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第11話 忘れないから

青海夜海です。

今回は少し長いですが、大切なところなので一気にまとめました。

よろしくお願いします。

 刹那、耳朶に悪魔の声が――銃声が轟き。

 視界の端、その命殺すものは――


「――――っくぅぅぅ~っぁっ――⁉」

「ぃ……ち、る……ぅ」


 僕を庇ったその人の胸に再び血華を咲かせた。

 泣き叫んだ赤い花びらが舞い荒れるように。

 その人の、その胸の、その心、その背中の、その――君の命が赤かった。


「――――ぁ――いっちるぅぅぅうううううううううううううううううっっっっ‼」


 崩れていく一縷を咄嗟に支える。君は苦し気に「ごめんなさい」……と。


「なんでっ!なんで……っ!なんでだよぉっ⁉」


 堪え切れない花嵐にとめどなく溢れる。


「なんでっ⁉こんなことっ!なんでっ君が謝るんだよォ‼」


 僕の絶叫に禿頭男は大嘲笑を上げる。


「あは‼あははははははははははははははは‼いや~すまないね。だけど、僕はそんな死に底なった女に興味はないさ。『Did you know?』僕たちのワールドでは戦争をしているのさ。『We are rights.』自分たちが正しいと信じて殺し合い、植民地の奪い合い、権力、武力の証明をしているのさ。つまり、害にしかならない存在は排除。裏切り者は排除。戦場で死なずにましてや敵に助けられたものだなんて、それこそ排除。エクスクルード。これは当たり前のことさ。嗚呼――害虫の味方をする愚図なんてこの世界には要らないさ」


 心底凍えた蔑みと怒りの声音が落される。まるですべてに反吐がでると。

 禿頭男は当然とばかりに仲間を殺した。害にしかならないからと、それだけで殺した。違う、邪魔だからと抵抗もせず人質にされただけの女の子を銃撃した。


「それとついでに言っておくよ。僕が事実欲しいのは『見た目の良い女』じゃない。『異能を持つ女』だ」

「――――」

「キミは僕たちの事情に無知だった。それだけさ。カース・ユアーセルフ」

「――――――――」

「キミたちは本当にフールだ。被害者ズラをするな、反逆者トレーター


 イチルは膝を崩して絶望の涙を枯らす。「そ、そんなぁ……」と自分と同じ彼女が撃たれた、殺された事実に蒼白する。絶望に息が焦りを増す。ノルンもまた、静かに悔やみを咥え殺意の眼差しと、けれど拭いきれない悲しみに血の涙を流す。

 僕は……僕はただただに、赤かった。消えていく体温、か細く失われていく呼吸。眼を閉じて苦しそうに呻く。

 銃声が鳴り、弾丸が走り鎌が往なす。軍人男の舌打ちが頭を殴る。禿頭男が何かを言っているが何もわからない。

 一縷が口を開いて僕の頬へ手を伸ばす。届かない温もりを。


「――仕方のないこと、なのよ」

「…………」

「ふふ、そんな顔、どうしてわたしにするの、かしら?」

「…………」

「好きな人、いるのでしょ?その時に取って置いて。わたしにはもったいないわよ」

「――っ‼そんなことっ――」

「―――――――――――」

「うるさい……そんな、顔で……っそんなこと、言うな。言うなッ!」

「…………。そ、うね――――」


 一縷は悲し気にほんの少しの笑み、あるいは自嘲を口端にそして気を失った。


「……一縷?一縷っ!くっ~~~~‼……一縷っ。僕は――」


 ほんのりを命を温もりを灯す彼女を抱きしめ、そっとその場に降ろす。

 まだ生きている。けれど、死に逝く。

 火に燃やされながら懸命に抗う花のように。

 僕はただただに認められなかった。許せなかった。怖かった。痛かった。違った。違った。僕は――僕は――僕はっ――


 銃を再度握り直し、立ち上がり、前を見据える。


 嗚呼、そうだ。そうなんだ。僕は――


「お前たちを殺してやるッ‼」


 僕は怒っていた。彼女を殺したすべての存在に。

 僕は叫んでいた。彼女の涙を知りたくなくて。

 僕はがなっていた。彼女に救われた僕自身を!


「あぁ、アァああああああああああアアアアアアアアッッ‼」


 僕は走る。走る走る走る。

「撃て!殺せぇ!」と銃弾の嵐が狂うように僕へ注がれる。

 ああでも、止まらない。止められない。この激情に、許しは与えられない。僕は狂うように銃弾を放った。


「死ねぇええええええええええッ‼死ねッ!……ッッ殺してやるッ‼」


 僕の銃弾がとある男の肩を射抜く。僕の顔面が撃ち抜かれる。


 ――奴等を殺せる武器を――


 僕は生き返る。その手にもう一丁の銃を持って、血を振り回して生き返る。


「どうなってやがる⁉おまえっ死んだはずだァ!」と軍人男が叫ぶ。


 なら、僕は嘲笑ってやる!何度でも死んでやるッ。


「ああそうだ。僕は死んだ」


 僕の銃弾が、また一人二人殺す。そして僕もまた全身を銃弾に撃ち抜かれて死ぬ。


 ――奴等を殺せる武器を――


 そしてまた僕は生き返る。どんな代償があろうと、僕はこの激情のままに赦しはない。奴等を皆殺しにするまで。弾薬が空になった左手の銃を捨て、ポケットに入っていた手榴弾の栓を抜いて放り投げる。

「貴様ぁ⁉自分諸共――」その後に言葉は続かず、弾丸が貫通して爆発した。悲鳴が劈く。死してなお死に逝く人間の最期を耳にする。


 ――奴等を殺す。そのための武器を――


 僕は爆炎の中から姿を出す。誰かが呟いた。――悪魔だ――と。


「それはピッタリだ。僕は悪鬼。それでいい。彼女を殺した。しょうもない理由でお前たちは僕の大切を奪った」

「……よ、ぎりぃ、くぅん」


 死に逝く自分を抱えるイチルの震えた声が届いた。ああそうだ。僕は彼女たちを友達だと思っていた。だから許すことはできない。


「これは単なる八つ当たりだ。復讐だ。許せないから許さないんだ!」

「バカげている⁉たった一人、女が死んだだけで……っ。そいつはオマエの敵のはずだァ‼」


 軍人男の怒号に頭を横に振る。禿頭男と共に背後に下がった臆病者に銃口を向ける。


「僕はいつ、彼女のことを敵だと言った?」

「~~~~まさかっ⁉最初から僕たちを騙す気だったのか⁉」


 禿頭男に僕は嗤ってやる。クソがっと。


「最初に仕掛けたのはそっちだ。覚悟しろ。僕は全員地獄に堕としてやる」


 引き金を引く。時空を駆ける銃弾は禿頭男の掌を穿った。


「~~~~ぁ、ァァァァァァ⁉ぼ、ぼっ、くの……手ガァァァァ⁉」

「チっ……オレも前に出る!奴はイカれてやがるゥ‼死んでも生き返る悪魔なんざァ!」

「まっ待て!ぼ、僕を一人にするなぁ……!」


 禿頭男の叫びを無視して軍人男が僕に迫る。その間に僕はまた殺され生き返る。右手には剣を左手には白い短足銃を。相手の数は十二。全員が銃を持っている。それでも負けるわけにはいかない。僕は走る。この身がどれだけ傷つこうとも、何度死のうとも。

 剣で容赦なく野球部員補欠の手首を切り飛ばし首を斬核する。その死体を盾に弾を防いで身を低くして飛び込む。「ひぃぃぃ」と剣に怯えた野球部員補欠の心臓を白い銃で撃ち抜く。斜め左から飛んできた銃弾に頭が貫通。何度目かもわからない意味のわからなくなりそうな濁流の熱と冷気に意識が飛ぶ。


 ――もっと速く。もっと強く――


 生まれ変わる。全身に感じたこともない力を感じる。それに戸惑うことはなく、僕は剣を振り下ろす。間一髪で脳を狙った弾丸を切り裂き、驚愕する野球部員補欠へ肉薄。俯瞰すれば先ほどの僕とはまるっきり違うスピードで迫り、増した力が軽々と銀の重い剣を振り下ろした。袈裟が血を咲かす。その死体を蹴り飛ばし後ろにいた野球部員補欠にぶつける。白い拳銃を連発して絶鳴させる。僕は血を大量に吐く。肉体を強化した代償だった。


「死ねやァアアアアアア‼」


 背後から迫った軍人男にアサルトライフルで身体中鉢穴になるほど撃ち込まれ、痛みの連鎖に意識はブラックアウト。なら願おう。


 ――爆弾の雨を――


 目を覚ますとそれは降り注ぐ。炎の弾が僕たちの戦場へ降り注ぎ炎の海となる。


「ぎゃぁあああああああああああ⁉」

「あづぃ⁉あづぃぃぃイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ……」

「にげぇ…………――――――」


 次々に炎に呑まれて死んでいく。まるで地獄の煉獄より助けてと請う囚人のように。

 僕は炎の爆発に吹き飛ばされ身体中を激しく打ち付け意識を手放す。なら願おう。


 ――火は白い煙に変われ――


 生き返り、背後から僕の名前を呼ぶイチルの声が聞こえて振り返り、嗚呼、まだ彼女は生きていると安堵する。恐らくノルンが頑張ってくれている。

 続いて身体を起こしながら視界に違和感を持つ。霧だ。炎は霧となり工場内を包んでいた。白い煙は霧と解釈されたのだろう。別に僕はどっちもいい。


「あぁー……君だけは、きっと助ける。こんなお遊戯はもう終わりにする」


 僕は霧の中へと身を投じて、はっと背後の気配に前へ飛び込む。刹那、背後で霧が裂かれ軍人男の姿が現れた。


「貴様はどんな能力者よりも厄介者だ。危険人物、オレたちの邪魔にしかならない。故にここで確実に殺しておく」

「それはこっちのセリフだァ。お前が一縷を撃ったこと、忘れてないからなァ!」

「それを貴様らに言える資格があると思うなよォ。反逆者ァ‼まーいい殺せば同じだ」


 軍人男の右手には鉄パイプ。左手には拳銃だ。僕の右手には銀の剣。左手には白い銃。相手は体格のいい軍人のようで殺すのも殴り合うのも慣れている人間。戦争を体験した人だ。

 それに対して僕は記憶がなくて強化された身体は炎を降らせたことで消えた。戦闘の経験なんてない。人を殺すことには慣れた。死なないから恐れない。違う、一縷のために恐れられない。【死に願い】――それだけが僕の武器だ。

 劣勢だ。冷静に戦ったらまず間違いなく負ける。それを相手も理解しているのか仕掛けてこない。この時間が僕の頭を冷やしていく。死体は全部燃えた。禿頭男がどこにいるのか、逃げたのかわからない。嗚呼、それでもやることは一つ。


「殺すッ」

「やってみろォ!化け物ッ!」


 僕は声を荒げて走りだす。一直線に走り銃を連発。利き手じゃない左の照準は合わず男の左右へ流れる。舌打ちをして剣を振り下ろす。


「甘い」


 鉄パイルで防がれ吹き飛ばされる。がぁっ、と地面に身体を打ち付けながら体勢をなんとか立て直すが、顔をあげると霧の中より鉄が混じってやって来た。僕は咄嗟に左へ転ぶように逃げるが、左足が折られた。骨の折れる痛々しい音が激熱を逆流する血液のように全身を駆け回る。


「ァァっ……ァァァァァァァァァァァァァァァ――ッ⁉」


 折れた左膝を抱え疼くまる僕に容赦なく男は鉄パイプを振り下ろした。


「ガァ――ッッッッッ……⁉」


 右肩が砕かれた。右足が潰された。アバラが拉げて内臓に突き刺さる。男は容赦なく僕を滅多打ちにした。急所を外して死なないように。

 僕は発狂した。痛みに苦しみにそれらの連鎖、永劫にも思える抉り貫く熱と刺激の暴走に。


「まだダメだ。貴様は殺し過ぎた。簡単に死なせると思うなよォ」


 軍人男は僕が意識を手放そうとする度に苦痛を与えて蘇らせた。僕は死なずして何度も蘇る。永遠に痛みに晒されながら。


 嫌だ……どこかで誰かが呟いた。

 痛い……誰かがどこかで泣いた。

 逃げよう……誰かが背を見せて脚を回す。

 無理だよ……どこからか諦観が蹲った。

 やめよう……誰かがそこで目を瞑った。

 死にたい……誰かの――僕の声に僕は灰となっていく。死ねない僕は死にたいと願いながら灰へとなる。

 ああどうしようもなく僕は弱かった。

 もうすべてを投げ出して死んでしまいたかった。失う痛みも傷つける罪の重さも痛めつけられる天罰からも。

 逃げ出したくて、諦めたくて、死にたくて――――死ねるはずがない、そう僕は弱い僕を追い払う。

 誰かが手を伸ばすのだ。誰かが僕に告げるのだ。

 その笑顔をその赤い瞳を、その怒った顔を呆れた苦笑を、恥ずかしがる赤い頬を受け入れてくれた優しさを――

 僕を信じてくれた彼女が言うのだ。


 ――あなたは生きなさい


 ――――。そうだ、僕は君のために僕のエゴでここにいる。そう決めてそう怒ってそう戦った。人を殺した。何度も死んだ。それでも、ここにいる。だから――


「死ぬわけには……っいかないんだァ‼」


 僕は自分の胸目掛けて銃を打つ。


「貴様ァ⁉逃げるつもりか⁉」


 吠える軍人男に僕は嗤えただろうか。嗤えていれば僕はまだまだ戦える。

 さあ、ここからだ。

 胸ポケットの手榴弾に銃弾が掠り、僕の血を浴びる。刹那、不具合を起こした手榴弾は栓を抜かれることなく爆発した。きっと、僕たちは大きく吹き飛ばされる。そして、僕は全身の傷が治って生き返る。だからここが分水嶺だ。

 この『願い』一つで変わる。僅かな、けれど永遠の時の中、僕は願った。



「死ねばいい」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――っ



 霧は晴れ、生き返った僕に武器はない。全部砕け散った。

 視界の向こう、全身を火傷に追われた男は血を吐いて僕を睨みつけた。爆発の間際に身体を引いたのか、男の脚は生きている。腕は爛れている。反動が内臓を潰したのかもしれない。別になんでもいい。男の武器もなくなっていた。

 そして、僕は願いを知る。願いが叶えられる、その法則のイレギュラーを身に浸す。万全な身体の僕もまた血を吐いた。


「やっぱり、願いが叶えられないと死ぬみたいだ……けど、イレギュラーはある。理屈はいらない。それでいい」

「貴様ぁぁあああああ」


 吠える男に僕は殴る構えを作る。


「僕の願いは彼女を治せない……だからこれしかない!僕が復讐する。それでいいんだ!」

「貴様ァアアアアアア‼化け物は死ねぇえええええええ‼」


 ここからは肉弾戦。純粋な暴力の決闘。駆けだす男に僕もまた駆ける。そして互いに拳を振り抜いた。


「げぉっ‼」

「ヴぁっ‼」


 左の拳が僕の顔面に、右の拳が男の顔面に突き刺さる。互いに一歩下がって殴り合った。腹を肩を顔を。蹴り合った。脚を傷を顎を。頭突きが鼻を折り、拳骨が脳を揺さぶる。

 傷だらけの男と喧嘩の経験のない僕。力の差は歴然、本来ならだ。けれど、ハンデを貰っている。負けるわけにはいかない意地がある。負けられない理由がある。


「オラァァアアアアアアアアアアアア‼」

「あぁあああああああああああああああ‼」


 そして、僕のパンチが大きく男の顔面に食い込み吹き飛ばした。

 はぁはぁー、と大きく肩で息をしながら歩み寄る。男は満身創痍で立ち上がろうとするが立ち上がれなかった。だから、僕は拾った銃口を男の額に向ける。男は諦めたように不敵に笑った。……笑わないでくれ。


「貴様のようなヒョロイ餓鬼に負けるとはな。オレもまだまだのようだ」

「知るか。僕には意地がある……負けられないんだよ。エゴだとしても、悪いな」

「…………いい。オレは結局、三下に付き添うだけしかできねークズさぁ。あーだから忠告してやる」


 そう、男は言った。


「上が集めているのは、貴様のような〝異能者〟だ。そして全員が貴様らを憎んでいる」

「――――そうか、ありがとう」

「…………」

「――――」


 別れの挨拶などいらない。こいつは一縷を殺した。

 だから、僕は引き金を引いた。

 彼女の涙はすべて拭い去られた。




 涙が止まらなかった。声も出なかった。手も伸ばせなかった。小さな呼吸に、止まらない赤花びらに、血の気を引いていく彼女が自分には思えなかった。

 彼女はあたし。だけど、自分だなんて思えなくて……涙は止まらなかった。


「お前たちを殺してやるッ」


 彼が声を上げて戦場に飛び出していく。激情のままに人を殺していく。何度も死んで何度も生き返って。痛いのに苦しいのに悲しいのに……。飛んできた銃弾に動けないあたし。

 小さな少女の鎌があたしと死ぬ逝く〝わたし〟を守る。


「…………違う」


 あたしはこんなものが見たくて、こんなことをしたくて生きていたわけじゃない。違う、これも全部あたしのせいだ。あたしのせいで……彼女は……


「――――ぉ」

「え……?」


 掠れた声に顔をあげる。うっすらと眼を開いた彼女はあたしを見て口を懸命に動かした。


「あなた、せいじゃない……わよぉ」

「――っ!どうしてっ!どうして――っそんなこと言うのよ!」


 この気持ちに偽りはない。だけど、わからない。もうどうすればいいのかわからななくて、声を荒げてしまう。自分を責めてしまう。そんなあたしにどうして〝同じあたし〟は微笑むの?ぐしゃぐしゃな感情の奥で怒りが沸き上がる。

 どうして――と。


「あたしがっ!……あたしがぁ!無責任なことをして、あんたたちと出逢って巻き込んだ!全部あたしのせいよっ!あんたが……死ぬのも……あたしの、せいっ」


 ただあたしは捕まっている時凪ときなを助けたかっただけ。だけど失敗して追われて……巻き込んだ。深く重い後悔があたしの存在を押し潰す。

 立ち上がれないあたしに彼女は「来て」と手招きする。あたしは重い脚を動かして彼女の横に腰を下ろす。すると、彼女はあたしの指を弱く握った。

 もう、あたしにとって彼女――違う世界の一縷は一人の少女だった。


「自分が死んだほうがよかった」

「――っ⁉」

「わかるわよ……だって、私は、あなた……だもの」

「……違うわよッ!あんたはあんたでッ、あたしはあたしよっ。……あたしと同じだなんて、あたしは思えない……っ!」

「……そうね、なら姉妹……かしら?それも、悪くはないわね」


 もしもだ。もしも彼女のような姉がいればあたしはきっとその優しさに憧れを抱いたことだろう。あたしから見る彼女は優しい人だから。

 もしもだ。もしも彼女のような妹がいれば、あたしはきっと彼のように本気で助けたいと動けただろう。あたしから見る彼女は彼が叫んだ大切に――守りたい人になっていたから。

 少しの時間。共に逃げただけ。それでも、互いに感じ取ってしまう。あたしとは違うあたし。きっと目の前のあたし同士がいつかどこかで抱いて願ったあたし自身なんだと。

 彼女の息が荒くなっていくように、彼の戦いも激しくなっていく。爆発の熱気と熱風が波を拭う。熱くて痛くて、触れる指先は冷たい。


「そんな、〝わたし〟に一つ……お願いするわ」

「お願い……?」


 彼女は微笑むのだ。


「――私の分まで生きて」

「――――」

「陳腐ね。でもいい言葉だと思うの。私の未来を、同じ〝わたし〟に託せるなら……きっとわたしはまだ死なないで生きていけるわ」

「……そ、そんなの、夢よ。有り得ないわよ……っ、ありえない――っ!」

「それでもいいわ。生き残りたくて、彼の仲間になったのよ。ただそれだけだったのに……この世界の、私に出逢って、彼は馬鹿だけれど……、一緒にいるの嫌いじゃなかった」

「…………、…………」

「だから、お願い。私の生涯を継いで」

「――――それが、〝わたし〟のお願いなの……?そんな、当たりっ障りのない、小さなものが……不確かな、寂しいものが……?」


 彼女は微笑んだ。それでいいのよ……そう、命の涙を瞼に溜める。

 別れがそこにある。彼女は助からない。あたしは振るえる声をぎゅっと指を握って。


「もっとっ、話したかったわ!色々なことを話して、知って、分かち合いたかった!あんたの人生を知りたいっ!あたしの人生を教えたい――‼きっと気が合うわ。だって、同じあたしだもの!でも、友達にもなれたとの思うのよ」

「……ええ。いいわね」

「そ、それで!彼の馬鹿に付き合って、彼の慌てる顔を見るのよ!最高に素敵だと思わない?」

「…………そうね、きっと素敵ね」

「だから――っ……だから………………ぁ、っ――」


 涙が止まらなかった。どうしても止まらなくて、彼女の両手をギュッと握り込んで嗚咽を抑える。止まらない涙の奥であたしじゃない〝わたし〟は囁いた。


「最後に――夜霧よぎり、くんに……伝え、てぇ……」

「え――」

「―――――――――――――」


 その言葉を最後に、爆炎に照らされながら眠りについた。

 正真正銘最後の涙を、たった一粒の涙を。


 彼女を壁際に退かして、あたしは立ち上がる。

 涙を拭え。甘さを捨てろ。託された彼女の命を胸にしまい、止まらずに歩め。走れ。声を上げて生きろと、生きるんだと叫べ‼


「ノルン」


 金髪の少女は振り返り、こくりと頷いた。


「私も一縷お姉ちゃんのこと、好きだったの。一縷お姉さんとお兄ちゃんといる時間は、そう、幸せだったの。それはきっとお兄さんも一緒なの」


 前を向けば爆炎に吹き飛ばされたぼろぼろの彼が倒れていて、思わず叫ぶ。あたしの声に応えるように彼は立ち上がり振り返った霧の奥へと走りだす。だから、あたしも彼の後を追うように走る。


「ノルン、あたしに力を貸してくれないかしら?」


 というと彼女は。


「ん!」


 と年相応の笑顔で頷いた。

 あたしとノルンは大きく旋回して霧の奥へと走る。


 出入口には気を失っている時凪を見て「時凪!」と声を上げる。彼は「うっ」呻き声を上げるが起きる気配はない。


「頭を強く打っただけなの。それよりも」

「そうね。あのクズを追いましょう」


 工場を出て直ぐに発見できた。禿頭男は足を銃弾で撃たれたようで引きずっていた。他に部下が二人。


「どこへ行くのかしら?」

「なっ⁉」


 驚愕を晒して尻もちをついた禿頭男はあたしたちを見上げてガクガクと震えだす。


「お、お前たちぃぃい!ぼくをまもれっ!」


 そう部下に命じる禿頭男は何かが倒れる音に横を向いて。


「ん、もう終わったの」

「ひぃぃぃぃぃい⁉」


 ノルンの鎌が部下を瞬殺した。


「待ってくれ!ち、違うんだ⁉こ、こんなつもりは――そうだ!全部、あの男のせいだァ!あいつが勝手に撃ったのが悪いのさぁ!ぼ、僕は悪くなんて――」


 引き金を引く。銃弾が彼の股の間に着弾した。悲鳴を上げ尿を漏らす禿頭男にあたしの心は心底冷たくなっていく。こんなどうしようもない男に彼女は殺された。その事実にその理不尽にあたしはたまらなく嫌になった。禿頭男の譫言すら聞くに堪えず、あたしは引き金を引いた。


「地獄に堕ちなさい」

「ま――――」


 バァーーーーン!


 額を撃ち抜かれた禿頭男はもう動かなかった。

 呆気ない最期。晴れない心。それでも進むしかない。彼女と生き続けるために。



 工場内に戻ると彼と軍人男の戦いは終わっており、軍人男は彼の手によって死んでいた。銃を構えて立ち尽くす彼に歩み寄り、こちらを見た彼に伝える。


『あなたを生徒会副会長に任命します』


 彼は笑った。そして泣いた。


「それは、嬉しいか……なぁ……ああ」


 その顔をあたしは忘れない。あたしじゃない〝あたし〟のために怒って、泣いて、悔やんでくれた彼のこの顔を忘れない。

 涙を溜めて、悔しさを滲ませて、痛みに歯を食いしばって、それでも馬鹿みたいな笑みを。きっと彼女は微笑んでることでしょう。

 月ヶつきがせ一縷は夜霧くんを忘れない。




 僕たちは彼女の前に膝をついて黙祷する。思うこと悔やむことは沢山。もっと話しをしておけばよかっただとか、楽しかっただとか、君と一緒にやる生徒会はきっと最高の青春になるだとか、妄想とか絵空事だけど、それでも話せばよかったと思う。そんなことを今更君に伝えても「は?」て、怪訝な顔をされそうだから言わない。けれど、これだけは。


「楽しみにしてる」


 それぞれの想いを込めて、静かな敬弔が行われた。弔花や弔銃なんてものもあるけど、僕らは何もしない。

 一縷を僕が背負って僕たちは黙って工場を後にする。そこにいる理由はもうない。しばらく歩くと深い緑が生い茂った少し大きな公園規模の樹海を見つけ、僕らはその奥、円形に開かれた陽の当たるそこの端に穴を掘って彼女を埋葬した。ノルンが摘んできた白と赤の花を弔花として供え僕たちは息を吐いた。


「行きましょう」イチルが背を向ける。

「…………ん」ノルンは名残惜しそうにイチルの後を追う。


 僕は彼女の左耳から落ちた赤いひし形のピアスを左耳に突き刺す。それは戒めで誓いで君はここにいると、僕はそんなことでしか証明できない。

 だから、血が溢れ痛みに痺れる彼女の遺品を僕は身に着ける。


「また……」


 僕もまた背を向け歩く。

 最悪な出会いの君へ、僕は君のことを知っています。

 そして僕は死ぬ。この瞬間、先ほどの僕の願いは叶えられた〝死ねばいい〟……その願いは僕と男が死ぬこと。

 だから再びの死に一つ願う。


 一縷のことを忘れませんように

ありがとうございました。

ここで第一部は終了です。次は第二部は入ります。

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次の更新は明後日以降にします。

よろしくお願いします。

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