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学園の授業にカーラが乱入した日から、学内で私は「どうやら王妃の息子の友人らしい」という情報が流れ始めた。
けれど、その「王妃の息子」を特定することは簡単ではない。王妃の一人息子は、長らく存在を隠されていたし、そもそも男の子の格好をしていない。
でも、分かる人には分かってしまったのも確かだった。
私が、いつものように学園の庭園の東屋で、ルイーゼと昼食をとっていたところに、不意に割り込んできた存在があった。
「ルイス様」
その人物は、女の子の格好をしているルイーゼのことを、そう呼んだ。確信を持った響きである。私とルイーゼ……ルイスは、その人物を振り仰ぐ。そこには、アメリの姿があった。
ーーまあ、声で分かっていたけれども。
ルイスが私に向き直って視線を送る。どうやら無視を決め込みたいらしい。けれど。
「ルイス様」
ルイスが答えないものだから、アメリが再び繰り返した。応じなければ、いつまでも絡んで来ると判断したらしいルイスは、ため息混じりに答えた。
「私に何か御用ですか?」
するとアメリが嫣然と微笑んだ。
「私、貴方の事情を知りました。……とても大変な思いをされたのですね」
とても上手に辛そうな表情を作って目を伏せる。ーーこの間まで、私と一緒くたに厄介な相手として扱っていたのにね。
「いくら身を隠すためとはいえ、貴方のような尊いお方が、このような貧しい暮らしの家の世話になるようなこと、あってはならないことでした」
胸が痛んでいることを表現したいのだろう、アメリは胸に手を押し当てた。
「本当に不自由でしたね。申し訳なく存じます」
謝罪の言葉を述べ、深く頭を下げる。そして頭を上げた時には、自信に満ちた表情を浮かべていた。
「ですが私は精霊の愛し子です。きっと貴方のお役に立ちますわ。……それに、こんな子と同居されていては、あらぬ誤解を招きますわ。すぐにでも、快適な住まいを準備させます」
アメリの提案を聞いたルイスは、軽く腕を組む。
「ふうん……それは良い考えだね」
ルイスの答えに、アメリは我が意を得たり、とばかり微笑む。手を伸ばし、ルイスに腕に自分の手を這わせた。
「では、私と……」
しなだれかかってくるアメリの体を、ルイスは軽く押し返す。受け入れられたと感じていたアメリにとって、その拒絶は予想外だったのだろう、瞳が戸惑いの色に染まる。
「ルイス様? どうなさ……」
アメリが話しかけるのを、ルイーゼは途中で遮った。
「一緒に暮らしていたらアイリーンとの仲を誤解されるなんて、私にとっては願ったりなんだけど」
本気とも冗談とも分からない軽口を叩いた後、がらりと口調を変えて静かに告げた。
「アメリ、私はね」
頑是ない子供に言い聞かせるような声音で、ルイスは続けた。
「王子と分かったから擦り寄ってくる君と違って、私の素性も分からないのに、何の打算もなく私を受け入れてくれたアイリーンと義母上のことが、とても大好きなんですよ」
言葉の終わりに、ルイスは柔らかく私に微笑んでくれた。本心からの笑みに、私の心も満たされる。
一方で、アメリはぐっと言葉に詰まる。そんな彼女に、ルイスは畳み掛けた。
「そもそも君は祝福の乙女ではない」
「何をおっしゃっているのか分かりませんわ。私は生まれた時から、正真正銘、精霊の愛し子です」
言い募るアメリに、ルイスは「話にならない」といった様子で軽く首を竦めた。
「……万が一、君が本当の祝福の乙女だったとしても、祝福を持つ者が、君を生涯の伴侶に選ぶことはありませんよ」
ルイスは腕を組む。
「私の両親を知っていますか? 祝福を受けた者と愛し子だ。でも二人の間に愛はなかった。……利害関係と義務でしか結ばれない絆なんて、そんなものですよね」
その目はどこか遠い場所を見つめている。だが、すぐに何かを振り切るかのように首を左右に軽く振ると、
「それとさ」
と言葉を継いだ。
「祝福の乙女は国民の模範であることを求められる。……間違っても、自分の気に入らない正妻の母娘を無情に追い出すような君には、務まらないと思いますよ」
ルイスはにこり、と笑うと、私の腰に腕を回し、
「では、失礼。私は君のために無駄な時間を費やしたくないんだ」
と言うと、屈辱に顔を真っ赤に染めているアメリに目もくれず、
「もうすぐ午後の授業が始まります。さあ、行きましょう」
と私にその場を離れるよう促したのだった。




