第18話 運命に抗う少女
青海夜海です
よろしくお願いします。
「私は……親に捨てられたの」
そう訥々と語り始めたノルンは俯きながら言葉を探して音にする。とある廃虚に一時的に避難した僕たちはノルンの言葉に動きを止めた。まるで迷える羊のように、ノルンの瞳は揺れていた。
「じゃあ、さっきの男性は……?」
「私を育ててくれた……恩人なの。……家族だと、思っていたの」
「…………」
「親のいない私をあの人は拾ってくれたの。育ててくれたの。沢山のことを教えてもらったの。色々なことをさせてもらったの。私はおと……ううん。信じてたの」
ノルンの言葉尻は小さくなっていく。悔やんでいるのか、悲壮感からか、全身が雨粒の弾丸に晒されているかのように空虚に泣いて見えた。とても痛々しく寒々しいほどに。
「みんな……私の事、どう思うの?」
「え……?どう思うって?」
「そのままの意味なのお兄さん。人を殺す私、普通に過ごしている時の私、みんなの眼にはどう映っているの?」
この時、夕霧を除き全員が言葉を詰まらせた。僕も例外じゃない。だって人を殺すノルンは――それはまるで――
「死神――」
「「「「――――っ⁉」」」」
「みんな、そう言うの。……私はそうなの。【死神】なの」
自虐などではなく、真実そうなのだと苦笑することも困った表情を見せることなく、ああ、まるで無関心のような冷徹な表情が僕たちを見上げた。
自分じゃわからない。でも今の僕の顔はきっとダメだった。
ノルンは僕たちを見つめて嘆息、諦観の念に引きこもるように影を落とした。前髪の奥の瞳の色はもう見えない。
「私は、愛してほしかったの。ただ、それだけなの……それなのに、お父さんは私を愛していなかったの。愛してくれなかったの。ぜんぶ嘘だったの。家族もぜんぶぜんぶ。ノルンという少女は道具だったの――」
言葉なんて出てこなかった。言えるなにかも伝えられるなにかも、僕たちは……いや、僕は持ち合わせていなかった。
そんなことない……そんな無責任な言葉一つで救えたのならどれだけよかったか。
僕が愛してやる……そんな意志を貫ければどれだけ苦しまずに済んだか。
君は君だよ……なんて無様な文句で曖昧に妥協させることができれば、それは幸せだっただろう。
けど、僕にはできようがない。記憶をある程度取り戻し、何人も人を殺して……『一縷』を殺した僕に誰かへ説く資格はない。
とある休憩時間、イチルは言った。
――無機物すぎて何を考えているのかわからないわ。あたしたちのことを仲間だと本心で思っているように思えないわ、と。
とある旅路で、時凪は言った。
――ちょっと、いやかなり怖いよな。俺等も殺されるかもしれねーんだろ?幼いのにやけに達観してるから噛み合う気がしない、と。
とある空白で、白乃は言った。
――まるで依存しているよう。……共感かもしれないわ。だから、私が間違えれば彼女は私たちを見切ると思うわ、と。
二週間ほどしか僕らは同じ時間を過ごしていない。それでも何度も問題に巻き込まれて、幾度の逃走劇を繰り返して、出会いと別れを経験してここまで来た。だから知っている。
物を壊すように人を殺すことを。僕たちを見ているようで見ていないことを。信頼も信用も、ましてや期待もしていないことを。
ノルンという少女はどこまでも危うく異端な子供だ。
ノルンの声に焦燥と怯え、反発心が混濁させ震えに変えて音にする。
「私は……愛してくれていると思っていたから、だから従ったの。道具でもよかったの。人を殺すのも、頑張ったのっ‼たくさんっ、言われた通りに人を殺して、沢山の人を騙して、みんなを不幸にしたの‼」
激情を迸る姿は初めて見た〝ノルン〟という少女の形、存在そのものだった。
「友達も殺したのっ!隣のおばちゃんも殺したのっ!殺せって言われて殺したの……」
「どうして、そんなこと……。そんなことしても愛されるはずないってわからなかったの?」
どこか攻撃的なイチルの声音に一瞬に空気を張り詰め、裂かれる。
「――――っッそれしかァッ、愛されかたを知らないのッッ‼」
「――――――――」
僕たちは誰も何も言えなくて、息を文字通り殺された。
「わからないの‼どうしたら『普通』なのかなんて、わからないのッ‼厳しい訓練をして、感情を殺して、お父さんのためにって……っ!もうわからないのッ!ぜんぶぜんぶッ――違ったなんて、私は認められないの――ッ‼」
愛されるために、それだけのために『そう』生きて来たというノルンはあまりにも孤独に今にも切れてしまいそうな縁の上で膝を抱えて閉じこもっている……僕にはそんな光景が見えた。痛いと悲しいと、愛してと、そう零すノルンを。
「でも、結局はお父さんは私を愛していなかったの。もう、私には生きる価値もないの」
「そ、そんなことない!」
咄嗟に喰いかかった僕に、ノルンは悲しそうな眼差しで。
「お兄さん……出会った時言ったの。みんなと逸れたって、私は言ったの」
そう言えばと思い出し、それがなんだ?と訝しむ僕に自嘲する。
「あれ、嘘なの。私はお父さんに敵を引き付けるように命令されたの。……私は囮として死ぬはずだったの」
煮え滾る怒りだろうか。激発しそうな感情の濁流に唇から血の味が口内を満たす。
「なによそれ……?そんな非道、許されるはずないわ!」と激怒するイチルに首肯するように。
「そうだ。ふざけてる。囮として死ね?それでも親かって……ックソ」と時凪が唾棄した。
ノルンはけれど、ううんと首を横に振る。もう残された感情は行き場のない空白だった。
「だからわかったの。お父さんは軍にいたの。――私を助ける気は最初からなかったの」
「――そんなことっ⁉……私たちの世界の貴女の親とは限らないでしょ‼」
そう吠える白乃。けれど、断固として首を横に振った。
「お父さんは……虚界人の〝私〟と〝お父さん〟を、私の目の前で殺したの」
「――――――」
「私は別にいいの。私が欲しかったのは……家族なのに……愛してほしかった、だけなの」
そう、淡々と吐き捨て、涙一滴すら流さず苦笑もせず、鎮痛もなく告白した。
感情の起伏はもう見られない。ノルンの言う感情の制御だろうか。ただただに恐ろしいほどにノルンという少女は僕たちとは違った。
愛を知らない彼女は僕たちにも執着しない。その金木犀の瞳はもう僕たちを見ていなかった。その瞳は父親すら見ていなかった。その眼は闇に向かう終末の黄昏そのもので、今にも消えていってしまいそうだ。
「あ……」
そんな呟き一つは伸ばした手を伸ばしきれないでいる。
言葉が見つからない。触れることを恐れ、理解できない彼女の心情に土足で上がり込むことへの抵抗感が助けたい気持ちを反発する。
曖昧な距離感。真実、僕らはお互いを知らなさ過ぎた。
怒涛の二週間だったとしても、それでも話す機会はあった。けれど、僕らはそれをしなかった。その歪み、〝一縷〟の死によって生まれた関係性はこんなにも容易く亀裂を走らせる。
僕の意義、イチルの意味、時凪の在り方、白乃の意志、そしてノルンの願い。
その全部が違って、向かう先も違って、だから噛み合うことなんてなかったのだ。
噛み合わない僕らはこうして朽ちていく。ぼろぼろと幻を体験していたように。
誰も何も言えない中、たった一人、そいつだけは一歩踏み出していた。
そして――
「…………え?」
唖然とするノルンを彼女――夕霧は抱きしめた。強く強く、離さないと。
「大丈夫だから――大丈夫だよ」
そう背中に回した手でノルンの温もりを感じる。与えられる感触にノルンが驚愕する。
「痛かったんだね。苦しかったのね。……頭の中がぐちゃぐちゃで自分がわからなかったんだね」
「――――――っ」
「みんなと違う自分が怖かった。幸せそうな人がどうして幸せなのか、理解できなかった」
「…………どうして、そう思うの?」
「…………わかるよ。あなたはずっと誰も視ていないでしょ」
「…………そ、そんなんこと、ないの……私は……」
続く言葉、拒絶の雰囲気を、けれど夕霧の声が覆い隠した。
「――でも、もう大丈夫だから」
息が詰まり、空気が沈静し、夜の明かりが二人を見守る。
「もう、あなたを縛るものはどこにもないよ。あなたは何をしてもいいの。大丈夫なの」
「わからないの……独りは嫌なのっ!なんでっ……そんなこと言うのッ!」
激情の丈のまま夕霧から離れようと突き飛ばす。けれど、夕霧はそれでもノルンの肩を掴み瞳を見つめ逃げない。向き合う向かい合い逃げ出さずに受け止める。微笑みと一緒に。
「――なら、わたしと友達になろ」
「――――……と、もぉだち……?」
ノルンの困惑の顔に夕霧は「うん!」と強く頷きやっぱり微笑む。
「わたしと友達になってくれたら、あなたはもう独りじゃない。わたしがずっとあなたの傍にいる。うん!誓うよ。――ノルンを独りになんてしないって」
嘘偽りのない心の声に、なんで、どうして、わからないの、と視線を彷徨わせるノルン。
苦笑する夕霧は――大丈夫――と、たったそう、ノルンの小さく白い手を握りとびっきりの笑顔で受け止める。
「一緒に探そう。ノルンが求める〝愛の形〟を」
「ね!」、と夕霧の笑みにノルンは顔を上げて――小さく涙を流し。
「私、人殺しなの!あ、あなたとは、違うのっ‼」
「うん。ノルンは人殺しかもしれない。でも、わたしは優しい人だって信じるよ」
「~~~~っ⁉そ、そんなの欺瞞なの!嘘なの!私が優しいなんて、ありえなの!」
「それでも、ノルンは兄さんたちのために戦ってくれたでしょ。優しくないって言うけど、こんな得体の知れない兄の味方になるなんて、相当な御人好しだから」
「兄に向って得体が知れないって」
と文句を垂れれば「黙ってて」と黙殺された。解せぬ。
僕に溜息を吐いた夕霧はノルンに向いて「変な兄でしょ」と笑みを浮かべた。
「…………あなたも、変なの」
そう言うノルンはどこか居心地が悪そうに身を捩る。
「そうかもね。兄が兄だから、妹のわたしもわたしだね」と悪態を受け入れる夕霧。
だからと――妹は告げた。
「ノルンの友達になりたい」
「あなたがたくさんの人を殺していたり、騙していたとしても」
「それでも、きっと仲良くできるよ」
「一緒に探そう。知ってる?」
――友達は支え合うんだよ
ノルンは小さく息を零す。俯いた顔が髪に隠れ、けれど夕霧にだけは見えるその相貌は――きっと、優しいものなのだと、僕たちは願いを込めた。
金木犀の少女は頷いた。小さく弱弱しく、けれど、ありがとう、と。
――そして、銃声が轟いた。赤い花が咲き、誰かが倒れていく。
黒い髪の彼女が胸に赤い花を咲き誇らせながら、俯けに倒れた。
ありがとうございました。
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