第31話 お弁当をもって
「もう行くのかい?」
草でくるんだ乳粥のお弁当を持たせられ、ピヨはそれを草のリュックに入れて、カワウソのおばさんへ頷いた。隣にはルヴナンと、アデリーが傍にいる。
「友達を探しているんです」
はっきりとした意志の固いピヨを見て、おばさんはそうだねえ。と、思い出したように言う。
「そういえば、アンタたちのような小さな子を預かってる自由の谷って場所があるらしいよ」
その発言に、ピヨの背がピッと伸びた。
「そこにいけば、アンタの仲間も沢山いるんじゃないかね?」
ピヨはぐんぐんと頷き、嬉しい気持ちになった。
そうだ、そこにレアール達もついているに違いない。希望が確信のように近く感じられる。背を向けようとして、ピヨはこうやって世話を焼いてくれるカワウソに頭が上がらない気持ちと、まだまだここに居たいような名残惜しさを感じていた。
「小さな子が遠慮してどうしたんだい。そういう時は、ありがとうって言うんだよ。これから何度も言うことになるさ、覚えてお行き」
おばさんは二匹の雛に草のリュックを背負わせてくれた。
「うん、ありがとう!」
ピヨが踊るように羽をばたつかせて感謝を体で伝える。
「ありがとうございます」
ルヴナンが少し長くなった首をもたげて礼をした。
「ありがとう! おばさん」
静かにアデリーが卵を揺らした。
おばさんは出ていくのを躊躇う3人の中の、アデリーに声をかける。
「アデリー、がんばってできない時は、力を抜いてみるのも大切だからね」
「う、うん」
そして、皆の背をせっついた。
「さあ、おいき。途中まで、私の旦那が見送ってくれるからね」
しばらく草むらの中を転がったり歩いたりしていると、草むらが開けて森に続く草原が見えた。
振り返ると、背にカワウソの影が丘に立っていた。
ああ、あれが父カワウソだ。とピヨには分かった。
草むらを出る手前まで、ずっとこっちを見送ってくれる。
「ねえ、ルヴナン。見守られてるって、ふしぎだね」
「ああいうのが、温かい家庭って言うのかな」
ピヨが聞き、ルヴナンがどこか遠い情景を想い、呟く。
夕焼けがカワウソの父の影を長く、伸ばしている。
小さくなっていく父の影へ、ピヨは大きく手を振った。
カワウソの影は大きく体を伸ばすと、2,3回飛んだ。
そして、草むらの中へと帰って行った。
「さようなら、カワウソ夫婦さん」
アデリーが感謝と離別の辛さを感じているようだった。
ピヨはアデリーの卵が震えつつ我慢しているのを、困ったように見る。
何か一言、声をかけれないかと思ったのだ。
「自由の谷には、カワウソさんみたいな人がきっといるよ」
そう言うと、アデリーはピヨの方へ卵を傾けた。
「だったら、いいな。うん、だったら、いいな……」
ころころと卵を転がすアデリーの影と、ルヴナンとピヨの影が次の森の方を指すかのように、まっすぐ伸びていたのだった。