤い瞳を見つめる度にその手を引っ張りたくなる。
その唇が吐息を漏らす度に守りたくなる。
その頬が笑みを浮かべる度に、僕はどうしようもなく嬉しくなる。
幸せに満たされる、君がここに当たり前にいるだけで。
どうしてこんな感慨を覚えているのかわからない。それは遠くの、そう昔、絵本を読んでいた感覚にている。まるで僕がその中の主人公だったように。そんな幼い僕の未熟な想像の世界を見ているような感覚だ。
わからないことばかりで。不思議な心の動きで。けどたった一つだけこの感情と感覚と君に抱くすべての納得するものがあって、それを言葉にするために僕はその言葉を受け入れた。
「……もちろん、やるよ。……やるよ副会長」
君は儚くも散らない花を咲かせた。
「……そう。ええ、それでいいのよ。これで毎日一緒にいられるわね」
「そういうのはずるいと思う」
「どうかしら? 想いは言葉にしないと伝わらないのよ。そして、どんなに歪で遠回りで間違っていたとしても、関わり続けないとすぐに手放してしまうのよ」
ああ知っているとも。なんでもない感情のはずなのに、いつしか大きくなって変えられなくなっていくものがあることを。それが簡単に引き裂かれてしまうことも。
だから僕らは始める。拙い言葉と言い表せない感情に右往左往されながら、それでも生きていきたいから。
五月はじまりの放課後。いつかしか夜に抱かれる夕焼けは彼女の姿を儚く溶かしていきそうで、僕は彼女の手をゆっくりと掴んで希い選択する。
「一緒に生きよう」
一縷は呆気に取られて、次には微笑んだ。呆れながら。
「プロポーズかしら?」
「そうかもしれない」
僕らは願い続けながら選択する。
この感情が嘘にならないように。あなたが生きていけるように。
未知の未来に幸せを馳せながら。
僕はこのすべての命にたった一つの言葉を捧げた。
「君に一目惚れしました」
生きよう――ずっとずっと、君と僕と私とあなたと。
君の命を僕は手放さない。
これがきっと僕の願った未来だ。
*
終章『今もずっと君を見ている』
ただ星の流れを見上げ、光の速度を眼で追い、そうして私は駆け出した。
どうしようもない人生から追い立てられるように。もしくは何かを手探りに掴むように。
命の限りの叫びが、ザクザクと大地を蹴る脚の衝動が、風に怒鳴られ木々や草花に不思議そうな顔をされるこの胸の鼓動が、全身全霊に何かを訴えるように私を前へ前へと突き動かす。とめどない情動は荒い息となり、溢れ出る激情はその星を追いかける軌跡となる。
「はぁはぁー……っはあっー」
空気を吸って吐く。鼓動が共鳴する。脚がもっともっとと星に魅入る。
痛みは冬の空気と溶けていく。孤独は星々の孤独と一緒。重圧も責任も期待も、それを被った珍妙な仮面を脱ぎ捨て、真っ裸になって私は汗水をたらす。
ただそこへと、私は星を追いかける。
そして、広大の山頂にて、その草原のような風吹く花小さな園にて、胸を上下させながら私はその世界に魅入る。
満天の星空と一面の碧。夜はこんなにも美しく、星はこんなにも寄り添っていた。
風が歌いだす。花々が踊り出す。草木が合唱して夜が静かに見守り星がつられてアイドルのライブみたいにキラキラと輝きを与える。
静かな夜。綺麗な星空。賑やかな夜空。
そしてやって来た。
私が追いかけていた星が降って来る。
青い彗星。私は眼を閉じてその彗星に身を委ねようとして、ふとその人が眼に入った。
愛しき人の名を叫び嘆く、独りぼっちの男の子。
私はただ静かに願った。
――どうか、あの人の涙が孤独になりませんよう。
恋だったのだろうか。たぶん違う。
けれど、死んでほしくないと思った。
「大丈夫よ、きっと。――私が助けてあげるわ」
もしも、価値のない私の命があなたのためになるのなら、私はこの命を捧げよう。
そのくしゃくしゃな顔が笑顔になるのなら、私はあなたを助けましょう。
そして、私は誓うように願いごとを星にした。
彼を救わせてください。だから、私の命をもらってください。
それはどこかの世界の彼女と星の約束だった。
ありがとうございました。
感想、いいね、レビュー等などよろしくお願いします。
みなさまの選択の未来が幸せでありますことを。
『リナリア』の方もよろしくお願いします。
それではまた次のお話しで。




