第28話 一縷の未来へ
青海夜海です。
これが、僕の選択です。
カリっ……何かを噛み砕く音。呻き声は沫を吹き血を吐いた。
「すべっ、てを……みちずれ、に……する、みらぁ、いぃも……いいもの、ねっ」
そして、その襤褸体はカクリと光を失い力を抜き虚無に支配された。
虚式時来は死んだ。
自殺が行われた。
瞬間、その身体は赤い粒子に変換されていき、起爆剤のように世界が悲鳴を上げた。
「お、おい!どうなって――」
理解できない事象は続く。時来の死をまるで起爆剤のように悲鳴に続き地盤が激しく揺らぐ。何度もテレビで見て何度も習った過去の大地震を無意識に重ねてしまうほどの揺れが僕らを襲う。
「きゃぁぁぁ⁉」
「夕霧!掴まれェ!」
なんとか夕霧の腕を掴んで赤い粒子に消えていく時来の死体が転がっていくのを傍目に、壁際の隆起した鉄鋼具に掴まる。錯乱するみんなの声は聞こえているのに揺れに阻まれて言葉として入って来なく、分子分解されるように己の感覚すら曖昧に為す。
僕が僕を認識して、視界に色と光と物質を取り入れ、血の巡りと筋力の強弱が神経を思い出させて僕はそこに立ち、生きる『夜霧』だと確信する。
「夕霧⁉大丈夫か⁉」と直ぐに呼びかければ、僕の右手は確かに夕霧の手を握っていて「大丈夫。平気」との返事に安心する。
「俺とイチル、光咲さんも問題ない!」
「私とノルン、シロノも平気よ」
続くみんなの安保確認にふぅーと息を吐く。が、安心してもいられなかった。
ノルンの「ロボットたちが消えていくの」という発言にぱっと見れば、壊れた機械兵たちは赤の粒子となって砕けていく。
まるで時子の死に導かれるように次々と赤く襤褸のように崩れ始めた。
まるで夢が覚めるように終わりを迎えるように周囲の壁もまた赤く崩壊していく。
「な、なにが起きてるの⁉」
「物質が消えていくわ。……いえ、これは」
「消滅……なるほど、これもまた世界の行く末ということね――虚式時来」
瞳海の【治療】で傷を治してもらったイチルは血の抜けた身体を支えられながら立ち上がり、周囲を見渡してから動かず壁に凭れかかっているヨギリを睨んだ。
「方法は星のエネルギーかしら。彼女は自分の死をトリガーに世界の消滅を引き起こした」
ヨギリは僕らの視線を受け、死に体ながらに皮肉だと頷いた。
「ああ、結局は俺もあいつの道具に過ぎなかったのさ。あいつは死んでなお願い求めている――世界の行く末。消滅していく世界がどうなるのかを」
闇が呑み込み嘲笑う。女の声だ。
「あそこで死んでる〝俺〟は俺と違って事象を叶えることができる『死に願い』だ。物質を作ることはできないがな」
「……?ならあそこの木馬はなんなんだ?」
時凪のイラついた質問に淡々と答えるヨギリ。その眼は僕を見て。
「俺ならわかるはずだ。あれがなんなのか」
僕は無言でトロイの木馬の縮小版たちを見つめる。
ヨギリは続けた。
「言葉巧みにな、時子は保険をかけたんだよ。〝夜霧〟の【死に願い】で虚式時子の死を持って世界は崩壊する。それが原理だ」
「なら、最初から自分の思うようにいかなかったら世界ごとすべてを殺すつもりだったって言うのか?」
コクリと嗜虐に皮肉だと自嘲するヨギリ。
「ふざけるなァ!」
時凪が壁に拳を叩きつける。彼の怒りに僕らは押し黙る。
本当にふざけた置き土産だ。土産物なら異世界にでも連れてってほしいものだ。と、馬鹿な考えをしても絶望は変わらないわけだ。
虚式時子はやっぱり最凶の欲望の化け物だ。
けど、僕は少し笑えた。声に出して笑いそうになった。笑う門には福来るだったかな?そのことわざが本当なら恵比寿様も僕を祝福してくれるだろう。小槌を振ってくださるなら大金かイチルの恥ずかしいベストショットをください!
「まぁ、僕が叶える側なんだけどね」
「え……?」
夕霧の手を離して僕は歩く。今の僕は視聴率百パーセントだ。絶対今カメラがあればテレビの取れ高抜群なんで、カメラマンヘイらっしゃい!ああ、ラーメン食べたいなー。
と、馬鹿なことを考えられるほどに僕は吹っ切れている。
僕らまだ自分が死者だと実感できていない。世界の真実すら記憶がない故に確証は持てない。
でも、それでも僕らは生きている。
今日までの日々は決して嘘偽りじゃなかった。あの悲しみも痛みも辛さも幸せも笑い合ったこと恥ずかしい気持ちになったことも、ぶつかり合い吐露しては涙を見せた弱さも。
「だから、わからないものなんて、どうでもいい。生きてさえいれば、僕はそれでいいさ」
生きていればできることはある。罪を償うこともできる。何かを成し遂げることも誰かを守ることも。
だからこそ僕は選択をする。今一度、すべてを振り返り満欠夜霧はその道を選ぶ。
その、記憶の端にガラスの欠片のように刺さったその微かな光を僕は掴む。
「夜霧くん……」
白乃の何か言いたげな眼差しに、僕は首を横に振った。
僕を覗いた君なら何かを知っているのかもしれない。
けど、これは僕の使命だと思うから。
「僕は君の恋が叶うことを願っている。僕には笑ってくれなかった笑顔を見せられることを願ってる。幸せを祈ってる」
「……そ、れは」
「知ってるか?僕はエゴイストだ。欲望に忠実で僕はそのためにみんなを、君を巻き込むことも厭わないんだぜ。だから、僕は僕が最善と思う選択をする。だから、君に強いるよ。僕の始まりはあの海の夜だからな」
「――――」
あの夜、君に一目惚れして始まり、そして幾度も殺されここにいる。
恋叶わず。けれど、悔いはない。この身はそれでいいと赤いひし形のピアスに触れる。
僕は歩く。きっとその微かな鼓動のような残滓こそ僕が掴みとった記憶の欠片だろう。
立ち止まった目の前には無数のトロイの木馬のミニサイズと血だまりに沈む僕の遺体。まるで生贄か供物のように山になったそれらをよく観察して。
「やっぱりそうだ」
「え?」
僕の後に続こうとして脚を止めてしまった瞳海の吐息。
「ほんと、同じ僕なのに頭が上がらないや。けど、そんな自己犠牲は性に合わないだろ。てかやめてほしいね。何より、瞳海を悲しませた罰、ちゃんと受け取れよ」
横目に瞳海を見れば、その彼女の瞳が答えを教えてくれる。
そうだな、そんな声が返ってきた気がした。
僕は〝夜霧〟の墓を背にみんなに向き合う。
世界は赤くボロボロと崩れていく。粒子となり、純然な悪意なき悪意によって変えられない未来が消滅の名の下に世界は崩壊していく。
周辺から崩れていき、僕らは必然的に中心に集まっていく。
「僕は正直、自分のことがわからなくて行き当たりばったりにこの二週間くらいを生きてた。一目惚れして殺されて、なんか死んだのに生き返って、で意識を失って覚ましたら違う場所にいて、ノルンと出逢って虚界人、いやこの世界の人と戦って、そうやってみんなと出逢った」
もうずっと前のことのように思う出来事は、思い出す度に悔いて笑うのだろう。
「最初は悪魔に立ち向かう勇者みたいな感覚だった。でも、一縷と出逢って……彼女に託されて誓って……僕は今も彼女に胸を張れるように生きたいと思ってる。この冒険はどこか楽しくて痛くて辛くて、でもみんなと出逢えたことに、どこか意味を感じてる」
イチルの掠れた呟きは、消え去った外殻から吹き抜ける風に攫われる。
ノルンが鼻を啜った。
そして、僕らは前を向いて歩きだしたんだ。
「僕はみんなに生きていてほしい。僕は卑怯だ。だから、僕のできない『願い』を君たちに押し付ける。それに、そこにはやっぱり……『彼女』がいないと、僕らは笑えないだろ?」
そう言ってやるとイチルは優し気な眼差しで遠い誰かに頷くように。
「……ええ、そうね。あの子がいないと、あたしもあんたも幸せにはなれそうにないわね」
僕は口元を拉げてやる。優しくて強くて正しく儚い赤髪の彼女。
〝一縷〟がいないと僕らは幸せになれない。きっと、イチルは笑えない。
だって、僕もイチルも一縷に生きることを託され願われたのだから。
時凪は何か思ったのか、「そうだな」と神妙に頷いた。
彼には助けられてばかりだ。
ノルンは「ん」と小さく瞼を閉じた。
ノルンがいたから僕は今ここにいる。
瞳海は「夜霧くんらしいね」と、やはり愛を込めて微笑んだ。
その愛の形を僕は取り戻したい。
夕霧は「兄さん……」と、寄り添うように自分の両手をぎゅっと握りしめた。
今でも僕を兄さんと呼んでくれるその手を僕は握れないさ。その手の温もりの在り方は僕じゃない。
白乃は何も言わなかった。それでよかった。だって、彼女は知っているから。僕のこの感情もきっと、一目惚れ《ぼく》を殺した僕だった人だから。
彼女の記憶を覗き見て、だからこそ僕は一目惚れの恋に醜くない終止符をつけられたんだ。
「僕はみんなが生きることを願う。その人生に幸せを願う。その後悔や苦痛を覆せることを祈る。だからどうか――僕の選択を許してくれ。僕に罪を背負わせてくれ」
それが最後の言葉だ。
僕は選択する。
――この世界を今の君たちと共に生きる未来ではなく。
――すべてを一からやり直す、そんな世界の選択を僕はする。
「使わせてもらうな」
もう、誰も何も言わなかった。それが信頼の証なのだとこの二週間ほどの日々を美しく涙しそうになり、ぎゅっと堪える。
僕はみんなの静音を背に〝夜霧〟の墓に向き合う。
腰を下ろし彼の頼りなくも、きっと多くの人を支え助けて来た細い指に触れゆっくりとその手を握った。
瞬間、青い光が僕の左手へと集い僕の中へと流れていく。
それは『魂』だった。魂と言う名の彼が残した『星のエネルギー』。僕を形作る偽りなき正体。
数十個のトロイの木馬。それは彼が何度も死んだ意味で、そしてその度に【死に願い】をした所作。星のエネルギーで作り上げた物質ではない現象のもの。最後には自らを強大な星のエネルギーとして墓に埋まった。
僕以外に誰も触れられないように。
これは彼が僕に託した力だ。僕の使命だ。
この世界を変える決断をした僕にどうかと願われた僕らの決断だ。
僕は彼の魂に触れ、ふとその世界を視た。
*
『つまり、君が死者の世界にいるのは妹の夕霧を連れ出すため。でも、その裏に世界中の人間を支配するために君の〝現象さえ叶える〟【死に願い】を求める人間がいるということだな』
『そうなんだけど、今の僕は、この世界の〝僕〟と出逢って、夕霧とも出逢って向こうの〝僕〟がしようとしていることは間違いだと思ってる。だからどうか力を貸してくれないか?支配なんてさせないために!』
『オッケー!僕らで〝僕〟の過ちを正してやろう!』
『ありがとう!〝僕〟!』
『そうと決まれば作戦会議だ。絶対に夕霧を手渡さないし、君を救ってやるよ』
『い、やぁ⁉ぁぁぁぁ、アァアアアアアアアアアアアアアアア⁉』
『よぎ‼~~~~貴様ァ!何をしたァア‼』
『ただの洗脳よ。ワタシの願いを叶えるためのね』
『ふざけるなァ!さっさと〝よぎり〟を解放しろ!』
『それはムリなことね。折角ワタシは力を得て、そして神の思し召しのように神の力を持った人間が現れた。神がワタシの理想を願いを祈ってくれているのよ!』
『黙れェ!貴様なんかに征服なんてさせない!僕が止めてやる!』
『〝よぎり〟の力でみんな〝異能者〟になった。けど、あいつも洗脳されて止められない。明日には向こうの世界に襲撃してしまう。なんとか、止めないとっ!』
『兄さん……やっぱりわたしが』
『ダメだ夕霧。君だけは譲れない。いや、君を渡してしまうともう勝ち目がなくなる。……この世界も、〝よぎり〟が来た世界もぜんぶ、あの女の手に堕ちてしまう』
『そ、そんな⁉ど、どうしたらいいの!」
『大丈夫だ夕霧。僕が――僕たちが全部解決するから』
『――――』
『だから、信じてくれ。きっと、〝僕〟なら成し遂げてくれる。そのために夕霧、君は何が何でも生きて、よぎりに合流するんだぞ。いいな?』
『う、うん……わかった』
『ああ、いい子だ。僕の自慢の妹だ』
『ゆぅ、りぃ……あ、とは……っくぅ、た、のんだぁ……!』
『にぃさぁああああああん‼』
『ほぉんとうに、いい実験体だったのに……まさか、あなたに殺されるなんて……けれど、向こうのワタシもきっと一緒よ。旅立った夕霧さんが無事だといいわね……』
『……はぁーはぁー、だぁいじょ、ぶだ。僕も、行くさ』
『何を、あなたはワタシとここで死ぬ運命よ。ワタシの呪いに殺されるのよ!』
『――悪いが、僕はっ、いくさ。……すくっわないと、いけない奴がいるからな』
『まさか――あなた、その力!』
『僕も〝夜霧〟だ。いいだろ、このぐらいっ!』
『まっ待ちなさ――――』
『僕を騙したなァ!』
『アハハハ! 騙されるあなたが悪いのよ。けれど、一度だけしか【洗脳】が使えないとはね」
『……そのためにその人は死んでもいいっていうのか? そんな、くだらない願いを叶えさせるためにッ!』
『ええそうよ。だって彼は家族ではなく敵を選んだのよ。いらないわよそんな傲慢な人わ」
『……』
『さあ!あなたはここから逃げ出せないわ。さあ! ワタシの願いを叶えなさい! この世界を破壊されたくなければ支配を叶えなさい!』
『――――。ああわかったよ。わかったぁ! なら、殺せよッ! 何度でも殺せよ! 僕は絶対に死なない! 屈しない! 負けたりしない! ――僕が死ぬのは〝よぎり〟が殺されたその時だ!』
『なにを意味のわからないことを?あなたはワタシの理想のためにその力をワタシの注げばいいのよ! あなたとヨギリでワタシの理想を築くのよ!』
『はっ!君が僕を呪ったのにな――』
『――あとは頼んだ。僕の大切な人たちを守ってくれ』
*
「ああ、頼まれた」
彼が命を引き換えに僕に託した。なら僕も命と引き換えに託された願いを叶えるまで。
僕らの命はずっとそこへと向かうのだろう。
夜霧の記憶に僕は心臓の無い胸に、確かな心臓を拍動させた。
青い光と風が僕に纏う。そしてもう一度みんなを見た。
時凪が拳を突き出した。
「ありがとな。おふくろの過ちを引き受けてくれて」
「いいよ。僕は君に何度も助けられたから。それに、たぶんだけど友達だろ」
「あはは! そうだな。俺とお前は友達だな。今度は俺が助けるからな」
「また借りが増えるんだけど」
僕はその拳に対して拳を突き出した。届かない拳どうしは少し鈍い音を上げた気がした。
瞳海は僕にお辞儀をした。
「よぎりくん。わたしじゃよくわからないんだけど、きっと夜霧くん、あ! わたしの知ってる夜霧くんを助けてくれたんだよね? 本当にありがとう」
「違うよ。僕が助けられてたんだ。だから、どこかで会ったら伝えてくれ。君のお陰だって」
「――うん! 絶対に伝えるよ」
瞳海はぐっと握りこぶしに力を入れた。
瞳海の恋が叶うことを僕は僕に男みせろよ思っておく。
「お兄さん、ありがとうなの。私もお兄さんのこと忘れないの」
ノルンは僕が最初に出逢った仲間だ。きっと一番長いことこのとびっきりの日々を過ごした。
だからこんな言葉が浮かぶ。
「僕もさ、ありがとう相棒」
ノルンは「ん!相棒なの!」と笑った。微かな笑みでもそれはかけがえのない日々がもたらしたノルンの成長だった。
イチルも夕霧も何も言わなかった。ずっと僕を見守っていた。
夕霧は口パクで「ありがとう」と。僕は頷く。
世界最強の妹に祝福を。
最後に白乃に視線を向けると、白乃はシロノを向き合っていて。
「私は……〝シロノ〟のように、なれるかしら?」
「うん。きっとなれるよ。あなたはわたしだもん!――さあ勇気を出して。頑張って!」
〝シロノ〟は白乃を抱きしめた。
「きっと大丈夫だよ。あなたの想いは届くよ」
「…………ええ」
彼女は〝シロノ〟に「行っておいで」と背を押され、僕の前で立ち止まる。
言葉は必要だろうか。僕は要らないと思った。だからその時をただただ待ち続け。
白乃は僕を凝視し、ふと気の抜けた息を零した。その顔は希望に満ちていくのだろう。
柔らかに朗らかに君は美しかった。
「きっと、また逢えるわ。――さようなら――そして、ありがとう」
そんな言葉を最後に彼女が握るナイフが僕の胸を突き刺す。あるはずのない心臓が機能を止め、墳血が罪人のように彼女の手を汚していく様を見ながら、僕は死に逝く。
さぁ、選択の時だ。願いを叶える時だ。
僕が願うはただ一つ、選ぶのはその未来だ。
――僕のいない君たちの世界を――
――すべてを最初から始めよう――
そして、眩い青の光が世界を包み込み僕以外を遥かなるその時へと連れて逝く。
偽物じゃない本当の君たちが生きる本当の世界へ。
消えていくみんなを見ながら、僕は笑みを浮かべる。
どうかその未来が君たちにとっていい世界でありますように。
日々と共に紡いだこの想いを殺さないように。
そうして僕はただ一人、存在しない人間としてこの世界線と共に消えていった。
「 」
声が聞こえた、そんな気がした。
――大丈夫よ。私があなたを守ってあげるわ。
――だから、生きて――生きなさい。
そんな声が、懐かしく愛おしい声が聴こえた気がした。
ありがとうございました。
感想、いいね、レビュー等などよろしくお願いします。
残り、二話ほどで完結です。




