第37話 五匹、丘の上で
丘の上で、遠くにうつる広い草原を眺めながら、5匹はお弁当にしていた。
みんながそれぞれ、これまでの旅路を話している。ルヴナンは遠くで雷が落ち、草原に火が上がるのを見たことを、レアールは降ってきた卵がポポだったことを、ポポは卵で転がって助けに行った驚きを、アデリーは川に流されていたところを助けてもらったことを、そしてピヨはアデリーを助けるために寒さやカモメと戦ったことを。
特にピヨのカモメとの戦いは全員が健闘をたたえ合った。
「本当に死ぬかと思ったわ」
一番に怖い目にあったアデリーが、安心してお弁当をくちばしで突っつく。
「ルヴナンは覚えてる? おぼれかけた時、ルヴナンが華麗に飛び込むのが見えたんだよ」
ピヨはルヴナンの方を見て、自分が気絶する寸前のことを話した。
「あれはね、ピヨ。アデリーを助けるときに泳いだのを思い出して、やったのさ。あれがなかったら、助けるのが遅れていたかもしれないね」
ルヴナンはその美声で、珍しく誇っていた。
「じゃあ、アデリーを助けたのが経験になってたんだね。君もやるね」
からかうようにレアールがルヴナンからお弁当をサッとくちばしでとろうとした。ルヴナンがレアールの翼をはたいて制止する。ケチっと言ってレアールは笑った。
「これ、おいしいよ~~」
ポポが空気を読まずに、お弁当の美味さに酔いしれていた。
ピヨはこのお弁当の空間を楽しんでいた。過去となった冒険譚に花が咲き、ワクワクを共有し合うことに、自然と顔がにこにこする。
今思うとこんなに平和になったのは久々だった。旅では戦うことが多かったからだ。一時の安息。そして、ピヨはこれからの冒険のことを考えた。
「みんなは、これからどうするの?」
ピヨの言葉に、全員が一度食べるのを止めて、考え込んだ。
「僕は、ピヨについていこうと思う。お母さんのこともあるけれど、今は君の面倒を見ていたい」
ルヴナンは素直に自身の方針を言った。そう言われてみたものの、ピヨとしてはこれから、どこに行けばいいか思いつかない。
「ポポは、どうするのさ?」
レアールが自分のことを棚に上げて、ポポのことを聞いた。
「僕は~~。そうだなあ? お父さんのところ、あまり帰りたくないなあ」
さっきの冒険譚でピヨは聞いたのだが、ポポのお父さんは怒りっぽく、ポポは好きではないようだ。
「お父さん、か。私は早く帰りたいわ。でも……」
アデリーは故郷を想って寂しそうだった。そして、これからの旅を不安視しているようだ。ピヨは励ましたくなって、一つの言葉を思い出した。
「カワウソのおばさんが言ってた。僕たちみたいな子がいる、場所があるんだって」
自由の谷。そう呼ばれる場所のことを、ピヨはみんなに話す。
ルヴナンがうなずき、レアールはへえっと感心した。ポポは好奇心で目をキラキラさせている。
「自由の谷。そこに行けば、帰れるかもしれないのね」
アデリーは食べ終わった後、お皿の葉っぱを地面に置いた。そして頭を下げて礼をすると、決意して言った。
「わたし、そこに行くわ。ピヨ、みんな、ありがとう。」
その言葉にルヴナンがぎょっとした。危ない旅になるからだ。
「一人で行くつもりかい?」
「大丈夫」
アデリーは短くそう言った。
ピヨはアデリーが気丈にふるまってくれているのに気づいた。そして、どうして? と思った。どうして、一人で行ってしまうんだろう。ピヨは何かこみ上げる感情を覚えた。この気持ちが何なのかはわからなかった。でも、力になりたいことだけは分かる。
「僕、ついていくよ」
ピヨが立ち上がると、ヒューっとレアールがはやし立てた。
「僕も! 僕も行く! ずーっとお父さんの巣で、僕は外を知らないんだ!」
おなか一杯になった元気さで、ポポが片翼を上げてついていくことを表明した。
「それなら当然、僕がそばにいるよ」
クールにルヴナンが頭の羽を風になびかせて言う。
「じゃあ、僕もいこうっと」
あっさりレアールが言った。まるでオマケのように。
「みんな……ありがとう」
アデリーが涙ぐみながら、お礼を言った。
「アデリー。後ろの空を見て」
ピヨは顔をオレンジ色の日を受けて、目を見開き、翼で指さした。
「わぁ……!」
アデリーが振り向いて感動する。
それは、夕日だった。
オレンジと赤のグラデーションが草原を染め上げ、大きな夕日が地平線へと沈もうとしていた。
ピヨは思う。世界はこんなにきれいだっただろうか?
「こんな美しい夕日、初めてだ」
ピヨが言うと、みんなが頷く。
5匹は丘から、夕日が沈むのをずーっと眺めていた。
この時だけは、厳しい世界がみんなを優しく迎えてくれている。そんな気がした。




