第16話 カオス
青海夜海です。
カオスです。混沌です。男の頭が。
ある男は今日も変わり映えのしない警備任務についていた。ここ半年、ロクな客人もなく突っ立っているだけの仕事になりつつある第二の城壁の警備。最初の頃は捕縛した異能者どもが反抗的な態度で「ここから出せ!」だの「私たちの街を返しなさい」だのクーデターやデモが起こったりしたが、それ相応の生活を与えた途端、暴動の波は収まり捕えられた人どもは普通の生活を送っている。
「誰も外の状況なんざ気にしてねーんだろうな。自分さえよければいいか……いい迷惑だって怒りてーよ。世界なんざ変わんねーが、くだらないし理不尽すぎるぅ。帰りてー」
自分本意な思考は変わらないらしい。侘しい世の中だと男はあくびをした。今日は検問すぐ近くの警備担当だが、別に何かがあるわけがない。誰も彼もが自分の幸せ、今の満足感だけで事足りているのだから、わざわざ生活を脅かすような真似はしないはずだ。
「そんな奴がいれば是非ともお目にかかりたいもんだぜ。なんてなぁ」
あははは――と笑う男は今日もご機嫌だ。なんせ二十二時を回れば交代で直帰。明日は休みだから晩酌が捗るってものだ。軍の野郎どもや女どもと騒げばいい。今夜のつまみでも考えておくか、と男は腕を頭の後ろで組んで呑気に口笛を吹いていた。
その時だった。ふと視界に入り込む。だが前を向いた時には異変は何もない。
「ん?なんか金色のもんが映った気がしたんだが……鳥でも飛んだか?」
男は筋肉質だが瘦せ細く角ばった身体つきだった。よくへなちょこや骸骨、もやしとからかわれ揶揄されることも多いが、射撃の腕は優秀で戦闘経験も豊富な有能な軍人だ。世界が変わる前から十代と若くして戦場に放り込まれ、まぎれれもなく生き残った一人だ。軍の厳しい訓練を吐しゃ物を吐き散らしながら乗り越え、上官という地位に着任していないが誇っていいほどの実績を持っている。故に感覚や直観、言い換えれば違和感や危機感を敏感に感じ取れる性質を後天的に身に着けたのだ。
「…………鳥ならいいんだが……なんだかなぁー」
断言はできないが、写り込んだと思う金色の何か。それが奇妙なほどに男を不安にさせた。言い換えれば怪奇現象の前兆を感じ取ったような感覚だ。夕暮れの帰り道にふと背後を振り返るあの違和感に似ている。
おかしな点は特に見当たらない。不審な人物もいない。暗くなり始める夜の始まりに街灯が活気ある街へと移行させる。城門前もまた賑わっている。斜め前の居酒屋の屋外スペースで乾杯する野郎どもが羨ましく「速く終わんねーかな」とため息を吐いたその時、今度は確かにそれは映り込んだ。
光だ。光の閃が一直線に人々の足元を貫いて男の前を走っていた。
「なんだ?光……?って、どこから?なんの光だ?」
男は光の跡を視線で追い、それはオールドブランドの骨董品の左角の鏡からだった。卓上型のスタンドミラー。光が反射して光の閃を作っているだけのようだ。
「んだよ。紛らわしいなぁ。鏡なんざ外に置くなよな……」
うんざりしながら視線を外す男はふと思った。
――何に反射している?
「なっ……?」
ばっ、ともう一度鏡を見る。鏡へ光を当てているものはなんだ。光はどこからきている?男は鏡へ渡る光を追いかける。
それは丁度街灯に混じって眼を凝らさないとわからない位置から放たれていた。男から数十歩離れた検問と反対側、城壁に付けられた街灯に紛れて懐中電灯が鏡へと光を奔らせていたのだ。懐中電灯の光の出所は直近の街灯に打ち消され、公道の真ん中に鎮座する間隔を開けた街灯に再び光は視認を妨げ、鏡へと到っていた。
ミスディレクション。意図しない部分へ注意を引くこと。街灯に注意を引き付け懐中電灯の明かりを隠す。男にはどうしてそんなことが為されているのかわからなかった。しかし、懐中電灯は明らかに誰かが仕込んだもの。ガムテープで街灯の柱に固定されているのだ。
「なんだぁ!なにがあんだよぉ!」と喚いた瞬間、きゃぁぁ――――っと悲鳴が上がる。
何事かと男はその場から悲鳴の方へと駆けだす。検問の近く、男とは反対側で炎が怏々と燃え上がっていた。
「なっ⁉火事だぁ?おい、どうした?なにがありやがったぁ⁉」
男はすぐに炎の近くにた門兵に訊ねる。
門兵は「きゅ、急に発火したんだァ⁉ここにあった木材が急に燃えだして、それで――」と炎を指す。
門兵も原因がわからないらしく、男はくそっと吐き捨て、ふと思い出した。確か昔、日光の光を通し鏡で雑草を燃やす、みたいな実験があったと。光……収斂……炎。
「っ⁉まさか――っ⁉」
男が振り返る先、丁度懐中電灯の光が反射した一閃がこちら――木材へと到っていた。瞬間、男に過る。これは意図的に起こされた火災ではないかと。もしそうならその実行犯は男たちの眼を盗んで実行した。単独ではなく複数犯……とみるべきだ。
男はゾワリとする悪感、嫌な予感にくそっと唾を吐き捨て門兵どもに叫び散らす。
「直ぐに上官ども知らせて来い!余ってる奴等は火を消せ!誰かの仕業って可能性もありやがる!厳戒注意して不審者を炙りだせェ‼」
「は、はい!」
「わかりました」
「消化だァ!水か消火器持ってきて!」
バタバタと駆けだして行く中、男は思考を走らせた。
(火災を起こした犯人は何がしたい?何が目的で無駄に凝った手口で火を放ちやがったぁ?……そもそもどうやって懐中電灯をセットした?あそこはずっと見張りがいやがるぅ。いや、点検だとか言えばいけんのかぁ……。だがそれよりも、木があることを知っていてなおかつ街灯の位置も理解してる奴……つまりこの都市の奴ってこったぁ?ありえねー。クソっ‼……犯人捜しは後でいい。原因も後でいい。今は騒ぎの鎮静に――)
そこで誰かが言った。――なんだあれはっ⁉……と。
悲鳴がまた響いて足音が馬のような俊足で向かってきた。男は思考を中断して銃を咄嗟に抜く形で振り返り――「はぁ?」と思わず声に出していた。
男を追い抜かしていった奴はシーツを被った人間だった。全身をシーツで覆った人間は人業とは思えない俊足、それこそ陸上の世界大会を目の前でみたような迫力と異常な脚力、あとから風が無意識に顔を背後へ向けさせる。
「なっ……?なんだ……馬?娘じゃねーけど、って異能だろ‼オイオイまさか――」
次に男の眼に映ったのはふざけるなと、クソがァと叫びたくなる光景。シーツの人間はぬるっとした液状のものを炎に振りまきながら男と反対側へ去っていく。液体を零しながら。そして瞬間に炎は雄叫びを上げるようにシーツの後を追うように燃え上がった。液体の上を走る炎の壁が広がる。
「灯油だぁあああああああ⁉灯油を撒きやがったぁあああああああああ‼」
「い、今すぐ消火だぁあああ⁉消防を呼べぇ――っ‼」
「ヤバいです!店まで広がりそうですぅ⁉」
「格住居に訪問して消火器具を借りて火を押さえろッ‼住民にも手を貸してもらえッ‼」
男の適格な指示に「わかりました!」と走り去っていく兵士たち。
辺り一帯は騒然となり、逃げまとう人から野次馬やら消火器を運んで来るおっさんなど、混乱に混乱を極めている。街のあちこちから悲鳴と警報が鳴り響いてることからシーツの奴を追いかけているのはわかる。発砲音にいよいよカオスを極めた。
「おいおいマジかよ‼ってそうじゃねー‼違う……あれは違う。犯人じゃねーーっ‼」
男の直観があのシーツは共犯者ではあるが主犯ではないと告げていた。主犯の目的は火災などではないと、これは混乱させるための罠だと。
男はいくつもの戦場で色々な人の罠や思惑と対峙してきた。火災を起こしただけなら酒屋でやればいい。わざわざ兵士のいるところでやる必要がない。灯油をバラ撒くのも事前にできたに違いない。わざわざ姿を見せて実演したのは、そう、誘導に違いない。
なら、次はなんだ?騒然となった現状で怪しい奴をみつけるのは不可能だ。現行犯逮捕以外にはない。
男はこの場にて冷静沈着だった。その頭は危機に乗じてよく回転していた。しかし、立役者のすべての情報から駆使して作り上げた作戦には遠く及ばなかった。
男は知らない。超人が主犯であることを。
音はなかった。ただ空に重みを感じた。それもなんとなくだった。
男の視線が上を向く。落ちてくるものがあった。スプレー缶だ。腫れや突き指などの際に冷やす冷却スプレーだった。スローモーションに映るスプレーの落ちてくる様。スプレー缶が炎に触れようとした瞬間、走った何かがスプレー缶の側面を貫いた。見えないはずのガスが見え、男は本能的に後方へと飛び――――バァァァッッッン‼
大爆発した。
「「「「「~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっっっっっっ⁉」」」」」
すべてを巻き込む大爆発は消火活動を始めようとする兵士どもを吹き飛ばし、炎がはじけ飛んだ。悲鳴、痛哭、叫喚の中、例にもれず男もまた後方へ吹き飛ばされ叫びながら地面に身体中を打ち付ける。
「……っうぅ……いぃっつぅ、ぁ」
咄嗟にガードした腕は皮膚が炙られ肉が見えるまで火傷を負い、全身の打撲と摩擦の何十倍も痛い火傷の痺れに呻き声を上げながら顔をあげる。だらりと流れる血が唇に触れる。
ぼやける眼で惨状を見て、けれどその耳は悲惨な声ではなく三発の銃弾を捉える。
「な、ぁ……なんだぁ?」
銃弾の音は釈然としないが近かった。シーツの奴を追いかけているものとは違った。その時、コツンとコツ音がやけに大きく耳朶に触れた。視線を横にズラす男はなんとか見上げ、男の前で立ち止まったその少女に「あっ」と声を漏らした。
誰も男たちを見てなどいなかった。監視カメラもすべて破壊されており、懐中電灯や鏡もすべてなくなっていた。男は唖然と間抜けな顔だった。それはそうだ。なんだって。
「んな、綺麗な小娘が主犯だとか、ありえねーだろぉ……」
男を見下ろすのは天使のような神聖を宿した少女だったのだから。
後光すら負けない黄金の髪に神が使わせた天使のような精巧な相貌。穢れを知らない華奢な身体。より神聖さを宿すのは前髪に隠れた金木犀の瞳――その瞳を持つ慈悲のない表情だ。
己とは生きている次元すら違うのではと、男は乾いた笑みしか溢せない。
「天使が……俺を地獄に堕としに来たかぁ……はっ」
「――――――」
少女は男に何かを訊ねた。
「えっ?」と聞き返す男に、もう一度少女は訊ねる。
「――おじさんは、愛されたことはある?」
男は呆けながら微笑んでこう言った。
「孤独は寂しいーゼェ……小娘」
ああそうだ。天使だった。天使のような少女だった。だけどそれを光栄なこととは思えなかったのだ。
男はその少女が天使などではないと知りながらも、天使と命名しては唾棄した。
少女の手には鎌があった。漆黒の鎌だ。人の魂を奪う死神の鎌だ。
少女は無慈悲に鎌を振り被り、男はただ天使のような少女に目を奪われながら光を失った。
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