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それは、言うなれば危険察知に似た感覚だ。
私は収穫の手を止め、立ち上がる。そして周囲を見回し……自分の直感が正しかったことを悟る。
アメリたちがいた場所に、黒い靄が発生していた。とても不安を誘う闇の揺らめきだった。
その不吉な闇は、すぐに形を形成する。……それは、黒い獣の形をしていた。大型の猟犬のような形状だけれど、全身に闇を纏っていて、どう見ても自然界の生き物ではない。
私の頭に一つの単語が浮かび上がる。
(魔獣……!?)
どうして、こんなところに魔獣が?
じりっと後ずさる私の姿を、その不吉な存在の目が捉えた。その途端、魔獣の悪しき力に晒されたのだろうか、私の足は固まったように動かなくなる。
そして黒い影は、こちらに向かって駆け出した。風を切るほどの物凄い速さだ。
一目散に私を目掛けて襲いくる魔獣。けれど私の足は、まるで何かに拘束されているかのように動かない。
「アイリーン!」
魔獣の襲撃に気付いた母とルイーゼの悲鳴のような声が重なる。跳躍した魔獣の牙が、逃げる時間すらなかった私の喉元に喰らい付こうとする。
ーーまさに、その時。
私と魔獣の間に割って入るよう、白い獣が現れた。
そんなこと、あるはずないのだけれど、その白い獣は、まるで無の空間から突如、現れたかのようだった。
うっすらと純白の毛並みが輝いて、とても神々しい生き物だった。精霊、というのは、こういう存在なのかもしれない、とすら思った。
その白く、とても美しい獣は、私に喰らい付こうとしていた魔獣を体当たりして一旦退けたのち、唸り声を立てて、改めて魔獣と対峙する。
体当たりされた魔獣は強かに地面に叩きつけられ、呻き声を上げる。そんな魔獣に向かって、純白の獣は歯を剥き出しにして、駆け出そうと後ろ足を蹴る。
その瞬間ーー勝負は決したようだ。
迫り来る白くしなやかな狼のような獣に、魔獣は怖気付いたのだろう。白い獣から一歩後退り、距離を取る。そして尻尾を下げると、そのまま後ろを振り返り、一目散に逃げて行った。
白い獣もまた、逃げる魔獣を追って姿を消したのだった。
(助けて……くれた……?)
獣たちが去って行った後も、私はしばらく、足が萎えて動くことができなかった。
やがて、
「アイリーン、大丈夫!?」
と切羽詰まった声の母が駆け寄ってきて、その時、ようやく恐怖という名の呪縛から逃れられた気がした。
「うん、大丈夫。……白い獣が助けてくれたみたい」
緊張感で喉が干上がっていたけれど、何とか声は出せた。
けれど、ふと気付く。こういった時に、すぐに駆け付けて私の安否を確認してくれるルイーゼが、まだここに来ていない。
(ルイーゼ……?)
見渡せば、ルイーゼは元の場所で立ち尽くしているようだった。いや……硬直しているようだ。顔面は蒼白で、私より恐怖を強く感じたのかもしれない。
ここは姉である私が支えてあげなきゃ。
「ルイーゼ」
声をかけると、ルイーゼははっとしたように私を見て、
「アイリーン……」
と安堵した声で私の名を呼んだけれど、次の瞬間、胸を押さえて苦しそうな呼吸をし始めた。
それほどまでに魔獣が怖かったのだろうか。
極度の緊張で、呼吸困難になることもあると、何かの本に書いてあったような気がする。私はルイーゼの元に駆け寄った。
「ルイーゼ。大丈夫。私は大丈夫よ」
もう一度繰り返し、彼女の背中をそっとさすってみる。しばらくそうしていると、少し呼吸が落ち着いてきたみたいだから、私は彼女から離れようとした。けれど。
「アイリーン、離れないで」
ルイーゼの手が私を抱き締める。縋るような力だった。
「もっと側にいてください」
ルイーゼの体は、まだ微かに震えていた。
ルイーゼが落ち着くまで、私はずっと彼女の体を抱き締め、背中をぽんぽんと叩いて、あやし続けていた。その間、何故か右肩あたりがほんのりと熱を持っているような気がした。
これが、私と純白の獣「もふもふ」との最初の出会いだった。