4-1 白き獣
お日様がさんさんと照っている。
その日も、私とルイーゼは母に連れられ、畑で農作物の収穫を手伝っていた。……ちなみに当時、私とルイーゼは近くの学校に通っていたので、母の手伝いができるのは、学校がお休みの時だけだ。
青々と豊かに繁る畑を見渡しながら、私はしみじみと感じ入る。
(本当に、フェルナンが来てから、お野菜が丸々と肥えてきたなぁ)
自分達が必要な分以外を市場に卸すと、すぐに売り切れるようになっていた。商売として少しずつ成り立ち始めているという実感が湧く。
そのフェルナンは、今日は別行動で、買い物に出掛けていた。
さて、畑仕事をしているからといって日焼けに無頓着というわけではなく、私たちはつばの広い麦わら帽子を被り、首には布を巻く、という農業スタイルだった。多分、この姿を見て、誰も私たちが貴族だとは思わないだろう。
その分、土地の人たちと距離が近い。そういう環境を嫌がる貴族もいるけれど、母と私は、お高い……もとい、格式高いリオーネ家に懲り懲りしていたので、むしろ歓迎していた。
(畑のこと、色々教えてもらえるしね)
そんなことを考えながらも、収穫を続ける。
やがて額に汗が浮いてきたので、立ち上がって腕で拭っていると、ふと私の頭上で小鳥がしきりに鳴いていることに気付く。
どこか、警告しているような響きを感じて、私は辺りを見回しーーそれを見つけた。
(ん? 馬車……?)
この田舎には場違いな豪奢な黒塗りの馬車が、私たちから少し離れたところに止まった。御者が恭しい仕草で、扉を開ける。
そこから現れた美しいドレスに身を包んだ二つの影。日焼けを防止するため、フリルがついたお洒落な傘を差している。
それを見て、私は自分の表情が凍りつくのを感じた。
(どうして、こんなところに……?)
その人影は忘れもしない、私たち母娘を追い出した、異母妹アメリとその母カーラだった。アメリは少女らしい白いレースのドレス姿だったが、カーラは、この太陽の光がさんさんと照りつける中、真っ黒なドレスと帽子という、気候にそぐわない格好だ。
私が表情を固くしていると、不意にちょいちょいと袖を引っ張られた。首を巡らすと、
「じっとこっちを見ているけれど、あれは誰?」
とルイーゼが不審げに首を傾げていた。まだ事情を知らないルイーゼに、私は強張った顔のまま、
「知らない人」
と短く答えた。名前すら、口にしたくない人たちだ。
僻地に追いやられた私たちを見て、溜飲でも下げようと思ったのだろうか。
でも残念。私たちは楽しく生活しています。
「……?」
私が硬い表情を崩さないことに気付いたルイーゼは、少し不思議そうな顔をしながらも、
「アイリーンが嫌なら、追い返しましょうか?」
と耳打ちしてくる。気持ちはありがたい。けれど私は首を横に振る。
「関わりたくないの」
「そう……」
ルイーゼは私の気持ちを察してか、それ以上追求しないでくれた。ぽんと私の肩を軽く叩き、
「じゃあ、収穫に励みましょう」
と言って、それ以後、ルイーゼは一切彼女たちに視線を向けることはしなかった。私もまた、ルイーゼと一緒に収穫作業に勤しむ。
そうこうしている内に、彼女たちは私たちに話しかけることもなく、いつの間にか姿を消していた。……綺麗な格好していたからね。日差しを浴びて汗をかきたくないだろうし、ましてや泥に塗れる畑に入りたくなかったのだろう。
それにしても「一体何だったのかな」とは思ったけれど、もうあの人たちは私たちにとって他人にすぎない。彼女らの行動を気にするだけ無駄だ。
そう思って、私は再び収穫作業に戻った。そして、ふと思い立つ。
「ちょっと向こうの方の野菜を取ってくるね」
今日の収穫予定は葉物と根物だ。
手分けして収穫した方が、効率的だと思ったので、私は母とルイーゼとは少し離れたところに移動する。
農業用の鍬を手に、収穫を開始した。
フェルナンの的確な指導のおかげで、野菜たちはすくすく育ち、売り物にできるほど立派になった。掘り出した夏芋も、十分な栄養を含んで太く、そして綺麗だ。
私にとって、そんな収穫作業は慣れたいつものことで、何かに警戒する必要なんて、ないはずだった。そもそもここは母の土地で、良く管理されている。
けれど。
(……何…?)
その時、ふと全身が総毛立つような、ぞわり、とした「何か」を感じた。