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3 押しかけ執事

 食卓に並ぶお魚料理と緑菜の炒め物、そして根菜のスープと焼きたてのパン。食欲を誘う良い匂いに釣られて、ぐーっとお腹が鳴った。


「どうぞ、召し上がれ」


 うさぎさんの模様がついたエプロン姿でそう言ったのは、フェルナンだ。そう、この料理のほとんどは、彼が作ったものだ。

 なんというか……鍛え抜かれたがっしりした体をしているから、誰がどう見ても意外にしか見えないだろう。

 このフェルナンも、ルイーゼがこの家に来てから少し経ってから、やってきた。



 その日はよく晴れていて、絶好の農業日和だった。私とルイーゼは、母を手伝って畑仕事に勤しんでいた。そんな午後のことだった。


「すみません……何か食べ物、いえ、水だけでも、恵んでください……」


 私たちの元に、力無くよろよろと近寄ってきた、薄汚れた格好をした男。それがフェルナンだった。


「あらあら、大変!」


 強かな部分もあるけれど、基本的にお人好しな母は、水筒の水と、生で食べられる畑の野菜を分けてあげた。

 そういえば、採れたてのお野菜がとっても甘いことを、私と母は、自分で収穫して初めて知ったのだった。


 さて男は、目の前の食べ物に目を輝かせると、


「ありがとうございます」


と深々と頭を下げた後、野菜をもぐもぐ食べ始めた。やがて空腹が満たされたのか、ひと息つくと、不意に男はこう言った。


「美味しいですけど、少し痩せているような気がします」


 彼に振る舞ったのは、もちろん母が育てた野菜だ。


 当時は畑を始めたばかりで、上手くいっているとは言えない状況だった。枯らしてしまうことも多く、また上手く育っても、市井に並ぶものと比べると、圧倒的に痩せている。家庭菜園として家で食べるくらいなら十分な出来だけど、売り物にはなりそうにない。


「やっぱりそう思う? なかなか上手く育てられなくて」


 母は、うーんと眉間に皺を寄せる。そんな母に、フェルナンはずいっと詰め寄った。


「お礼に畑のお手伝いをさせてください」


 男がすごい前のめりに訴えるものだから、母のちょっと引き気味に、一歩後ずさる。


「え、えーと……」


 そんな母に、男はさらに訴えかける。


「私は農業の知識を持っています。必ずや、お役に立つものと存じます」


 その後、男はかなりの時間粘った。絶対に引かない鉄壁の意思を感じ取ったのだろう、やがて母も根負けして、


「じゃあ、一週間、お試しでどうかしら」


という運びになったのだった。



 そうして一月が経った。

 男ーーフェルナンと名乗ったーーは、未だ畑の手伝いをし、しかも家の一室に住み込んで、畑だけではなく家事をも取り仕切っていた。最早、執事のようである。

 私はルイーゼの部屋を訪ね、こっそりと話しかけた。


「なんか……あのフェルナンっていう人、居着いているんだけど」


 鏡台の前で爪の手入れをしていたルイーゼは、


「いいじゃないですか。害もなさそうですし。キリキリ働いてもらいましょうよ」


と大して気にした様子もない。そのまま私の手を取って、自分が使っていた爪の手入れ液を、私の爪に丁寧に塗り始める。

 ルイーゼは、私と母にはすぐに打ち解けてくれたけれど、警備の人とかお手伝いに来てくれる人とかには、なかなか懐かなくて、結構人見知りする子なのに、ちょっと意外だなーって思った。


 でも、実際にフェルナンが来てくれて畑のこと、家のこと、諸々のことで助かっているのは事実だ。

 だから私も、


(そんなものなのかな……?)


と、やがて彼が居着いていることを気にしなくなっていったのだった。

 なおフェルナンは、私たち家族への恩返しのつもりなのか、私を立派な淑女にすることに使命感を持っていて、美しい所作や姿勢、そして貴族として必要な舞とやらを教えて……いや叩き込んだのだった。


「王家に嫁いでも恥をかかないくらい、美しい所作を目指しましょう」


と妙な例えで鼓舞してくるんだけど……いや、王家に嫁がないし。


 そんなふうに結構厳しいところもあって、ちょっとうんざりしたけれど、なんだかんだで、私は貴族の娘だし、その成果を発揮する機会もそれなりにあったので、まあ、仕方ないか思うことにした。

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